朝、まだうみどりは航行中。今はノンストップで突き進んでいるわけだが、次の後始末の現場に到着するのは昼過ぎという程度になりそうらしい。
ここで目的地に到着した後の動きを簡単に説明するために、全艦娘を集めていた。これも深雪と電を並べることが出来るようになっているため、伊豆提督からしてみれば少し感慨深くも感じる。
「朝イチに依頼者から連絡があったんだけれど、現場での戦闘はまだ終わっていないらしいの。想定外の
後始末はその戦いが終わってからでなければ執り行うことが出来ないため、早く到着し過ぎても邪魔になり、遅くなり過ぎても穢れの問題であまりよろしくないことになる。
そこで戦闘している艦隊がどうしても苦戦してしまい、援軍を望んでいると言うのならば、うみどりから数人が友軍として出撃する可能性があった。後始末の依頼は、戦いが終わってからするものではなく、そろそろ終わるからというタイミングで送られてくるため、予想外の長期戦になった場合は、そういうことも起こり得るのだ。
そこからも予想出来る通り、今回の後始末の規模は中規模から大規模に変更。深雪が経験したこれまでの2つからさらに大きな戦いの後始末をすることとなる。
「大規模か……だとすると、仕事自体も時間がかかるってことだよな」
「ええ、深雪ちゃんは初めてになるけど、多分夜にも仕事が続くことになるわ」
今回の作業は、状況次第では夜の作業になるかもしれないというのが伊豆提督からも伝えられる。
今のところ海の天気は悪くないため、風で残骸が流されるような心配はないものの、元より範囲が広いため、作業は前回よりは間違いなく増える。広範囲が残骸で埋め尽くされているという厳しい環境下での作業になるだろう。
電にとっては、それが最初の後始末作業となるのだから、堪ったものではない。しかし、何なら今回も見学で終わらせるかと問われるものの、電は逃げずにそれを後始末屋としての一歩目とすると宣言した。
どうせいつかはその重めの規模の作業をやるのだから、いつやっても変わらない。知るのならば、今のうちに知っておいても損はない。故に、大規模であってもやり遂げると強い意志を持っていた。
「電もお片付けを手伝いたいのです。だから、やらせてほしいのです」
「電ちゃんは本当にいい子ねぇ! それじゃあ、今日からよろしくお願いねっ」
そんな電の言葉が聞けたことで感極まりそうになった伊豆提督だったが、電の性格から考えて抱き締めるのは控えた。怯えて再起不能になったら元も子もないのだ。
「それじゃあ、現場に到着するまではいつも通り自由時間とさせてもらうわねぇ。トレーニングもいいけど、作業に支障をきたさないようにお願いね」
昼から始めて夜通しという可能性もあるため、今のうちに仮眠を取っておくというのも悪くはないことである。選択肢はいくつもあるが、それを選ぶのは艦娘次第。
身体を温めるためにトレーニングをするもよし、自由時間としてじっくり身体を休めるもよし。とにかく、作業に響かないことをすることが大前提となる。
それは肉体的にもそうだが、精神的にもである。うみどりにいる以上、ショックを受けるような悪いことが起きる者はそうそういない。気をつけなくてはいけないのは深雪と電くらいである。
深雪は世界の真実をしり、さらにはトラウマを乗り越えることが出来ているため、もう心配するようなことは正直無かった。だが、電はまだ世界の真実を知らない。そろそろ知るべきではあるのだが、それをいつにするかは、深雪もそうだが伊豆提督も決めあぐねている状態である。
「深雪ちゃん、ちょっとこの後時間を貰えるかしら」
「ん? ああ、大丈夫だよ。自由時間だしね」
「ありがとう。あと電ちゃん、イリスから今日の後始末のことについて少し説明を受けてちょうだい。事前に知っておいた方がいいことが多いから、まずはそこから後始末屋としての在り方を覚えましょうね」
「は、はい、了解なのです!」
朝の集会はこれで終了。午前中は休息を基本とした自由時間とし、大規模な後始末に向けて英気を養うことになる。
伊豆提督に直接呼び出された深雪は、執務室で一対一で話をすることになった。電はイリスから後始末の説明を受けているわけだが、あえてここで一度別席で話を始めるのには意味がある。
「深雪ちゃんには折り入って話があるの」
「何さ、そんなに改まって」
「電ちゃんに、この世界の真実を伝えるタイミングを測っているのよ」
交換日記で躊躇った、電に真実を知ってもらうこと。今ここにいるカテゴリーWは深雪と電の二人だけであり、他の艦娘は自分達と違う元人間であること。ドロップ艦は全て人類に憎しみを持つように生まれること。その呪いを生み出した過去の人間の過ち。
いつかは電も知らなくてはならないことである。こうやってうみどりで活動していれば、何処かのタイミングでカテゴリーMと戦うときがやってくる。本来は仲間であるはずなのに、憎しみを持って深雪達にも牙を剥くであろう存在だ。
「……あたしさ、昨日交換日記に書いて伝えるべきかなって考えはしたんだ。でも、文字として残るのが嫌だったし、何よりハルカちゃんにもやっていいか聞いてなかったからやめたんだよ」
「そう……深雪ちゃんもこのことについては考えていてくれたのね」
電の未来に関することであるため、深雪も気にはしている。だが、どうやって伝えるべきかはなかなかに難しかった。
深雪のように伝える前にカテゴリーMとの戦いを見せつけられることになってしまったため、意図せず全てを知ることになっている。タイミングを測っていたら失敗した前例となるわけだ。
電の場合、精神的な弱さがどうしても引っ掛かってくる。伝えたらきっと大きなショックを受けてしまうだろうから、タイミングが非常に難しい。
これまでは深雪との関係もあったため、笑顔すら見せることが出来なかったのだが、今はそれが解消されているため、タイミング的には今がベストではないかとは考えられていた。
「それで、本当に申し訳ないんだけれど、深雪ちゃんにお願いがあるの」
「あたしにお願い?」
「ええ……この世界の真実、電ちゃんに一番ダメージが入らないのは、アナタが伝えることじゃないかって、アタシは考えてるのよ」
ただ、と伊豆提督は付け加えた。交換日記で伝えるというのも案としては悪くないのだが、そこに書かれたことで真実を知るということは、電は部屋で独りでそれを心に叩きつけられることになることに繋がるのだ。誰か支える者がいなければ、ダメージが大きくなると考えられる。
故に、深雪の口から話されることが一番電に辛くないのではと伊豆提督は語る。深雪との関係が解消されると同時に、お互いに笑い合いながら生活出来ているのならば、ここでと。
「……あたしも、それはそう思う。ちょっと烏滸がましいかもしれないけど、電に伝えられるのは、あたしだけなんじゃないかなって」
深雪自身にもそれは自覚があった。深雪もそうだが、電は深雪に対して全面的な信頼を置いている。だからこそ、深雪から辛い真実を伝えられても耐えられるのではないかと。同じであり唯一のカテゴリーW仲間というのも、それを加速させていた。
「だから、あたしやるよ。この後、電に真実を伝える」
結果、深雪はこれから電に全てを話すことにした。
それで電は傷付くかもしれない。それによって、この世界を嫌ってしまうかもしれない。だとしても、知らないよりは知っておかねばならないこと。
もし負の感情が増幅するようなことが起きてしまったとしても、深雪ならば落ち着かせることが出来るはず。
「本当にごめんなさいね。うみどりの艦長として、こういうことはアタシがやらなくちゃいけないことだと思うんだけれど……」
本当に悲しそうな表情を見せる伊豆提督。トップであるからこそ、ここで電のことも解決しなくてはならないのに、最善を考えれば考えるほど、深雪に任せるのが一番であるという答えに辿り着いてしまう。
「いや、いいよ。ハルカちゃんはさ、この艦のことを一番に考えなくちゃいけないんだろ? その結果であたしがやった方がいいって思ったなら、あたしはそれに従う。それがあたしのやりたいことと繋がったんだからさ、否定なんて絶対にしないよ。むしろ、電のことをあたしに頼ってくれたのはすげぇ嬉しい」
ニッと笑ってサムズアップする深雪に、感極まる伊豆提督だったが、今回も行動に移すのは抑えた。空気的にそれをするのは間違っていると冷静に判断出来ているためである。
「でも、そのせいで後始末に参加出来なくなるかもしれないけど、いいのかな」
「ええ、そうなってしまったなら、電ちゃんを慰めることに全力を尽くすことに時間を使った方がいいわ。そこはアタシが責任を持つわ。みんなも納得してくれるでしょうしね」
電だけが真実を知らないというのは、深雪だけでなく、他の仲間達も気にかけている。割と危うい話題を振ってくる神風に関しては、うまいこと説明が出来るタイミングが作れないかと独自に測っていたようにも感じる。
電が真にうみどりの仲間となれるのは、世界の真実を知った上で、この後始末屋の作業に賛同してくれた時。
「あ、そうそう。次の後始末の時、電ちゃんに作業を教えるのは、深雪ちゃんにやってもらおうと思うんだけれど大丈夫かしら。深雪ちゃんもまだ三回目だから、前回、前々回と同じように残骸集めをしてもらうことになると思うけれど」
「ああ、それは勿論。むしろ、あたしに教えさせてくれって頼むつもりだったよ。やることが変わるっていうなら違うけど、同じことをやるなら教えられるからさ」
「そうね、それなら良かったわ。それじゃあ……お願いね」
手を合わせて頭を下げてくる伊豆提督に少し慌てながらも、深雪はやってみせると拳を突きつけるように返事をして、執務室から出た。
電がイリスから説明を受けているのは、電の自室。深雪が部屋まで来た段階で後始末の説明は終わっていたようで、ちょうどイリスとすれ違うくらいであった。
「今終わったわ。ハルカと例の話をしてきたのよね?」
「ああ、今からあたしの口から世界の真実を伝えるよ」
「……ごめんなさいね、重い仕事を押し付けちゃって」
イリスからも謝罪を受けてしまい、深雪は苦笑するしかなかった。
「ハルカちゃんにも言ったけどさ、多分この役目はあたしにしか出来ないと思うんだ。だから大丈夫だぜ」
「任せたわ。今の電であっても、真実を知ることは辛いと思うから」
トラウマを乗り越えて明るくなったとしても、優しい電に人類の罪を伝えるのは抵抗がある。だが、それは一部の人間だし、今はいない過去の人間。伊豆提督を筆頭に深雪が知る人間は、そんな悪辣ではないと保証出来る。
それを嘘偽りなく伝えることで、電は自分と同じように考えてくれるはず。不安ではあるが、きっと大丈夫だと電を信じていた。
「それじゃあ、よろしく」
「ああ」
イリスと別れ、そのまま電の部屋の前に。緊張はするが、ここからが本当のスタート。
「電、ちょっといいか?」
そして、深雪は電の部屋へと入る。真実を伝えるため。世界に対する考え方がガラリと変わるその話をするために。
電も知る時が来ました。少しでもダメージを軽減するためにも、深雪の口から語られることになるわけですが、果たして。