海底に潜み、忌雷を増産し続けていた敵潜水艦5人。その護衛とも言うべき追加の3人を、伊203とスキャンプがあっという間に叩き潰してしまった。
あまりにも呆気ない終わりに、5人の『増産』持ち潜水艦はうみどりがどれだけ脅威なのかをようやく理解する。ただ特異点だけが強いと思っていたことが間違いであり、一人一人が自分達の敵わない領域にいるのだとわからせられた。
「フーミィちゃん、スキャンプちゃん、はいこれ」
「ん」
「こっちが本命だからな」
伊26に改めて鎖を渡され、動揺している敵潜水艦を見据える伊203とスキャンプ。見た目から、これでお前達を捕まえると宣言したようなものではあるのだが、それが先程と比べれば大分慈悲深いことには気付けていない。
「大人しく捕まるなら、手荒な真似はしない」
「そうだな。大人しいならな」
伊203はまだ淡々と話すだけだが、スキャンプは明らかな敵意を持って、それでも無傷で済ませてやると渋々応じているようにしか見えない。そしてそれは見た通りである。
スキャンプにとって、忌雷を増産してうみどりを襲い続けている敵潜水艦は、始末するべき敵なだけであり、救う対象ではない。死んだところでザマァ見ろと舌を出せるくらいには気に入らない存在である。だが、ただ寄生されているだけならば救いたいと酒匂が願うから、それを叶えてやると思っているだけ。抵抗するなら容赦はしないし、傷付けることも抵抗が無い。手荒な真似もいの一番にする気満々である。
だが、敵潜水艦はこの状況に置かれても、自分達が数で優っていても間違いなく勝てない相手が目の前にいたとしても、その心を入れ替えるようなことはなかった。
忌雷に寄生されているからというのもあるし、そうなる前から洗脳教育が行き届いているというのもある。うみどりが救った3人の元敵艦娘とは違う、頭のてっぺんから足の先まで敵の思想に染められた、哀れな駒であった。
5人の敵潜水艦は顔を見合わせると小さく頷く。そして、
「魚雷!」
容赦なく雷撃を開始。それが当たるか当たらないかは関係なく、伊203達を自分達に近付けさせないために5人同時に魚雷を放った。
その仕草に真っ先に気付いたのは、やはり伊203。1人でいたならば声を出すことなく突撃していただろうが、今は仲間がいるため、攻撃より回避を優先する。
目の前に広がる魚雷の群れ。回避するのにも苦労しそうな
「一度退く。離れた方が避けやすい」
「あいよ。ニム、大丈夫だな?」
「それは大丈夫! だけど!」
5人の敵潜水艦から離れることで、魚雷の密度を下げようとするものの、伊26は別のことに気付いていた。おそらく敵潜水艦は何も考えていない、いや、自分のことだけを考えて魚雷を放ったのだろう。そのせいで、その魚雷は護衛だった潜水艦の方にもいくつか向かっていた。
呆気なく敗北した3人は、伊203とスキャンプの手によって、同じ場所に束ねられている。魚雷が1本でも当たれば、間違いなく3人とも死ぬ。
「フーミィちゃん、ごめん、引っ張って! もしくは
「その方が速いね。投げないよ、私もやる」
伊26の意思を察し、スキャンプの意思は聞かずに行動に移す。事実、一旦離れることには繋がるため、スキャンプは後から事情を話せばイラつきながらも肯定はしてくれるはず。
伊203は自分が始末した護衛の潜水艦達の場所を見定めると、まるで魚雷かのように急加速して潜航。鎖を持った2人もそれに引っ張られるカタチで急速潜航。スキャンプは驚きつつも、その意図を理解する。
「ニム、テメェまさかアイツら救うつもりか?」
「誰も死んじゃダメだよ。ニムのワガママかもしれないけど」
「ああ、ワガママだ。それであたいらが危ない目に遭ったら、どうしてくれるんだよ」
敵を救うために行動して、結局自分達が痛い目を見るなんてことがあったら、後悔だけでは済まないだろう。それで死ぬことは無くても、怪我をするだけでも気分のいいものでは無い。
しかし、伊26は揺るぎない瞳で笑顔まで見せた。
「ここで見捨てたら、絶対後腐れになるから。勿論、自分の命が最優先だけれど、手が届くなら、手を伸ばしたいよ」
「……サカワといい、テメェといい、うみどりにはいい子ちゃんしかいねぇのかよ」
呆れたものの、伊26の言っていることは、まず間違いなく酒匂も言うこと。手が届く範囲にいる救える者に対しては、それが敵であろうと手を伸ばす。それが後悔に繋がったとしても、救ったことに意味があると、笑顔でその結末を肯定する。
救わない後悔より、救った後悔。救われても悪態をつくであろうことは、考えずともわかる。救ってやったのに、それを仇で返してくることも。それでも、伊26はこんなカタチでヒトが死ぬところは見たくないからと伝えた。
伊203はその思いに応えるためにもう行動している。スキャンプは巻き込まれただけ。鎖から手を離すことはいつでも出来る。だが、それを離していないということは、つまり
「助けてもらって文句を言うような奴は、あたいが改めてサンドバッグにしてやらぁ。むしろそっちの方がせいせいしそうだぜ。あたいの鬱憤のために救ってやんよクソ共が」
渋々、本当に渋々、スキャンプは伊26のやり方に乗った。その瞬間、伊203の潜航速度はさらに上昇。向かってくる魚雷から距離が取れるほどにまで加速する。
伊26とスキャンプにかかる負担は相当に大きくなるが、伊203に振り回されているという経験上、コレくらいならいくらでも耐えられた。ましてや、目的のために動いてくれているのだから文句も無い。
「ニム、行ける?」
「行くよ」
言葉は短めに、やるべきことを頭の中で全て組み立てて、辿り着いた時にそれが行動に移せるように。
そこで作業出来る時間は僅かしかない。少しでも手が震えたら全てが台無しになるかもしれない。それでも、伊26は自信を持ってそれを実行する。
「よし、ゴー」
「行くよ!」
伊203の急速潜航により、魚雷よりも速く気を失った3人の敵潜水艦の元へと辿り着いた伊26は、鎖の一部を潜水艦達の艤装の基部に接続していく。ただ絡ませるということは出来ないため、そこで使ったのが自ら生み出した特機達。艤装に入り込める性質を活かして、鎖と艤装を接続するパーツとして数体を使って掴ませた。
それを3人分。手が震えていたならば簡単には行かないだろうが、伊26はそれこそ的確に、寸分の狂いなくその作業を終わらせる。この時だけは、伊203すらも凌駕する素早さを見せたと、後にスキャンプは語ることになる。
「オッケー! 繋がった!」
「動く。舌噛まないように」
作業が終わったとわかるや否や、伊203は躊躇なく鎖を引っ張ってその場から離れる。魚雷はもう間近まで近付いていたが、この決断の速さのおかげで、それを喰らうことなく離れることが出来た。
真後ろで海底に魚雷がぶつかり、大爆発を起こしていたが、それによって誰も傷を負うことはなかった。
「っし、これで改めて……って、あのクソ共、どうせそんなこったろうと思ったけどよ」
護衛を救っている間に、『増産』持ちの5人はその場から離れていた。今ここにいても勝ち目は薄い。ならば、仲間を置いてでも自分は助かるべきだと、5人が5人揃って同じことを考えた。護衛は敗北した時点で置いていかれても文句は言えない。だが自分達はまだ負けていない。生きる意味があると。
うみどりの者達が敵ですら救おうとしたことには助けられた。甘ちゃんであるが故に、自分達が逃げる隙を勝手に作ってくれた。馬鹿な奴らだとほくそ笑みながら、もう潜んでいた場所からかなり離れたところにまで進んでいた。
その態度に苛立ちを持ったのは、伊203やスキャンプだけでは無い。伊26ですら、このやり方には嫌な気持ちになった。
「少し、痛い目を見てもらう。いくら寄生されているからって、やっていいことと悪いことがある」
「うん、ちょっとこれは許せないかな」
「私が鎖の端を持つ。一気に行くから、2人は後から追ってきてくれればいい。鎖も離してていいよ」
そう言うと、伊203は逃げる敵潜水艦の背を捉え、その場で急加速。僅かな時間でトップスピードまで持っていき、ぐんぐんとその距離を詰めていく。
伊203に追われる側の敵潜水艦は気が気でない。たった1人で、しかしその異常な戦闘力は既に見せつけられているので、一刻も早くここから逃げなくてはと焦燥感に駆られることになる。
そんなことを考えているような輩に、伊203が後れを取るわけがなかった。あたふたさせる暇すら与えない。それこそ魚雷のように突撃する伊203を、さらに魚雷で追い返そうと考える事も出来ず、5人の中心にいた潜水艦に伊203が突撃からの直撃。
「もう逃がさない」
すぐさま鎖と潜水艦の艤装を特機によって接続した後、その進行方向に陣取る。
コレならどうだとこの間に増やし続けた忌雷を嗾けるが、その間に伊203だって特機を増やし続けているのだ。同等の数ではなくても、そのスペックにより軽々と食い止める。特機が忌雷を絞めたかと思えば、そのままグチャグチャに砕いてしまった。そしてすぐさま次の忌雷へと飛びかかる。
その特機はまるで伊203が乗り移ったかのように素早く、そして強い力を持っていた。伊203から生まれたからか、それとも元々のスペックがより強く発揮されているかなのかはわからない。
「おう、逃げられると思うなよクソが」
そこから少し遅れ、スキャンプが2人目に猛烈な蹴りをお見舞いした。しかも、それで吹っ飛ばすわけでもない。蹴った方には既に伊203がいる。忌雷の脅威が特機で取り払われている今、全力で全ての行動を行なえる。
「ニム、これも繋いで」
「はーい!」
ほとんどお手玉のようにさらに蹴ると、鎖を持って待ち構えていた伊26がいる。持っていた鎖で軽く絡め取ると、やはり特機を使って接続した。
そして、ここで敵潜水艦達は気付いた。既に周囲に鎖が漂っていること。何処に向かおうとしても、誰かしらが対応して鎖に接続されること。じっとしていても鎖そのものが近付いてきていること。伊203やスキャンプは実力行使に出てくるのでわかりやすいが、伊26は逆に逃げ回りながらも鎖をいい位置に置いてくるため、逆に敵潜水艦に逃げ場が無くなっていく。
そうなると、もう道は1つしか無くなる。鎖から抜けられる唯一の道は、浮上だけ。
鎖も横には張り巡らされていくが、上は取ろうとしていなかった。縦横無尽に駆け巡りながらも、鎖の方に限界があるため、どうしても隙間が出来る。
「あ、上に行っちゃダメだよ!」
そこにダメ押しで伊26から一言。浮上されると取り逃すかもしれないから、というニュアンスに聞こえた敵潜水艦は、バカめと思いながら浮上を選択。
しかし、伊26の忠告は聞いておくべきことだった。何故なら、今海上には──
「対潜掃討してる秋月ちゃんと梅ちゃんがいるんだもん。上に行ったら狙い撃たれるよ」
言うが早いか、浮上した敵潜水艦は、演習用とはいえ爆雷の爆発をモロに受けることとなった。
伊26は動き回りながらも少しずつ戦いを海面に近付けていたのだ。そうすれば、海上で対潜掃討のために装備を整えている仲間が、そこに向かって対潜攻撃をしてくれるとわかっていたから。
それが見事にハマった。逃げようがどうしようが、ソナーに引っかかるように行動していたおかげで、敵潜水艦はそのまま気を失うことになった。
「ナイスだニム、つーか、誘ってただろ今の」
「えへへ、その方がやりやすいかなって」
「流石はフーミィの相棒だな。よく戦場が見えてんぜ」
スキャンプに褒められたことで、伊26は少し恥ずかしそうに微笑んだ。その時には、もう敵潜水艦は鎖に接続され、絡め取られるように捕獲済み。何かすることも出来ず、むしろ伊203に見据えられていることで、もう竦み上がっていた。
これにより、海中からの忌雷の増産は食い止められることになる。あとは残った忌雷を始末するのみ。