裏切り者鎮守府の工廠に乗り込んだ一行。弾幕を張る艦娘達をひとしきり始末し、ほぼ無傷の状態で海上に放り投げて戦場にから叩き出したが、敵の第二陣である出来損ないの集団が押し寄せてきていた。
狭い空間であるため、白雲の凍結で足止めしても邪魔。破壊したら腐食性の体液を撒き散らして進行が苦しくなる。何より、なるべくならば傷をつけたくない。
故に、この進路妨害を上から乗り越えることが出来る子日が、出来損ないの操縦者を黙らせるために、先行することを買って出る。すると、夕立も多分同じことが出来ると名乗り出た。
「2人がかりなら確実に行けるよ。だから、行ってきます!」
「行ってくるっぽい!」
早速動き出す2人。向かうは、出来損ないが群れを成している、工廠から鎮守府内部に入る少し狭い通路。とはいえ、艤装を装備した艦娘がすれ違うことが出来るくらいには広めに造られている。
出来損ないは、おおよそ3列でそこから工廠に向かってきていた。ぱっと見だけでも、そこには20人近くの出来損ないが存在する。
つまり、それだけの命が犠牲になったということ。
「あいつら……救ってやれねぇのが辛いな」
「なのです……ここの司令官のせいで、こんなにも……」
今はその出来損ないからの攻撃を食い止めることしか出来ない深雪が、苦しそうな表情で手を前に翳す。
やるのは勿論煙幕。今回の願いは、子日と夕立の作戦成功。そして、出来損ない達がせめてこれ以上傷つかないこと。
もう命が絶たれ、忌雷によって
だからこそ、今ならば元の姿に戻せるのだから、綺麗な姿に戻して弔いたい。ならば、傷ついてもらうわけにはいかない。
「誰にも危害は加えられないようにする。グレカーレ、電磁波頼む」
「りょーかい。あたしとイナヅマなら、あの群れも止められるもんね」
「なのです。せめて動きは止めましょう」
向かってくる出来損ないに向けて、2人で電磁波照射。全身に浴びせかけるのではなく、少し足下寄りで。
するとわかりやすく反応が出る。上半身には影響がなく、下半身だけが動きが悪くなり、先頭の出来損ないがつんのめる。勢いを殺すなんてことは出来ず、そのまま横転し、後ろの出来損ないもそれに引っかかって体勢を崩していく。
「そのまま、ゆっくり休め」
そしてそんな出来損ないに対して、深雪は煙幕を吹きかけた。優しい願いは叶う。その『傷つくな』という願いは、横転した出来損ない達には非常に有効。
電磁波も込みにして、出来損ない達は煙幕に呑まれ、その場で動かなくなる。まるで眠りにつくように。
「子日、夕立、頼んだぜ。コイツらを操る罰当たりな連中を黙らせてやってくれ」
祈るように呟いた深雪を見て、伊豆提督はより一層辛い気持ちになる。まともな人間ならこんなこと絶対に出来ないのにと、拳を握り締めた。
出来損ないが向かってくる鎮守府通路。そこは天井もそこそこ高めに設計されていた。そのおかげで、子日の真骨頂が発揮される。
「よっ、ほっ、まだまだ行けるよ!」
その通路の壁を蹴り、少し高めにジャンプ。そしてもう片方の壁に足をつけ、同じように高く跳ぶ。これによって、一度も出来損ないと同じ高さにまで落ちてくることなく、前へ前へと進むことが出来ていた。
地下施設襲撃でもその片鱗を見せていたアクロバティックな移動方法。鎮守府であるが故に頑丈に造られていることも相まって、壁蹴りをしたところで少々傷がつく程度。
「ぽい! ぽい! 慣れれば楽しーっぽい!」
そしてそれを一度見ただけで再現してしまっている夕立。子日がこの状況でも前進すると言い出した時に、こんなことをやるのでは無いかと察していたが、実際にやれるかどうかはやってみなくてはわからない。結果、
夕立の戦闘センスはずば抜けており、身体を張った行動は基本全てを成功させる。子日ほど繊細には動けていないようで、鎮守府の壁を蹴る際に、より大きな音と傷が残っていたようだが、やりたいことはしっかりやれていた。
「止まれないのが難点っぽい」
「それは我慢してね。やらなくちゃいけない敵を見つけたら止まるから」
通路を跳び回り、何処かにいるであろう出来損ないを操縦する者を探す2人。手分けするということも考えたが、万が一それで片方が何かされてしまった場合、そのまま詰みまであり得るため、あくまでも2人揃っての行動を優先する。
何か目印があるわけでもなく、出来損ないの動きに規則性があるわけでもない。ただ、鎮守府の奥に行けば行くほど、出来損ないの数は少し減った。
子日と夕立のこの行動を止めようとする動きもするものの、2人の素早さは出来損ないのスピードを凌駕するもの。身体を壊しながらの力の発揮も、海の上では無い今、そこまで大きく作用はしないようである。
とはいえ、通路に体液を撒き散らしながら飛び掛かろうとする出来損ないがいないわけでは無い。連携は皆無であっても、リミッターが外されている分、1体1体が普通の艦娘や深海棲艦と比べると格段に高い戦闘能力を持っている。
出来損ないの数が減ってきたら、行動を起こしやすくなるというのもある。2人が床に足をつけることが出来るくらいの密度になったら、出来損ないもお構いなしに襲いかかってくる。
「捕まったら終わりだよ。一度降りたら、また跳ばないとね」
「ぽい! 子日、こっちだと思うからついてきて!」
そんな出来損ないの猛攻を軽々と掻い潜り、また壁を蹴りながらどんどん奥へと進んでいく。
夕立の予想では、操縦者はこっちにいる。そう言いながら迷いなく進んで行った。確証はない。根拠もない、ただの勘。しかし、子日もなんとなくそんな夕立の行動も否定するどころか喜んで後をついていく。
「子日も、なーんかこっちな感じがするんだよね」
「ぽい。こっち、多分この鎮守府の執務室っぽい」
「うみどりと構造違うからちょっとわかんなかったなぁ」
夕立が向かっているのは執務室。そこには裏切り者の提督がいそうなものだが、夕立はあえてそこに操縦者がいると、直感を以て判断した。
うみどりがそうなっているというのもあるが、執務室からならば鎮守府内を見渡せると思ったからだ。全域に監視カメラを張り巡らし、建物の中を全て見通す。操縦者はその目で出来損ないを見ながらコントロールしているのではないかと。
「ここ、夕立が昔にいた鎮守府と構造が近いっぽい。おんなじじゃないけど、結構古いところなんじゃないかな」
「第二次の時からあった鎮守府ってこと?」
「ぽい。今はどうか知らないけど、ここはアレじゃないかな、あの、りふぉーむ?」
「ああ、なるほどね。軍事施設だし、前から残ってたところを有効活用してるってことか」
「それか、
そんな予想をしているうちに、壁伝いに大きな部屋の前に辿り着く。そこにはそれなりの数の出来損ないが並んでおり、扉をしっかりと守っていた。
中に何かがある。あまりにもわかりやすい目印に、2人は苦笑した。
「まぁ守りたい気持ちはわかるけども」
「邪魔しなくちゃいけないくらいの場所ってことでもあるもんね。それじゃあ、全部片付けるっぽい!」
出来損ないの数は6体。艤装まで装備した完全武装。砲撃は当然ながら見た目以上の火力を誇り、放てば身体が壊れるものの、自己修復ですぐさま元通り。鎮守府は壊れてしまうかもしれないが、ここまで辿り着かれたらそんなこと心配していられないということなのだろう。
その6体の出来損ないは、一斉に子日と夕立に照準を定めた。真正面だけでなく、回避方向も封じるように。守らせているだけあり、これを操縦する者はこれまでの敵より多少は物事が考えられる模様。
「うわ、これもしかしてまずい?」
子日はどうしよっかと冷や汗を垂らす。だが、夕立はそれでも敵から目を離さなかった。
「夕立なら大丈夫っぽい。子日、夕立の後ろに来るっぽい」
「えっ、それ本当に大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫。夕立達には、
胸元を指差し、ニッと笑う。それは、自らに寄生させた特機を指していた。
その瞬間、出来損ないから同時に砲撃が放たれる。轟音と共に周りすら吹き飛ばしかねない凶悪な火力が、たった2人の駆逐艦の息の根を止めようと襲いかかった。
「夕立も、力が貰えたんだ。深雪には感謝しかないっぽい。夕立の力は──」
その砲撃が間近に迫った時、夕立の笑みは狂気すら感じるモノへと変えた。砲撃を避けるわけでも無い。真正面からぶつかる。そんなことをしたら、ただ死ぬだけでも済まなそうな一撃。それでも、夕立には関係なかった。
「『無敵』の力っぽい!」
何故ならば、今の夕立はこの程度の砲撃では身体が傷つくことがなかったのだから。
手に入れたのは、『無敵』の曲解──なわけがなく、トラと同じ『ダメコン』の曲解。全てのダメージを必要最小限に抑え、即死級の攻撃すら擦り傷にしてしまうという、こと直接対決では無敵と言っても過言では無い程の強力無比な力である。
深雪の生成した特機に寄生された者に与えられる力は、実はランダムではない。
夕立が望んだのは『ダメコン』というわけではない。何度も暴走して、慢心して、自分も傷ついて、説教もされて、それによって学び、成長し、自分に必要だと思ったのが、誰も傷つかない力。特に自分。
そこから特機が選択したのが『ダメコン』。トラの頑丈さを身を以て知っている深雪だからこそ、『装甲』よりも傷付かない『ダメコン』が特機を通して夕立に与えられた。何故なら、『ダメコン』は消し飛ばす砲撃すら無力化するほどである。『装甲』では出来ないことをやってしまう。
「っぽぉいっ!」
その力を駆使して、向かってくる砲撃を殴り飛ばす。子日に当たりそうな攻撃は、その拳を以て弾き飛ばす。
勿論、『ダメコン』なのだから夕立には傷もつくし痛みもある。だが、ここで特機に──忌雷に寄生された者に与えられる共通の能力が発揮される。
「自己修復! 夕立にもちゃんとあるっぽい!」
砲撃を弾き飛ばし、傷だらけになった腕は、与えられた共通能力、自己修復によって無かったことになった。
深海棲艦化したから与えられるというわけではない。これは
これにより、夕立は縦横無尽に動き回り、身体を張って仲間を守る無敵の盾となる。天真爛漫でヤンチャな夕立が、ここに来て手に入れた艦娘としての在り方。戦いに身を置くからこそ、真正面からのぶつかり合いを望む、戦闘狂のための力。
だからといって、自らそこに飛び込むようなことはしない。こんな時でないと砲撃の真正面になんて立たない。
「治ってるけど痛いは痛いっぽい!」
コレがあるからである。夕立だから我慢出来るのであって、普通なら嫌気がさすというものである。
「あはは、助かったよ夕立ちゃん。でも、無理はしないでね」
「ぽい!」
これにより仕切り直し。執務室を守る出来損ないを退かし、その奥へと進むために、2人は奮闘する。
「その力があったら、あの体液触っても実は効かないとか……?」
「だとしてもバケモノのゲロなんて触りたくないっぽい」
「だよね、うん」