出来損ないを操縦する擬似カテゴリーKは執務室にいると直感的に判断した夕立。子日もその案に乗っかり、出来損ないを避けて壁を蹴りながら突き進むが、その執務室の前には既に出来損ないが陣取っていた。
そこから繰り出される集中砲火は、夕立がカテゴリーWとなったことで得た『ダメコン』の曲解により弾き飛ばすことで事なきを得た。その代わりに、執務室横の壁は木っ端微塵になってしまったが。
「コイツら痛めつけないでどうにか出来るっぽい? 夕立はご覧の通り、殴り飛ばすしか出来ないっぽい」
夕立が出来るのは、自分が傷付くことなく戦闘を続けること。子日を守ることだって今ならば充分に出来る。腐食性の体液も、痛みは常に感じるし、生理的にも無理ではあるが、一応は死に至ることなく耐えられるようにはなった。しかし、それではこの状況をどうにかすることは出来ない。
「とりあえず出来損ないを退かさないと、部屋の向こうにはいけないよね」
「さっきの爆発で壁は壊れたっぽい。少しだけど」
流石は執務室だと苦笑する子日。提督が陣取る最も重要な場所でもある執務室は、他の何処よりも耐久性が高いというのは周知の事実。うみどりですらそうなっているのだから、陸の鎮守府がそうなっていないわけがない。
出来損ないの砲撃を弾き飛ばし、横の壁は破壊出来ても、執務室そのものはボロボロになりながらもまだカタチを留めている。
それに、出来損ないを避けて弾いているため、扉も残念ながら開いていないような状況。まだ先に進むことは難しいと言える。
「壁、壊せそうかな。上さえ壊れてくれれば乗り越えられるんだけど」
「撃ってみるっぽい!」
そこはあまりにも躊躇がない夕立。出来損ないに当たらないからいいやと、少し傷ついた天井に近い場所に主砲を一発。
本当なら鎮守府も傷付けたくなかったのだが、あちらが撃ってきたんだから仕方ないと開き直るつもり満々。自分が撃ったかもしれないが、あれも出来損ないの砲撃のせいですと言い張る。
実際、少しでもヒビが入ってしまえば、ただの砲撃でもある程度は崩せるだろう。だが、執務室の頑丈さは他と比べると群を抜いており、これでも少し穴が空いたかという程度。
「うわ、かったーい!」
「もっと撃たなくちゃだけど、邪魔もあるっぽい!」
流石にそれを見守っていてくれるわけがない。執務室を守る出来損ないが、改めて砲撃を放とうとしていた。夕立が弾き飛ばしたのは、操縦者も見ていたはず。しかし、一度やれたからといって二度目も出来るとは限らない。そのため、この場でもう一度集中放火を浴びせれば或いはと、もう一度同じ攻撃を仕掛ける。
子日は当然ながら掠るわけにはいかない。今は壁に穴が空いてくれているので、回避する場所も出来ている。まずいと思ったらすぐに行動し、子日は壁の穴から鎮守府の外に脱出。別に崖っぷちに建設されているわけでも無いので、そこには足場くらいはある。
「子日、狙われてる!」
「ちょっ!?」
だが、逆に子日はあんなことしないのだろうと操縦者が判断したか、放つギリギリのところで出来損ないが一斉に子日の方に狙いを定めた。夕立よりも子日の方が斃しやすいと考えたとも言える。
一般的な提督から見ても、夕立と子日の実力差は歴然。夕立には改二改装があり、子日には無い。神風を神風型だからと甘く見ていた鎮守府が、子日を甘く見ないわけがない。
「子日はっ、夕立が守るっぽぉい!」
その砲撃の前に躍り出た夕立は、手に入れた『ダメコン』の曲解を十全に扱い、子日に飛んでくる弾をまたもや殴り飛ばす。今度は弾く方向も考え、執務室の壁に直撃させるように。
自分達の持つ駆逐艦主砲よりも確実に威力の高い出来損ないの砲撃ならば、自分がやるより破壊出来る確率は上がると、夕立なりに考えた。そして、それはビンゴ。自分で撃った場所に綺麗に向かった敵の砲撃は、ヒビを大きく拡げ、艦娘1人ならば中に侵入出来るくらいの穴を空けることに成功した。
「子日っ、あれなら行けるよね!」
「うん、ありがとう夕立ちゃん。じゃあ、子日もせっかくだから、深雪ちゃんから
部屋の上に穴が空いたのなら、そこから侵入されるだなんて素人でもわかる。執務室をコレだけ守っておいて、中に誰もいないなんてことはまず無い。そしてそれが艦娘ならば、中にいるのはフル装備であろう。
つまり、そこから入ったら確実に集中砲火を受ける。いくらあちらの練度が低くても、いや、高かろうが、誰かがそこに来たら撃たないわけがない。自分達だってそうする。
故に、子日はここでカテゴリーWとなったことで手に入れた、特機から、深雪から貰った力を発揮する。
「それじゃあ……行くよ」
そう言った瞬間、子日の姿が
「ね、子日何処行ったっぽい!?」
「大丈夫、いるよ。なんか子日、透明になれるようになってるんだ」
夕立はその敵の存在を直に見たことはない。というか
それが、うみどりに侵入した透明な暗殺者、戦標船改装棲姫の持っていた曲解、『迷彩』。目に映らず、機械にも映らず、全ての計器に引っかからない、完全なる透明。それを判別出来るのは、妖精さんの目を持つイリスのみ。それをコピーしたフレッチャーが見ることが出来るかはわからないものの、少なくともうみどりくらいにしか対策が取れない凶悪な力。
子日の願いは、夕立の傷つかない力では無く、『何処にでも行ける力』である。どんな敵が待ち構えていても、どんな罠が仕掛けられていても、せめて自分だけでも先行して仲間の道を切り開くことが出来たら。そう思って願った力。
そこから深雪の知識を経由して、特機が与えたのがこの、誰にも邪魔されずに道を踏破出来る力である『迷彩』。勿論気をつけなければならないことはあるが、子日の身体能力と合わせれば、本当に全てを踏破出来る力となる。
「夕立ちゃん、ここで耐えてくれる?」
「ぽい! 任せてよ。むしろこんなバケモノ、夕立だから耐えられるっぽい!」
「あはは、本当にね。なるべく痛みが続かないように、すぐにやってくるから」
そう言うと、途端に声が聞こえなくなった。子日がそこから移動したのだろうと解釈して、夕立は改めて出来損ないに目を向ける。
「っし、どっからでもかかってこぉい! 全部ぶっ飛ばしてやるっぽい!」
掴み掛かられたら厳しいかもしれないが、夕立なら近接戦闘も学んでいるため問題ない。出来損ないであろうがなんだろうが、殴る蹴るで黙らせる。あわよくば忌雷を抜き取ることだって出来る。亡骸が傷付くため、今ここでそれをすることはないのだが。
執務室内には案の定、出来損ないを操縦する擬似カテゴリーKが複数人待機していた。今この部屋の前に2人の艦娘が襲撃しに来ており、それを出来損ないを使って排除しようとしたが、夕立の『ダメコン』によって弾かれてしまった。
騒つく室内。あんな艦娘がいるのか、いて堪るかと空気はあまり良くない。だが、部屋の天井近くに1人は入れそうな穴が空いてしまったことで、やらねばならないことは流石に理解していた。そこにいた複数人の艦娘達は、穴に向けて主砲を構える。
「まぁそうするのが普通だよね。でもね、子日はもう部屋の中なんだよね」
しかし、その声はもう
入ってきた形跡は無い。当然である。『迷彩』の曲解の力によって、目どころか耳も騙すのだ。入ってきたところを全く見せない。どんな機材を使っても無理なものは無理。それはもう、うみどりの通ってきた道。
「なるほどね、操縦だけじゃなかったんだ。通信設備とかハッキングで存分に壊されてるはずなのに、なんでここまで見えてるのかなってちょっと疑問に思ってたけど、君、『通信』の力持ってるんでしょ」
透明な何かが話しながらも、室内にいる1人の艦娘を一撃で気絶させた。うみどりから出発した時にも繰り出した、主砲による殴打と同時に忌雷を引き抜く、擬似カテゴリーKに最も有効的な戦術。
子日が『通信』と言った艦娘が気を失い、力も失った瞬間、他の艦娘達とあたふたし始めた。その力の恩恵が一気に無くなって、何も見えなくなったからである。
子日が斃した艦娘の持っている力は『通信』ではなく、『電探』の曲解。一定範囲の全ての情報を把握する力。探知機の性能を大幅に捻じ曲げて使っている力。
しかも恐ろしいことに、その情報を仲間と共有することも出来てしまう。故に、操縦持ちが鎮守府内の情報を全て把握していた。執務室にいたのは、ここが一番安全だからと言える。何故なら部屋そのものが
しかし、その『電探』であっても、子日の『迷彩』を見破ることが出来なかった。妖精さんですら裸眼で見て初めて消えたことがわかるようなモノなのだから、電探ごときでは感知すら出来ない。
「うわ、確かに子日はここにいるけど、仲間ごと撃とうっていうのは良くないよ」
敵艦娘の目からは、何もしていないのに1人が壁に突き飛ばされたようにしか見えなかった。
「効率はいいかもしれないけど、せっかくの仲間を犠牲にするのはダメ」
そして、すぐに1人が同じように殴られ、忌雷を引き抜かれた。力を失えば、操縦も出来なくなってただの艦娘になる。殴られているのだからまともに戦闘も出来ず、邪魔にならないように壁に叩きつけられるためそのまま戦闘不能に。
次から次へと、阿鼻叫喚の敵を尻目に、子日は淡々と仕事をこなす。『迷彩』を使いながらも、言葉を口にすることで自分の存在を示し、それによって精神的にも混乱させつつ、全てを自分の掌に置いていた。
「あとは君だけだよ」
何も見えないところから、兵装すら破壊され、気絶させられることもなく拘束されていた。触れられているのはわかるが、それなのに何も見えない。オバケか何かかと勘違いしてしまいそうになり、洗脳されていても未知の恐怖に涙目で震えていた。
「まず、外のみんなを止めてもらえる? 落ち着いて話も出来ないからさ」
慌てて頷く敵艦娘。そして、出来損ないが動かなくなる。それどころか、出来損ないが執務室の扉を開くまでした。
「子日! 上手くやってくれた!?」
「うん、大丈夫。この子がちゃんと話を聞いてくれたから」
夕立にはただ敵艦娘が壁に押さえつけられてぶら下がっているようにしか見えなかったが、そこに子日がいるのはすぐにわかった。
「みんな気絶してるのに、それだけそのままにしてるの?」
「ちゃんと話を聞いておこうかなって思って。この執務室なのに裏切り者の提督が何処にもいないからさ、知ってること洗いざらい吐いてもらおうかなって」
「なるほどねー。それじゃあ、夕立もお願いするっぽい」
子日が壁に押さえつけている敵艦娘の前に立つと、その真横の壁に拳を叩きつけた。それだけでも脆くなりつつある壁に大きなヒビが入る。顔面に直撃したら、間違いなくトマトのように潰れる。
未知の恐怖から現実的な恐怖も突きつけられ、敵艦娘の戦意は完全に喪失していた。
「全部、教えてね」
もう頷くことしか出来なくなっていた。
執務室での戦いは、夕立と子日の手に入れた力によって迅速に終了する。しかし、本命の裏切り者提督の姿は、ここには無い。