「電、ちょっといいか?」
深雪は電の部屋へと入る。真実を伝えるため。世界に対する考え方がガラリと変わるその話をするために。
「あ、深雪ちゃん。イリスさんから後始末のこと聞きました。深雪ちゃんと一緒に残骸を集める作業から始めていくって」
「ああ、あたしもハルカちゃんからそのこと聞いてる。あたしも最初にやったのがそれだったからさ、初めてならまずそれなんだと思うぜ」
自由時間をただ話すことに使う感じに、深雪が電のベッドに腰掛けた。電もそこにいたため、面と向かうのではなく、隣に並ぶカタチとなる。
「深雪ちゃん、電に御用があるのです?」
「ああ、ちょっとな。1つは、電も聞いてた通り、後始末の作業はあたしが教えるってことな。つっても、あたしもまだ三回目だから、頼り切るのはやめてくれよな」
やはり深雪は言い出すのに少し抵抗がある。最初は電から振られた話題を掘り下げるような会話から。これからやるであろう後始末から進めていけば、話したいことにも繋げられる。
まだ空気は和やか。しかし、どうしてもこの空気を壊さなくてはならないと、深雪の表情が少し曇った。それに気付いた電が、すぐさま反応する。
「深雪ちゃん、何かあったのですか? 後始末で何か危ないことがあるとか……」
よくもまぁ気付くものだと深雪は驚いたが、電からしてみれば深雪は表情が豊かすぎて感情がすぐにわかるレベルだと苦笑する。
しかし、それだけわかりやすいということは、深雪が何か別件の、しかも電にはかなり話しにくい内容の情報を持っているのだということが筒抜け。
「……ああ、かなり話しにくいことなんだけどな」
「そんなに、なのです? 電は知らない方がいいようなことなのですか?」
「いや、いつか知ることだから、今知っておいた方がいいと思って、あたしがそれを伝えようかなって思ってたんだ。だけど、実際に話そうと思ったら尻込みしちまってさ」
電に表情を気付かれなかったら、多分まだ言い出せていなかったと語る。言うと覚悟を決めてきたのに、いざ電の顔を見たら心にブレーキがかかってしまった。
そして結果的には表情から読まれて電に勘付かれるという流れである。当然、深雪はそんなカタチで話し出そうだなんて思っていなかったが、なんだかんだ話が始められそうなので、もう一度覚悟を決める。
「じゃあ、話すけど……正直なことを言うと、電にはかなりキツイ話になるから、覚悟をして聞いてほしい」
「そ、そんなに、なのですか……。深雪ちゃんはそれを知って……その、どう思ったのですか」
「滅茶苦茶驚いた。それに、世界の見え方が変わっちまう。でも、あたしは一度休暇を取っていたから何とか耐えられてる」
そこまで言われると、電も話を聞くことに恐怖が浮かび上がってくる。そもそもが優しすぎて小心者の気質がある電なのだから、深雪のこの言葉は殆ど
「電は……もし世界の見え方が変わっちまっても、出来ればでいい、あたしを信じてくれないか」
「深雪ちゃんを、ですか」
「ああ、辛いかもしれないが、あたしはそれでも今の道を選んだ。電の道をあたしが決めるわけにはいかない、電自身の選択が大事なのはわかってる。だとしても、あたしの言葉だけは今だけは信じて聞いてほしい。いや、どうしてもダメだと思ったら拒絶してくれても構わないんだけど」
少々ズルい言い方ではあると深雪も理解している。今から話すことに大分保険をかけていると。
電も、深雪がここまで言うほどの内容となれば、深雪のことすら信じられなくなるくらいの衝撃的な話なのだと感じ取れる。
「……わかったのです。その、聞いてから考える、でいいですか」
「ああ、それで構わない。話さなきゃ、信じられるかなんてわからないもんな」
内容を知らずに無条件で信じるだなんて、いくら相手が深雪であっても難しいだろう。深雪が電をハメるようなことが無いにしても、深雪の本心が電とは違うところにある可能性もあるのだから。
だからこそ、まずは聞く。その後に考える。電にはそれしか出来ない。
その代わり、落ち着けるようにと深雪の手を握らせてもらっていた。その深雪の手はほんの少しだけ震えていたが、大きく深呼吸をしたら震えも止まった。
「……あたし達はこうやってうみどりで後始末のために海を進んでるだろ。その時に、深海棲艦の襲撃にも遭うことはある。あたしが電と出会った時も、夜に襲撃を受けた時だった」
「そうだったのですね……電はあの時ぼんやりでしたから、その辺りはあまり覚えていなくて」
「ああ、だけど、うみどりを襲ってくるのは……深海棲艦だけじゃないんだ。後始末の最中にももしかしたら襲ってくるかもしれない。だから、今のうちに電に知っておいて欲しかった」
電の手を握っている深雪の手が強張る。
「何に……襲われるのです? 野生の鮫さんとか……あ、そういえばこの前、何処のヒトかわからない艦娘さんがいたっていうのがありましたけど、そういうヒト達のこと……なのですか?」
前回の後始末の際に発見された謎の艦影の話を聞いた時、電は謎の艦影が艦娘であると理解した上で、それが敵だったりするのかと加賀に聞いている。挙動がおかしい艦娘が敵対するかもしれないという考え方は一応は持っている。
「……ああ、電の予想通り、敵対する艦娘っていうのがいるんだ」
「電達と仲間同士なのに、なんで……」
ここからが世界の真実に触れる部分。深雪も少しずつ喉が乾いてくる感覚を覚える。
「今の海には呪いってのがあるらしくてさ……あたしと電以外のドロップ艦は……人類のことを憎んでるんだ」
呪いという言葉を聞いたことで、電は頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった。何故そんなことになっている。どうして艦娘が人類を憎む。疑問が一気に押し寄せてくる。
深雪はそんな電の混乱を予測していたように、握っていた手の力を少しだけ強めた。落ち着いてほしいという気持ちを込めて。
「あたしも一度だけ見たことがある。恨みが顔に出てた。正直、怖いとすら思った」
あの時のドロップ艦の表情を思い出した深雪は、グッと奥歯を噛み締める。
絶対に許さないという心の底からの憎しみを、沈む直前まで振り撒いていた。呪いのせいで歪んでしまっていると言われれば理解出来る、恐ろしいほどの負の感情。
「電だってドロップ艦なのです。深雪ちゃんだって。でも、人類は守るモノで、恨みを向けるような相手じゃないのです。なんでそんなことに……」
「……ここからが一番きつい。でも、心を落ち着けて聞いてほしい」
ここから語るのは、過去の人類の罪。呪いが発生した理由。そこに繋がるようにするためには、聞いた時のままを話すしかなかった。
第一次深海戦争では、海から生まれた純粋な艦娘と協力しながら深海棲艦相手に勝利をしたこと。艦娘の研究をさせてもらって、次の戦いがあった場合の対策をしている時に、ほんの一部の悪辣な人間達による、艦娘の力の私的利用。
第二次深海戦争で、研究を続けた結果手に入れた艦娘の力を人間にも使えるようにしたことによって、純粋な艦娘と人工の艦娘が協力して戦争を続けたが、その際にさらに悪辣な人間達がドロップ艦を解剖したこと。しかも、使い潰した艦娘の亡骸を海に投棄するという暴挙に出たことまで。
深雪としても話していてかなりキツかった。しかし、電は話を聞けば聞くほど辛そうに声を漏らし、もう殆ど泣いているような表情になっていた。
解剖された艦娘──信じていた人間に裏切られた艦娘の気持ちを投影してしまっていた。実際に見たわけでもないのに、深雪に伝えられた情報だけに共感するカタチで電は呪いの発生源を実体験しているかのような感情を持ちかけていた。
電は感受性が非常に強かったため、想像からでもその心の痛みを強く受けることになってしまったようだ。深雪がやられる側だけでなくやる側の痛みを理解出来ているのと同じ、むしろそれ以上に、電は全ての痛みを自分のことのように感じることが出来てしまった。
カテゴリーW、
「そんなの、そんなの酷いのです。酷すぎるのです。電達は、ただ人間さん達の平和のためにって、思っていたのに……」
そう思うのは当然のこと。信じていた者から裏切られるような感覚。背後から撃たれたようなものだ。
ジワリと、電の中に黒いモノが生まれかけた。それは、カテゴリーMが持つ人類への恨みと同種の感情。感受性の強さが、それを生み出そうとしていた。
それこそ、まるでオセロのように。深雪から話を聞いただけで、数多の
「電……その気持ちはわかる。わかるけど、落ち着いてくれ。あたしだって、そんなことやった人間が目の前にいたら、間違いなくぶち殺してる。あたし達の仲間の思いを踏み躙ったクソ野郎共は絶対に許さない。だけどな」
落ち着かせるように、手だけではなく身体も包み込むように抱き締める。背中を撫でながら、黒く染まりかけた電の心をもう一度ひっくり返すように、深雪の白で挟み込む。
「他の人間まで同じじゃあない。電は、ハルカちゃんもそういうことをするような人間に見えるか?」
悪辣な人間なんて、この世界に幾千幾万といる人間の中でもほんの一握り。電の知る人間があまりにも少なすぎるというのはあるが、その中でもトップクラスに善人、聖人君子の域に達しているとすら感じられる伊豆提督を知っているのだから、人間が誰も彼も信用出来ない存在ではないことくらい、電でも理解出来るはずだ。
深雪はそれに加えて保前提督や軍港都市の人々との触れ合いがあったため、悪い人間は本当に少ないということを身を以て体験している。
軍港都市の人間達は、全員が全員明るく元気で善意の塊のような者達ばかりだった。思いを馳せれば、悪い思い出が一つも無い。
「あたしが見てきた人間は、そんな悪い奴じゃない。あたし達を利用しようとしている輩なんて、今は何処にもいないはずだ。人間の一部……あたし達の知らない人間が、仲間を利用して命を搾り尽くした事実は変わらないけど、だからといって全人類がクズってことは無いんだ」
言い聞かせるように、電の耳元で訴えかける。温もりと言葉で電に納得してもらえるように。
自分の思いを押し付けたいわけでは無いのだが、電が自分の力で納得して、改めて自分と友達になってほしいという気持ちで。
「……本当に、本当に信じられるのですか」
「ああ、あたしが保証する。人間は、捨てたもんじゃない。あたしがまだ悪い人間を見ていないから言えるだけかもしれないけど、でも、少なくともあたしが見てきた人間は全員信じられる」
電はもうグチャグチャの顔をしていた。負の感情が全て煮詰まってしまったような、そんな顔を。
「それに、な。あたし達の仲間の艦娘も……みんな元々人間なんだ」
「……えっ」
呪いによって、艦娘も敵となった今、世界を守れるのは人間しかいない。過去の悪辣な人間の尻拭いを、残された人類がしている。その技術は悪辣な人間の研究から齎されたものかもしれないが、だとしても、もうドロップ艦を利用しようだなんて思っていない。
「今はいない人間の、犯してもいない罪を償うために、艦娘になって戦ってるんだ。そんなみんなを、敵だなんて思えるか?」
海の呪いは全人類に憎しみを持つようにされているが、電は呪いに侵されているわけではない。事実を知ったことで、その感受性により同じような憎しみに囚われかけただけだ。
ドロップ艦は今の時代の人間を知らない。故に、呪いに囚われて全人類に憎しみを向ける。だが、人間を知っている電ならば、それを跳ね除けることが出来る。深雪はそこに賭けていた。
「みんな優しいだろ。みんな楽しいだろ。みんな強いだろ。それがわかっているなら、電の答えは……あたしと同じになるはずだ。それでも許せないというなら、あたしは何も言わないし、何も言えない」
これで電が人類への敵対を選択したとしても、深雪は止めることはしなかった。説明が説得に変わるだけだ。
「……正直なところを、言うのです」
「ああ」
「深雪ちゃんの言うことは、本当のことなんだと思います。だとしたら、やっぱり人間は怖いのです。許されないことをしていると思うのです。電も、それについては許せないのです」
やはり、真実を知ったことで人類に対する不信感は芽生えてしまっている。それは仕方ないこと。
「でも、電の仲間……たった一人の仲間である深雪ちゃんが、人間を信じることが出来るというのなら……信じます。人間をじゃなくて、深雪ちゃんを信じます」
これだけが、電の心の支えとなる。ここにいる者達は、全員が善人と言えるくらいに優しく強い。それは電だって理解出来る。しかし、芽生えてしまった不信感はどうしてもその考えを濁らせる。
それを、同じ存在である深雪の考え方に照らしてもらうことで、迷いを払拭する。電の中の黒を、深雪の白によって明るくしてもらう。
人間への不信感は、深雪には適用されない。何故なら、深雪は人間では無いのだから。元々の信頼度はこの話がされても落ちることは無かったのだ。
世界の真実を知り、その見え方が変わってしまった電だが、深雪の隣にいれば、この不信感は払拭されるだろう。
このまま後始末屋として作業をしていけば、仲間達への不信は失われるはず。深雪はそれだけは確信していた。
電はついに世界の真実を知り、人間への不信感を芽生えさせてしまいました。でも、後始末屋にいれば最低限の払拭は出来るでしょう。その状態で軍港都市に行ければ、もっと良くなるはず。