裏切り者の鎮守府、その執務室には地下に降りることが出来る隠し通路があることが発覚。戦闘中にその場で戦意を喪失し、忌雷も抜き取ったことで自分の意思を取り戻した羽黒から、そこから提督が出て行ったことを聞いている。
この戦いを終わらせるためには、この先に行かねばならない。罠が仕掛けられている可能性も考えて、まずは『迷彩』の曲解を使った子日が先行して降りることで、先に何があってもその力で何もされないことを保証した状態とする。
「扉閉まらないようにしておいてねー」
「爆破するっぽい」
「それ以外どうにかする方法無ぇのかよ」
少なくとも、この先に向かった者達は、この先にある何かがココからまた戻ってくることになるだろう。一方通行に造っているとは思えないため、おそらく内側からでも開けられるはず。
しかし、何をされるかわからない以上、最悪を考えて、この入り口は開きっぱなしにしておかねばならないだろう。夕立が提案した、そもそもこの通路の扉部分を破壊し、開きっぱなしにしておくのが一番の得策。
「白雲ちゃん、うまく凍らせておくことは出来ないかしら」
「お任せを。ある程度は加減して凍り付かせてしまいましょう」
爆破というのは流石に危険であるため、開閉の場所を白雲が凍結させることで、この地下通路の入り口は閉じることが無くなった。万が一のことがあっても閉じ込められる心配はコレで多少は無くなる。通路そのものを爆破されることや、降りる梯子が破壊されたらその限りでは無いのだが。
「羽黒ちゃん、降りたらまた別の場所から出られるなんてことはないかしら」
「……あります。この下に出口が……でも、今はそれが使えるかどうか」
羽黒自身がこの下に降りたことはないらしく、話だけは聞いていたという程度。だが、ここから先でも外に出ようと思えば出られるらしい。
しかし、そこで使えるかわからないと言っているのは、この先の出入り口が電子制御だから。海中から出ていくことも可能なように潜水艇を用意しているが、海中からの発進を考えると、どうにもこうにも天然のままというわけには行かなかったようである。
つまり、ハッキングを受けたことでそこは動かなくなっている。海中から出ていくなんてことは出来ない。潜水艦を警戒するなら最初からその選択肢は無いが。
「足で外に出られる場所があるかは……私にはわかりませんが……陸との通路もあるとは思います。そこは流石にアナログ……かと」
海中でどうにかするモノは電子制御だが、執務室の出入りと同様にアナログで外に出られる場所もあるのではないかという予想はしていた。今頃既にそこから逃走済みということも考えられる。
ただし、鎮守府に向かっている間にそこから外に出たような者は今のところ見ていない。そのため、鎮守府内で足止めを喰らっている間に逃げ果せているなんてことも考えられる。
ただ、羽黒は詳しいことはわからないと謝るしかなかった。ここに地下があることは知っていたが、その際に提督についていくものは選ばれた者のみであるとされており、羽黒は
「ともかく、追わないと先には進めないわね。奴がここにいないならいないで、少なくともここにいる艦娘達を救わなくちゃいけない。みんな無傷であれば、いつかは更生出来るはずだもの。どうであれ、絶対に救うわ」
そんな伊豆提督の言葉に、羽黒はぐっと泣きそうになる。本来の提督としてのカタチはコレが正解であり、自分が従ってきた提督がおかしかったのだと、ここでついに理解出来た。洗脳教育は、ここで晴れて失われたということになる。
先行した子日が梯子から下まで降りると、それが割と深いことを知る。ビルで例えるなら3階分くらい。軍港都市の地下施設に潜入していることもあって、それくらいだと直感的に把握。
床はそれなりに綺麗ではあり、手入れもそれなりに行き届いていた。ここ最近も使ったことがあるような地下通路であるとわかる。
「今のところ何も無いよ。降りてこれるー」
子日からの合図を貰い、部隊は次々と降りていく。ここまで来るのに気絶している敵艦娘達は、まだ目を覚ましそうな連中だけは白雲がしっかり凍結させて動けなくしているため、一応の安全は確保してあった。
また、執務室にいた敵艦娘は部屋から追い出すと同時に、扉も開かないように施錠し、天井の穴も凍結でしっかり塞いでいる。しばらくは誰も入ってこれないだろう。
子日の言葉に従い、まず降りたのは緊急時に対処出来る深雪。その後は、その対処をより確実に出来る電。梯子は少し危ないかもと、深雪が電を下から支えられるようにしていた。
「ありがとうなのです。本当にここには何も仕掛けられていないのです」
「ああ、余裕なのか、むしろ
「どちらにしろ、入りやすいのは助かりますね」
そこから次々と地下に降りてきて、最後は伊豆提督が降り立った。羽黒も今回ばかりはついてきてほしいと、最後から2番目に降りている。名目上は捕虜。実際はあの場所にいても危険であるため、ついてきた方がやりやすいという理由。
地下通路は艤装を装備した艦娘が2人は並んで歩けるくらいの幅。もし戦闘があったとしても、鎮守府内で戦うのと同じくらいの狭さ。
だが、その通路もすぐに終わる。少し歩けば、籠城するにはもってこいの少し開けた空間があり、その向こう側には電源が落ちていることが一目でわかる、海中からの出口が見えた。潜水艇も鎮座しており、ここからは脱出不可と判断したのが見てすぐ理解出来た。
「工廠とは言わないけれど、そこそこ広い部屋ね。天井もあまり高くは無いみたい。電ちゃん、グレカーレちゃん、念のため、天井に向けて電磁波を照射してもらえる?」
「了解なのです」
「りょーかい。部屋に入ったら天井に忌雷ビッシリとか嫌だもんね」
少し陣形を変え、2人に電磁波照射をお願いした。やってみても何も起きなかったものの、それくらい慎重に行くべきである。
何せ、この地下通路、困ったことに電気がついていない暗闇の空間。今は電のマルチツールに備え付けられている探照灯で明るさを保っているが、それが無ければ目が慣れるまで困るところだった。子日はその辺りもうまく攻略して、周りを確認しているに過ぎない。
「煙幕は準備しておく。白雲も頼むぜ」
「いざとなれば周囲を全て凍らせます。肌寒さは我慢で」
充分に警戒しながら広間へ。ここで戦闘があったとしてもある程度はどうとでもなる。それこそ、裏切り者の提督が潜んでいるなんてことも考えて。
部隊が全員入っても余裕がある空間。探照灯を持つ者が電のみのため、進行方向は常に照らし続けるが、後ろは当然として横も危険ではある。
そのため、伊豆提督の提案で、なるべく壁際から離れないように行動を心掛けた。せめて背後の安全さえ確保出来ていれば、少しでも注意を別方面に向けられる。
「ここで何かを研究していたなんてことは無いようね。あくまでも外部に何かを持ち出すか、外部から何かを搬入するかのどちらか、という感じかしら」
広間はあくまでも広間であり、工廠のように何か機材があるわけでは無い。倉庫代わりに使われていたのか、いくつかの少し小さめのコンテナが置かれているという程度。
今はそれが何かを調べている余裕もなく、だからと言って破壊するのも憚られるのでそのままで。念のためそのコンテナにも電磁波を照射しておき、突如中から忌雷が溢れ出るという事態は回避。
「隠れていろいろやってるってなら、やっぱ後ろめたいことがあったって事だよな」
「そうね。堂々とやれないなら、それはもう正義でも何でも無いわ。……出洲は研究が理解されないことがわかってるから邪魔されないようにしているなんて言ってたけど」
自分達の行動を正当化しているだけの、中身があるのか無いのかわからないような言葉を思い出し、伊豆提督は嫌そうな顔を見せる。
「通路は……2つね。向かえるのは真逆だけれど、より陸地に繋がる方が逃走経路としては妥当かしら」
海中の出口とは真逆にある通路、海から遠ざかるための道は、そこが脱出するための出口があるというのなら、間違いなく陸の中に出るモノになるだろう。脱出を成功させると提督や艦娘が陸から出てくるという珍事に繋がるのだが、深海棲艦相手ならばこれ以上に安全な事はない。陸に上がってくる深海棲艦はほとんどいないようなモノなのだから。
もう片方の道は、海に沿って伸びていると思われる通路。そちらはそれこそ倉庫などになると考えられる。表に出せないようなモノがここに置かれている可能性もある。
「まずは裏切り者を捕えることを優先しましょ。探索は終わらせてから、別の部隊に任せてもいい。アタシ達の仕事は、あくまでも裏切り者の捕縛なんだから」
「うす。電、あっちに向かうから探照灯頼むぜ」
「なのです」
広間を照らすように照射していた探照灯を、陸に繋がる通路に向けた電。
その瞬間、爆音と共に砲撃が放たれていた。
「ぽい!」
だが、それに瞬時に反応した夕立が砲撃の前に躍り出て、『ダメコン』を使って砲撃を弾き飛ばす。部隊の誰かに当たればいいくらいで放たれていそうなそれは、夕立の手によって広間の壁に直撃した。それくらいでは簡単には破壊出来ないような強固な造りのようで、少し埃が舞うものの、突然崩落するような心配は今のところ無い。
「いきなり狙うとか、本当に礼儀知らずっぽい。姿見せろーっ」
挑発するように通路の向こう側に声をかける夕立。それですぐに姿を現すわけがなく、何も言わずに二発目三発目と砲撃が放たれる。
「鬱陶しいっぽい」
しかし、今の夕立にはそれも効かない。放たれる砲撃は簡単に弾かれて壁に向かって飛んでいくのみ。その度に爆音が鳴り響くが、広間はまだまだ無傷。
「近づいて来ないと当てられるものも当てられないよ。そっちの弾切れの方が先だと思うけど?」
夕立の挑発は止まらない。弾き飛ばした後、手をクイクイと動かしてかかってこいというジェスチャー。他の者も電が探照灯を照らした先を見据える。グレカーレだけはそちらでは無く視線誘導と考えて電磁波照射を止めずにいたが。
すると、その通路の向こうからツカツカと歩いてくる艦娘が1人。当然裏切り者の提督はそこには姿を現さない。
「……叢雲……秘書艦……」
羽黒が吐き出すように呟いた。その姿を見て、深雪もすぐにピンと来た。何せ、それは深雪の妹なのだから。
「悪いけど、ここから先には行かせない」
駆逐艦叢雲──この鎮守府では初期艦を務め、常に提督の隣に立つ、うみどりで言えば神風と同じポジションとなる筆頭駆逐艦、かつ秘書艦。
先程放った主砲は、同型艦である深雪とは趣向が違う、基部から伸びるサブアーム形式。そのため、両手が空いているのだが、そこに持っているモノが大問題だった。
「叢雲、お前それ……っ」
「姉ヅラするんじゃないわよ特異点。アンタのせいで手段を選んでいられなくなったわ」
その手に持っているのは……2つの忌雷。それを
「ふざけんな……っ」
そんなことは許せない。深雪はそれを止めるようと、煙幕を放つために左手を突き出す。それを察していたかのように、電もその左手に重なるように右手を突き出した。2人がかりの煙幕。願いは勿論、『叢雲の無茶を止めること』である。
洗脳教育によって敵になっているとしても、それが妹でなくても、深雪はそれをやっていただろう。忌雷が1つ入るだけでも身体が変質するのに、それを2つ、既に入っているのならば3つを体内に入れることになるのだ。身体がどうなるかわからない。
「っかっ……はぁあっ……邪魔するな……!」
忌雷を受け入れながらも砲撃は欠かさず、放たれたばかりの煙幕ならば爆風で届かないように出来ると乱射。誰かを狙うわけでも無く、とにかく煙幕が届くのを防ぐためのそれは、流れ弾がおかしなところに飛んでいくほど。
「我が姉ながら何と無謀な。それでは敬えぬ」
それを更に防ぐために、白雲が鎖を振るう。神風の居合と同様に思い切り振る事で、風は起こさずとも冷気を飛ばした。せめて動きを封じるため。砲撃が無くなれば煙幕も届く。
しかし、砲撃の乱射は思った以上に軌道が読めず、また強い熱も放っていたため、冷気が辿り着くのが想定以上に遅くなっていた。
「届かない……っ」
「じゃあ電磁波だ。多少遠くても、こっちは何よりも速いよ」
さらにグレカーレが電磁波照射。電が照らしてくれている叢雲に向けて、直撃させるように装置を向けた。忌雷の行動を制限出来る電磁波ならば、寄生に対しても多少は有効であろうと考えて。
だが、叢雲もジッとしているわけではない。寄生を受け入れながらも電磁波を回避。動き回りながら砲撃を乱射し、最悪に向けてまた一歩踏み出す。
乱射のせいで夕立も子日も近付くことが出来ず、煙幕も冷気も爆風で届かない。電磁波すら回避されるとなったら、もうその時が来てしまう。
「っかはっ!? 来たっ、これで、特異点を、アイツのために始末して、やれるんだからっ!」
2体分の寄生の反動が叢雲を駆け巡り、大きく身体が跳ねた瞬間、その身体の靄に包まれる。その変化は凄まじいモノであり、骨が軋む音や肉が爆ぜる音まで聞こえてくる始末。
音だけを聞いているならば、それは出来損ないに成り果ててしまうモノとおなじだと、羽黒は感じていた。『操縦』の曲解を持つことが出来たからこそ知っている、適性を持たぬ者の末路。その変化の過程の時に聞く音。
寄生されている時はそれも何も感じず、むしろ適性を持たないことをバカにしていたほどだが、今ならばそんなことはない。ただただ悍ましく、絶望感に打ちひしがれるのみ。
だが、叢雲は違った。出来損ないにはならない。その音は、身体が肥大化する音。忌雷による身体の変化が数倍になったことで、それは
「はぁあああんっ!?」
広間に響き渡る叢雲の嬌声と共に、靄が一気に晴れた。そこにいたのは変わり果てた叢雲。しかし、明らかに先程とは違っていた。
身体は自ら大人となれる深雪と同様に、駆逐艦のそれとはまるで違うほど成長。どう見ても戦艦と言えるくらいとなり、新たに現れた艤装も二回りは巨大化した戦艦のモノ。腕や脚には甲殻のような装甲が纏わりつき、その艤装からは出来損ないにもよく生えている忌雷の触手が蠢いていた。
制服も合わなくなった事で吹き飛び、内側から現れたのは生々しい質感のラバースーツ。首から下を全て包み込んだそれは、生きているかのように蠢き、成長した身体をコレでもかと曝け出していた。
「くふぅうっ、ふぅうっ……堪んないわね、最っ高の気分よ。この力があれば、特異点なんて捻り潰せるわ!」
そして、その変化の昂揚で顔を少し赤らめている叢雲は、完全に深海棲艦化していた。燃えるような赤い瞳を深雪に向け、暴れる悪意と殺意に完全に呑み込まれ、むしろそれを快楽として受け入れていた。
「……クソが。絶対救ってやるぞ、叢雲」
深雪も自らを深海棲艦化させて迎え撃つ。
前代未聞の3体寄生状態は、これまでの敵とは一線を画しているだろう。だが、それに対して恐怖など無い。ただただそのようになった妹の姿が悲しく、そしてそれを促した裏切り者に対しての怒りが上回っていた。