裏切り者鎮守府の秘書艦叢雲との戦いの最中、これまでに無いことが起きた。複数の忌雷を寄生させた叢雲が、
その力は『解体』。うみどりの梅が持つに至ったそれと同じではあるのだが、性質は真逆。梅は無機物ならば何でも解体する力だが、叢雲は有機物、つまり
その力が乗った拳とぶつかり合った深雪の拳は、内部から弾けるように血が噴き出し、破壊されてしまった。腕が無くなっていないだけマシなのだが、その拳は使い物にならなくなってしまった。今は深海棲艦の姿を取っているため、ダラダラと黒い血が流れる。
「くっ……そ……油断したっ。そりゃあそうだよな、力を2つ持っててもおかしくねぇよ」
血が止まらない拳はどうにもなりそうになかった。一旦艦娘の姿に戻るという手もあるのだが、それで『解体』による傷が治るかどうかはわからない。コンバート扱いの変化ではあるものの、今
また、深雪としてもこの傷は少々勝手が違うモノだと直感的に感じ取っていた。おそらく艦娘になったところで傷は治らない。深雪の拳を解体したという事実がそこにある限り、元に戻ることは無いだろう。どうにかするなら入渠しかない。下手をしたら入渠しても何か残る可能性すらある。
「はっ、特異点はぶっ壊してやるわよ!」
この結果が見えたことで、叢雲の殺意はより増した。今の自分ならば、特異点を確実に始末出来る。触れてしまえばこちらのモノだと自覚し、砲撃だけでなく近接戦闘も織り交ぜていく。
そうなってしまうと深雪は防戦一方である。拳同士がぶつかりあっただけで内部から破壊されるような力だ。触れることがトリガーとなってしまうならば、この拳は絶対に受けてはならない。砲撃は尚更だ。
「あれだけ高説垂れておいてっ、随分と逃げ腰じゃないの!」
「やれると思った途端に煽るんだな。そんなんじゃ足掬われるぜ」
「言ってなさい! 何を言ったところで、アンタが死ねばそれでいいのよ!」
叢雲の攻撃を徹底的に回避する深雪。しかし、攻撃の手段がすぐに見つからない。先程のように拳で攻撃すればそこが破壊される。拳がダメなら蹴りならばなんてことも無理。脚を壊されたら敗北にさらに繋がる。そもそも片手は潰されてしまっているため、殴りかかるのもかなり厳しい。
ならば砲撃はと考えるが、深雪の砲撃は
だが、それで深雪が命を落としてしまったら意味がない。それどころか、全体的に見てもよろしくない。ここを乗り越えられたとしても、深雪がいなくなったら本当のおしまいが近付いてくる。それだけは絶対に避けなくてはならない。例え敗北したとしても。
「ならばその足、掬ってみせましょう」
深雪に対して猛攻を続ける叢雲を止めるため、動くのはやはり白雲。コレまでで叢雲が唯一明確な回避を選択した、白雲による凍結。脚を凍らせてしまえば動きを封じることが出来るため、殺すことは無くともこの戦いを一気に勝利に導くことになる。
「アンタ如きにやられるか! 特異点の腰巾着が!」
しかし、叢雲は警戒を怠らない。今はそれが最も危険だと把握し、深雪以上に白雲を止めるべきだと、すぐさま砲撃を放つ。深雪は拳で、白雲は火力で、確実にその命を奪うために攻撃を続けた。
白雲とてここまで来るのに幾度となく戦いを経験している。その砲撃は大きく移動することで確実に回避するが、それは深雪の援護がしづらくなることを意味している。
「腰巾着で結構。あたしはその方が楽しく生きられると思ってるから選んでんだ。アンタみたいにいいように使われて死ぬような、クソみたいな生き方じゃないからさ、誇りに思ってるよ」
白雲が回避出来たことを確認して、今度はグレカーレが背後から剛腕を振りかぶって接近。深雪への攻撃を止めるため、まずは自分に注目させる。グレカーレにはその力もある。
「さっきアンタ、あたし達が人間じゃないからわからないなんて言ってたよね」
グレカーレの一撃が、叢雲の艤装を抉るように破壊する。しかし、それは『修繕』により瞬時に回復。とはいえこれによって一瞬でも叢雲の攻撃が止まる。
「もしかしてアンタ、ここのテートクの
質問しながらも攻撃は止めない。もう片方の剛腕で殴りつけ、直ったばかりの艤装をまた破壊。それも瞬時に回復するが、お構いなしにパンチを連打。
いい加減鬱陶しいと叢雲の視線は深雪や白雲ではなくグレカーレに向いたが、都合がいいとその顔面に向けて剛腕を振るう。
しかし、それは叢雲が回避を選択したことで空振りに終わる。そこでさらに攻撃を受けないように、身体を回転させながら腕を振り回し、攻防一体の一撃とした。これには叢雲も間合いを取らざるを得なくなる。
叢雲は裏切り者提督の実の娘。グレカーレのこの問いに、叢雲はすぐには答えない。図星とも言えるし、何か違うような表情も見せる。
「深雪ちゃん!」
その隙に電が深雪に駆け寄り、解体された拳に対して治るように願った。あくまでも補助装置ではあるが、その願いが叶ってほしいと、心の底から。
深雪も煙幕を手に纏わせると、血は止まらずとも痛みが緩和されたように思えた。電の願いが、苦しみからの解放に少しだけ貢献したと言える。
しかし、治るところまでは行かない。吹雪が伊203を治療したという実績があるものの、やはり深雪は吹雪ほど特異点の力を使いこなせていないのか、それともそもそもの質が違うのか、対象が自分の身体だからというのも関係しているのか、これに関しては厳しいようである。
「悪い、大丈夫だ。まだやれる。電、電磁波を常に叢雲にぶつけておいてくれ」
「りょ、了解なのです」
すぐさま電磁波照射装置を叢雲に向け、少しでもその動きに支障が出るように電磁波を放つ。見えない光線は避けることも難しく、叢雲が明らかに嫌な顔をした。体内の忌雷にもしっかり効いている。
だが、それで動きが完全に止まるというわけでもない。今の叢雲には、不快感があるという程度になってしまっていた。
「実の娘だったら、アンタはパパがこんな極悪非道なことをやってんのに止めるどころか一緒にノリノリでやっちゃってるってことだね。褒められるところ何処にも無いじゃん、このゲス野郎」
それを知りながらも、グレカーレは煽りを止める事はない。
「いいこと教えたげる。うみどりで保護されたアンタんとこの艦娘の言葉だ。『こんなことをするために艦娘になったんじゃない』だってさ。アンタ達のやってること、元仲間からもそんな風に言われてんだよ。それが平和だって言うの? ちゃんちゃらおかしいね」
鼻で笑いながらも、目は全く笑っていない。
「自分の父親が外道に堕ちそうなら、一緒に歩くんじゃなくて、正しい道に戻すのが娘ってもんでしょうが。あたし達は確かに親ってのはわからないけど、でも姉妹はいる。それが悪の道に染まりそうなら、そうならないように手を伸ばすさ。でも、アンタはそれすらしないで、むしろ同じ道を歩いてる。他人の命を糧にして、ただ自分達が幸せなことを平和だって抜かした」
グレカーレの表情に、余裕が無くなってきていた。話している間にも苛立ちが湧き上がってきていた。姉のマエストラーレが奴らの犠牲になったことを思い出したことで、より一層強い憎しみが心の奥から上ってきていた。
「アンタはつまり、自分達さえよければそれでいいってことだよね。周りのことなんて知らない。何なら、自分達の平和の糧として、使い潰しても何にも思わない、ただの自分勝手な我儘親子ってことだ。その上で、その親は子供をここに置き去りにして、自分だけ助かろうとしてる。自分勝手もここまで来たら清々しいよ。ただのクズじゃん」
叢雲もただ聞いているだけではない。グレカーレの言葉の一つ一つが癇に障る。知ったような口を利くなと、お前達に何がわかると、苛立ちがコレまで以上に強くなる。
だがグレカーレは止まらない。叢雲の心を見透かしたかのように言葉を紡ぐ。最も言われたくないような言葉を選択して。
「まさか、知った口利くなとか思ってる? ミユキのことをさんざん言っておいて? それこそこっちの言葉だよ。何も見てきていないのに、ミユキのことをバカにするな。知った口を利くな。少なからずアンタよりも世界の平和に貢献してるよ。人の命を無駄にするこんなところにいるよりもね」
吐き捨てるように伝えると、グレカーレは剛腕を前に出し、来いよと言わんばかりに手をクイッと曲げる。怪我を負った深雪を守るため、まずは自分が相手をしてやると見せつけた。
「深雪ちゃん……叢雲ちゃんはもう
「ん?」
「『修繕』と『解体』、忌雷が3つ入ってるなら、もう1個、何かしら力があってもおかしくないのです。でも、それはもうずっと使ってる。だから、これ以上新しいことはしてこないと思うのです」
電の観察力、そして状況証拠から、叢雲の力は3つ出尽くしていると断言した。
「その力ってのは……」
「グレカーレちゃんと同じ、『羅針盤』……だと思うのです。だから、叢雲ちゃんの心は、絶対に曲がらない。今の道が正しい道だと思っているから、電達が何を言っても届かないのです……」
グレカーレが洗脳を受けても効かなかった理由でもある『羅針盤』の曲解。自分が行く道から外れない力。
叢雲の行く道は、今歩いている外道。本人がそれを受け入れてしまっているからこそ、今の段階では絶対にそこから外れない。説得は聞かないし、何をしても折れない。仲間にあれば心強いそれも、敵に回ると厄介極まりない力。
ならばやらねばならないことはたった1つ。その力すらも奪い取り、まずは話が出来るようにすること。道を正すため、道を固定している『羅針盤』を破壊する。
「それに……もう時間が無いのです。叢雲ちゃんの身体……やっぱり無理をしすぎてるのです」
「……あたしにもそれはわかった。アイツ、あのままだと……ぶっ壊れるぞ」
叢雲がそれを自覚しているかはわからない。だが少なくとも、その兆しは見えていた。足下に、ポタポタと血が落ち始めていたのだ。『修繕』があるにもかかわらず。
「死なせはしねぇよ、絶対に。羅針盤があろうが、道を正してやる」
深雪の決意に呼応して、その拳──
ただの煙幕では無い。深海の血が混じった、真っ黒な煙が。