忌雷を3体寄生させた叢雲は、それによって3つの曲解を手に入れていた。
1つ目は『修繕』。あらゆる傷を瞬時に治すことが出来る力。生身も艤装も出来損ないと同じかそれ以上のスピードで完治する。それによって、外れたリミッターの中でも容易に行動が出来るようになっている。
2つ目は『解体』。うみどりの梅とは逆の、触れた生身を破壊することが出来る力。ただでさえ火力が戦艦となっているところに、慣れない近接戦闘ですら強力無比な破壊力を手に入れている。
そして3つ目。実際は、
自ら定めた道から、何をされてもブレない心を手に入れる力。精神攻撃の類を全て無効にし、洗脳はおろか、説得すら効かない。悪の道であっても、それが自分の道なのだと定めているのならば、その道からは絶対に外れない、
グレカーレのように正しい道を見定めているのならば、これほど頼もしい力はない。しかし、叢雲のように悪と理解しながらもそれが自分の道だと定めてしまっている者には、持っていてもらいたくはない力である。
しかし、この力の得方は叢雲の身体に非常に大きな負担をかけていた。『修繕』の曲解を持っているにもかかわらず、その足下には少しとはいえ血が滴り始めていたのだ。修復すら間に合っていない、自己崩壊が始まろうとしている証拠。
忌雷を使った強化は、瞬時に大きな力を得ることが出来る。だが、それは1人につき1体までだ。そう作られているわけではないが、そうでなければ大きすぎる力で身体が壊れる。ただでさえ適合出来なければ命を食いちぎられ、出来損ないというバケモノになってしまうような力だ。それを複数体使って、身体が無事なわけがない。
「アンタさ、忌雷を2つ追加で寄生させたでしょ。それ、アンタの選択?」
真っ向勝負を仕掛けながらも、グレカーレは叢雲に問うた。忌雷を1体寄生させるだけでもそれなりに博打なのだが、そこに追加するだなんて普通では無い。
「それがどうしたってのよ! 今更命乞いでもするつもり!? アンタにくれてやる分なんて無いからとっとと死ね! 特異点の腰巾着が!」
「それがここのクソテートクの指示だってなら、リスクあるのにアンタにやらせてる時点で、アンタのことなんてどーでもいいってことだよね。死んでもまぁいいかくらいで考えてる。自分が逃げるための駒に過ぎないってことさアンタは」
叢雲が覚悟の上で自らこうすると言い、それを裏切り者の提督が呑んだというのならば、まだ別に構わない。それは自分の選択。より強力な力を自ら選択した結果が崩壊。
だが、叢雲自身の選択ではなく、提督の指示でやれと言っているのならば話は別。叢雲の命のことなんて何も考えておらず、失敗したところでそれだけのこと。リスクが高い手段であっても、
提督と叢雲がどういう関係かは知らない。だが、実の娘であってもそれが出来るというのならば、そこには愛など1つもない。自分の命を繋ぐための、ただの道具としか思っていないことになる。
「減らず口ばかり! 勝てないと思って口でどうにかしようとしてるわけ!?」
「そう思うならそう思っておけばいいよ。ねぇ、シラクモ?」
叢雲の攻撃を避けるグレカーレが目を別の場所にやった。叢雲の中で今最も危険な相手は『凍結』の白雲。自己修復も何もかもを凍りつかせるその力は、叢雲の持つ『解体』と同様に、触れた時点で終わりに繋がる。
故に、叢雲はすぐさま回避行動を取る。鎖を使った中距離の攻撃もしてくる以上、直接触れて解体することは容易では無く、近付けばその鎖によって凍結させられる。
「こんな簡単な手に引っかかるとか、随分と余裕が無いねぇ」
「流石でございますグレ様」
しかし、白雲はその視線とは逆方向にいた。グレカーレがやったのは、ただの視線誘導。言葉と目をうまく使って、そちらに白雲がいると錯覚させただけ。非常に簡単で、余裕があればそれがトリックだと気付けるくらいに稚拙なモノ。だが、叢雲には今、それを見破ることが出来る程の心の余裕が無かった。
「その動きを止めよ」
ダンと踏み込んだ白雲の、神風直伝の居合。手に持つのは鎖ではあるが、その鋭さはこれまでとは違う。触れれば斬れる程の鋭い一撃が、叢雲を凍結させるために放たれた。
そのまま行けば、腕どころか身体にも巻きつき、そのまま凍りつかせる。動きさえ止めてしまえばこちらのもの。白雲とて、叢雲を殺すつもりで戦ってはいない。何故なら深雪がそれを望んでいないから。
「こっの……させるかぁ!」
しかし、忌雷3体分の力を得た叢雲は、信じられないような挙動で身体を捻り、主砲を白雲に向けた。そんなことをしたら、遠心力やら何やらで、叢雲の身体がバキバキに折れ曲がってしまってもおかしくない。だが、それも『修繕』によって完全にカバーし、無理のある動きを可能にしてしまっていた。
鎖の居合は艤装によって阻まれる。触れたところから凍結し始めたが、叢雲は一切お構いなしに砲撃を放った。艤装が爆発したところで凍っていなければすぐ直る。身体が傷ついたところで、凍っていなければすぐ治る。だが白雲は治らない。これだけ距離を詰めた状態での砲撃は、簡単に避けられるわけがない。
「っく……!」
白雲も咄嗟の判断で全て凍結させる前にその場から移動を図る。掠めるだけでも危険ではあるが、それでも命を落とさずにいられるなら充分。直撃で無ければまだ死には至らないはず。
しかし、叢雲はさらにその上を行こうとしていた。白雲が避ける方向に、主砲を傾けてきていたのだ。咄嗟の判断に合わせて、かなり身体に無理させて。心に余裕が無い分、身体は考えるより先に動いていた。
「なっ……」
「いい加減っ、死──」
「やらせねぇ!」
主砲を放とうとした瞬間、叢雲は真横から突然強い力で突き飛ばされるような衝撃を受けた。そのせいで体勢は完全に崩れ、砲撃も本来狙った位置から外れる。
「ぐぅっ……!?」
しかし、その衝撃、そして火力は白雲の半身を焼き、大きなダメージを与えてしまう。とはいえ死ななければ安いと、白雲は歯を食いしばって倒れるのを耐えた。鎖を握っていた腕は砲撃によってズタズタにされ、もう鎖を握る力すら失われてしまっていたが、血塗れながらもその場で踏ん張った。
「シラクモ!?」
「だ、大丈夫で、ございます……白雲は未だ健在……深傷ではありますが、命には届きませぬ……っ」
痛みで苦しそうな表情と声色だったが、まだ戦えるともう片方の手に鎖を持ち替えた。その鎖も、今の砲撃で千切れ飛んで、これまでの使い方は出来そうにないのだが。
出血を止めるため、まずは自分の傷を凍結させた。痛みがほんの少しでも緩和したものの、かなり厳しいのは見て取れる。
「誰が何をした!」
突然突き飛ばされるような衝撃を受けた叢雲は、その方向を睨み付ける。そこにいたのは、当然──
「やらせねぇよ叢雲。あたし達はここから生きて帰らなくちゃいけねぇんだ」
叢雲の『解体』によってズタズタにされた拳を叢雲に向けている深雪と、その身体を支え、自分に血が付着しても構うことのない電。深海の真っ黒な血を撒き散らしながらも、そこから溢れ出る血によって黒く染まった煙幕が漂い、それが叢雲に襲いかかる。
「懲りずに煙幕ばかり!」
「でも、今回のは一味違うぜ。あたしもキツイ分な!」
煙幕が叢雲に向かうと、それは煙とは思えない質量を持って叢雲を突き飛ばし、その場から動かしていく。戦艦の身体を手に入れているのに、その衝撃で足が浮くのがわかった。
「なっ、なんっ」
「ただの煙幕じゃねぇ。あたしの血が混じってんだ。その分、
ただの煙ならばこんなことにはならない。だが、特異点の血が混じったことで、煙としての性質が変化していた。
元々敵の攻撃を防ぐ、質量を持った煙幕というモノが扱えたこともあり、この血混じりの煙は、よりその性質を強めていた。血が霧散すれば質量など存在しないのに、特異点の力が加われば、こうも変わる。その血には、強く強くその願いが込められていた。
「それに、あたしの願いが詰まってんだ。その分重さが違ぇよ!」
その願いはいつものモノ。『誰も傷つかない』こと。その優しい願いが質量となり、白雲を救うに至った。とはいえ、願いがそのまま叶っているわけではないので、深雪は少し悔しそうにしていたが。
「白雲っ、大丈夫か!」
「問題、ありませぬ……! お姉様のおかげで、白雲は別状など!」
ズタズタの腕であっても気丈に振る舞い、深雪に心配をかけまいと、より強く踏ん張った。
「電、白雲の応急処置頼めるか」
「なのです。深雪ちゃんは……」
「叢雲と決着をつける。大丈夫だ、グレカーレもいるからな」
怪我人を今すぐどうにか出来るのは、マルチツールを持つ電だけだ。それでも完治までは持っていけず、今ここで少しは活動しやすくする程度。白雲も特機に寄生されているおかげで自己修復を備えているものの、重傷であることは違いない。少しでもその修復を早くするためにも、電が少しでも手を加える。
深雪だって破壊された拳がまだ痛みを生み続けている。煙幕を出すのも、電の支えがあるからこそであり、腕を上げるのもかなり苦しい。特機を寄生させているわけでもないので自己修復だって持っていないのだ。
だとしても、深雪は毅然とした態度で叢雲を睨みつけた。早く終わらせねばならないのはわかっているが、だからと言って焦ることもない。痛みを堪えながらも冷静に深呼吸し、そして構える。
「叢雲、お前がどんな事情があって、そんなことやってるかは知らねぇ。グレカーレの言う通り、そっちの司令をどうしても守らなくちゃいけないのかもしれねぇ。でもな、だからといって、それが正しいだなんて微塵も思っちゃいねぇぞ」
血の煙幕に突き飛ばされたことで、より怒り心頭の叢雲に、深雪は説教するように語る。それがさらに逆鱗に触れる行為であると理解しながら、あえて踏み込んだ。
「だから、もう考えねぇよ。お前はここでぶっ飛ばす。これまでの行いを反省しろ。傷付いたからって、傷つけていい名目にはならねぇけどな。でもお前は、それくらいしないと止まらねぇ。だったら、姉ちゃんがぶん殴ってやる。覚悟しろよ」
血塗れの拳を握ると、そこからより強く煙幕が溢れ出た。
この戦いも終わりが近い。叢雲の限界も、すぐ側まで押し寄せてきている。