裏切り者鎮守府の秘書艦叢雲との戦いはついに決着。血混じりの煙幕により拘束をした後、特機によって忌雷を引き抜くことに成功した。
「処理するぞ……頼むぜ1号」
その忌雷はズタズタにされた拳でしっかり握りしめた。血液混じりの煙幕で燻したらまた何か違うモノになってしまいかねないが、それでも今後のためにやらないよりはマシ。
ただし、握りしめるだけでも深雪は顔を顰める程の激痛を感じる羽目になる。腕がまともに上がらないというのに、それを押してでも叢雲から悪意の塊を抜き取ることを優先した。
「っぐ……やめろ……っ」
「やめねぇよ。こんなモン、この世界に必要無ぇ」
叢雲は未だ抵抗の意思あり。今抜けた忌雷によって齎された力は『羅針盤』に繋がるモノではなかったようで、その態度はまるで変わらない。だが、『修繕』か『解体』のどちらかが失われたのならば、万が一の時でもまだ戦える。叢雲にそんな体力が残っているかはわからないが。
「次だ……! 特機、行け!」
叢雲が拒むのを無視して、特機が2体目の忌雷を引き抜き始める。叢雲はその感覚を悍ましいモノとして感じており、怒りの形相で深雪を睨み付ける。だが、血混じりの煙幕によって押さえつけられていること、そして身体も限界に近いこともあり、今の叢雲はもう何も出来ない。やりようがない。
深雪の指示に従い、特機は次の忌雷を引き抜くために触手を飛ばす。体内を弄り、次のそれを見つけ出した。
深雪自身も消耗が激しく、こうしているだけでもやっとという感じである。だが、叢雲のためだからと振り絞る。
「抜き出せたな、もう片方も燻すぜ」
既に潰された拳で握り締めていることで1体は燻し中だが、上がらない方の腕で2体目も燻す。特機も器用に握り締めさせるあたり、深雪とは非常に息があっていた。流石は1号と深雪も感心しているほど。
そしてこれでも叢雲の態度は変わらない。『羅針盤』に紐付いた忌雷は未だに叢雲の中に入っていると考えられる。
両手は埋まった状態で、煙幕もまだ出し続けているため、深雪の方も限界は近い。早く終わらせないと、叢雲が解き放たれてしまう。
「くっ……そ……」
だが、忌雷が2体抜けた時点で叢雲の身体が急速に変化を始める。深雪達の前で2体の忌雷を自らに寄生させたが、今はその2体が抜けた。つまりは、本来の身体に戻るということに他ならない。
これまでの力が無くなり、萎んでいくように身体が退化していくと、叢雲は元の艦娘の姿へと戻った。もう力も何も発揮出来ない。中にあるのは『羅針盤』のみ。触れられても『解体』されるようなことはなく、『修繕』で全回復されることもない。自己修復は利いているかもしれないが、今はそれすら反応していない。
「最後だ……特機、やっちまえ」
深雪も相当苦しそうではあるが、ここで折れたら話はまた最初からになりかねない。踏ん張って、踏ん張って、絶対に倒れることが無いと見せつけて、叢雲に
「そいつさえ抜けちまえば、お前は多少は考える力が戻ってくるだろ……違う道が見えなくなっちまってるだけだ。違う道に無理矢理行かせようとする奴らから守る力なのによ……お前が見てる道が間違ってたらこんなことになっちまうんだもんな……本当に、使いようだ」
叢雲にその言葉が届いているかはわからない。しかし、やらねばならないことは何も変わらない。真正面から見据え、それを実行に移すのみ。
「それはっ……ぐっ……」
そして、特機はそれに辿り着いた。叢雲の中にある最後の忌雷に触手をかけると、一気に引き抜いた。
その3体目は、深雪の手も空いていないので燻すことは出来ない。よって、特機自身が絞め上げて破壊した。他の特機も出来たことなのだから、1号だって不可能では無い。むしろ、より凶悪な力を発揮して、再起不能どころかそのカタチすらまともに残さないようにするほどだった。
結果的に2体は特機化、1体は始末という流れで落ち着く。特機にはそのまま叢雲の体内を探させ、他にも無いかどうかを確認。予想通り、寄生していたのは3体であることがこれでわかった。
「くそ……くそ……」
これで脅威では無くなったと、深雪は叢雲をその場に寝かせた。とはいえ万が一を考えて、上から煙幕で押さえつける。起き上がれなければ、もう何も出来やしない。そもそもがここまで無理をしてきた反動で激しい痛みに襲われていたのだから、身体も動かせないのだが。
「終わり……だな」
痛みはまだ堪えて、叢雲を見下ろす。最後の意地を見せて痛みを受けても叫ぶようなことはないようだが、指を一本でも動かそうモノなら、身体中に痛みが駆け抜けるような状態であるため、ここから動かすだけでも酷い目に遭うことだろう。
「叢雲……一度話を聞いてくれ。つーか、お前はわかってんだろ。お前んとこの司令がやってることが、どんだけヤバいことか」
「……それでも、私はアイツについていくって決めてるのよ。さっきも言ったわよね……アンタにはわからない」
「家族のことは、親って感覚は特にわからねぇ。でも、姉妹はいる。繋がりってことなら、あたしだってわかる。それならお前が司令を止めてやらねぇとダメだろうが。もう取り返しのつかねぇことになっちまってるけどさ」
ついさっきまでは深雪に何を言われても聞く耳を持たなかったが、忌雷が全て引き抜かれたことで、今はその言葉に少しは耳を傾けるようになっていた。
しかし、叢雲の信念は簡単には折れない。何があったかは知らないが、裏切り者提督に対してかなり強めの気持ちを持っていることはわかる。人間でないとわからないとさんざん言うのだから、グレカーレが指摘した通り、血の繋がった親子が何かなのだろうとは予想しているが、そこは本人の口から聞かねばならない。
「どうしてそこまでするんだよ。そこまで身体を張って、しかもその司令の指示だってなら、お前のことは間違いなく捨て駒扱いだぞ」
「……忌雷を寄生するのは、私が自分で決めたことよ。アンタ達をここで始末するには、それしか無いと言ったのはアイツだけど、選んだのは私。指示じゃない」
あくまでも自分の意思でだと言い切る。提督を庇っているような話し方。
「結局、お前はアレの何なんだ。娘か? それともただの部下か? 秘書艦っつーくらいだし長い付き合いのはわかるけどよ」
「……アンタに教える義理なんて無いわよ特異点。知ったところで何も変わらない」
鼻で笑うものの、身体に駆け巡る痛みで叢雲は顔を顰めた。
「じゃあ、今は話さなくてもいい。お前だって苦しいだろ。無理をさせようだなんて思わねぇよ。休んでろ。どうせ全員纏めて連行だ。それに、あたしも疲れた。お前のせいでな」
そんな叢雲を一瞥して、もう今すぐにその事情を聞くことはやめた。深雪達が聞いたところで先に進められるわけでもないし、ここでの戦いでの消耗が激しすぎるため、話を聞いている余裕は無かった。
叢雲だって、今は口を開いたものの、話すだけでも痛みがあるのだから、これ以上話させるのも酷というもの。
「とりあえず、死ななかっただけマシだと思っとけ。何度も言うけど、あたし達はお前を殺すつもりなんて無ぇからよ」
煙幕は維持し続けるが、深雪も体力の限界が来たようで、その場に座り込んでしまった。今から立ち上がるのはキツイ。そもそも両手には忌雷がある上に、ズタズタであることから身体を支えることも難しい。
「深雪ちゃん、お疲れ様なのです。白雲ちゃんの応急処置は終わったのです」
「おう、んじゃあ次はグレカーレの方も頼む。あたしは最後でいい」
「でも……深雪ちゃんも相当深傷なのです」
「かもしれねぇけど、あたしは叢雲を押さえつける煙幕の維持をしてっからさ。それに、グレカーレを処置しとけば、自己修復であたしよりも先に動けるようになるだろ。あたしは多分処置されても今は無理だ。なら先にあっちだと思うぜ」
血がさんざん抜けたからか、妙に冷静な深雪。電は若干心配になるものの、わかったのですと、グレカーレの傷の手当てに向かった。
「叢雲よう、話したくなったら話してくれ。まだ時間はある。それに、お前がまだやる気だっていうなら、また相手になってやるよ。次もぶっ潰してやるけどな」
「……忌雷無しじゃ勝てないわよ。あってコレなんだもの」
「へへっ、なら今は諦めてくれや」
叢雲の舌打ちが聞こえ、深雪は小さく微笑んだ。
「……私は……」
「ん?」
「私は、もうアイツに捨てられるんでしょうね」
独りごちるように呟く叢雲。その声色は心底辛そうで、しかし諦めも含まれていた。
「あたしはそれをちゃんと知らねぇ。でも、これまでのやり方から考えれば、多分捨てるだろうな。役立たずとか言いそうだ。自分のことしか考えていないなら、そんなことだって平気で言うだろ」
「……実際、私は役に立ってないじゃない。アンタがまだそこにいるんだもの」
そんな叢雲の言葉に、これ見よがしに溜息を吐いて見せた。
「お前さ、もう『羅針盤』は無いんだから、別の道も探してみろよ。絶対にあの司令についていかなくちゃいけないわけじゃあ無いだろうが。間違ってるってわかってるなら、別の道も探せよ。捨てられたなら尚更だ。もう縛られるモンも無くなるってことだろうがよ」
叢雲がそんな諦めを吐くだなんて思っていなかった深雪だが、今は大きすぎる体力の消耗と、敗北によるメンタルの消耗のダブルパンチで、ネガティブに振り切れてしまっているのだと悟る。
だから、傷に塩を塗るようなことはやめておいて、少し強い口調ではあるものの、寄り添うことを選択した。
こんなことになったとしても、それが元人間だとしても、深雪にとって叢雲は妹である。姉ヅラとさんざん言われたが、姉なのだから仕方あるまいと、妹の失った道を新たに拓くため、姉らしく説教をする。
「お前、この世界をどれだけ見てきたよ。あたしは結構見てきたつもりだ。綺麗なモンも、汚いモンも、それなりにな。ちなみにお前は汚い寄りだ」
「……余計なお世話よ」
「それだけ見れば、自分が歩きたい道ってのは見えてくるもんだ。お前は何だかんだ視野が狭いんだよ。狭くされちまったってのもあるかもしれねぇけどな」
だから、まずはこの鎮守府から解き放たれて、罪を償い、世界を見ろと深雪は伝えた。そう上手く行くとは思っていないが、出来ることならば、と。
疎んでいた深雪の姉ヅラも、『羅針盤』を失い、提督から捨てられるだろうと諦めた叢雲の心には、少しは響くモノだった。