時は遡る。
深雪達に秘書艦叢雲を任せることになり、伊豆提督達は叢雲が出てきた通路を走る。本当にこちらにいるかどうかは正直わからないが、叢雲がそちらから来たということは、そちらから指示を受けて広間に向かってきた可能性は高め。
「夕立が先に立つっぽい。あっちにもまだ護衛いるかもしれないでしょ?」
「だね。子日は後ろ見てるよ。あ、ハルカちゃんは全速力でいいからね!」
「頼もしい子達ばかりで、お姉さん嬉しいわ」
唯一の艤装も外しているためついていくのがやっとな羽黒だったが、これでは厳しいと伊豆提督が抱えて走っていた。
そんな抱かれ方をしたら恥ずかしくて死んでしまいそうになるのだが、艤装を装備して、かつカテゴリーWへと変貌を遂げている夕立と子日と
「入り組んでる辺り、割と普通に厄介っぽい。角で待ち伏せとか普通にあり得るよね」
「そうね。だから気を付けてちょうだいね。少し狭いところだもの」
裏切り者の提督が何人でここまで逃げてきたのかはわからない。少なくとも秘書艦は連れてきており、それに足止めをさせたわけだが、それで護衛を全て吐き出したとは到底思えない。2人か3人はそこにいてもおかしくないだろう。
叢雲が追ってきた者全てを始末出来るくらいの力を持っていると過信している可能性も無くはないが、それでも護衛くらいはつける。それは忌雷も寄生されているだろうし、待ち伏せして追っ手を始末するより、提督を守ることに特化した力を持っているのではないかという予想も立てられた。
「だったら余計に夕立が先頭がいいっぽい! ぽーい!」
曲がり角で先陣切ってその先を見据える夕立。そこで主砲を構えて待ち構える敵がいたとしても、夕立ならば『ダメコン』によってどうにか出来る。跳ね返す方向も、天井以外と決めて。
その曲がり角には誰もいなかった。罠が仕掛けられているようにも見えない。叢雲を差し向けたことで、逃げ一辺倒になっているのではとも考えられる。罠などを配置している余裕があるのならば、一刻も早くこの場から立ち去ろうという算段。
「何も無いっぽい。子日、忌雷もないよね」
「見る限りではね。いざ見つけたらすぐに壊すよ」
「多分忌雷もこれ以上は無いっぽい。勘だけど」
何も無いなら立ち止まっている理由などない。行けるところまでスピードを落とすことなく突き進む。
最も厄介なのは忌雷だが、それも夕立と子日が目ざとく見つけていく。暗闇とはいえ、ここまでいれば目も慣れてきていた。探照灯を使わない夜戦みたいなものなのだから、艦娘にはそこまで苦でもない。
「また広間っぽい?」
「みたいね。出口が近いってことかしら」
入り組んでいる割には一本道に近い道を走り続けると、目の前には少し開けた空間があった。今、深雪達が戦っている場所よりはこぢんまりとしているのは、暗闇の中でも見てわかる。
鎮守府側の地下との出入り口は、降りた先が広間にはなっていなかったが、こちらは何やら別の理由があるのか少し開けていた。部屋かと言われればそうとも言えないが、ここで籠城出来るかと言われれば全然可能と言えるくらい。
「いた。
夕立の目がそれを捉えた。その広間には3人の何者かがいる。目が慣れている夕立ならば、それがどんな者かも見分けられる。
「2人は艦娘。今まで見たことないヤツだから、側近なのかも。あと1人は
記憶力もなかなかだと伊豆提督は感心していた。あのオンライン会議の時に映し出された6人の顔をちゃんと覚えているとは思っていなかった。瀬石元帥もこういうことがあるだろうと晒し者にしたのだろうが、それが見事にハマったと言えよう。
そこにいる3人は伊豆提督達を待ち構えているわけでもない。ただ撤退をしようとしているのだが上手くいっていないという雰囲気。艦娘達に出口となる場所を開けさせようとしているが、それに手こずっているようにしか見えなかった。
鎮守府側は潜水艇の件もあるため整備が行き届いていたようだが、こちら側は万が一の時の脱出経路。何度も行き来しているそちらとは違い、滅多にここまで来ないということもあり、整備が出来ていないと見た。
「……こうなるなんて思ってもいなかったんでしょうね。それに、あれだけ部隊を取り揃えていたら、後始末屋に負けるなんて考えもしなかったってことかしら」
伊豆提督は呆れてモノも言えなかった。あまりにも杜撰であり、慢心しか見えない。
そんな提督についてきていた艦娘達が哀れであり、出来損ないにされて命を落とした者達が浮かばれないと怒りも湧いてくる。
素直に出口を砲撃でふっ飛ばそうと考えなかったことだけは評価出来た。そのせいで逆に出口が潰れる可能性もあるのだから、慎重に操作していくのは当たり前のこと。
ここの出口もアナログで管理されていたようだが、時間の経過で建て付けが悪くなっているのか、すんなり外に出られるようにはなっていないらしい。
「追いつけたっぽい! コイツらがアホで良かったっぽい!」
先陣を切る夕立が通路を真っ直ぐ突撃。これだけ叫んで進むのだから、あちらも追いつかれたことに気付く。
出口を潰してしまっては意味がないが、ここに向かってくる道は潰したところで構わないと、出口を開けようとしている艦娘達に砲撃を指示した裏切り者提督。むしろ狙いは夕立だけでなく、広間に繋がる通路そのものであり、瓦礫によって進路を塞いで時間稼ぎをしようとしている。
それをやらせる夕立ではない。自分を狙ってくる砲撃は構わないが、通路を崩されるのは気に入らないと、夕立自身も走りながらも砲撃の構え。しかし、先に砲撃を放ったのは敵艦娘だった。
「閉じ込められるかもだから、ちょっと荒っぽく行くっぽい」
「ええ、大丈夫よ。ついでに出口も潰しちゃってちょうだい。今の世界にこんなモノ不必要だもの」
「ぽい! ぶっ壊してやるっぽい!」
伊豆提督からの許可も出たことで、夕立はニヤリと笑って砲撃を放った。提督にも艦娘にも狙いを定めていない。見ているところは、その出口。開けるのに手間取っているのなら、二度と開かないようにしてやると、激しい砲撃を浴びせかける。
自分に向かってくる砲撃は『ダメコン』によって弾き飛ばし、進路を封じそうならばそれをも破壊。自分達の道は拓き、敵の道は封じる。それだけでこの戦いを終わりに導く。
「よしっ、あっちの道は瓦礫の山っぽい!」
狙い通り、この通路の出口は破壊されて瓦礫と化した。逆に進む道は埃まみれになってしまったとはいえ通れるところがまたまだある状態。
勿論夕立が先頭となり、敵提督がいるちょっとした広間に到着。そして、夕立はまだ止まらない。
「艦娘は艦娘の手で始末つけるっぽい。子日、もう片方お願いね」
「任せて。すぐに終わらせちゃうよ」
その時には、子日は『迷彩』を発動させて姿を消していた。夕立も子日の姿が消えていたので、声をかけた方向にいないかなと苦笑しつつ、裏切り者を守る艦娘に向かってノーブレーキで突っ込んでいった。
砲撃を放ってもそれを適当に薙ぎ払っていく艦娘なんてただの脅威でしかなく、どれだけ撃っても進行が止められないのはもう恐怖にしかならない。その夕立が笑みを浮かべているのだから尚更である。
護衛と言っても、叢雲ほどに強いわけでもない。本当に命を懸けて提督を護るためだけにそこにいるというイメージが強い。戦闘は出来るし、練度もそれなりに高いようだが、夕立には敵わない。
また、もう片方の艦娘に至っては、何かに気付くことすらなく、いきなり殴られたかと思えば忌雷を引き抜かれるという終始意味がわからない終わり方。姿が見えないだけでなく、今回は子日も徹頭徹尾黙って戦闘を進めたため、何もわからずに戦いは終わる。
「ハルカちゃん、あとお願いっぽーい!」
そして夕立も艦娘を軽く殴り飛ばし、砲撃すらすることなく終わらせてしまった。力に差がありすぎると、ただただ恐怖を植え付けるのみの戦いとなった。
「……ありがとう2人とも。それじゃあ、あとはアナタだけだけど、大人しくお縄についてくれないかしら」
裏切り者の提督に睨みを利かせる伊豆提督。相手が人間であることがわかっているのだから、夕立も子日も手出しはしない。やろうと思えば、夕立ならば片手で制圧が可能なのだが、人間相手に艦娘が手を出したら何を言い出すかわからない。
「貴様ら……ここまでしておいてタダで済むと思うなよ……」
言うに事欠いてこの言葉である。伊豆提督は心底ガッカリして溜息を吐いた。
「羽黒、貴様裏切ったのか!? 今ならそいつを後ろから刺せるだろうが! 何故それをしない! 役立たずが!」
殆ど恐喝のような叫びで羽黒を罵る。忌雷が抜け、正気に戻れば、これがおかしいことであるとすぐに気付ける。こんな言い分をする提督についてきた自分が悲しくなった。
捕虜としてここまで連れてこられた羽黒だったが、この鎮守府の真実を改めて見せつけられ、涙を流していた。
「……司令官さん、私はここに辞表を出しに来ました」
「あぁっ!?」
「今ここでよくわかりました。司令官さんは……
羽黒にまで言われたことで、裏切り者提督は顔が真っ赤になっていた。これまでは好き勝手やってこれたのに、会議で晒し者にされ、うみどりへの急襲も全て躱され、脱出に手間取ったことでここまで追い詰められてしまった。
何故こんなことになると怒り、部下が弱いからだと責任を押し付け、自分は悪くないと開き直る。提督どころか人としての器があまりにも小さいと、伊豆提督は殆ど侮蔑まで含んだ目で見ていた。
「ハルカちゃん、夕立がやっちゃってもいいよ。生きてる価値がないっぽい」
「そんなことしなくていいわ。艦娘が人間を殺すようなことがあっちゃいけないもの。特にアナタは純粋種なんだから、こんな腐った人間で手を汚しちゃダメ」
堂々と言葉にした伊豆提督の言葉に、完全に堪忍袋の緒が切れた裏切り者は、懐に忍ばせていた拳銃を取り出した。
しかし、もうその時には伊豆提督は動き出していた。人間業とは思えない異常な速度。拳銃を構える暇すら与えず、それをパシンと叩いた瞬間、その手で裏切り者の頭を掴んで壁に叩きつけた。
「いい加減にしろよ裏切り者」
人間ならば人間を裁ける。故にここからは伊豆提督のターン。