後始末屋の特異点   作:緋寺

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愚か者

「いい加減にしろよ裏切り者」

 

 裏切り者の提督が懐に忍ばせていた拳銃を取り出した時には、もう伊豆提督は動き出していた。人間業とは思えない異常な速度。拳銃を構える暇すら与えず、それをパシンと叩いた瞬間、その手で裏切り者の頭を掴んで壁に叩きつける。

 

「っが……っ!?」

「艦娘はお前が守るべき存在だ。それを役立たずとはどういう了見だ」

 

 本来ならばこれで気絶していてもおかしくないのだが、裏切り者でもそこは提督。ある程度は鍛えられているようで、普通の人間よりは頑丈と言える。そうでなければ提督という役職にはつけない。

 しかし、その地位についているというのに、自分は責任を持たずに部下に全てを押し付け、罪悪感すら持たないどころか、この状況でも自分がやることは全て正しいとすら考えていそうな態度。

 

 それが心底気に入らない。

 

「無能なお前の命令を聞き、ここまで()()()()()いるのに、その責任を彼女達に押し付け、自分は何も悪くないとふんぞり返るとはどういうことだ。仮にも提督だろう」

 

 頭を掴んだまま壁に押し付け、ギリギリと絞め上げながらも、その真意を聞き出す。腹が立つことしか言わないだろうがと最初から諦めているが、僅かにでもこうなった理由があるのならば、ちゃんと聞いておいてやるという最後の優しさ。

 

「はっ……言うこともまともに遂行出来ないようなヤツは無能だろうが!」

 

 しかし、裏切り者もただやられているばかりではない。拳銃は叩かれたが、手放したわけではなかった。顔面を掴む伊豆提督に向けてすぐさま構え直す。

 掴めるほどに近くにいるのならば、避けられるわけがない。どれだけ射撃の腕が下手であっても、押し付けながら引き金を引けば、当たらないわけがない。

 

「……何処までも無能だな」

 

 裏切り者の思惑通り、伊豆提督は掴んでいた頭を放す。いや、()()()()()

 代わりに銃を持つ手を思い切り殴り飛ばした。銃を持っていられない程の衝撃に、指もメキメキと嫌な音を立てる。

 

「ぐっ……貴様ぁ……!」

 

 拳銃がダメならばと、背中側に隠していたナイフを取り出した。護身のために持っていたのだろうが、こうなることを予想していたのか、それとも常日頃からそれを使っていたのかは定かではない。

 

 間近で振り回されたことで、伊豆提督は一旦間合いを取った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この愚か者の言い分をちゃんと聞いておいてやるという情。

 一応は自分の同じ人間。命を奪おうとも思っていないし、こうしていることに何かしらの理由があるならば知っておきたいと。

 

 だが、最初から期待していない。

 

「艦娘の命をここまで使い、悪びれずに無能だとよくも言えたな。自らの無能さを棚に上げて、先のある艦娘達を手駒としてしか扱わない。それが人間のやることか」

「提督っていうのはそういうモンだろうが。部下を使って世界を平和に導く。それが出来りゃ手段なんて関係無いね。死んじまったのはそいつが弱いからだ。雑魚は雑魚なりに有効活用してやってんだよ。役立たずだと思ってたが、充分に役に立ってたな」

「……命を粗末にしておいて、雑魚だの役立たずだの、他に言葉を知らないのか」

 

 伊豆提督の怒りは更に増す。うみどりの仲間達が見たことのないような冷たい表情。出洲と一騎打ちした時ですらもここまでの感情は見せていない。

 

 深雪達すら見たことのない伊豆提督を見ることになった夕立と子日は、心が騒めいた。好戦的な夕立はワクワクするような昂揚感、長く付き合いのある子日はゾクゾクするような緊張感。

 どちらにも共通していたのは、この戦いは邪魔をしてはいけないという感覚。人間同士の戦いに艦娘が割り込んでしまったら、それは逆に伊豆提督を不利にする。あくまでも人間の不始末は人間がけりをつけなくてはならない。それを肌身に感じ、夕立すらも傍観に徹した。

 

「海の上で戦えない私達のために、命を懸けて戦ってくれているのが艦娘だ」

「それを選んだのはそいつの勝手だろ。命を捨ててもいいと思ってここに来たんだろ。だったら、こうやって命を使ってもらって本望だろうよ。平和の礎になれてんだからな」

 

 伊豆提督の限界は早かった。相手がナイフを持っていても関係ない。真正面から突っ込んで、全力の拳を叩き込む。

 裏切り者は伊豆提督のことを愚かだと蔑むだろう。しかし、愚かなのが自分だとわかるのはすぐである。

 

「もういい。これ以上口を開かなくてもいい」

 

 ナイフを振るう暇すら与えない。正面に構えていたとしても、伊豆提督の動きに身体が追いつかない。

 気付けば、伊豆提督の拳が眼前にあった。どうにもならない。何も出来ない。この瞬間だけでも、走馬灯が駆け巡ったように感じてしまった。

 

「仮にも提督という立場の者が、そんな考えを持っていることが嘆かわしい」

 

 避けることも出来ず、その拳は正面から顔面に叩き込まれた。鼻の骨が折れる音と痛み、そして立っていられない程の衝撃。

 これだけ近付かれたのだからナイフを振るえばいいのだが、それすら出来ない程の速さ。人間業とはどうしても思えない力に、裏切り者のその傲慢さにヒビが入った。

 

「ぐあっ……貴様、貴様ぁ!」

「口を開かなくてもいいと言ったが」

 

 完全に見下す目。息も切れておらず、疲れすら見当たらない。圧倒的な力を見せつけて、心を折りに来ている。余計なことをせずにさっさと捕まれと、言葉にせずとも突き付けられている悪寒。

 今の伊豆提督ならば、フル装備の艦娘相手でも、それ以上の力を持つ深海棲艦相手でも、生身で善戦出来るだろう。そんな相手に、ただの人間である裏切り者が勝てるわけがない。ただ喚くことしか出来ず、敵意を露わにするだけ。まるで我儘を振り回す子供である。

 

「真に無能なのはお前だよ。死ななくてもいい命を失い、本来あるべき感情を塗り潰し、ただ自分の我儘を押し通しただけで、世界の平和を目指す者達の足を引っ張り続けた。お前が艦娘に向けて使った言葉は、全てお前に返ってくるモノだろう」

 

 この場では役立たずという言葉を使ったが、それだけではない。夕立と子日に即座に対処された最後の護衛に対しても、扉が開けられないことに文句を言い続け、追いつかれて焦った時にも自分のせいでなく艦娘のせいだと口汚く罵った。何もかもが自分のせいなのに。

 事前の準備が足りない。慢心しているために考えが及ばない。艦娘の力を当てにし、自分のために命すら使わせて。やることなすこと全てが愚か。

 使った言葉──役立たず、クズ、無能──は、この裏切り者を表すには最適な言葉であった。自己紹介しているようなもの、

 

「だから、ここからは償え。一生かけて、自分のやってきたことを悔いろ」

 

 そして、トドメと言わんばかりに渾身の蹴りが胸に突き刺さった。それでも加減をしており、肋骨にヒビが入る程度で済ませた。本気でやっていたら、脚が上半身を貫通していただろう。

 それでも肺の中の空気が一気に抜けたことで、裏切り者の目がグルンと白目を向き、泡を吹いて倒れる。ようやく気を失い、減らず口も止まった。

 

「……さっ、これでおしまい。片付けて帰りましょっか」

 

 裏切り者が終わったことで、伊豆提督もいつもの調子を取り戻した。先程までの冷たい表情は何処かに行き、笑顔を携える優しいオネエのそれへ。

 これこそが伊豆提督だと夕立と子日は実感した。先程までの『伊豆遥』も提督の鑑と言える強さと凛々しさを持っていたが、うみどりの長はこのハルカちゃんなのだと。

 

 

 

 

 

「夕立ちゃん、子日ちゃん、忌雷が無いかどうかだけは調べておいてちょうだい。この期に及んで()()に寄生するだなんてことだってあり得るもの」

「子日の特機を置いておくよ。寄生しそうになっても引き抜いてくれるし、すぐに壊してくれるからさ」

「それなら大丈夫ね。夕立ちゃん、周囲の警戒もお願い。それこそまだ忌雷が潜んでるかもしれないから」

「ぽい! 見逃さないように全部見てるよ。夕立も特機持ってるからね」

 

 事が済んでからは、テキパキと事後処理を進める。伊豆提督が考え得る最悪を徹底的に排除することで、これ以上の面倒事が起きないように。

 

「あーっ、やっぱり忌雷あったっぼい! でも夕立が出口ぶっ飛ばした時に全部死んでるっぽい」

「念のため、カタチも残さないようにしておいてちょうだい。その状態でも寄生出来るなんて言われたら困るもの」

「ぽい!」

 

 見つかった忌雷の残骸も、その状態から再起動なんてことが無いように、完膚なきまでに破壊。それが忌雷であるという痕跡すら残さないようにして対策を取る。

 そのおかげで、潜んでいそうなところは全て捜索完了。ちょくちょく見つかった忌雷も、何かさせることもなく完全に排除。

 

 出口に忌雷を仕込むことで、自分達が逃げ果せた後にやってくる追っ手に寄生させようという算段だったことがわかる。行きに何も無いなら、地下には何も無いかもしれないと気を緩ませるやり方だったか。

 しかし、夕立が真っ先に出口を破壊したことでそれは全て御破算となっていた。逆に、それが無かったら今頃誰かが忌雷の犠牲になっていたかもしれない。特機がここにあるとしても、脅威にはなり得た。

 

「これで本当に終わりね。あとは深雪ちゃん達よ」

「すぐに戻るっぽい。夕立達はまだまだ体力有り余ってるから、まだまだ戦えるっぽいよ!」

「うん、早く行った方がいいかもだよね」

 

 叢雲が忌雷を複数体寄生させたことで深海棲艦化しているのも見ている。あれはこれまでにない未知の敵であるため、4人に任せたとはいえ、戻れるならすぐにでも戻って助けた方がいい。

 しかし、ここには裏切り者とその護衛2人がいるため、それを運ぶ必要もある。面倒だが、やらないと何が起きるかわからないし、ここから離しておかないと、それこそ目を覚ましたときに何をしでかすかもわからない。

 

「2人はそっちの艦娘を運んでちょうだいね。アタシが裏切り者を運ぶわ」

「ぽーい。子日、そっちよろしくね」

「はーい」

 

 軽々と担ぎ上げた3人は元来た方へと目指す。だがその前に。

 

「あ、あの……」

 

 羽黒が口を開いた。

 

「あら、どうかした? 何処か怪我でもしてる?」

「そ、それは無いです。五体満足です」

 

 ワタワタと手を振った後、改めて頭を下げた。

 

「ありがとう、ございました。私達を、この()()から解放してくれて」

 

 これまでは寄生されていたことで地獄であることすら認識出来なかった。だが今は違う。自分のやってきたこと、やらされてきたことの恐ろしさをしっかり認識し、そこから抜け出せたことを素直に喜んでいた。

 

「どういたしまして。でも、ここからが始まりなの。ここは終わったけれど、他にも似たようなところがあるんだもの」

 

 そう、これもまだ終わった話ではない。ここの裏切り者には制裁を加えたが、他にもいるのだ。

 そして、他の鎮守府はうみどりのように慣れてはいない。苦戦は必至だし、下手をしたら返り討ちまであり得る。

 

「今は休んでる暇は無いわね。すぐに戻りましょ。深雪ちゃん達も心配だからね」

「は、はい。私も力添え出来たらと、思います」

「ありがとう。その時はよろしくお願いね」

 

 

 

 

 地下での戦いはこれで終わりになる。裏切り者は呆気なく斃され、この鎮守府はようやく解放されるだろう。

 

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