裏切り者の提督を捕えることが出来たことで、鎮守府制圧戦はこれで終了となる。
提督は伊豆提督が、護衛の艦娘2人は夕立と子日が担ぎ、夕立によって潰された出口ではなく元いた広間の方へと向かった。深雪達に任せた秘書艦叢雲との戦いがどうなったのかは、まだこの時はわかっていない。
「やけに静かっぽい?」
「だね。もしかしたら、終わったのかな」
夕立と子日がそれに気付く。戦っているなら、何かしらの音が聞こえてもおかしくないのに、広間に近づいても戦闘音らしきものはまるで聞こえない。
室内でもバカスカ主砲を放つ叢雲の戦い方からして、音がしないというのならば、それはもうそれが出来なくなったと考えるのが妥当。『修繕』で艤装も瞬時に修復されることは知っているので、主砲も撃てない状況となれば、それは戦闘終了と察せられる。勝敗は現場に行かねばわからないものの、深雪達が敗北しているのならば、叢雲自身が裏切り者を助けるために既に向かってきていてもおかしくないため、そういうところからも勝利したのではと考えることが出来た。
「おーう、そっちも終わったかー」
広間に辿り着くと、そこはかなり酷い光景でもあった。
深雪は現在電によって応急処置中。白雲は半身が傷だらけだったものの、自己修復で中破程度にくらいは回復してきており、グレカーレも目を覚ましていたが、大破状態から自己修復中。無傷なのは電のみという大惨事。
そして渦中の叢雲はといえば、動けない程のダメージを受けている上に、煙幕によって上から押さえつけられ、さらに動けなくされていた。そんな叢雲は既に諦めでグッタリとしているのみ。
「……ここまで苦戦したのね。大丈夫……じゃないわよね」
「んー、まぁ、そうだな。かなり苦しい状況だ。あたしは両腕ぶっ壊されちまった。こいつ生身に効く梅みたいな力まで持ってやがってさ」
「白雲ちゃんとグレカーレちゃんの応急処置は終わっているのです。時間が経てば回復すると思うのです。でも、深雪ちゃんは自己修復が無いので……」
特機特典の自己修復の有用性は、ここにいるカテゴリーW達が理解している。特に『ダメコン』の夕立はその恩恵を十二分に受けている者。
しかし、特機に寄生されていない、いや、おそらく
「すぐに戻って入渠しましょ。梅ちゃんみたいな力と言ったら『解体』だもの。普通の傷とはワケが違うわ。妖精さんでないと治しようがないかもしれない」
「だよなぁ。いや、なんか嫌な感じはしたんだよ。艦娘の姿にも戻らない方が良さそうだなって思って」
「ええ、頑丈な深海棲艦の姿でいた方が賢明よ。確証は無いけれど、その方が間違いはないと思うもの」
そんな話をしているところで、叢雲がそれに気付いた。
「……そう、やっぱり逃げられなかったのね」
伊豆提督に担がれている裏切り者を見て、より深く諦めた。守るべき者、逃がすべき者も捕縛され、この場に連れてこられているのだから、この戦いは自分達の大敗で終わったと嫌でも確信が持ててしまう。
護衛の艦娘達も、夕立と子日がその場に置いたくらいなので、最後の仲間も全滅。抵抗する手段はもう何も無い。
その姿を見たことで、深雪は煙幕をようやく解いた。叢雲を押さえつけるそれは無くなったが、そもそも無茶のしすぎで身体は動かず、少しでも動こうとした途端に全身に痛みが走るほどであるため、拘束があろうが無かろうが動くことなんて出来なかった。
「叢雲から忌雷は全部引っこ抜いておいた、2体は燻したけど、手が空いてなかったから3体目は破壊済み。ああ、こいつらが
深雪の近くにいる少し黒ずんだ特機が、今回叢雲から引き抜いた忌雷の生まれ変わった姿。他の特機と違うのは、血混じりの煙幕によって燻されたから。それでも白に近い色になっているのは、特異点の力の恩恵と言える。
その特機達が伊豆提督に敬礼のように触手を蠢かせると、伊豆提督もあらご丁寧にと小さく敬礼。
「正直、あたし達で叢雲を運ぶのはかなりしんどい。あたしは腕が使えないし、白雲とグレカーレは傷が深いからな。電はピンピンしてるけど、流石に担ぐのはしんどいと思う」
「なのです。この鎮守府に大発があれば、それを装備して運ぶなんてことが出来るのですけど……」
「あったとしてもやめておいた方がいいわね。ここのモノは手をつけない方がいいわ」
接続した時点で何が起きるかわからないのだから、裏切り者の鎮守府にあるものは無闇に使わない方がいいだろう。もし電力が回復したとしても、急ぎだからとココのドックを使ったら忌雷まみれだった、なんてことがあったら目も当てられない。
それ以外でも何かと悪いことが考えられるので、触れないのが一番である。
「く……くそ……」
そんな中、なんと伊豆提督が担いでいる裏切り者が目を覚ましてしまった。そういうところは提督としての器なのか、やたらと頑丈。
その呻き声を聞いたことで、伊豆提督はそれをその場に落とした。気を失ってもいないのに担いでいたら、そこで何をしでかすかわからないためである。
「ぐっ……き、貴様ら……こんなことをして……」
「うわ、絵に描いたようなクソ司令だな。ここまでされてもそんなこと言えんのかよ」
未だに敵対心を持ち続け、まだ自分の方が上だと思っているような言動に、深雪は心底気分が悪かった。
動かれては困るため、伊豆提督が散らばっていた白雲の鎖を使って拘束し、身動きを取れないようにする。そもそも鼻を折られ、肋骨にもヒビが入っている状態なのだから、余計な動きをすると痛みでギャーギャーと喚くのだが。
「叢雲! 貴様何寝てるんだ! 拘束されていないなら戦って俺を助けろ!」
そしてこれである。言うに事欠いて、忌雷複数の寄生によって中も外もズタズタになっている叢雲に自分を助けろと言い出した。身体が動かないからこうなっているというのに、まず自分のことを優先させる。
「もう……無理よ。私の身体はもう動かないわ……艤装も壊れてる……」
そんな提督に向けて、叢雲は今の自分のことを包み隠さず伝えた。拘束の必要がないくらいだということ。そもそも戦うための手段も残っていない。忌雷すらないのだから、これ以上出来ることはない。今の叢雲であれば、傷だらけの深雪でもどうとでも出来る。しないだけだ。
諦めも滲んでいる叢雲を見て、裏切り者は顔を見て真っ赤にした。
「このクズ艦娘が! 肝心なところで役に立たないでどうする!」
「……ごめんなさいね……でも、もうおしまいよ」
「っっっ! 本当に使えない奴だな貴様は! 自爆でも何でもいいから、特異点を始末しろ!」
ここまで来て、叢雲の命すら使おうとする発言。誰も彼もがこの提督に対して吐き気がするほどの嫌悪感を持った。
自分は助かりたい。だが、部下達の命は二の次どころか気にもしない。ただの消耗品扱い。目の前に避けようのない敗北があったとしても、その考えを改めない。
深雪は初めて、この人間は死ねばいいと思った。ここまで酷いモノを見ることになるとは思ってもいなかった。せめて叢雲が従うだけの器があるのかと思っていたが、それがあったとしても、この発言は到底許せるモノではなかった。
「テメェいい加減にしろよ」
故に、我慢出来ずにその言葉が漏れた。提督を睨みつけ、両腕の痛みなど忘れたように。
「艦娘はテメェの部下かもしれねぇけどな、テメェのために何でもする奴隷でも、命が無くなってもいいような消耗品でもねぇんだよ。自分が助かりたいからって自爆だぁ? ふざけてんのか」
深雪から真正面に否定されても、裏切り者は態度を変えることはない。
「貴様こそ何が特異点だ。所詮鎮守府に属する一艦娘だろうが。なら提督に指図するな。貴様は俺の直属ではなくても、俺は貴様の上に立つ者だぞ。とやかく言われる筋合いなんてないな! 艦娘なら提督に従え!」
「……マジかコイツ。本気でそう思ってんのか」
呆れてモノも言えなかった。この期に及んで、自分が一番偉いと本気で思っている。すぐ近くに同じ提督という立場である伊豆提督がいるにもかかわらず、それよりも上にいるのだと平然と言ってのけた。
「艦娘は提督の
「何を言ってるのかわからないけれど、アナタ、もう提督じゃないわよ」
喚き散らかす裏切り者に、伊豆提督が吐き捨てるように言い放つ。
「あのオンライン会議で晒された時点で、アナタの提督としての権限は全部剥奪されてるの。だから今のアナタは、ただ艦娘を私的利用しているテロリストってとこかしらね。そもそも軍規がどうとか言える立場にも無いわよアナタ」
提督なのだから艦娘は従えという暴論は、この時点で封じられた。だが、小狡い思考の持ち主なのか、こういう時ほど無駄に頭が回る。
「なら俺は貴様らが命を懸けて守る一般人ってことか? なら尚のことこんな扱いはおかしいんじゃないのか? 貴様らは一般人を守る義務がある軍の連中なんだろ!? ああっ!?」
深雪は逆に感心していた。よくもまぁここまで自分に都合のいい言葉ばかり思い浮かぶものだと。いつもなら手が出てそうな夕立すら、この発言にはドン引きしていた。
「ハルカちゃん、コレ、戦いに巻き込まれて死んだってことにしちゃダメっぽい? これだけ瓦礫の山があるし、うっかり潰されましたでいいと思うっぽい」
夕立からの笑顔で死刑宣告。間接的に死ねと突きつけたようなもの。その発言に、裏切り者は夕立を睨み付けるが、完全に無視。
「ダメよ。こんなでも一応、阿手と繋がりのあるんだもの。情報を持ってるんだから、生かしておかないと」
「ぽぃぃ……でもそれまでずっと煩いんだよね。じゃあじゃあ、死なない程度に喉とか潰しちゃう?」
「ダーメ。情報は口が無いと聞き出せないんだもの。猿轡くらいで我慢してちょうだい」
「夕立がやったら、うっかり首を絞めちゃうっぽい」
殺す気満々すぎるので、伊豆提督が何とか夕立を宥める。死んだら意味がないだろうとどうにか教え込んで、今はやめてちょうだいと頭を撫でたりして落ち着かせた。
「……なぁ叢雲。お前なんでこんなクズを庇うんだよ。案の定、お前のことなんて捨て駒にしか思ってなかったぞ」
あまりにも酷いため、一旦目を逸らし、叢雲にその理由を聞く。まだ話せないことかもしれないが、今なら話してくれるかもしれないと考えて。
現実を突きつけられた今、完全に捨てられたようなものである今でも、叢雲はまだ口を開かない。が──
「……話しても何も変わらないけれど」
心が弱っているためか、少しだけ口が緩んだ。
「私と彼は……義理の親子よ」