「私と彼は……義理の親子よ」
心が折れかけていたからか、少しずつ叢雲は身の上を話し始める。どうしてここまで裏切り者を庇うのか。ここまでされても文句の一つも言わないのか。
叢雲はさんざん、家族のことだとか、純粋種にはわからないとか、そういったことを言っていた。義理なのだから血が繋がっていない親子。それなのに、そこまで言い切れるのは、その境遇にある。
「……彼は私を救ってくれた、少なくとも、生きていけるようにしてくれた
「今は死ねっつってるけどな」
「……ええ、それでもよ」
どう見てもそうは見えないクズ野郎である裏切り者。今は夕立が黙らせるために猿轡を噛ませようとしていた。それでもギャーギャー煩く、ジタバタ動くため、夕立はぶん殴ってやろうかと考えたものの、今だと艤装のパワーアシストを使って頭ごとミンチにしてしまいかねない。
叢雲はもう黙っていても仕方ない、もしかしたらその境遇を伝えれば、少しは裏切り者の刑が軽くなるかもしれないと、痛みを堪えながら話し始める。抵抗を諦めてしまえば、口は回るものである。
「大分前だけれど……私は……両親を失ったのよ……」
「……何でかは聞いていいか?」
「事故……だったらしいわ。私は……看取れてもいない……」
その時はまだ幼かった叢雲は、一人で自宅で留守番をしている時に、両親を事故で失った。その事故は、当時ではいわゆる海洋災害、はぐれ深海棲艦による攻撃の流れ弾が当たったことが原因であると、後から知ることになる。
いきなり身寄りが無くなった叢雲は、運悪く親戚筋も殆どおらず、そのまま天涯孤独の身となってしまう。自分で生活する力も無いほどに幼かったこともあり、最初は孤児院に入ることになったのだが、そこで出会ったのがこの裏切り者。
「私の話を聞いて……養子にしたいって、言ってくれたのよ……。その時は……私はそこに馴染めずに……すごく苦しかったけれど……拾われたことで世界は拡がったの……」
生きていくのにも難しい幼少期に、裏切り者は心の拠り所となってくれたのだという。今でこそココまで歪んでいるが、ここまで生き永らえさせてくれた恩は忘れられないと、態度はどうであれ隣に立つことを決めた。
本格的に深海棲艦との戦いが始まった時に、艦娘のことを知り、裏切り者からの勧めもあって、その道を目指すことにもなった。それが恩返しとなるのならば構わない。それに、本当の両親を亡くした理由が深海棲艦にあるというのならば、これは復讐にもなると、複数の理由を以て艦娘へと至った。
裏切り者はその時には提督になっており、叢雲は都合よくその鎮守府の秘書艦として、運営を最初から支えることになる。
「やり方は……褒められたものじゃないかもしれない……でも……私を救ってくれたヒトのやり方なんだもの……私だけでも支えてあげないと倒れてしまうかもしれない……傲慢だけど、これが私の生きる道なんだって……」
態度はコレだが、健気に義理の親を支えようと頑張っていた叢雲。幼い頃からずっと自分を支えてくれたのだから、今度は自分が同じことをするんだと、それがよろしくないことであっても、平和に繋がることだと信じて進んできた。
そういう意味では、叢雲は幼少期から常にこの裏切り者の
「……あたしには、アレがそんなヤツには見えねぇけどな」
話の腰を折るようで悪いがと、深雪は素直な感想を述べる。確かに叢雲は幼い頃から育ててもらえたのだろう。何不自由なく、かどうかは今の話ではわからなかったが、少なからず生きていくために必要なモノは何もかも提供してくれたのだろう。
だとしても、他人の、仲間の命を使ったやり方を肯定するような育ち方をしている時点で、叢雲は間違いなく歪まされている。それが悪いことだと薄々勘付いていても、義理の親が平和のためにやることならばと、否定することなく、むしろ支えてあげようと乗っかってしまったのは、叢雲の中の間違い。
だから深雪はそこを指摘する。叢雲を養子にしたことだって、
それこそ、心が弱っている子供を、幼少期から自分の駒として洗脳教育を施すためにやった、とか。
「確かにお前は両親を亡くして、そんな苦しいところを救ってもらったのかもしれねぇ。でも、本当に救うつもりがあるなら、艦娘になることを勧めるなんてしねぇと思うんだよ。少なくとも、あたしの知ってる親ってのは、子供のことを大事に思ってる。艦娘になりたいっつっても、最初はやめろって言うようなタイプな気がするんだ」
深雪の知る『親』という人間は、直接話して舌戦を繰り広げた神威の父と、秘密ではあるが家族を亡くしたことで人間であることも辞めてしまった神風。あとは話に聞いている梅の両親くらい。
そこから考える深雪の『親』としての像は、自分の娘には危ない目に遭ってもらいたくないと考えるが、当人の信念が強いモノならば、躊躇いながらも背中を押し、応援する。それでも心配をし続ける者というイメージ。
まず自分のために命を懸けろだなんて言わない。自爆してでも目的を達成しろとか以ての外である。そこからも、深雪はこの裏切り者は親としては見れていない。
「ぶっちゃけるぞ。あたしは、
「……」
叢雲もそれにはすぐさま否定することが出来なかった。『羅針盤』が抜けている今、別の道も見えるようになっているため、もしかしてといえ疑念も浮かぶ。
これがまだ忌雷に寄生されたままならば、この深雪の言葉も間違いなく否定していた。
「……ごめんなさい、電はもっと酷いことを思ったのです」
その話を深雪の応急処置をしながら聞いていた電も、ここから口を出した。
「叢雲ちゃんのご両親……海洋災害に巻き込まれた……と言っていましたけれど……その、遺体とかはちゃんと確認したのです?」
「……見ていないわ。爆発に巻き込まれて殆ど何も残らなかったんだもの。艦娘でもよくあることよ……」
「なら、叢雲ちゃんは何も知らないということになるのですよね……その遺体がどうなったのか」
電の言葉に、深雪はまさかと疑い始める。流石にそこまでしているとは信じたくなかったが、この裏切り者のやり方からして、それだけのことをしていても否定出来ない。
そもそも出洲一派は第二次深海戦争の時から活動を始めており、第二次と第三次の間、戦いのない20年間の間も暗躍し続けていた。うみどりで保護されている平瀬や手小野もその被害者。騙されて、身体を改造されて、陽の光の下を歩けなくされた。そんなようなことを、長年続けているのだ。
「電は……その事故自体が捏造だと疑ってしまうのです。昔から人を騙して改造に使っていたくらいですから……」
遺体を見ていないのならば、それを好きに使っている可能性は充分にある。たまたま都合が良かった叢雲の両親を、事故死したと見せかけて拉致したか、それとも
それは今になってはもう知り得ないこと。憶測でしか語れないため、強くは出ることが出来ないが、しかし少しでもその可能性があるのならば、それはちゃんと提示しておくべきこと。
「あたしもイナヅマの意見に1票かなー。どう考えても都合が良すぎるからねぇ」
ここでグレカーレも口を挟んできた。自己修復の最中で動くことは出来ていないが、話を聞いて話すことくらいは可能。
「死体の無い事故なんて疑って然るべきでしょ。あたしは拉致説を推すね。で、実験に失敗したから事故死したってことにして、子供だったムラクモに伝えたってとこじゃない? 昔からヒトの命をゴミにしか思ってない連中だからさ、それくらいしてるよ絶対」
「……そんなこと……」
「あり得ない、とは言えないでしょ。だってアンタ、コイツらのやり方を見てきてるんだもん。しかもそれを良しとしてきてる。なら否定は出来ない」
叢雲の中に疑念が生まれる。まさかそんなと思いながらも、自分も本来の両親も、ただ利用されるだけされて死ぬだけに使われていたのかと。
未だにギャーギャーと煩い裏切り者。猿轡を噛ませてもコレなら意味がないと、夕立はそれを外し、叢雲の問いに答えさせるために髪の毛を掴んでそちらの方を向かせた。
「みんなこんなこと言ってるけど、どうなの」
耳元でドスの利いた声で問い詰める夕立。それでもまだ自分の方が立場が上だと思い込んでいるのか、鼻で笑っておしまい。夕立は苛立ちを持つものの、ここで力任せに行動はしなかった。何故なら──
「答えなさい」
より怒りを孕んだ伊豆提督が、夕立からバトンタッチして裏切り者の胸ぐらを掴んだからである。
肋骨にヒビが入っているため、ただそれだけでも激痛が走り、やめろと叫ぶが、伊豆提督はそんな戯言を気にも留めずに質問を繰り返す。
「あの子を養子にした理由に、優しさの一片でもあるのかしら? アタシはそんなもの1ミリも無いと思っているけれど、念のため発言を許可してあげる」
冷たい視線が突き刺さるが、傲慢の裏切り者は伊豆提督に唾を吐きかけた。それは当たることなく綺麗に回避されるものの、周囲の怒りを余計に買うことになるのは一目瞭然。
それでも伊豆提督は周りを諌める。何度も言っているように、こんな奴のために手を汚す必要はないと、伊豆提督自身も落ち着いている。落ち着いているのだが──
「その行為は肯定と見ていいんだな。お前は、彼女の両親だけでは飽き足らず、彼女自身をも利用した。自分の私利私欲のために」
また提督としての『伊豆遥』が表に出てきていた。
「人間の命を何だと思っている。好きに使っていい玩具じゃあない。ましてや、お前如きにそんな権限などあるわけがない」
「……はっ、平和のためには犠牲が必要なんだよ。でもそれは俺じゃあない。俺は先生の役に立つ選ばれた人間だからな。役に立たない一般市民が、世界平和のための礎になるんだ。死んだところで前に進める。役立たずが役に立つんだ。喜ばしいことだろ。それの何が悪いってんだ。あぁ?」
叢雲の両親を手にかけたのも出洲一派、むしろ阿手ではないかと考えられるような発言。
これが、トドメとなる。
「もういい。お前の発言権を剥奪する」
胸ぐらを掴んでいた手は、裏切り者の顔面を捉える。そして、それをそのまま床に叩きつけた。その一撃で裏切り者は再び気絶。聞くに堪えない言葉は、これでまた封じられた。
「……私の両親を殺した連中を……庇い立てしてたっていうの……私は……」
真実を知った叢雲は、これまでの自分の行いを深く深く後悔することになる。ハメられていたとはいえ、取り返しのつかないことを、これでもかというほどやってきたのだから。