この鎮守府での戦いは終了したため、早急に撤退の準備が始まる。地下通路から帰るというなかなか面倒なことをしなければならないのだが、そこはまず五体満足な者達が率先して動いていく。
「アタシがコレを上に上げておくから、他の子は……」
「夕立が往復するっぽい。アレの護衛の艦娘は適当に上げとけばいいよね」
「まぁ今はそれで大丈夫よ」
気を失っているのは、裏切り者を含めて3人。それは伊豆提督と夕立が担いで梯子を登ることでひとまず良し。裏切り者はかなり雑に運び上げている辺り、伊豆提督としても怒り心頭だった様子。
ここから問題になってくるのが、怪我人の運搬である。目を覚ましたグレカーレ、そして応急処置からそれなりに時間が経ったことで自己修復が進んだ白雲は、自力でもそれなりに上がれるくらいにはなっている。それでも片腕が滅茶苦茶になってしまったのは変わらないため、痛みを堪えてというカタチになってしまう。
だが、一番難しいのが深雪である。叢雲の『解体』によって両腕が破壊され、自己修復もないため、手はもう限界を超えて動かない状態。今は梯子なんて登れる状況ではない。誰かに担いでもらう以外に、移動が出来ないとも言える。
「深雪ちゃんは子日がどうにか運ぶよ。なるべく痛くしないようにするからね」
「頼んだぜ。割と腕がヤバい。でもどうやって引き上げてくれるんだ?」
「上手いこと艤装とか噛ませて、子日ワイヤーで雁字搦めかなぁ?」
「痛くないように頼む」
子日の主砲は手から外れるとワイヤーで繋がっているため、それで深雪をぐるぐる巻きにして引っ張り上げようという策のようである。それなりの長さがあるので、サポートに電をつければおそらく大丈夫と、自信満々というわけではないが何とか出来そう。
「あ、じゃ、じゃあ、私もお手伝いさせてください」
「捕虜扱いなのにごめんなさいね。でも、艤装装備したままの艦娘とかは流石に難しいでしょう?」
「あ……そ、そう、ですね。それじゃあ……叢雲秘書艦を運びます」
今の叢雲は艤装も破壊されており、生身と言っても差し支えはない。痛みで身体は動かず、それ以上に心が限界に来ており、自らの意思で動くことが出来なかった。
その一部始終を見ることになった一同は、流石に叢雲に同情している。恩を感じ、それが良くないことであっても義理の親なのだからと支えるために命すら懸けたのに、それが本当の両親の仇である可能性を示唆されたのだ。しかもそれを裏切り者が否定せず、むしろ肯定するような言動を取ったため、事実として突きつけられることとなってしまった。
ここまでやってきたことは全て無駄だった。むしろ、両親を殺した相手を、そうとも知らずに手伝い続けていたことは、あまりにも強い後悔を生み出す。親愛も感じていたほどの相手が、今では殺したいほどに憎い。これまでのギャップから、脳がいろいろと追いついておらず、呆然としてしまうしかなかった。
「掴まれますか……?」
羽黒が聞いても、叢雲は無反応。目の前も見えていないくらいにショックを受けており、あまりにも痛々しかった。
「……少し強引ですが」
そこで羽黒は、上着を脱いで叢雲と自分を縛り、どうにか固定して運び始める。叢雲は艤装さえなければ見た目は少し育っている子供。羽黒ならば少しの間は背負って動くことくらいは可能である。
「……行きましょう。うみどりは、私達の道を示してくれましたから」
羽黒は比較的前向きである。罪を犯していたことを自覚し、それでも先に進むための道を後始末屋が見せてくれた。ならば今やるべきことは、ここで止まっていることではない。過去の自分と決別して、これからの自分を見据えること。
償わねばならないことは沢山あるが、そうしていこうという気持ちにもなれるのは、全て後始末屋のおかげ。自分の鬱屈した感情も始末してくれたとさえ思えた。
なんとか地上に戻ってきた一同。休みたいのは山々だが、すぐにうみどりに戻りたいところ。
「一度戻って大発を持ってくるしかないわね。こんなことになるとは思っていなかったし」
「だよなぁ。ちょっと運ぶ数が多すぎるぜ」
執務室の中からは全員撤去していたが、それ以外の場所には気を失った艦娘、そして忌雷を抜かれて綺麗になっている出来損ないにされた艦娘達が其処彼処に放置されていた。
このままでは可哀想なので、どうにかうみどりに運び込みたいところだが、あまりにも人数が多すぎる。ただ、襲撃してきたこの鎮守府所属の艦娘達も捕虜としてうみどりにいるため、全滅したことを見せるためにも、一度は連れていく必要はあった。
とはいえ、艤装を装備させるわけにもいかず、自力で動けるようにするのもよろしくない。よって、部隊をここで半分に分けて、うみどりに救援を呼びに行く部隊と、ここで艦娘達を見張る部隊とすることにした。
「夕立と子日はここに残るっぽい。何かあったら、とりあえず鉄拳制裁っぽい!」
「艤装つけたままやったら潰しちゃいかねないから、手加減はしてね?」
「ぽーい。大丈夫大丈夫。ちょっと脅すだけだから」
「アタシも残るから安心してちょうだい。むしろ、今すぐ戻らなくちゃいけないのは、深雪ちゃん達よ」
幸いにも、両腕は壊れていても脚部艤装はまともに動くため、航行に支障はない。そのため、大破状態である深雪を筆頭に、電、白雲、グレカーレと、いつものカテゴリーWの面々は先行して帰投。事情を話して大発部隊を鎮守府に派遣すると同時に、早急に入渠してもらおうという話。
深雪もそれには賛成。動けないなら話が変わったが、今はそこまでの消耗はない。とにかく腕が動かないだけ。
「じゃあ、先に戻るぜ。睦月や梅にこっち来てもらうからさ」
「ええ、お願いね。あちらでもまだ戦いがあるようなら、無理せずで大丈夫だから」
「あっ、そうか、確かにな。向こうもまだ戦ってるかもしれないのか……やれるなら終わらせてから来るよ」
深雪にはもう戦う余力は残っていないが、少なくとも戦場に余裕が出来ない限りは動きようがない。
「ネノヒ、念のためこれ渡しとくね」
「あ、電磁波照射装置! そうだね、貰っとくよ」
「こういう時に特機は役に立つなぁホント」
グレカーレは子日に自ら装備していた電磁波照射装置を譲渡。今は電だけでも充分だろうし、もういないだろうが鎮守府に忌雷の残りがいたら厄介なことになる。何かあったらすぐに対処出来るように、部隊の分散に合わせて、装置も分散しておいた。
伊豆提督達は、捕虜を工廠に運びながらそこで待つことになるだろう。それこそ、艦娘の隙間などに潜んでおり、隙を見て寄生を狙ってきたら、目も当てられない。
「んじゃあ、先に帰らせてもらうぜ、ハルカちゃん」
「ええ、アナタ達は、特に深雪ちゃんはすぐに入渠すること。ただの傷じゃないことはわかってるから、そこで何が起きていようとも、絶対に入渠最優先。わかったわね?」
「ああ、わかってる。あたしだってそろそろキツイ。ずっと痛ぇんだからさ」
泣き言というわけではないが、両腕に『解体』を受けてから、それなりに時間が経過している。痛みは減ることはなく、むしろ徐々に増しているというのもある。血が止まっていないのも怖いところ。
この中で最も入渠が望まれているのは、間違いなく深雪である。早く入渠しないと手遅れ……というわけではないだろうが、『解体』というこれまでとは違うダメージを受けていることもあり、入渠で治療出来るかも今はわからない状況。
「深雪ちゃん、大丈夫……じゃないですよね。何かあったら電が支えるのです」
「悪ぃな、電、頼む」
今はまだフラついたりはしていないものの、血の流しすぎは危険である。応急処置はしてあるとはいえ、入渠して初めて安心出来るというもの。
「白雲、グレカーレ、そっちは大丈夫か?」
「はい、自己修復のおかげで、随分と持ち直しました。まだ完治とは行きませぬが、動けぬほどではございません」
「あたしも大丈夫かな。まだまだ痛いけど、動けなくはないから。ホント、特機様々だね」
こちらも入渠は必須ではあるが、深雪ほどではなくなっていた。戦艦主砲をモロに受けることになったとはいえ、命が繋がった状態から応急処置と自己修復が入ったおかげで、大破が中破になったくらいには回復している。
全員が全員、痛みを堪えているものの、それを表に出すことはあまりない。強がりといえば強がりなのだが、ここでもまた弱みを見せることなく、自分達の強みを見せる。
それが今、茫然自失としている叢雲に対しての自分達の在り方。どんなことがあっても前を向き続ける意思を示した。その目に映っているかはわからずとも、やらない理由にはならない。
「……ハルカちゃん、叢雲を頼む」
「ええ、任せて。この子は一番の被害者みたいなモノよ。やってきたことは許されることではないかもしれないけれど、これまでの境遇からして、アタシは情状酌量でもいいと思ってるわ」
「そう言ってもらえるとありがてぇ。じゃあ、また後で」
これで深雪達は一旦帰投。手を振るなんてことも出来ず、叢雲には見せないように顔を顰めながら、鎮守府から去っていった。
「叢雲ちゃん、気持ちの整理はすぐに出来ないでしょうけど、話を聞くだけ聞いてちょうだい」
大発動艇を待っている間に、運び込まれてぐったりしている叢雲の隣に腰掛けて話しかける伊豆提督。
「アナタはアタシの手でどうにか出来る場所にはいない。やってきたことがやってきたことだから、どうしてもこれまでのことが付き纏ってしまうと思う。それでも、前を向いてほしいというのが深雪ちゃん達の思いだと思ってる」
優しく寄り添うように話したところで、今の叢雲には届かない。だとしても、止めることはない。
「難しいことかもしれないけれど、今はゆっくり休んでちょうだい。落ち着いたらまた話をしましょう。アタシは、アナタのことも救いたいと思っているもの」
笑顔で接することで心が開くわけではない。それでも伊豆提督は、あくまでも寄り添うことをやめなかった。
叢雲も被害者。裏切り者に寄り添おうとしたのも、全ては養子として義理の娘になってからずっと洗脳教育を受けていたようなもの。
悪夢は今この時に醒めたが、それを現実だと思っていた者には、それまでの人生が重くのしかかる。
裏切り者には、その罪も償ってもらわねばならない。どうせ本人は悪気が無くやっていたのだろうが。
そう思うと、伊豆提督の怒りはさらに強いものとなった。
SCP-014-JP-EX-1