後始末屋の特異点   作:緋寺

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この鎮守府の終わり

 裏切り者の鎮守府からの引き揚げは、やはり困難を極めた。そこで斃した艦娘の数もそうだが、とにかく厳しかったのが、出来損ないから治療し、元の綺麗な姿に戻した遺体の数々。生きている艦娘よりも丁寧に運び、せめて綺麗なままで弔いたいという気持ちもあり、それがどうしても時間がかかる。

 幸い、今鎮守府に残っている面々は無傷の者達ばかり。怪我をしていないおかげで積み込む手伝いも出来たため、時間はかかるもののそれほど焦ることもなく、手分けして上手く運び込んでいく。

 

 なお、夕立だけはその運び込みを禁止されていた。理由は単純、雑だから。

 

「遺体はこれで最後かしら」

「ああ、これで全員だ。それにしても……酷いものだ」

 

 伊豆提督と話しているのは長門。今回の大発動艇の部隊の旗艦としてここまで来ており、念のため主砲を装備しつつ、大発動艇も運用している。

 

 ここに来たのはその長門も含めて5人。全員が大発動艇を運用可能であり、合わせて10台近くをここまで持ってきている。流石にコレだけあれば、充分に余裕があるくらいなのだが、何隻かは遺体だけで埋まってしまうほどであった。

 それほど大きな被害が出ているということを視覚的にわかりやすくされたことで、今回の敵がどれほど命を軽んじているかが理解させられる。

 

「自ら命を捨てた者もいれば……知らずに使って命が絶たれた者もいるのだろう」

「ええ……そしてこの鎮守府は、それが肯定されていた。洗脳教育によって、このやり方が正しいと思い込まされていたわ。そこから抜け出せた子もいるけれど……そんなの一握りだもの」

 

 むしろ抜け出せた方はさらに地獄である。これまで仲間の死を肯定していたどころか、死に至ったことは選ばれなかった者と嘲笑い、それを手駒として『操縦』により兵器として扱っていたくらいなのだ。命の冒涜のレベルを超えている。

 この鎮守府の中では唯一抜け出せた羽黒は、未だ捕虜扱いであるため艤装は装備しておらず、しかし他の艦娘達を大発動艇に載せるための手伝いをしている。パワーアシストがない分、非武装である遺体を丁寧に運び、海上の艦娘に引き渡すという、これまでに刻まれた罪を考えると少々()な作業。

 だが、羽黒はこの作業を自ら進んでやっている。せめてもの罪滅ぼしだと、自分の辛さを横に置いて、命が失われた元仲間達を弔うように。

 

「それを促していた元凶はどうしたんだ?」

「ああ、それはもうあまりにも酷かったから、アレよ」

 

 伊豆提督が指差す方には、人一人分が入っているであろう麻袋が落ちている。目が覚める度に喧しいため、猿轡を噛まされ、両手両足が完全に拘束された裏切り者がその中に入れられているのは一目瞭然。時折蠢くため、もう目を覚ましたのかと、改めて感心する。

 地下での戦いでもそうだったが、提督という役職に就けるだけあり、やたらと頑丈である。伊豆提督にこっ酷くやられても、すぐに目を覚ましては罵詈雑言の嵐。ここまで来てもまだ自分が正しいという姿勢を崩さず、提督という立場を失っても人間を守るのが艦娘の仕事だろうと上から目線を続ける。凄まじい程の自分勝手であるため、いい加減顔も見たくないと、たまたま工廠にあった麻袋に詰めた。

 この麻袋だって、この鎮守府では何に使われていたかわからない。それこそ、息絶えた仲間を詰めて捨てている可能性すら考えられるのだから笑えない。

 

「……そのまま海に沈めてやりたいくらいだ」

「法が許すならね。でも、あんなでも貴重な物的証拠だもの。丁重じゃなくても、ひとまず生かして捕まえておかなくちゃね」

 

 伊豆提督ですら、あの裏切り者に関しては、早く手が届かない場所に行ってもらいたいと思える程。一度でもうみどりに乗せるのすら拒否出来るものなら拒否したい。

 伊豆提督がここまで言うのはとても珍しいため、長門もその裏切り者がどれほどの者かを察するに至った。

 

「あっちは正直どうでもいいわ。問題は……叢雲ちゃんよ」

「ここの秘書艦か……酷いな」

 

 見てわかる叢雲の状況。自分の力では動くことも出来ず、絶望に打ちひしがれて茫然自失としたまま。今でこそ工廠の壁に凭れ掛かるようにされているものの、その目は虚で、何を考えているかもわからない。

 両親の仇を育ての親として慕っていたという事実と、愛など一切なく手駒として育てられていたという真実を知ったことで、叢雲は生きる気力すら失っている。これまでの自分は何だったのかと自問自答したところで答えも出てこず、裏切り者を肯定していたことで犠牲になった命のことを考えると死にたくなるほど苦しい。

 

「あの子もひとまずうみどりに運ぶわ。そのままになんて絶対出来ないし、目を離したら何をしだすかもわからない」

「だな……最悪、縛ってでも動かないようにしなくてはいけなくなるか」

「ええ……それは本当に最後の手段だけれど」

 

 そうしなくては()()()()()()可能性があるのならば、そうしないようにしておかねばならないだろう。今は何をする気力も無いようだが、時間が経てば経つほど、何をしでかすかわからなくなる。

 

「ハルカちゃん、全員載せ終わったぞよ」

「生きている捕虜の人も、全員に乗ってもらいました」

 

 睦月と梅が報告。鎮守府にはあと叢雲と麻袋しかない状態となり、それ以外の積載は完了した。

 ここの清掃も後々やらねばならない。ところどころに出来損ないの持つ腐食性の体液が付着し、戦闘の跡も残っているために散乱している場所も多い。ここに置かれている資材や装備は何か仕込まれている可能性があるため、迂闊に触れることも出来ず、しかし破壊するのも憚られる面倒な状況。

 

「一応見て回ってきたっぽい。生き残ってるヒトとかはもういなかったよ」

「子日と夕立ちゃんで念入りに見てきたからね。クローゼットの中に隠れてるとかも無かった。コレで本当にもぬけの殻になってるよ」

 

 夕立と子日が鎮守府内の確認をし、本当にもう誰もいないかどうかを確認していた。電磁波照射装置も使って残った忌雷が無いかも見ており、あったところで夕立が捻り潰しているため、もう本当に何もないことを保証することが出来るという。念には念をということで、伊豆提督に預けられている特機を使って2人の検査も行い、余計な忌雷の寄生などが無いことも確認した。

 

 工廠という一番の問題箇所はあるのだが、そこもまず子日が電磁波照射装置を当てながら忌雷の有無を確認。最も怖い入渠ドックは案の定忌雷の温床のようになっていたため、これはそこにあっても意味がないと夕立が爆破。忌雷はこれで全滅し、この鎮守府には危険なところがないと保証出来るくらいにはなっている。

 それでも万が一を考えると、この施設ごと破壊するのが最も適切ではないかと思われた。調査は必要だろうが、しっかりと対策し、危険のない状態でやらねば、また違った事件を引き起こすかも知れない。

 

 どうあっても人類に迷惑をかけ続けているこの鎮守府は、一刻も早く無くした方がいい気がすると、伊豆提督は苦笑した。

 

「三隈と神威さんで周辺警戒もしております。残存兵はいないようですわ」

「はい、ざっくりですので警戒は必要ですが、ここに来るのと同じように、帰るのも容易かと思います」

 

 艦載機を使える2人が、鎮守府外に待機している残存兵の有無も確認。神威の言う通り、見たのはざっくりであるため、急襲を受ける可能性がゼロとは言えないものの、少なからず現状が安全であることが確保された。

 

「ありがとう、これで帰ることが出来るけれど……ああ、そうだ。神威ちゃん、一つお願いしていいかしら」

「はい、何でしょうか」

「彼女にアナタの排煙を使ってあげてくれないかしら」

 

 彼女とは勿論叢雲のこと。神威の排煙──精神を癒す煙──を吸えば、少しは心が落ち着けるかもしれないと、伊豆提督はお願いする。

 神威は勿論と二つ返事で了解し、工廠に上がる。絶望によって心ここに在らずといった感じの叢雲の前に膝をつくと、その力を発揮し始めた。

 

「貴女の絶望を私が理解してあげることは簡単には出来ないかもしれません。ですが、出来ることならばこれで癒されてくれれば幸いです」

 

 神威から漂う排煙が叢雲を包み込む。深雪の煙幕とは違い、本当にただの煙なのだが、その香りが心を落ち着けることが出来そうなモノ。絶望の中、今その時だけでも心が穏やかになっていくことで、叢雲は止まっていた涙が流れ始めた。

 虚で自分すらまともに見ることが出来なかったが、この排煙のおかげで自分を取り戻す。だが、罪の意識に押し潰され、これまでの自分の人生がどれほど無駄に使われていたかを自覚し、その苦しさにただ泣くことしか出来ない。

 

「見ず知らずの艦娘にこんなことをされても迷惑かもしれませんが、今はこれで落ち着いてください」

 

 排煙を漂わせながら、神威は叢雲を正面から抱き締めた。そして、その頭を撫でてやる。

 

「大丈夫、貴女は救われて然るべきです。貴女のことを誰も否定しない。みんな受け入れてくれる。すぐに立ち直れとは言いません。ゆっくりと、前を向いていきましょう。大丈夫、大丈夫ですから」

 

 神威の持つ母性によって、叢雲は決壊した。本来の叢雲は凛としたクールな艦娘なのだが、そんな印象なんて何処かに行ってしまったように泣きじゃくる。これまで溜まった鬱憤を吐き出すかのように。

 罪の意識は残っていても、少しはこれで吐き出せる。神威はそれを促した。生きていくのも辛いかもしれないが、生きていくにはコレくらいはしないとダメだった。

 

 

 

 

 さんざん泣いたことで泣き疲れて眠ってしまった叢雲は、神威がそのまま抱きかかえて運び出す。その間に麻袋は適当な大発動艇に転がされ、これで真に鎮守府は無人の廃墟と化した。

 

「これでここは終わり……というわけではないけれど、戦いは終わったと言えるわ。それじゃあ、一度うみどりに戻りましょう。他の鎮守府の戦いも手伝いに行かなくちゃいけないんだもの。まだまだ忙しいわ」

 

 裏切り者はまだいる。そちらには別の鎮守府があたっているが、うみどりでここまで苦戦を強いられているのだから、他の鎮守府も相当だろう。

 寄生からの回復方法が確立していない今、一人でも持っていかれたら苦戦どころか敗戦まっしぐらということまであり得てしまう。

 

 

 

 

 うみどりが休めるのは、もう少し先。全ての裏切り者を沈黙させてからである。

 




ようやく1つ目の裏切り者鎮守府の戦いが終了。しかし、あと5つあるんですよね。となると、別の部隊が善戦出来ているかにかかってきます。
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