昼過ぎ、予定ではそろそろ後始末の現場に到着するくらいの時間。その場所に近づくにつれ、外にいると火薬と油の臭いが漂ってくるようになる。
本来の想定では、戦いがここまで長引くこともなかったし、規模も中規模の予定だったが、ここまで長引いているのならば間違いなく大規模。モノも多ければ範囲も広いと考えられる。
「戦いはついさっき終わったみたいだけれど、戦いがかなり荒れたらしいの。依頼者から連絡があって、後始末の前に艦娘の治療を優先するわ」
伊豆提督が事前に聞いている状況として、戦闘が終了したのは、うみどりで言えば昼食が終わった直後くらい。艦娘側に轟沈した者は出なかったものの、戦況としては辛勝。殲滅自体は出来ているが、負傷者が相当出たとのこと。
うみどりにもドックがあるため、すぐに治療が必要ならば使用してくれても構わないと伝えたところ、是非ともお願いしたいとまで言われているらしく、後始末の前に部隊の艦娘を収容し、治療を施すこととなっている。
鎮守府に戻るより、うみどりで休んだ方が早いという状況ならば、他の鎮守府は優先的にそれを選択する。後始末屋は、こういう時に限り、出張ドックとしての認識となるのである。
「医療班、すぐに出られるようにしてちょうだい。無傷は誰もいないらしいから、肩を貸してあげた方がいいかもしれないわね」
そう言われてすぐに準備を始めたのは、酒匂、睦月、子日、秋月の四人。穢れのことなんて考えずに、まず救える命を救うために猛ダッシュでうみどりから出発するために動き出す。
この四人は戦闘にも参加するが、伊豆提督が医療班と呼んだ時に真っ先に行動することになる者達。戦いよりも救護を優先するような面々である。戦いとは違って、救護に身体能力の差などほとんどない。故に、迅速に動ける駆逐艦と、ほぼ同等な軽巡洋艦を使うのは、非常に理に適っていた。
「工廠はドックを優先して準備させるから、後始末は少しだけ後からになるわ。それまでに出来る限りの準備をお願い。哨戒も忘れずにね。それじゃあ解散。すぐにうみどりを停泊させるから、準備なさい!」
戦いが終わった直後となると、戦いの匂いを嗅ぎつけた
伊豆提督の指示はここまで。先行した医療班を追うように、他の者達も行動を開始する。大急ぎというわけでは無いが、その動きは機敏。
また、伊豆提督も執務室ではなく工廠に向かう。海上に出られないため後始末を手伝うことは出来ないが、治療となれば話は別。その力を存分に振るう,
「電、あたし達は後始末の準備だ。教えるから一緒に来てくれ」
「……なのです」
小さく頷いて、深雪についていく電。不信感と疑心暗鬼に包まれていたとしても、この後始末という仕事に関しては、表も裏もない作業。世界の未来のために、穢れを拡げさせないように掃除をするというだけ。不信感からの抵抗なんて出てこない。
ただし、これから負傷者が運び込まれてくると聞いてしまったら、そこに対して不安が膨れ上がってくる。もしここで治療も虚しく命を落としてしまったら。そう考えると、怖くて仕方ない。それがどんな相手でも。
それを察した深雪が、そっと手を握る。少し震えていたようなので、それを止めるようにしっかりと。
「大丈夫だって。あたしもこんな事態は初めてだけど、酒匂さん達はすげぇ医療チームなんだよきっと。だから、あたし達はやれることをやろうぜ。後始末しなくちゃ、そういう戦いがもっと増えちまうんだからな」
戦いが終わらなければ、同じような被害者は増える一方だろう。それを抑えるためにも、後始末は必要不可欠。そこを疎かにするわけにはいかない。
故に、ここでは落ち着いて確実に行動をしていくしかない。勿論深雪だって不安ではあるが、電にもそれが伝染しないように気丈に振る舞った。
深雪達が工廠に向かうまでにうみどりは停泊を完了させる。戦場に横付けするのも少々難しいくらいに残骸が散らばっているような状況であるため、その負傷者を回収するために横付けするということは出来なかったらしい。
また、うみどりのような巨大な艦艇が近付いたら、大きな波が立ってしまい、負傷者の航行の妨げになってしまう。そのため、どうしても少しは離れた場所になる。それをカバーするために、医療班が先行するようになっていた。
その後、深雪達が後始末の準備を進めている間に、負傷者が工廠に運び込まれてくるのがわかった。後始末の時よりも騒がしく、そして知らない声も聞こえる。
「大破者四人! ドックもう準備出来てますか!?」
「勿論よ! すぐに運び込みなさい! 妖精さん、艤装を緊急パージさせて。あちらの提督からは許可を貰ってる。ある程度雑に扱っても支障はないわ」
酒匂の叫ぶような問いに伊豆提督が応じ、装備している艤装を引き剥がしてすぐさま運び込む。ここはどうしても力業になるため、妖精さんと酒匂、そして伊豆提督が直々に作業に取り掛かった。
入渠ドックは工廠から少し奥まったところに設置されており、全部で4つ。同時に四人を治療することが出来るため、今回大破した艦娘の数とピッタリ。これよりも多かった場合はさらに大変なことになっていたが、そこはギリギリ。
1つの部隊は六人で構成され、そのうちの四人が大破だったわけだが、残りの二人も中破。血を滴らせ、息も絶え絶え。今回の戦いが本当にギリギリで勝利出来たことを物語っている。
「ストレッチャー持ってきてちょうだい! 自分で歩けそうにないから、すぐに運ぶわよ!」
「はーい!」
「すぐ持ってきます!」
この指示に応えたのは子日と秋月。そうなることを見越して、すぐに人数分のストレッチャーを妖精さんと共に準備していた。四人分ともなると二人で運ぶことは難しいものの、主任も力を貸してくれているため、クレーンまで総動員して大急ぎで運び込む。
持ってきてしまえば、酒匂と伊豆提督も動けるため、負傷者をどうにかストレッチャーに乗せた。
「大丈夫よ。アナタ達は死にはしないわ。諦めるんじゃないわよ!」
言い聞かせる最も重傷を負った艦娘は、どう見ても
また、他の大破者も、腕を失った者もいれば、腹を抉られている者もいる。普通の人間ならば、間違いなく失血性のショックで死んでいそうなくらいだった。
それでも、そこは艦娘。これで死ぬほど柔には作られていない。意識を繋ぎ止めていれば、命が切れることはない。
諦めなければ、艦娘はそう簡単には死なない。
「入渠待ちの間に手当てをするにゃし。痛いと思うけど、我慢してほしいのね」
その中破した艦娘に処置を施していくのが残った睦月である。四肢を失うような重傷ではないものの、骨折や外傷が激しい。処置をしなければ重傷化する可能性もある。
それを的確に処置していくのが睦月だった。あくまでも応急処置であるため、その傷を癒すための処置ではないのだが、入渠するまでの
「あ、ありがとう、ございます」
手当てをされた艦娘からの御礼に、睦月はニッコリ笑顔を見せて、礼には及ばないとサムズアップ。
「頑張らなくちゃいけないのはここからなのね。入渠、高速修復材を使ってもそれなりに時間がかかるからにゃあ。それまではこれで我慢してもらわなくちゃいけないのね」
「だ、大丈夫です。何の、これしき、です」
処置を受けた艦娘も、その処置のおかげで生きるための力を取り戻している。
勿論、最初から死ぬ気なんて無いのだが、重傷を負うとどうしても気持ちが落ち込んでしまうものである。だが、うみどりの未来を見据える姿を目の当たりにすれば、負けてはいられないと活力を呼び起こされるものだった。
結果として、この応急処置は身体ではなく心を処置するという運びとなる。諦めたらおしまいであるということを自覚させ、なにくそという力を奮い起こす。ただそれだけで、艦娘は後ろを向かなくなるものである。
「大破の四人は無事入渠出来たわ。高速修復材を使って小一時間くらいかかるから、それまでは我慢してちょうだいね」
ここで伊豆提督も奥から戻ってきて、現状を簡単に説明する。危険だった四人は、命の灯火を絶やすことなくドックに入ることが出来たようだった。そうなればもう心配は何もない。ドックの妖精さんと高速修復材の力があれば、完治までに必要なのは時間だけとなる。治らないということは、絶対に無い。失われた四肢も取り戻すことが出来る。
ただし、メンタルの部分は各々に任せるしか無い。大破することでトラウマを抱えてしまう者というのは、少なからずいる。それが、まだ艦娘になって間もないとか、精神的にも未熟であるのならば尚更だ。こればっかりは、うみどりでどうにかすることは出来ないため、元いた鎮守府にケアしてもらう。
「ありがとう、ございます。助かりました……」
「ううん、大丈夫よ。むしろ、もう少し早くここに来れたら良かったんだけれど、こちらの最大戦速でこの時間だったの。ごめんなさいね」
「そ、そんなこと、ないです。あの敵も……本当に予想外な出現だったので……」
睦月が応急処置を施した艦娘──戦艦榛名がこの部隊の旗艦だったらしく、中破で身体が痛む中でも伊豆提督に状況説明をする。話すだけでも痛みを堪えているように見えたため、伊豆提督は今すぐでなくてもいいと話すものの、大丈夫ですの一点張りで話を続けた。
聞いていた通り、敵深海棲艦部隊は殲滅出来ており、不意打ち気味に現れた大物も撃破することには成功したようだが、それを逃がすことなく処理するためにここまでの被害が出てしまったらしい。
これは別に、榛名達が所属する鎮守府がブラックというわけではない。むしろ、危険ならば一度退くことだって考えていた。しかし、その敵が陸への侵攻を止めるつもりがなく、退避で背中を見せる方が危険であることがわかったため、多少無理をしてでも撃破しなければ陸が危ないと判断したからである。
「大物としか聞いていないんだけれど、何が現れたの」
「……戦艦水鬼……です」
その名前を聞き、伊豆提督は目を見開く。この海域でそこまでの大物が現れたのは初めてであり、苦戦を強いられるのは当然と言えば当然だった。
戦艦水鬼はこれまでに現れた深海棲艦の中でも相当な実力者として軍の中では知られている存在。それがそれこそ艦娘のように量産されているかの如く同一個体が現れるのだから堪ったものでは無い。
駆逐艦では歯が立たず、戦艦でも火力を押し倒すのに一苦労させられる、強固な生体艤装が厄介な大物。稀に二体同時に現れるなんてことすらあるらしく、出遭ってしまったら一度撤退して策を練るレベルである。
「なるほどね……誰も命を落とさずに済んでよかったわ。逃がすことなく撃破までしているんだもの」
それに連戦の末に挑んで
「ありがとう。アナタの鎮守府にはこちらから連絡しておくわ。今はゆっくり休んでちょうだい。こちらは後始末を始めておくから」
「は、はい、ありがとう、ございます……少し、休みます」
それで話は終わり、榛名は大きく息を吐いた後に身体を休めるために目を瞑った。眠ることは出来ないものの、じっとすることで痛みを抑え、入渠までの時間をただ待つこととした。
その一部始終を、深雪と電は遠目に見ることになった。これだけでも、艦娘となった人間の信念の強さを知ることが出来た気がした。
それと同時に、電には伊豆提督の強すぎるくらいの信念が突き刺さった。軍服が血塗れになることも厭わず、治療を優先して自ら動くその姿は、少なからず不信感に影響を与えるモノだった。
この世界の戦艦水鬼は、並ではない力を持っている存在です。とはいえ、斃せないという存在でもない。実際、今のイベントでもボスの随伴として現れて、斃せはするけど厄介極まりない動きをしますからね。