地下で大暴れする巨体の出来損ないは、この鎮守府を治めていた裏切り者提督の成れの果て。護衛の艦娘2人に複数体の忌雷を寄生させたことで出来損ないに変えた挙句、それが捕食しあって融合し、それに巻き込まれて提督も出来損ないとなってしまった。
3人分の身体を使った出来損ないは非常に強力。その巨体は出来損ない特有の自己修復能力を備えながらも、砲撃などが通用せず、虎の子の電磁波照射装置もすぐに修復されてしまうために少しだけの足止めくらいにしか使えない。
また、その巨体であるが故に、ただ拳を振り回すだけでとんでもないダメージを生み出す。殴り飛ばされようものなら、砲撃の直撃と殆ど同じくらいの悲劇に見舞われることになるだろう。
しかし──
「砲撃ダケハ怖イカラ避ケルネ」
そんなバケモノを相手にしても、それのことを忌雷が詰まった肉袋程度にしか考えていないのがムーサである。砲撃だけは当たれば死を免れることが出来ないためヒラリヒラリと躱し、近接戦闘に持ち込む。
本来ならば、その距離は致命的。ただ乱暴に暴れるだけでも、拳の風圧で吹き飛ばされかねないし、直撃なんて貰ったらおしまいである。
それでもムーサが接近するのは、
「臭イナラ、焼イテミタリシタラ食ベラレルカナ。デモ、腐ッテルヨウナ匂イダシナァ」
自分に振り下ろされる拳に対し、少し手を上げると、そこからまたもや大きく削げ落ちる。ムーサが触れたところから、強靭な表皮をモノともせずに。
そのまま床を叩きつけるようなことになり、それは強烈すぎてヒビが入るほどなのだが、ムーサは全くの無傷。体液が降りかかってしまうものの、腐食の兆しすら見えず、むしろペロリと舐めて味まで確かめてしまった。
「ウン、チョット辛イ。酸ッパイノモアルシ、セレス様ガ作ッテタ酢豚トカイウノニ近イカナ。デモ、アレヨリ辛イカナ」
そんな品評までする姿は、仲間達を唖然とさせるには充分だった。いくら深海棲艦の姫だからと言っても、これは異常すぎる。綾波ですら言葉を失っている程だ。
「ムーサ! 今はそいつを斃すことが先決っぽーい!」
「ハーイ。デモ、多分私ダケジャ斃せナイヨ」
夕立に言われて戦闘中であることを思い出したようだが、ムーサはこれを斃すことは出来ないと断言した。
そう言いながらも、出来損ないに最も近い場所を陣取って攻撃を促している。周りに主砲を向けさせないように若干気をつけながら、フレッチャーが話していた時間稼ぎの時間を作るため。
「コレ、多分忌雷ヲ全部抜カナイト終ワラナイヨ」
結局のところ、どれだけ巨体になろうが、出来損ないは出来損ない。知性も理性もあるわけではなく、攻撃的な本能のまま、目はないものの目につく敵から排除しようと暴れるだけ。視野が360度あることが非常に厄介な状況ではあるのだが。
そして、それを止めるためにはこの出来損ないから忌雷を抜くことが唯一の手段であるとムーサは理解している。提督と艦娘2人、合計3人を結合させ、1体のバケモノにしている要因を排除しない限り、コレは止まらない。
1つ2つならいいのだが、ムーサはそれだけでは終わらないこともわかっていた。この出来損ない、
「そうか、ただの自己修復じゃないわ。中で『増産』して忌雷が常に増え続けてる」
そこに気付いたのは、やはり観察力がトップクラスの暁。何度撃っても、それこそ綾波が同じ場所に対して集中砲火を仕掛けても即座に修復するのは、ただ自己修復が異常なスピードだからだけでなく、その部位に『増産』された忌雷がカタチを変えて補修している。
それがわかるのは、ダメージを受けた出来損ないの挙動。瞬時に治りはするが、その際に少しずつ強化されているようにも見えたからである。綾波が苦戦させられているのはそこもあり、そもそもが自己修復の速度を越えられなかったことに加え、その部位が徐々に硬く強くなっているとなれば、一騎当千の力を持っていたとしても苦しい。
その謎は、ムーサが触れただけで削げたことで判明する。身体が『増産』された忌雷で出来ていると思えば簡単だった。出来損ないそのものが忌雷の延長線上にいるから、ムーサはそれに対して誰よりも強く出られる。
暁はムーサのそれを正しく知っていたわけではないが、あの体液を舐めてもピンピンしているどころか、味のレポートまで出来るくらい余裕を持っていることから、忌雷を食べられる存在と察したようだ。
虎の子である電磁波照射装置も、ここまで来ると効きにくい。破壊出来るのは一部だが、それがすぐさま他の忌雷で補填されていくなら、その部分だけを止めることしか出来ない。そうしている間に別の部位からの攻撃を受けるのがオチ。
連鎖的に破壊出来れば良かったのだが、表面に露出している忌雷、その少し後ろにいるモノくらいまでしか浸透出来ないようで、やはりその回復力に上回られる。
「えっと、貴女ムーサさんだっけ!? アレの忌雷、何処までわかる!?」
暁の問いに、ムーサはすぐに答える。
「酷イ匂イノ中ニ、イクツカ美味シソウナ匂イモスルネ。ソレヲ食ベチャエバ、アレハアレジャ無クナルンジャナイ?」
つまり、いくつかはまだわからないが、出来損ないの中には核となる忌雷が存在しているということ。
ムーサはその存在の匂いは嗅ぎ取っている。それが何処にあるかも何となくはわかっているようである。ただし、敵が巨体すぎてそこまで手が届かない。小さければ無理矢理もぎ取るなんてことも可能なようだが、それをやったら遺体の損壊は免れることが出来ない。
今回の敵はそんなことを言っていられないことになっているので、出来そうなことは全て確かめる必要はあるのだが。
「身体中が忌雷まみれってことは、触れたらおしまいってことでいいんですよねぇ?」
「そうね、触れたら寄生されてそのまま取り込まれてアレと一緒になれるわ」
「嫌ですよぉ、そんな気持ち悪いこと。綾波でもゴメンでーす」
綾波もこれまでの流れでいろいろと察する。近接戦闘で決着がつけられるなら、多少の腐食液も我慢しようと思っていたようだが、触れること自体が寄生に繋がる可能性が高いどころかほぼ確定となれば、どれだけ対策をしたとしても、近付きたくないと感じてしまうもの。
「子日、特機でどうにか出来ないっぽい?」
「無理無理無理! 1つならどうとでもなるけど、アレ全部が忌雷なんでしょ!?」
「だよねぇ……」
夕立も多少は策を練る。うみどりサイドでまず出来るのは特機による忌雷の引き抜き。しかし、身体全体が忌雷の群れみたいなモノと考えると、数体の特機では埒が明かない。
「普通の艦娘じゃあ太刀打ち出来ないってことでOK?」
苦笑しながら川内がまた降り立つ。見る場所を変えたところで弱点らしい弱点はやはり見当たらなかったらしく、今持っている装備だと本格的にどうにもならない。
川内も近接戦闘が可能な艦娘ではあるのだが、それは絶対にやってはいけない。ならば砲撃となったところで、忌雷が増えるだけ。地上で魚雷というのも考えたが、おそらくそれも効かないだろう。むしろ暁が先んじて忠告する。
「川内さん、魚雷だけはやめてね。夕立もよ」
「あ、やっぱり?」
「ぽい?」
「死なない上に、弾け飛んで忌雷ばら撒かれる可能性があるってことでしょ。身体中に忌雷があるなら、そういうことだってあるってことだよ」
捥げた四肢がそのまま忌雷として寄生を狙って襲いかかってくるかもしれない。それを考えると、ただ単純に破壊することも危うい。
尚、最初にムーサが削いだ出来損ないの肉片は、ムーサが投げ捨てた後に暁がしっかり処理している。本体から離れた忌雷は修復の範囲には入らず、電磁波照射によって完全破壊出来るようである。
ともかく、今のままで太刀打ち出来るのはムーサだけ。そのムーサは出来損ないに最も近い位置にいるため、他の仲間達よりも優先順位を自分に向けさせていた。
剛腕に殴られたとしても、ダメージにならずそのまま腕を捥ぎ取ってしまい、砲撃をしようとも近すぎて、また巨体すぎて狙いを定めることが出来ない。ムーサの今の戦い方は、出来損ない相手でも完全に有利である。
しかし、有利ではあるが斃し切れないという状況は変わらない。戦いながらも核となっている忌雷の場所を探っているのだが、捥ぎ取っても捥ぎ取っても忌雷が増えるせいで、そこに手が伸ばせない。
「ウーン、コノ辺ッテノハワカルンダケドナァ」
ムーサの手が出来損ないの胸に食い込むが、ムーサを捕えるように忌雷が修復されていき、本当に届いてはいけないところまで手が届かない。ムーサの力ならば捕まえられるようなことはなく、すぐさま抜き取ることが出来るのだが、だとしたも戦況がまるで変わっていないというのは間違いない。
「ア、ナンカ触ッタ。デモコレ、忌雷ジャナイ。
この時、出来損ないの中に入っている何者かに指先が触れた。忌雷ではない何かとなれば、それは出来損ないと化した裏切り者か艦娘の身体であろう。
それに触れたところで何の解決にもならないのだが、芯がそこにあるのならば、核となるモノはさらにその奥にあると考えるのが妥当。
「っ……夕立、子日、寄生してる忌雷を引き抜く方法があるのよね。それ、あのヒトに渡せる?」
「特機をムーサに貸すってこと? 出来るけど、あそこに飛び込むのは」
「子日ならやれるよ。フレちゃんが持ってきてくれた特機もいくつか渡せばいいんじゃないかな」
「ならすぐにお願い!」
ムーサの今の言葉で、暁が思いついたのは非常に単純なこと。ムーサに特機を使ってもらい、今のように腕を突っ込んで艦娘の身体に触れてもらう。そうすれば、特機が芯に対して忌雷の引き抜きを敢行出来るはずだ。
そこにある核の数はまだわかっていないものの、ムーサならば数撃ちゃ当たるが実践出来る。むしろそれしか今は勝ち目がない。
綾波ですらここから動けないほどになってしまっているのだから、もう暁もムーサを頼らざるを得なかった。うみどりの援軍がなかったら間違いなく負けていたという現状が悔しかったが、今はそんなことを言っている暇などない。
「よーし、じゃあ子日が行ってくるよ。気をつけなくちゃアレに巻き込まれちゃうから、慎重にね……!」
話しながら姿が消える子日。フレッチャーからも特機を預かり、バケモノを止めるための策に打って出る。