2つ目の裏切り者鎮守府から遺体を運び、代わりに捕虜を置いていく作業も一段落。これが終わらない限り、うみどりはこの海域から出ていくことは出来かったため、残存戦力を使って早急に作業を進めた。
遺体の方は工廠に置いたままの方が危険であるため、運び込まれた後は工廠の妖精さん達が奥へと運んでいった。当たり前だが、後始末の残骸のように扱われるようなことはしない。後に軍港で弔えるように、丁重に扱われている。
捕虜は置いていかれるとされているが、既に改心してうみどりの手伝いをしている者達、羽黒を筆頭にした1つ目の鎮守府の艦娘達は、そのままうみどりに残留。特に高波はムーサが手放さなかったので、転属も流れとして出来ていた。
そのままうみどりに所属するのか、それとも軍港鎮守府などに渡るか、その辺りはまだ決まっていない。
「あとは捕虜の引き渡しだけね。そろそろ来ると連絡は来ているけれど……」
話している内に、陸から大型のトレーラーが向かってくるのが見えた。ここにいる捕虜全員を詰め込めるだけのサイズであったため、あれが大本営からの遣いだとぱっと見でわかる。
そして、知る者が見れば誰が運転しているかもわかる、少々荒っぽい動き。事故が起きる心配はないのだろうが、今回の件を早く終わらせるためにも、かなり急いでここまで来てくれた様子。
それが見えたため、伊豆提督も用意して鎮守府の方へと出向いた。こういう時には提督としての役目を果たす。
「……予想していたより多めの捕虜だな。鎮守府2つ分というのは」
鎮守府の有様を見て苦笑するのは、大本営の遣い、陸軍艦娘熊野丸。軍港都市地下施設での戦いでうみどりが世話になった、瀬石元帥直属の艦娘である。
それだけでも非常に信用出来る者であるため、伊豆提督は内心ホッとしていた。これで捕虜を大本営ではなく逃がすために運ばれたら堪ったモノではない。これまでやってきたことが水の泡になってしまう。
「全員運び込めばよいのでありますか?」
熊野丸がいるのだから、コンビを組んでいる山汐丸も行動を共にしていた。荒っぽい運転に慣れているため、到着してもすぐに行動が出来ている。
「アナタ達が派遣されたのね。助かるわ」
「最も信用されているのが我々だからな。任せてもらいたい」
「ええ、アタシも正直アナタ達で良かったと思っているもの」
熊野丸と握手する伊豆提督。ニカッと笑って挨拶もそこそこに、置かれた捕虜達にはギラリと鋭い瞳を向けた。
「貴様らはこれから、大本営の更生施設へと向かってもらう。拒否権などない。自ら動かねば、我々が尻を叩いてでも動かす。今は逆らうことなく動け。いいな」
熊野丸が捕虜達に向けてそう伝えても、やはり反発は大きい。時雨が言っていた通り、自分の立場が未だにわかっていない者も多数いるようである。
自分達が正義であり、特異点を有するうみどりが悪。それに与する大本営も悪であり、正義に楯突く愚か者くらいの扱いになっていた。
洗脳教育もここまで来れば恐ろしさを感じる。自分が正しいと信じて疑わず、我儘放題の発言を是としてしまうようにコントロールされているのだ。
そんな捕虜達に対し、熊野丸はそうかそうかと頷きつつ、手近な捕虜へと近付く。
「俺が艤装をつけていない理由、わかるか」
そんなの知るかと言う前に、熊野丸の拳が叩き込まれていた。
「
熊野丸の技能。拳で壁が叩き壊せる程の膂力。軍港都市地下施設でもその力を遺憾無く発揮し、戦闘を優位に持っていった実績がある。
それを艦娘相手に打ち込んでいたら、良くても全身バラバラ。悪いとカタチすら残さない可能性がある。
「貴様ら反省の意思も見えない捕虜は、痛みを以て行動させる許可を戴いている。貴様らに文句を言う権利はない。抵抗するならば、我々は暴力を以てそれを鎮圧する。それでも構わないならば口を開け」
今の攻撃は完全に
血を噴くような攻撃ではなく、骨も折れるようなこともない。しかし、その痛みで悶絶する捕虜の姿は、より反発を呼ぼうとしていた。
だが、熊野丸は本当に容赦が無かった。口を開く度に拳が飛ぶ。今言ったことを違えない。暴力で鎮圧すると言ったのだから、口を開いたら暴力が飛ぶ。ただそれだけ。
「それくらいにしてあげてちょうだい。この子達だって本来はこんな子じゃないはずなの」
「ふむ、まぁ挨拶はこれくらいにしておこうか。そろそろ理解したようだしな」
ここまでやると、捕虜達は熊野丸が本気であることを嫌でも理解し、暴力を振るわれないようにするために口を閉じていた。敵意よりも恐怖が先立ち、目も合わせようとしない。これまで時雨が説教だけで終わらせてくれていたことに感謝をしてしまいかねないくらいである。
伊豆提督が止めなかったら、まだ続いていた可能性もある。それもあってか、捕虜達は今更ながら、うみどりがどれだけ優しく扱ってくれていたかを理解するに至った。
「熊野丸殿、こちらは準備出来たのであります。そろそろ捕虜を詰め込みましょう」
「うむ、貴様ら、自分の足で入れ。抵抗したら、わかるな?」
山汐丸がトレーラーの準備を終えたため、ここに捕えられた大勢の捕虜達は自らそこへと収容されていく。特に熊野丸から痛みを与えられた者は、文句の一つもなく、そそくさと乗り込んでいった。
「……今は洗脳されているからあんな態度をとってるだけ。艦娘という道を選んだ子達だもの。本当はもっと優しくて、海の平和のために戦おうと思っていたはず。洗脳を解いてあげれば、本当の心を取り戻せると思いたいわね……」
伊豆提督は捕虜達の背中を見送りながら、この戦いの黒幕である阿手に対して明確な怒りを抱いた。自分の私利私欲のために、他人の人生すら壊す。ここまで来ると、どうせわかってもらえないからと隠れて実験を続けていた出洲の方がまだマシだと思える程である。
勿論、出洲も許されない存在だ。人間に対して迷惑をかけていないわけではない。平瀬や手小野のような被害者だっているのだから、やってきたことが正しいなんて絶対に言えない。
しかし、阿手は限度を超えている。隠れることもせず、堂々と人様に迷惑をかけ続けている。しかも、現在進行形で。
「……次に行きましょう。苦戦しているところはまだまだあるわ。終わるまでは気を抜けない」
まずはこの戦いを終わらせなければ先には進めない。元凶を止めるためには、目の前の脅威を取り除かなければ。
鎮守府の捕虜達は熊野丸と山汐丸に任せ、伊豆提督はひと足先にうみどりへと戻る。次の行き先はここから少し離れた場所。今から急いで向かっても、到着に半日近くかかってしまう。時間的には深夜となり、そこから戦うのは少々危険。
しかし、それでも援軍は必要だろう。今も苦しみながら戦っている他鎮守府の艦娘を救わなければ、この戦いは一向に終わらない。
が、ここでとある場所から連絡が入る。
『ハルカちゃん、報告だよ』
「あら、タシュケントちゃん」
それは、こだかのタシュケント。後始末屋としての活動をしているが、今はその機動性を有効活用して、戦力が必要な鎮守府に援軍として向かっている。
こだかの存在も全鎮守府に周知されているため、謎の艦隊ということは無くなっている。こだかの到着で戦場の優位性を立て直すこともあり得た。
画面に映し出されるタシュケントをイリスがチェックし、寄生されていないことを確認。常に必要なことのため、タシュケントもそれは当然だと容認している。
『こだかは近場の敵鎮守府と交戦中。そこの味方と共闘してる。戦況は良くもなく悪くもなくと言った感じかな』
「そうなのね……くれぐれも気をつけてちょうだい」
『勿論さ。それに、忌雷対策がかなり上手く行っているからね。寄生されるなんてことは今のところないよ』
こだかにも当然配備されている電磁波照射装置。そもそもの探知機から用意されていたものを、今の戦場に合うようにバージョンアップを繰り返しているおかげで、忌雷に対してはかなり有利に戦えているらしい。
敵として現れる『増産』持ちの擬似カテゴリーKに関しては、通常戦闘と電磁波の合わせ技で攻略している。しかし、寄生を取り除くことが出来ないため、艤装を破壊した後に気を失わせることくらいしか出来ることが無いというのが難点。
『残念だけど、無傷で終わらせることは、あたし達には出来ない。そこまでの力が無いからね』
「そうよね……ええ、それは仕方ないわ。敵を気にして負けることが一番あっちゃいけないことだもの」
『だね。だから、
こればっかりは否定出来ない。既に軍港鎮守府の面々もそのやり方で進めているのを知っているため、こだかがその選択をしていることにも肯定的。
うみどりのやり方は、あくまでも力を持つ者だからこそだ。それでも傷付けることを完全否定しているわけではなく、なるべくなら傷付けずに救ってやりたいと考えているくらい。手を抜いて勝てる相手ではないことだって理解している。
『今のところ寄生された仲間は出てきていないけど、怪我人は出始めてるんだ。何人かは入渠もしてる。勿論、忌雷のチェックも怠ってないよ』
「命に別状はないのよね?」
『うん、そこは大丈夫。欠損とかが出たわけでもないからさ。艤装が大破させられたとかだよ。あっち、普通にインチキ能力を使ってくるから、初見だとどうしてもやられることがあるみたいだ』
うみどりの情報を最も持っているこだかでさえ、曲解能力を見たばかりだと否応なく負けかけるという状況。これを打破する手段は
『それでも、あたし達の士気は下がってないから安心して。むしろ、30年溜まってた鬱憤の晴らし先が見つかったようなモノだから、みんなすごいやる気だよ』
「それは……喜んでいいものかはわからないけれど、折れていないなら充分ね」
『勿論、作戦は常に自分の命、仲間の命が最優先さ。まずいと思ったら撤退もしてる。無理と無茶はしないように心掛けてる。だから──』
タシュケントは勇ましい笑みを浮かべて、画面に拳を突きつける。
『この戦い、みんなで終わらせよう。まだ前哨戦なんだからね』
そんなタシュケントに、伊豆提督も拳を突きつける。
「ええ、まずは勝ちましょ。話はそれからよね」
各所での戦いはまだ続く。終わっていない戦場はまだ4つ。うみどりは次の戦場へと向かう。
タシュケント率いるこだかも、基本的には実力行使しか出来ません。しかし、ここで役に立つ第二次深海戦争突破という実績。ブランクはあれど、手練れではありますから。