これまでの捕虜を鎮守府に置き、大本営の遣いである熊野丸と山汐丸に任せたうみどりは、次の戦場へと向かう。
そこはそれなりに距離があり、到着までは約半日かかる計算。時間としても、深夜になりそうとのこと。
それまでは、戦闘に向けて全員休息の時間とされている。次もまた激戦を繰り広げる羽目になりそうだと思うと緊張感も漂うが、十全の力を発揮するためには、今のうちに身体を休めておかないと後で困ることになるだろう。
昼寝を選択する者、腹を膨らませる者、身体を清めておく者と、各々疲れを溜めないで休む手段を選択する中、工廠でも動きが見え始める。
「くぁー……よく寝たよく寝た。うん、すっかり治ってるねー」
「はい、白雲もこの通り、五体満足でございます」
入渠が完了したグレカーレと白雲が、綺麗になった自分の身体を見て安心していた。
自己修復もあるため、入渠時間は普通よりも少なめと言える。妖精さんも、カテゴリーWとなった2人の治療はやりやすいと作業が非常に捗るようだった。
「お疲れ様なのです、2人とも」
「イナヅマ、ずっと起きてたの?」
「なのです。深雪ちゃんのことを聞いていたので」
入渠ドックの側には、電もずっと待機していた。戦闘の疲れを取るためにうたた寝くらいはしていたようだが、4人の中でも無傷を貫いただけあって、あったのは疲労のみ。それも軽く休めば回復出来る程度。その間に、明石から深雪の容態のことも聞いていた。
叢雲の『解体』を両腕に受けたことで、その腕は使い物にならなくなってしまっていること。入渠でカタチは戻っても、
「深雪ちゃんの腕……動かなくなってしまったらしいのです」
「えっ、ちょ、それヤバいんじゃない!?」
グレカーレは声を荒げ、白雲は無言でショックを受けていた。だが、電はすぐに続ける。
「でも、深雪ちゃんの腕に特機を使うことで、それは克服出来るらしいのです。あの時に出来ちゃった、深雪ちゃんの血が混じった特機がありましたよね。あの子達に両腕に寄生してもらえば動かせるって、明石さんと主任さんが」
電もそれを聞いた時は大きなショックを受けた。あれだけ頑張った深雪が、ただただ損をしただけなんて納得が行かない。人を救うために身を削り、報われないことばかりなのは、電としても強い怒りを覚えた。
だが、本当に辛いのは深雪のはず。元々こうなるのではと示唆されていたし、深雪自身もそうなるのではと薄々勘付いていた。実際にそうなったとしても、メンタルダメージは比較的軽い。それに、今後ずっと動かないということもないことは既に知っている。とはいえ、特機による寄生なくしては、100%の行動が出来なくなってしまったことは少なからずショックを受けるはず。
「……電もこんなことになって辛いのです。でも、深雪ちゃんなら落ち込まない……というより、
だから、電は自分よりも深雪のことを思って、先に覚悟を決めた。当人よりも苦しそうな顔をするのは違うと。
「そっか、そうだよね。ミユキもこれまでいろいろあったけど、すぐにどうにか出来るんなら、表に出すことはないよね」
「然り。お姉様は強く美しいお方。我々に心配かけぬよう気丈に振る舞うことでしょう。ならば我々は前を向き、お姉様を支えることに尽力いたしましょう」
「だね。ちょいちょい気にしつつ、でも過剰に触れないってのが一番いいかな」
特機が寄生したところで、その腕が完璧に動くのかはまだわからない。何かあった時は、電達がサポートする必要がある。深雪がそれを煙たがらなければ、優先的にそれをやっていこうというところに落ち着いた。
その後、深雪が目を覚ましたのはさらに時間が経過してから。外は暗くなり、次の戦場までの航路はまだ半分に満たないかというくらい。グレカーレと白雲から遅れること数時間というところ。
いつもならばもっと眠っていそうなのだが、深雪の怪我は少々特殊。治療というよりは
「……あぁ……まぁ、そうなっちまうか」
目を覚まして第一声がこれ。案の定両腕が動かず、感覚もない。そのため、腹筋の力だけで身体を起こすことになる。寝起きであったため、それも簡単には出来ず、どうしようかなと途方に暮れていたところに、サポーターとして電が駆け寄ってきた。
「お疲れ様なのです、深雪ちゃん。やっぱり腕は……」
「おう、電。明石さんに聞いてた通りだ。あるにはあるけど動かねぇ」
壊れたところだけが動かないのだが、肘が曲げられないようで、手のひらも開いたまま。握ることすら出来ていない。
電に支えてもらって身体を起こすが、ドックから出るのも一苦労である。小柄な電だけの力では、深雪をサポートするのは難しいと感じるほど。
「あ、ミユキ、目ぇ覚ましたんだね。イナヅマから聞いたよ。やっぱ腕動かない?」
「お姉様、ご無事……とは流石に言えませぬか。白雲もお手伝い致します」
「悪いな、ちょっと手伝ってくれ」
腕が動かないというのはかなり厄介であり、ドックから出るだけでなく、その後、例えば着替えなどにも大きすぎる影響があった。誰かに手伝ってもらわないと何も出来ない。
だが、深雪はそれに対してショックを受けているような表情は見せなかった。あくまでも普段通りに振る舞う。
だからだろう、グレカーレも今だけは余計なことはしなかった。いつものノリなら、今しかないと身体に触れようとして、電か白雲に止められるのがオチだったが、そんな空気ではないと察している。
「っし、じゃあ明石さんのとこ行くぜ。この腕はまだどうにかなるからな」
事前に聞いていただけあり、深雪はまだ前向きだ。抵抗があるとは話していたものの、こうなった現実を見たら、選択肢なんて何処にもない。可能である治療法をすぐさま試すために動き出した。
気丈に振る舞っていることは誰の目から見ても明らかだった。だが、そうしているということは、
電は全てを察している。だからこそ、何も言わずに隣に居続ける。
事情を聞いた明石は、入渠中に既にそれについては把握していると伝える。そして、その後の治療方法についても。
「最初は入渠の資材に特機を混ぜると言いましたが、やはりその方法はいろいろと難があります。なので、別の方法を使うことにしました」
「違うやり方?」
「はい。特機を資材とするのは、その命を貴女の糧にするということ。でも、こちらはその命をそのままに、貴女のサポートをしてもらうカタチとなるでしょう」
そう言いながら取り出したのは、叢雲との戦いで引き抜いた忌雷が特機として生まれ変わったモノ。血混じりの煙幕で燻されたことで変色したそれは、他の特機とは違った雰囲気を醸し出していた。
ビシッと敬礼するかのような触手を蠢かせ、深雪のために力を尽くしたいと身体全てを使って表現している。
「資材にするのではなく、この子達を両腕に寄生させます」
「寄生?」
「はい。グレカーレさんや白雲さんがやっていることを、局所的に行おうということです。特異点に特機を寄生させるというのは初めてですが、この子達が自信満々なので、試す価値は大いにあるでしょう」
明石の言葉に賛同するように特機達が頷く。是非やらせてくれと、触手を伸ばすことさえしている。
「主任曰く、成功率は100%に近いです。というか、他の特機では難しいですが、
「なるほどな。あん時に燻しといて正解だったってことか。今は血も出てないからこんなこと出来ないしな」
「2体いてくれたのもありがたいですね。片腕に1体ずつとやれるので。1体だけだったら片方しか処置が出来ませんでした」
確かにと深雪は納得。
「それでは早速やってみましょう。両腕を机の上へ」
「あいよ。電、悪い」
「なのです」
自分で持ち上げられないので、電に腕を上げてもらい、机の上に置く。手のひらは上向きに、そこから特機を寄生させるため。
すると、やるぞやるぞと特機が身体を蠢かせて移動。1体ずつ手のひらに乗っかると、そのままズブズブと入り込んでいく。
動かず、感覚もないため、入り込まれても何も感じない。しかし、仲間となったモノの行動とはいえ、気持ちのいいものではなかった。失礼になるために口が裂けてもそんなことは言えないが。
特機が寄生した腕に、強く血管が浮き出るような反応が見え始める。特機が自身の身体を失われた神経と結合させているような、そんな見た目。
「本来なら、寄生を全身に張り巡らせることで、寄生した者の身体をカテゴリーWへと変化……いや、
グレカーレと白雲はそれを受けているので、進化したと言われればその通りかもとうなずく。力を得られた上に、敵からの忌雷の耐性まで得られているのだから、普通とは違う存在へと上がれたと言える。
「ですが、今回はその影響を局所的に行うことで、腕だけを新たなカタチへと進化させるようなものです。特機が神経となり、あるべきモノと繋がり、腕としての機能の代替品になる。身体を書き換えることが出来る寄生ならばそれも可能でしょう。新たな力を与えることすら出来るのですから」
ある意味、あちらの忌雷の有効活用法。忌雷とて、洗脳などの要素が無ければ、身体に障害がある者に五体満足な身体を与える治療の一環として使える可能性があることがここからわかる。それを私利私欲のままに使っている使用者の精神に難があるだけ。
物は使いよう。それが本当に実感出来る治療である。
「お、おおっ、なんか感覚戻ってきてるぞ!」
その寄生が腕全体に行き届いたように見えた段階から、深雪にもその効果がわかるようになっていた。これまで無かった感覚が戻り始め、指先がピクリと動き始めたのだ。
さらに効果が発揮され始め、深雪は自分の意思で拳も握れるように。そして、肘が曲げられ、自分の意思で机の上から上げられるほどにまで回復していく。
「す、すげぇ、さっきまで無かったみたいな感じだったのに、今は元通りだぜ」
最終的には、全く違和感がない程にまで回復し、ついさっきサポート必須状態だった両腕は、何事もないように動くようになった。
少しだけ違うのは、特機が寄生した両腕には、それが少しわかるように薄く痣のようなモノが出来上がっていた程度。だとしても気にならないくらいなので、深雪はただただ特機達の働きに感謝した。
残っていた後遺症も退け、これでまた後始末に従事出来る。深雪はまだまだ終わらない。
特機による深海接続は完璧な結果を迎えました。命を消耗していないため、後腐れもない。