罪悪感に押し潰されそうな叢雲に対して、深雪には出来なかったがグレカーレには出来た、叢雲への接し方。心を開くために優しくするのではなく、罪を突きつけて叱ること。お前のせいだとこき下ろし、恩を返すという理由でその罪を見て見ぬふりをした怠慢さを叱りつけた。
だが、それだけでは終わらず、勇気を持って一歩踏み出してくれれば、その手を伸ばしてくれれば、その手を引いてやると、厳しさの中に優しさも見せる。罪を償いたいならば、死ぬなんて逃避は許さない。何もしないことは以ての外。生きて現実と向き合い、前に進む勇気を持てと。
「あたしからはこれでおしまい。言いたいこと言ったしね」
今すぐに叢雲が手を伸ばすことが出来るとは思っていないため、グレカーレは一度離れた。
項垂れているそのポーズは話す前から変わっていない。隣に深雪がいても関係なかった。
「……グレカーレ、あたしには出来ねぇやり方……悪いな」
「いいのいいの。これくらいハッキリ言わないとわからないヤツってのは、大体どんなとこにでもいるもんだからね。ミユキは運良くそーゆーヤツと当たったことがないだけだよ」
ケラケラ笑うグレカーレに、深雪は苦笑した。自分はなんだかんだ恵まれた環境にいるんだなと実感して。
「叢雲、グレカーレの言ってた通り、前に進む勇気が出来て、手を伸ばすことが出来たなら、あたし達が必ず支えてやるから安心してくれ」
最後に一撫でして、深雪も立ち上がる。自分には今は何も出来ないし、やるべきことはグレカーレがやってくれた。このまま隣にいても何も変わらないならば、一度離れて様子を見た方がいいとも考えた。
何も突き放そうとしているわけではない。深雪がいたら考えられるものも考えられなくなるかもしれないと思ったからだ。
「……今は考える時かもしれねぇ。あたしがいたら、余計に考えにくいだろ。だから、一度離れさせてもらうぜ」
これまでの時間、叢雲は何を考えて蹲っていたかはわからない。むしろ、
だが、グレカーレに煽られ、貶され、叱られ、そして手を差し伸べられたことで、やるべきことの道は少しだけでも見えたはずだ。その道に向かって歩いていくための方法も。
今はそのための手段、勇気を持って一歩踏み出すことが出来るかを考える時間。知ったところで、実行に移せなければ意味がない。そして、それをするのは誰の力でもない。叢雲自身の心の力だ。
その勇気さえ出せれば、あとは仲間を頼ればいい。踏み出す力は自分でしか出さずとも、進んでいく力は仲間の力も上乗せ出来る。
「罪だと思うのなら、それを償うために、必死に進もうぜ。お前だけなら難しいかもしれない。でも、あたし達となら、きっと進んでいける。それに──」
深雪は最後に、少し思ったことを口にした。その言葉は、叢雲には強く、激しく、深く突き刺さった。
「悪いことしたって思うなら、
その言葉は、とても単純な言葉。それを叢雲は、これまで一度も口にしていなかった。
神威の排煙に癒され、大泣きしていた時も、ただ泣いていただけだった。その言葉は、叢雲の口からは出ていない。
「それにも勇気がいるかもしれねぇけどさ、それが言えりゃ、前に進める力になるんじゃねぇかな。プライドが邪魔して言えないってこたぁ無ぇだろ。罪悪感があるんだから」
「ああ、そっか。あたしも聞いてないねぇ。腹が立つことはあるかもしれないけど、それ以上に罪悪感あるってなら、まず真っ先に出てきてもおかしくないんじゃないかな。でも塞ぎ込んでて一言も話してないってことは、絶対に言ってない。それもアレかな、洗脳教育の賜物ってやつかな」
グレカーレも深雪の言葉に乗っかる。叢雲がそう出来ないのは、あの裏切り者の教育の成果なのではとも勘繰って。
「ムラクモ、口が利けないわけじゃないんだからさ、
そう、叢雲はこれだけの罪悪感に苛まれながらも、失われた命に対して謝罪の言葉を口にしていなかった。
親であった裏切り者に対しては普通にそういった言葉を使えている。しかし、他の者──それこそ、叢雲が見て見ぬフリをしていた、今はもうこの世にはいない者達に対して、そうしてしまって申し訳ないという言葉を言えていない。
それが悪いことであると理解していても、その道を貫くと決めてしまったことで、叢雲の中からは謝罪という至極当然な行為が抜け落ちてしまっていた。鎮守府で犠牲になった者は、そうなってしまっても仕方ないこと。むしろ、ここで謝ったら、あの提督の行いを自分でも否定してしまうと感じて、意識的にも、無意識的にも、親以外に謝罪することをやめていた。
それがよろしくなかった。罪悪感があるのに吐き出せない。言葉にすれば自分の気持ちにも少しは整理がつく。それなのに、それが出来ない。気持ちはだんだんと濁っていき、鬱屈としてくる。それもまた自分の罪なのだと妙な納得をしてしまい、負のスパイラルへと陥っていく。
「あたし達がいる前では難しいかもしれねぇ。だから離れる。一人になれれば、誰にも見られてないなら、好きに出来るだろ。だから、まず死んでいった奴らに声をかけてやんな」
そう言って、深雪達は部屋から出る。その勇気すら出ないというのならば傲慢ではあるのだが、それでもここに誰かの目があるから出来ないというのなら、また一度一人になってもらう。
その間にその言葉を口にしていた証拠は、誰にもわからないだろうが、それでもケジメをつけたのならば、どうであれ何か変わるはず。むしろ、これだけやって何も変わらなかったら、謝罪すら出来ない者となる。
「悪い、あたし達はこれで終わりに……って、あれ、丹陽何処行った?」
部屋から出た深雪達は、外で待機していた神風と丹陽の内、丹陽が姿を消していることに気付く。
「ああ、丹陽はハルカちゃんのところに行ってるわ。割と
同じこと──つまり、叢雲に謝らせるという行為のために、先んじて行動に移したということ。
以前に丹陽はムーサとの対話を成功させるためにセレスを戦場に出したという実績があるため、こういう時に何をしでかすかわからない。
「ハルカちゃん、流石に許可出さないと思うのよね……何のための立ち入り禁止区域だって話だもの」
「立ち入り禁止区域……って、どういうことだよ」
「まさか、
電の言葉に、神風は苦笑しながら正解と答えた。
叢雲に自分の罪を明確にさせるために一番手っ取り早いのは、その犠牲者を今の心境で改めて見ること。鎮守府から引き上げる時にも見てはいるとは思うが、既にその時には塞ぎ込んでいたため、そんな気持ちも無かったであろう。
だから、今見せる。誰だって遺体をもう一度見るというのは抵抗があるが、ショック療法としては非常に有効ではあるだろう。
「……いや、ダメだろ」
深雪も流石にそれはよろしくないと苦言を呈する。ショック療法と言っても、そのショックが刺激が強すぎたら意味がない。強引すぎても逆効果になりかねない。
自分の罪を自覚するのは悪いことではないだろう。だが、度が過ぎているとすら感じた。
「うーん、やっぱりダメでした」
そこに伊豆提督と話をつけてきた丹陽が戻ってくる。言葉と表情的には、この手段は不発だったと感じ取れる。
「わかってたことよ。ハルカちゃんがその辺りを許すわけがないわ。何のための立ち入り禁止区域だと思ってるのよ」
「正直ダメ元でした。出来たらラッキーくらいで」
「それにしてもよ。貴女、
あははと笑っているものの、深雪達としてはあまり笑えるものではなかった。
「……阿手が絡むとどうしても気が立ってしまいますね。面目ないおばあちゃんでごめんなさい」
「気持ちはわかるけれどね……ただ、叢雲には過激すぎるわ。あの子も阿手の思想に賛同していたってのは否定出来ないけれど」
丹陽にとって、姉と同じような犠牲者であると同時に、姉を陥れた一派の仲間でもある。理性を持ったままでそのやり方に賛同していたということは、姉が──初風がああされたことを肯定しているのと同じ。
故に、救いたいけどどうしても引っかかるという矛盾した感情に苛まれることになった。ここにいたのも、その気持ちを整理するためにも先んじてここにいた。結果はこれであるが。
「丹陽……お前もなんかあったら吐き出せよな。あたしみたいなひよっこに話せることなんて無いかもしれねぇけど、ケジメつけたいなら力を貸すぜ」
「なら特機を私に寄生」
「モノには限度っつーのがあるんだ。あたしは命懸けのことには手を貸さねぇぞ。つーかいい加減懲りろ」
丹陽はこれだけのことがあっても物腰が変わらないから逆に怖い。内にいろいろ秘めていそうで、いつ爆発するかわからない。そして、爆発する要因がすぐそばにあるというのも問題である。
「また何処かで愚痴らせてもらいます。では、今は叢雲さんに考える時間を与えましょう。深雪さん達は道を示したんですよね?」
「ああ、ほぼ全部グレカーレがな」
「道が見えているなら、あとはそこを行くか行かないかです。その決断は、私達には何も出来ませんから」
「……だな。もう何も言えない。また後から聞こうとは思うけどな」
叢雲から改めて話を聞くのは、おそらく次の戦いが終わってから。それまでに叢雲がどんな選択をするか。
「それじゃあ、深雪さん達は次の戦いに備えて休んでくださいね」
「ああ、そうさせてもらう。叢雲のことは心配だけど、やらなくちゃいけないこともあるからな」
そして深雪達はそこから去っていった。後ろ髪引かれる思いではあるが、今は決断の時。
「……さて、丹陽も先に戻ってちょうだい」
深雪達がいなくなった後、神風は丹陽にもここから離れてもらうように願った。
「わかりました。貴女も思うところがありますもんね。どうぞどうぞ。誰も来ないように見張っておきますよ」
「ありがとう。よろしくお願いね」
そして、神風は改めて叢雲のいる部屋に入った。