後始末屋の特異点   作:緋寺

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踏み出す方向

「ごめんなさいね、叢雲。私も少し話をさせてもらうわ」

 

 深雪達が叢雲に考える時間を与えて部屋から去っていった後、それを部屋の外で待機していた神風が、深雪達には知られないように部屋に入った。

 叢雲の様子は何も変わらない。やはり蹲って、ずっと震えている。だが、()()()が少しだけ変わっていた。ただ体育座りをしているわけではなく、その顔をより深く自分の脚に埋めて、何かを考えている素振り。ただ茫然としているわけではなく、先程言われた言葉を反芻しているかのよう。

 

「時間はまだあるわ。だから、ゆっくり考えればいい。考えるのに私が邪魔なら、すぐにここから出ていく。でも、貴女にも聞いてほしいことがあるから、少し人払いをさせてもらったわ」

 

 先程の深雪と同じように、神風も叢雲の隣へと座る。叢雲が小さく震えたが、神風は気にしない。

 

「こんな時にここにいる私を、貴女は鬱陶しいと思うかもしれない。でも、貴女の決断に少し役に立つかもしれないと思ってね。私の、過去の話が。あ、でもこれ他言無用でお願いね。知ってるの、ほとんどいないから」

 

 神風自身もこのことを話すには勇気がいること。小さく息を吐いた。そこまでするくらいなら話さなければいいのにと言われそうだったが、今の叢雲はそんなことを考えている余裕すらない。はいもいいえも言えないくらいに壊れかけている。

 

「……私もね、失ってるの。海洋災害で、家族を」

 

 叢雲がピクリと反応した。だが、叢雲の家族は海難事故で亡くなっているとは言われているが、その実、あちら側の汚い手口によってそれに見せかけられているという可能性が非常に高い。故に、何処まで叢雲と同じなのかは何とも言えない。

 

「貴女とは少し違うけれど、私は目の前で失った。深海棲艦の流れ弾が家に直撃してね。私だけが生き残ったわ」

 

 家族を失い、天涯孤独の身になったというところは同じ。とはいえ、神風は叢雲と違い、その時に成人しているだけでなく、結婚し、子を成していた。幼くして独りとなった、誰も頼ることが出来なかった叢雲とはやはり少し違う。

 だが、ここから神風はこれまでとは少し違う考えを持っていた。叢雲の話を聞いたからこそ、その考えに行き着いている。それが正しいかはわからないが、可能性としては無くはない話。

 

「今更だけれど、その時の海洋災害……ただのはぐれ深海棲艦じゃなかったのかもしれない。貴女と同じ……とは流石に言えないけれど、あちら側の作った深海棲艦が野に放たれて、それが引き起こした災害だったかもしれない」

 

 第二次深海戦争の時から暗躍していたのが出洲一派だ。戦争も何もない20年程の間も、何かと研究をしていたであろう。その間に深海棲艦だって全盛期とは比べ物にならない程に少数ではあるが出現していたのだから、それを使って野望を進めていた可能性だって否定は出来ない。

 そして今、当たり前のように改造深海棲艦なども現れるし、カテゴリーYが深海棲艦を建造するようにまでなっているのだから、もう既に当時の段階で、()()()()()()()()()()()すら出来ていたかもしれない。

 

 神風の家族は、そんな人工深海棲艦が引き起こした悲しい事故に巻き込まれたということも考えられる。一度そうかもしれないと思うと、神風はその真意を突き止めたいと思い始める。真の仇は深海棲艦ではなく、それを生み出した、まだ誰かもわからないあちら側なのかもと。

 だとしたら、神風と叢雲は境遇の始まりは同じと言えるだろう。あちら側の行動によって家族を奪われた。程度は違えど、根本は同じところ。

 

「貴女とは似て非なるモノだとは思うけれど、もしかしたら私も奴らの被害者かもしれないってことよ。それだったら、奴らをこれまで以上に許すことは出来ない」

 

 この言葉にもピクリと反応する。

 

「だから、貴女の気持ちも少しはわかるわ。わかるのは貴女の持つ怒りと憎しみの方だけれど。罪悪感の方はごめんなさい、私にはどうしても寄り添うことは出来ないわ。でも、深雪やグレカーレに言われたことで、貴女も理解したことはあるでしょう」

 

 神風がそっと叢雲の肩に手を置く。恐怖を感じたかのようにブルッと震える叢雲。だが、気にせず神風は言葉を紡ぐ。

 

「貴女がこれまでやってきたことは、()()()()()()()()()()()()()()()みたいなモノよ。貴女が奴のやり方を容認してしまったことで、巡り巡って貴女や私のような被害者……()()()が増えることに繋がる。ピンとは来ないかもしれないけれど、奴があの阿手と手を組んでいたというのなら、そういうことも起きるということになるわ」

 

 それこそ、出来損ないとなった艦娘達が不要になったからと野に放つなんてことだってあり得る。そんな事が起きたら、何も出来ずに他の艦娘も敗北するかもしれない。本能のままに艦娘のみならず人間に襲い掛かろうものなら、その襲われた者は確実に死ぬ。艦娘ですら対処出来ないバケモノを、平和のための実験と称して作り、失敗したからと不法投棄して、後は知らぬ存ぜぬだなんて無責任もいいところである。

 叢雲が容認していたのは、そこに深く繋がることだ。私利私欲のために好き勝手やった結果、最も利を得ているのは阿手。そしてそこでまた好き勝手研究を重ねて、人を不幸にしている。被害者は増える一方。そしてその被害者を利用して──と、負の連鎖は止まらないどころか激しくなるだけ。

 

「あの子達は一言でも謝っておけとは言っていた。でも、誰に言えばいいのかわからないでしょう。だからさっき、うちの……ちょっと過激なおばあちゃんが、貴女に被害者の遺体を直に見せようとした。貴女がやったことはこういうことなんだぞと、その目を以て理解させようとしたの。流石に止められたけどね」

 

 扉の外で苦笑している丹陽が目に浮かぶようだったが、神風は続ける。

 

「とはいえ、このうみどりに遺体が積み込まれているのは事実よ。貴女は見ていたかどうかは知らないけれど、工廠に運ばれて、その後は妖精さんが工廠の奥で丁重に保管してくれているわ。ここの部屋からだと……ちょうど真正面、そこから少し下くらいになるわね。見えないけれど、感じ取ることも出来ないけれど、そこに()()()()()()()()()()()()()()()がいるわ」

 

 顔を上げれば、目に見えなくても、その方向にはそれがある。叢雲の罪、グレカーレの言葉を借りるならば、怠慢が生み出した死者の群れ。顔を上げられない叢雲の目には、どうやっても映らない。

 

「自分の罪のカタチが見えないから、貴女には何をどうすればいいのかわからないのでしょう。謝るにしても、頭を下げるにしても、何にどうやってと考えちゃってる。虚空に謝るなんていうのがわからない。それは仕方ないこと。でも、あちらに謝るべきモノがあるとわかれば、あとはほんの少し進むだけ。罪悪感があるなら、勇気なんていらない。自分でもそれが必要なことだって、理解しているはずなんだから」

 

 肩をポンと叩くと、神風はそこから立ち上がる。自分が話したかったのはこれだけ。前に進む道は見つかったが、進み出す方向が見定められなかった叢雲に、ほんの少しの道標を指し示した。これで後は一歩踏み出すだけ。

 

「貴女がそうする姿は、私は見ないでおく。貴女は貴女なりに考えて、出来ると思った時にやってみなさい。一言口から出すだけで、湯水のように溢れてくるわ。だって貴女は理解してるんだもの。人間ってのは、走り出すためにはとても力がいるけれど、一度動き出してしまえばスムーズに動けるものよ」

 

 見えていないが、神風は笑みを浮かべて、最後は叢雲の頭を撫でてから部屋を出た。

 

「もう、いいんですか?」

 

 部屋の外で待っていた丹陽が問うと、神風はええと短く返事した。

 

「これで踏み出せなかったら、もう叢雲はどうにもならない。貴女ほど過激ではないけれど、謝るべきモノが何処にあるかを知れば、あとはやるかやらないかだもの」

「そういう意味でも、()()()()を見せた方がいいと思ったんですけどね」

「貴女はホント、いい加減に懲りなさい。気持ちはわからなくもないけれど、そういうことを叢雲にやるのは違うと思うわよ」

 

 叢雲だって被害者なのだ。全面的に加害者ならば、丹陽が提案したことを実行してみてもいいかと思えるものだが、そんな相手にはあの世で詫びてこいと言い切るだろう。

 死は償いにならないと諭すが、阿手に関しては例外。この世界に一分一秒とて存在してもらいたくない。丹陽のみならず、神風にもそんな気持ちが芽生えていた。

 

 

 

 

 真っ暗闇の部屋に一人残された叢雲。神風が出て行ってから、部屋の外から少し話し声が聞こえたものの、それもすぐに無くなり、静かな、とても静かな空間となる。今自分の周りには誰もいないと実感出来る。

 

「……」

 

 深雪達の言葉を反芻していた。深雪に寄り添ってもらえたこと。グレカーレに叱られたこと。神風に教えられたこと。その全てを、頭の中で何度も何度も繰り返す。

 

 自分が今からやらねばならないこと──謝罪。深雪やグレカーレにそれを言われても、すぐに出てこなかった。勇気がいるだろうとも言っていたが、それだけではなかった。ここまで多すぎる、数えきれない罪を重ねて、何処に向けて謝ればいいのかがわからなかった。

 これまであの鎮守府に属し、使われ、艦娘となった思いを土足で踏み躙られた者など数えきれないほどいる。その全員に謝ることなんて不可能だ。だから、何をすればいいのかわからなかった。

 

 だが、神風がその方向を示してくれた。まずは最も近いところ。うみどりに保管されている、出来損ないから綺麗な身体へと戻してもらった、艦娘の遺体。目には入らずとも、そこにあると実感出来れば、あとは踏み出すだけ。

 

「……っ」

 

 勇気を持って、頭を上げた。暗闇な上、涙で滲んだ視界には、その部屋の壁すらまともに目に入らなかった。

 だがむしろ、だからだろうか、そこに自分の罪があるように感じた。そこに何も無くても。

 

「……なさい……」

 

 掠れた声で、一言。上手く言えなかったが、それに向けて言葉を紡ぐ。

 神風の言った通りだった、一度口にすれば、そこからは湯水の如く溢れてきた。

 

「ごめん……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 唱えるように、その気持ちを込めて。叢雲はひたすらにその言葉を呟き続けた。

 

 

 

 

 スッキリなんてしない。罪悪感は増す一方。だとしても、やらねばならない。自分の義務として、叢雲はずっとずっと謝り続けた。

 

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