後始末屋の特異点   作:緋寺

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晴れていく曇り

 大規模となった後始末の現場で、その戦闘後に負傷した艦娘達を救護。うみどりは一時的に入渠ドックを貸し出し、後始末の裏側で治療を進めることとなった。

 艦娘は後始末のために海に出ることが出来るが、伊豆提督はそれが出来ないため、執務室での雑務は後回しにして治療に尽力する。例え軍服が血塗れになろうとも、全く気にした素振りもなく、テキパキと指示と行動を続けていた。

 

「一時的に私が指揮を執らせてもらうわ」

 

 そちらをサポートするためにも、一時的に艦娘達の前に立つのはイリスである。副司令的な立ち位置にいるため、ここで後始末屋の方針を決定しても誰も文句は言わないし、こういう時のイリスは伊豆提督の代弁者として働くため、むしろ頼りにしているほどである。

 最古参でカリスマ性が非常に高くても、神風はうみどりに所属する一艦娘。許可されない限り独断行動は自主的にすることはない。故に、こういう時のリーダーシップはイリスに全て任せる。

 

「知っての通り、規模は大規模よ。風が吹いていないとはいえ、これだけ広い範囲だと、もしかしたら流されているかもしれない。だから、前回と同じように、哨戒と並行しながら作業を進めてちょうだい」

 

 範囲が広いということは、作業自体も増える。同じ作業であっても、やる時間は圧倒的に多くなるだろう。残骸も最悪数倍にまで膨れ上がり、深雪が拾い集めていたような小さなモノよりも、大発動艇を使いながら回収する大きなモノが増えている可能性が高い。

 また、海上に散らばる燃料や体液の量も格段に多くなるため、清浄化に非常に時間がかかる。いつもは二人から三人で装置を使いながら循環させ、艦載機からの薬剤散布で浄化をしているが、それでは足りないかもしれない。

 

「方針として、まずは散らばる残骸を全て回収。これを動ける全員でやってもらうわ。ただでさえ大物がこの海域で命を失ったんだもの。そこからの穢れの拡がり方は尋常ではないわ。まずは原因から片付ける。そこから海の浄化に入るわよ」

 

 拡がる穢れを浄化したいのは山々だが、残骸が失われない限り、浄化してもすぐにまた穢れが増える。これだけ範囲が広いというのなら尚更だ。

 そのため、まずは穢れの原因を対処し、その後に穢れを浄化する。そうしない限り、おそらく堂々巡りになる。

 

「駆逐艦は小型の残骸集め、それ以外は大型の残骸を掻き集めてちょうだい。特に、ギリギリで勝利したであろう最後の大物は、亡骸もそこに残っていると思うわ。長門、貴女も大発を使ってちょうだい」

「了解だ。他はいつも通りでいいな」

「ええ。潜水艦との通信は、基本長門でお願い。いつも通りだと思うけど」

 

 大物が確定している現場では、その膂力を使って大物から小物まで全てに対応出来る長門の作業がキモとなる場合が多い。特に今回は、間違いなく大物の残骸があるのだ。

 榛名達がどのようにして斃したかは、ここではまだ聞いていないものの、それこそ散らばっているかもしれないし、以前のように殆ど残した状態で急所に一撃かもしれない。

 それを後始末するのが、他ならぬ長門だ。前回の装甲空母姫の亡骸も、引き揚げたのは長門。睦月や梅の大発動艇も使っているものの、うみどり屈指の膂力を申し分なく使って作業をしていた。今回もそうなることが嫌でもわかる。

 

「それじゃあみんな、よろしくお願いね」

 

 ここからが後始末屋としての仕事の開始。イリスは副司令として、工廠から離れることになるが、その目で哨戒とは違うカタチで現場を見守ることになる。彩による外部からの侵入者がいないかの判定は、イリスにしか出来ない。

 

「電。あたしと一緒に残骸集めだ。ケースとトングを貰いに行くぜ」

「あ、は、はいっ」

 

 深雪としては3回目、電には初めての後始末作業。大規模の現場でのノウハウをここで身につけて、さらに一歩進もうと、深雪は心を強く持った。

 

 

 

 

 後始末の現場は、今のうみどりから少しだけ離れたところ。だとしてももう目の前には片付けなくてはならない残骸の山がそこかしこに散らばり、この戦いが相当なモノであることを物語っていた。

 深雪が体験してきたこれまでの二回と比べて、明確に違う部分は、その残骸の量。大物と言われていた戦艦水鬼の亡骸を筆頭に、カタチがある程度残っているモノがそれなりに多くあり、さらにはバラバラとなった正に残骸と言えるモノもこれまで以上に多い。

 本来の中規模というのも、大規模に近い中規模だったのだろう。そこに追加で現れたことで、この見渡す限りの残骸が生み出されたと考えると、榛名達の艦隊がこれだけを相手にして命を落とさずに済んだのは練度と運のおかげかもしれない。

 

「凄いことになってるな。大きいモノは長門さん達に任せて、あたし達は拾えるモノから拾っていくぞ」

「は、はい、やるのです」

 

 視界一面に広がる残骸に、電は息を呑んだ。前回の後始末を執務室で見たのとはまるで違う、圧倒される感覚。苛烈な戦いを想起させる、生々しい亡骸。所狭しと浮かぶそれは、艤装片もあれば肉片もある。

 そして、この海域だけ明確に()()()()()()()。亡骸から垂れる体液と、救護されている部隊が流した燃料と血が混じり合い、まさに混沌と言える色合いに変化していたのだ。それこそが穢れと言われても納得してしまうくらいに、あらゆる五感を刺激してくる。

 

「教えられてると思うし、あたしも話したけどさ、絶対に雑に扱うなよ。それに、祈りながら回収するんだ。もう休め、眠れってさ。こんな戦いにならないように、平和を祈りながら」

 

 マスクをつけているため、深雪の表情がどうなっているかはわかりにくい。しかし、真剣に電に伝えていることはわかる。

 電には、この残骸を雑に扱うつもりなんて一欠片もない。ただ、恐怖から手が震えるかもしれない。それもどうにか抑え込んで、丁寧な仕事を心掛けようというのが深雪からのアドバイス。

 

「ケースの中にも、()()()じゃなくて()()の方がいいな。時間はかかるかもしれないが、間違いがないから」

 

 これまでの経験則から、自分がこうやってきたというのをただ伝える。同じようにやってくれれば、後始末の重要性がわかるはずだからと。

 

 最初はどうしても及び腰になってしまう。特に散らばった肉片を拾うときは、トング越しであってもその感触を知ることになるからだ。これは深雪も通った道ではあるのだが、電にはそこが最初の難所だった。

 後始末を生業とするという覚悟をしたものの、見るのとやるのとでは情報量がまるで違う。だとしても、電は二度とこういうことが起きないようにという願いと、安らかに眠ってほしいという祈りを込めて、ゆっくりとでも作業を進めていった。

 

「恨まないでくれよ。ゆっくりと休んでくれ」

 

 深雪はその祈りが口から出てしまうタイプであるため、それが電の耳にも入る。元気で手を引っ張ってくれる深雪が、真剣に相手のことを思いながら祈る姿は、電にとっては光っているように見える。

 

 それは、深雪だけではない。遠目ではあるが、他の駆逐艦達も同じように残骸を回収している。子供っぽく騒がしいイメージが強い睦月や子日は、拾うたびに目を瞑って小さく何かを呟いているようだった。秋月や梅は、手を合わせる時もあった。

 その後も、誰も雑に扱うようなことはない。真剣に、かつ迅速に、この戦いを終わらせるために作業している。その中でも、思いだけは忘れていない。

 

「……みんな、すごく真剣なのです」

「そりゃあな。遊びじゃねぇし、笑い話でもねぇ。あたしだって初心者からまだ抜け出せてない気がするけどさ、この作業だけは手を抜くことは絶対に出来ないことくらい理解してるつもりだ。まぁ疲れはするし、キツく感じる時もあるけどな」

 

 たった二回で何言ってんだと自嘲する深雪だが、これまでの短いながらも充実した生活のおかげで、()()()()()()()()は身に染みている。

 普段は面白おかしく、しかし作業は真剣に確実に。どんな仲間であっても、このスタンスは変わりない。アイドルを自称する那珂であっても、この作業中はアイドルではなく後始末屋として真剣に作業をしている。

 

 それが、この戦いを終わらせるための小さくも大きくもある一歩だと信じているからだ。

 

「覚悟が無けりゃ、ここまで出来ねぇよ。特に今日は作業量が多いからさ、みんな早く終わらせようと余計に真剣だと思うぜ。長引けば長引くほど穢れは拡がるからな」

 

 これも全部受け売りだけどなと付け加える深雪。電は深雪も含めた仲間達の作業風景を眺めて、ここの人間の人柄をより理解することが出来た。

 

 先程の治療の時もそうだったが、この作業、特に()()()()()()()に対しての思いの入れ方は、普段よりも重い。死を回避出来るのなら全力で治療する。既に終わってしまったことなら弔う。絶対に笑い話にはしない。それが、どの艦娘にも備わっている。

 

「……みんな、優しいのですね」

「だな。そうじゃなきゃ、この仕事はやれないのかもしれない」

 

 仲間達の真剣な作業を見て、電の中に芽生えた不信感は少しは晴れている。後始末には裏も何もあったものではない。純粋にこの海を綺麗にしようと作業をしていることが、少し見ただけでもわかる。

 ただ平和を望み、戦い以外にもやれることをやる。むしろ、これも戦いといえば戦いだ。()()()()()()()()()()

 

「さ、どんどんやっていこうぜ。見ての通り、まだまだ沢山あるからな。始めたのが昼過ぎだから、間違いなく夜もやることになるぞ。あたしもそれは初めてだ」

「そ、そうなのですね。なら、電も頑張るのです」

「ああ、頑張れ。でも、丁寧な仕事でな」

「なのです!」

 

 作業はまだまだ終わらない。一面に広がる残骸は、手を動かさなければ減ることはないのだから。

 

 

 

 

 時折短めの休憩を挟みながら作業を進めていくうちに、外は夕陽に照らされるくらいの時間に。

 これで大体作業は半分ほど終了と言ったところで、大規模に偽りなしという作業量であった。

 

 この頃には榛名が率いる艦隊の入渠も終わっていた。全員に高速修復材が使用され、失った四肢なども全て修復されている状態。しかし、新たに得た四肢の()()()も必要であることと、何より艤装にも破損が多いため、今すぐ鎮守府に戻るのは少々危険と判断され、一晩はうみどりに留まる方向となった。

 うみどり所属の艦娘達は、夜も作業を進める方針であるため、この艦隊に構っている余裕はあまりない。そのため、自由に休んでほしいということに。

 

「ありがとうございました。お陰様で、誰も命を落とすことなく治療が行き届きました」

 

 榛名が筆頭となり、伊豆提督に御礼。深く頭を下げ、感謝の意を示す。随伴艦達も命を救ってもらったのと同義であるため、深く感謝し、頭を下げていた。

 

「いいのよ。困ったことがあったら助け合うのがアタシ達だもの。でも、まだ本調子ではないでしょう? 特に脚を修復した子は、歩きが覚束なかったわよね。この一晩で身体を休めて、少しリハビリをした方がいいわね」

「重ね重ねありがとうございます。申し訳ございませんが、そうさせていただきます」

 

 その間に破損した艤装も修復しておくから安心しなさいと伊豆提督が話すと榛名は三度目の深いお辞儀。感謝してもしきれないと言った感じが、ありありと見えている。

 

 そんな光景を見て、電はまた少しだけ人間への不信感を晴らしていく。感謝を感謝としてしっかり見せる様子は、人間の善性を知るには充分すぎた。

 その根幹が戦いの中にあるというのは引っかかるところであっても、平和のために戦い、平和を維持するために活動しているのは、これだけでもよくわかることだ。

 

 元人間の艦娘は、純粋な艦娘と同じ思いでこの戦いに身を投じている。平和を取り戻すため、覚悟を持ってここにいる。

 

「どうよ電、人間は。あたしは信用出来ると思ってるぜ」

 

 深雪に言われて、電は返事に困った。不信感が全て払われているわけではない。しかし、目の前の人間達は、信用するに値する者達であると納得出来る。他を知ったらどうなるかわからないが、少なくとも今自分の知っている人間は、信じられる。

 

「……ここの人達は、本当に凄いと思うのです。裏が無いと思うのです」

「だろ?」

「……はい」

 

 

 

 

 一度曇った心は、この作業を境にしてまた晴れていこうとしているのは確かだ。時間はかかるかもしれないが、間違いなく電は吹っ切れることが出来る。深雪はそう確信していた。

 




ハードな作業であればあるほど、人間性は表に出てくると思います。そういう意味では、艦娘という仕事が出来ている時点で大体裏表のない善人な気がしないでもないですね。
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