夜は深まっていき、日が変わる程の時間となった。妨害も何も無かったおかげで、次の戦場まで大分近付き、残り数時間ほどで到着となる。
この時には仮眠を取っていたような者も目を覚まし、全員その時に向けて準備を進めていた。艤装のチェックは怠らず、すぐにでも出撃出来るくらいにまで整えて。装備まではしていなくても、工廠で待機してその時を待つ者も多くいる。
特に今回は第二世代の面々に気合が入っていた。今回の戦場は、タシュケント率いるこだかが救援に入っている戦場。いわば
そのこだかとも常に通信をしており、今は共闘している鎮守府の艦娘達と共に、どうにか拮抗を維持しているという状態。かなり長い戦いになっているため、互いに消耗が見え始めており、深夜になったことで警戒はさらに強め、攻めに出るよりは増援を待つという戦い方に少しずつ移行してきているという。
「どうにも決め手が見つからないみたいなのよ。特機が無いから思い切った行動も出来ず、練度はあってもあちらは得体の知れない能力がある。慎重に行かないと忌雷の寄生もあるから、攻めあぐねることも多いみたい」
執務室。タシュケントからの報告を、丹陽に掻い摘んで説明する伊豆提督。うみどりが普通ではないだけで、本来はこれが普通なのだと痛感させられる話である。
軍港鎮守府のような、他より知識がある鎮守府は、少数精鋭で速攻を仕掛けるなんてことも出来たが、今回援護する鎮守府は完全に初めての戦い。こだかのサポートのおかげで最悪の事態は免れているようだが、思ったように前進は出来ていないようである。
それはこだかも同じこと。知識があるとはいえ、速攻を仕掛けようにも、その面々には
「鎮守府までも進めないとなると、やっぱり戦力増強は欲しくなりますね。私達が到着するまでは堪えてくれるでしょう。そこからはこちらのターンですよ」
第二世代の救援ということで、ボスである丹陽も少々いつもよりも前のめりに意見交換に参加している。というよりは、この裏切り者鎮守府との戦いに入ってからは、いつもよりも確実に前のめりになっている。
「丹陽ちゃん、気が逸っているわけじゃあないわよね?」
「まさか。こういう時こそ慎重に行かないといけないのは理解していますよ」
「その割には、さっきもそうだけれど、少し強引なやり方を思いつくわよねアナタ」
さっきというのは、今も部屋に閉じこもっている叢雲のこと。罪悪感を知らせるために遺体を見せつけるという案を発案したのは丹陽である。流石に伊豆提督がストップをかけたが、許可していたらどうなっていただろうか。ショック療法が悪いとは言わないが、あまり褒められたやり方でもないため、叢雲がいい方向に進めていたかは何とも言えない。
「アナタにもいろいろあるのはアタシも知っているつもりよ。今の敵がアナタにとって大きすぎるくらいの敵であることも」
「ご理解いただき感謝です」
「でも、敵を斃すことより、味方を守ることを優先するわ。それがうみどりなんだもの。時には強く出ることもあるけれど、根本は仲間達の安全よ」
「勿論、理解していますとも」
本当かしらと訝しげな伊豆提督。ムーサの時にセレスをぶつけた時から少しずつ出てきている、丹陽の敵に対する強めの怒り。その時に思い切り吐き出したこともあるが、溜まりに溜まった鬱憤は、そう簡単には失われないし、時間が経てばまた溜まる。
現在うみどりにいる者の中でも、丹陽は最年長。溜め込んできた時間が遥かに長く、そしてそれが全く解消されていないどころか、元凶が悪化しているまである。冷静を取り繕っても、それに対する怒りは止まるところを知らない。
「丹陽ちゃん、一度神威ちゃんに癒してもらいなさいな。気が立っていると、何を考えても上手くいかないわ」
そこで伊豆提督は、神威の排煙に頼ることにした。丹陽にも非常に効果的であることは実証済みであり、こういう時に落ち着いてもらうことには有用である。神威自身も、そうやって使ってもらえることを喜んでおり、仲間を癒すことは率先して実行に移す。
「何もそこまでしなくても」
「いいから、こういう時はトップの言うことを素直に聞いておきなさい」
「職権濫用ですか」
「濫用するなら今ということよ」
頭をポンと撫でながら、神威のところに行けと背中を押した。丹陽もわかりましたと渋々言う通りにした。
「全くもう……阿手のことになるとどうしても感情が出てきちゃうのよねぇ。仕方ないことだけれど」
トボトボと工廠に向かう丹陽を見送り、伊豆提督は小さく溜息を吐いた。
工廠もピリピリし始めているものの、緊張感を持ったまま待機していると精神的に疲れるだけ。そのため、工廠の一部を、神威とその力をコピーしたフレッチャーによる排煙で、精神的に癒される空間にしていた。全てを埋め尽くすことは出来ないが、少しならば余裕がある。2人がかりだから尚更。
これで緊張感が無くなるというわけではないが、過剰に気が急くようなこともない。その時が来るまでは、心を落ち着けて待つことが出来るようになっている。
「マジで便利だよなぁこの力」
「なのです。心が落ち着いていくのがわかるのです」
その排煙には深雪達もお世話になっている。神威に近ければ近いほど効果は強くなり、フレッチャーと合わさると効果がさらに上がるのだから、これは定期的に使っておきたいと思えるほど。
「こうやって癒されてもらえると、私達も嬉しいですよ」
「はい、私もこの力を持ってよかったと思えます」
神威もフレッチャーも、この力を有意義に使い、仲間達に貢献する。特に神威は、この力の最初を知る者として、こんな使い方が出来るようになったのが嬉しくて仕方ないようである。
「あ、ボスじゃーん。ハルカちゃんと話してたんでしょ?」
そこに丹陽がやってきた。グレカーレに冷やかされるように話されるが、癒されてこいと言われたと伝えると、なるほどねぇとわかったような顔。
「ボスってば、メンタル疲れてんでしょ。ならここしかないって」
「そんなに疲れてるように見えます?」
「見せないようにしてるのが見え見えって感じかな。そりゃそうだろうけど、張り詰めてたら切れた時に身体がおかしくなるよ」
グレカーレにはお見通しだったようで、トボトボ歩いてきた丹陽の背中を押すと、そのまま神威の方にまで押し出した。
急に押されて体勢を崩した丹陽は、そのまま神威に抱き着くカタチに。
「わっとと……ちょっとグレカーレさん……」
「カモイ、ボスを燻しちゃって」
「
そんな丹陽を改めて抱き締めて、排煙を少し強くする。すると、丹陽は神威に身を委ねるように力を抜いた。どちらかといえば諦めたようにも見えた。
「あとはー……あ、いたいた、マイカゼーっ、ちょっと来てーっ」
それに加え、グレカーレは工廠で待機していた舞風を手招き。那珂と振り付けの話などをしていたようだが、グレカーレに呼ばれ、そこに丹陽がいるのが目に入ったからか、その話を中断してやってくる。那珂と必要かもと便乗。
「どしたの?」
「ボスが疲れてるみたいだからさぁ、妹のアンタもなんかしてあげてよ。ほら、最近ピリピリしてるっしょ?」
「あー、そだね。敵が敵だもんね」
神威に抱かれる丹陽の前に立つ舞風。
「雪姉ぇ、辛いなら全部吐き出した方がいいよ?」
深雪も似たようなことを言ったが、舞風からもそんなことを言われて、丹陽は苦笑。そんなに辛そうな見えるのかと逆に驚くほど。
「そっか、雪姉ぇは身体をあまり動かさないからストレスが溜まっちゃうんだよ。あたしと踊ろう!」
「えっ」
「いい匂いの中で踊ると、気分も良くなるよ。発散しよ発散!」
ある程度神威の排煙を受けた丹陽の手を取り、少々強引気味に引っ張ると、そのまま踊り始める舞風。丹陽はステップなどはわからず、ここに音楽があるわけでもないため、何をしていいのかわからない。むしろ、踊るなんて一言も言っていないのに、舞風に巻き込まれていく。
「あ、それじゃあ那珂ちゃんが音楽も提供してあげる♪
それに合わせ、那珂も即興で歌い出した。ただ踊っているだけならまだしも、那珂の歌声まで聞こえたら、何だ何だと工廠待機中の艦娘達がそれを見に来る。
丹陽に向けた癒しの場が、その場にいる者全員に伝播していき、そこはたちまち笑顔が溢れる場に変わっていく。ちょっとしたライブ会場に、艦娘達は癒されながら盛り上がる。
「おいおい丹陽、もう少し動けるんじゃないのかぁ?」
「ちょっ、深雪さん、煽らないでくれます!?」
「せっかく
深雪ですら、丹陽が少しヒリついているのを察するくらいである。叢雲に遺体を見せると言い出したところから、その雰囲気があることは察していたし、電達も同じことを思っていたために、丹陽に何かしら癒しを提供したいとは思っていた。
神威とフレッチャーによる癒しの空間形成はたまたまであったが、都合よくその流れに持っていけたのは非常に運が良かった。
「そりゃあ戦いってのは嫌なことばっかりだ。お前はあたしじゃあわからないくらいに嫌なことを知ってんだろうよ。でも、今くらいは一回置いておけよ。癒される時は癒されとけ。誰も文句言わねぇよ」
深雪も笑顔で手拍子。
「そーだよ。雪姉ぇはこれまでずっと頑張ってきたんだから、こういう隙間で癒されてもいいんだよ。だから、もっと楽しくしよ!」
舞風のステップが速くなり、丹陽を促すように手招き。
そうだそうだとガヤも飛ぶ。みんなが丹陽のことを思い、その心の疲労をとってあげたいと考えている。
「……ああ、もう! おばあちゃんの身体を酷使しないでください!」
そんな光景に、丹陽も自然と笑みを浮かべた。
これで少しは丹陽の気持ちも落ち着けただろうか。それはまだわからない。戦いが終わったわけではないのだから、いつまた爆発するかなんて、丹陽自身でも把握出来ないことだろう。
しかし、その度に仲間達が支えてくれる。特に舞風──妹が手を取ってくれる。それならば、まだやっていけるだろう。頼り、頼られ、楽しく生きることが出来るはず。
深雪はこの癒しの空間の中で、こんな時間が何度も取れればいいと、心から願った。
丹陽は一回ちゃんと癒された方がいい。