増援として戦場に辿り着いた、うみどり屈指の軍師である妙高と三隈。そこから繰り出された作戦は、当人達の想定を超えた結果を生み出した。
本来ならば鎮守府の壁を破壊した時に発生する埃により目眩しを行い、それに構っている間に部隊を前進させること。だが、その埃を払うために『空冷』の曲解を持つ擬似カテゴリーKが自らの力で風を起こし、埃を飛ばし始めたことで逆に工廠内が冷えて行き、仲間達の動きを阻害してしまったのだ。
風を起こして敵の目論見を打破する策は、一転ただ仲間を追い詰めるだけの力となっていた。
「皆様方、勝機にございます!」
白雲が声を上げると、真っ先に飛び出したのは、やはり夕立だった。砲撃が緩くなったのだから、今が突撃の時だと判断して。
「先行くよ、深雪。今なら夕立が一番近いから、手が届くっぽい!」
「おう、頼むぜ!」
白雲の居合の後、氷の礫をまともに受けた前衛達は、その痛みに悶えていた。身体が冷え切っているところにそれはただの苦痛。砲撃もままならぬ状況となり、それでも暁と綾波の鎮守府破壊は止まらない。
風を止めれば埃は舞い散り視界が塞がれる。風を吹かせ続ければ仲間達はより冷える。選択を誤れば、間違いなく全滅する。そのプレッシャーまでのしかかり、『空冷』持ちは混乱し始めていた。
「動き、止めたね」
この時には既に、夕立が工廠に飛び乗ろうとしていた。まばらになった『連射』の砲撃を『ダメコン』によって全て弾き飛ばし、これまでとは打って変わって前のめりに。集中砲火といえど、寒さで震えるほどの状態でまともに狙いがつけられるわけもなく、それだけでも隙であると言える。
「今回も一番乗rさっむぅ!?」
素になるほど冷やされた敵鎮守府の工廠に、夕立は思わず叫ぶ。これは震えても仕方ないと苦笑しながら、敵陣の真正面の陸地に降り立った。
夕立はここまで動き回っているため、ただ撃ち続けている者達よりは身体は温まっている。芯から冷やそうとしてきた『空冷』も、暴れ回る夕立には少々効きにくい。
「さぁ、素敵な
そして、手当たり次第に攻撃を始めた。ここまで接近出来てしまえばこちらのモノ。1つ目の鎮守府攻略と同じように、主砲を握った腕を振り回すことで敵艦娘を薙ぎ倒す。防衛のために密集していたことも相まって、1人やられると複数人に影響が出た。ドミノ倒しとまでは行かないが、明らかに邪魔になる位置にふっ飛ばされるため、攻撃がしにくくなる。
あちらは仲間ごとでも敵が斃せればそれでいいと思っている節があるが、それでも仲間だけが傷付くような攻撃には躊躇いがあるようである。夕立は意識していないが、それを最大限に利用するカタチとなった。
「あたし達も行くぞ! 乗り込めぇ!」
こうなってしまえば、海上にいることはない。本来の目的を達成するため、深雪達も一気に前進。『連射』による集中砲火が無くなった今、深雪達の進軍を阻止するモノは存在しない。
もっと言うならば、『空冷』も深雪の方を見ていられなくなっていた。大暴れする夕立の攻撃を喰らわないように立ち回りながらも、未だ止まらない暁と綾波からの壁の爆破を対処している。工廠内はより寒くなってしまっていたものの、視界だけは良好。
とはいえ、防衛線を敷き、遠距離の状態から近付かせないという戦術を徹底していた敵鎮守府は、ここまで近付いてしまえば十全の力など発揮出来ない。特に夕立は、もう触れられるほどの位置にいる。
「夕立様だけではありませぬ。この白雲も参りましょう」
追うように工廠に降り立ったのは白雲。華麗な跳躍で敵陣に立ったかと思えば、先程は刀のように扱っていた鎖を今度は鞭のように扱い、そして舞うように振る舞いながら『凍結』を振り回す。
鎖に触れれば即アウト。ただでさえ『空冷』で冷えているところに、ダメ押しの『凍結』だ。あっという間に凍りつき、身動きが取れなくなった。
「邪魔っぽい!」
そんな敵艦娘は、夕立が蹴り飛ばして海に落とした。動けないところにモロに一撃を受けたことで、気絶しながらふっ飛ばされる。
数の差なんて一切気にせず、敵艦娘を千切っては投げ千切っては投げ。最初はアレだけの鉄壁を誇っていた防衛線も、1つの綻びからあっという間に崩れていき、今や夕立と白雲2人だけで半数はやられていた。
この状況を作り出したのは暁と綾波、そしてその策を練ったのは妙高と三隈。援軍がいなければここまでの状況に持ってはいけなかった。それを噛み締めて、深雪も戦場を進む。
「助けが来なかったら撤退だったな……」
「なのです。でも、あちらが勢いづいてしまうので……」
「余計に勝ちづらくなったかもしれないな。ここでここまでやれてよかった」
そして、深雪達も工廠へ乗り込んだ。その時にはもう、ぱっと見で数えられる程の人数しか残っていなかった。
「さっむ! ここまで冷えてたのかよココ。そりゃあまともに戦えねぇや」
工廠の温度を知り、少し震えながらも、深雪は先程の煙幕を展開。少しは寒さを軽減出来るものの、芯から冷えているのならばその限りではない。煙幕は暖房ではないので、こうなったとしても寒いものは寒い。あくまでも出来ているのは
「うっわ、ちょっとマジで寒いんだけど! 誰なのさこんなに冷やしたのはぁ!」
グレカーレに至っては、本来の制服自体が寒そうなモノであるため、他の誰よりも寒そうにしていた。その苛立ちをぶつけるように『空冷』持ちを探す。
すると、この事態を生み出してしまった失態を痛感し、悔しそうな表情を見せながらも風を止めていなかった。埃を払うことに専念し、視界を良好にすればまだ勝機があると諦めていない。深雪達も未だに寒さを訴えているのだから、付け込む隙はあるはずと考えて。
だが、そう簡単には行かないことにすぐ気付くことになる。あまりの惨状に、思考能力が低下してしまったことがそこに繋がる。
「いい加減、その風を止めよっか」
ずっと戦場を見ていたはずなのに、真横から声が聞こえた。そして、ここまでの大惨事を目の当たりにしていたことで1つ失念していたことに今更気付く。
特異点の仲間には、姿が消せる者が存在していることに。
「こっちもそうだけど、仲間も寒い寒いって思ってるよ。ここまで来たら流石に勝ち目ないと思うからさ」
そして、その見えない存在──子日は、力いっぱいぶん殴った。何処から来るかもわからない一撃をまともに受けたことで、『空冷』持ちはそこで気絶。これまでずっと吹いていた冷たい風は、ここでようやく止むこととなった。
工廠の制圧はあっという間だった。一度瓦解してしまえば、そのまま流れを引き寄せられる。最後の一人もしっかり斃し、その全員を気絶させて工廠の端に寄せつつ、忌雷が寄生されている者からはしっかり抜いていく。燻せる分は燻しつつ、手が足りない場合は破壊して。
これにより生まれた特機はそこまで多くはないが5体。また戦力が増えたことで、より戦いやすくなったと言える。
また、数人は鎮守府の奥に向かい、裏切り者である提督を探しに行った。こちらも定番のメンバーと言える、夕立と子日。そこに暁と綾波も加わり、さらには妙高も便乗した。この5人であれば、不測の事態が起きたとしてもある程度は対処出来る。撤退を選択することも辞さないだろう。
「さて、最後はコイツか」
処置をしながら最後に残った者──『空冷』持ちを見る深雪。この戦場をいい意味でも悪い意味でも引っ掻き回した、いわば
「こんな能力持ってる奴がいるなんて予想出来なかったな。でも、そのままだと厄介なままだ。しっかり引き抜かせてもらうぜ」
だが、ここでまた予測出来なかったことが起きる。しっかり気絶させていたにもかかわらず、深雪が近付いた瞬間に目を覚ましてしまったのだ。
「なっ……」
「深雪さん、大丈夫ですわ」
流石に驚いた深雪だが、身構えるのを三隈が制した。この『空冷』持ち、目が覚めたのはいいが、深雪……というよりは敵を目の前にしたことで完全に心が折れており、抵抗するような素振りもなく、もう諦めたような表情も見せていた。
敗北を悟り、それを覆すことも出来ず、あとはもうただ死を迎えるだけ。もうダメだという気持ちで、目を瞑ってその時を待っていた。
「……あたしはお前を殺そうだなんて思ってないぞ。つーか……忌雷が入ってんのに、そんな風に思えるのか。だったらもしかしたら……」
「『羅針盤』が効くかもしれないねぇ。やってみる?」
徹頭徹尾、敵対心を見せ続けるような者には効かない、グレカーレの『羅針盤』。だが、恐怖心を持つような者、敵対心が薄れている者に対しては、洗脳教育が行き届いていない可能性がある。
1つ目の鎮守府で救った高波や名取、潮に羽黒といった面々がそれに該当するわけだが、この『空冷』持ちも彼女らと近しい雰囲気を持っていた。
「やらない理由はないな。それで無理なら改めて忌雷を抜きゃいいだけだ」
「なのです。1人でも救えるなら、試してみたいのです!」
白雲や三隈もやる価値があると頷き、早速準備を始める。そうしている時でも、『空冷』持ちは抵抗しない。諦めの境地に入っており、ここからされるのは拷問か何かだとすら思い込んでいる模様。
「安心しろ。あたし達はお前を殺すつもりはない。そりゃあ抵抗すりゃ攻撃くらいはするけどな」
「ジッとしとけば痛いことにはならないからさ」
深雪が左腕を突き出し、その手に電が寄り添う。グレカーレがわざわざ抱かれるカタチになるのは、いつものポジションというのもあるが、ただただ寒いからというのもある。
「あたし達の願いは、1人でも多く救われることだ」
「正しい道に、戻ってきてほしいのです」
「向かう方向、ちゃんと教えたげる」
深雪の煙幕、電の補助、グレカーレの力が混ざり合い、そして煙幕は一気に『空冷』持ちへと吹きかけられた。
「……どうなる」
これで救われてくれればありがたい。しかし、より敵の道を信じ込む可能性もある。どうなるかは、本人次第。
だが、煙幕の効果が出ていくにつれて、『空冷』持ちの表情は見る見るうちに
寒さではなく、苛立ちにより手が震え、血が滲みそうなくらいに強く拳を握り、トドメにその拳で床を殴りつけた。そんな様子を見たら、電がビクッと震えてしまう。
「お、おい……」
これは何への怒りか。それで決まる。
「私はっ、こんなことをするためにっ、艦娘になったわけじゃない!」
それは、ここの提督に対しての怒りだった。