少しだけ長めの休憩で夕食を軽く終え、後始末作業は夜の部へ。これだけやっても、浮いている残骸は半分少し超えたくらい。まだまだ終わりは見えない。
このペースでいくと、残骸拾いの終了は日を跨ぐか跨がないかというところ。そこからまだ海域の浄化があるので、仕事は下手をしたら徹夜で行なわなくてはならなくなるかもしれない。
「照明を点けるわ。毎度言っていることだけど、絶対に直視はしちゃダメよ」
イリスが合図を送ると、うみどりの周囲が一気に明るくなる。暗い中での作業なんて出来たものではないため、うみどりの周囲に取り付けられた大型の探照灯を全て同時に点灯したのだ。
うみどりを中心にした半径数kmが明るくなるため、作業はむしろ昼より明るいかもしれない。しかもこの探照灯も妖精さんが制御する特別製。近付いても本来の熱量よりかなり抑え込まれていたりする。
しかし、光量は当然とんでもなく強いため、直視しようものなら目が潰れかねない。遠く離れたところから見るくらいならば問題はないのだが、間近で見るなんて以ての外。抑えられているとはいえ熱もあるため、まず近付くことも出来ないのだが。
「哨戒機も夜間戦闘機に換装したわ。三隈と神威もよね」
「はい、夜間瑞雲を使わせていただきますわ」
「私は夜間偵察機を配備しました。これなら夜も安心です」
哨戒は勿論、夜の間も止めない。むしろ、夜こそ少々強めに哨戒を続ける。
この三人は哨戒をする合間に海上の浄化までしてのけるため、後始末屋としては相当な熟練者であると言える。特に加賀は、哨戒機を発艦させるために弓を使っているにもかかわらず、当たり前のように濾過装置まで背負っているのだから恐ろしい。
「深雪ちゃん、電ちゃん、少しだけ注意をしておくわね」
作業に入る前に伊豆提督からの忠告。電は当然ながら、深雪だって初めての作業だ。生まれてこの方、夜は寝る時間としてしか使っていないのだから。
「まず1つ。うみどりが光ってるから明るいけれど、自分の影で海面が見づらくなるの。だから、足元には絶対に注意してね。引っかかって転んじゃうかもしれないわ」
ただ転ぶだけならいいのだが、海面にはまだぶちまけられた燃料やら体液やらが浮かんでいる状態である。そこに身を浸すのは流石にキツイ。どんな善人でも一歩引く。
「2つ目。間違いなく眠たくなってくると思うの。だから、どうしても集中力が散漫になってくると思うわ」
「そういうときはどうすればいいんだ」
「どうしても無理だったら素直に寝るのが一番だと思うわ。仮眠というカタチになるから、30分くらいで起きてもらうことになるけれど」
眠気は確実に作業効率を落とす。真剣にやっていても、ここまでやってきた疲労が蓄積していき、何処かで爆発してしまうものだ。これが小規模や中規模ならば、少し頑張るでいいのだが、今回は大規模。そして、二人は初めて。崩れる可能性は充分にある。
その場合は、躊躇わずに言ってほしいと伊豆提督は話す。まだ身体を鍛えて間もない二人にそこまでの無茶はさせられないと。
「やれるところまでは頑張るよ。でも、無理だと思ったら、素直に抜ける」
「ええ、そうしてちょうだい。効率を求めるのなら、途中で休むのも重要なことだから」
電はそういうことが言い出しづらそうなので、深雪がしっかりと見て把握しようと心に誓った、
「最後に3つ目。昼よりも距離感が狂うから、なるべく離れないようにしてちょうだい。遠くにも残骸はあると思うけれど、灯りが届かないような場所にありそうなら、自分で行くんじゃなく潜水艦の娘に頼むこと」
「潜水艦なんだ」
「ええ。探照灯がついてようがついてなかろうが海の中は暗いからって、距離感がずば抜けていいの。アタシがそういうことを任せるくらいにね」
海中を突き進む潜水艦だからこその能力。暗い深海を泳いでも、迷うことなく戻ってくることが出来るのが潜水艦の特性ということだ。ただ目がいいとかそういうことではないらしい。
「この3つは肝に銘じておいてちょうだいね」
「うす、迷惑かけないように頑張るよ。な、電」
「は、はい、頑張るのです」
深雪に振られて、電もやる気を見せる。ここまでの仲間達の仕事を見ている内に、不信感はかなり薄れている。特に救護に走り回っていた伊豆提督に対しての気持ちは、世界の真実を知る前にかなり近付いていた。
夜の海は探照灯のおかげでかなり明るく照らされていたが、事前に忠告されていた通り、足下が微妙に見づらい。うみどりから真っ直ぐ離れていくと、探照灯を背にするため、自分の影が邪魔に思える。
「ハルカちゃんが言ってたのはこういうことか。電、気をつけろよ」
「な、なのです。慎重に……」
うみどりに近い場所はもう残骸は大分拾っているため、最初からそれなりに遠いところに向かう必要が出てくる。すると当然、自分の影がその進路を暗くした。
艦娘だからと言って、特段夜目が利くとかそういうことはない。勿論、人間よりは戦うための機能は強くはなっているものの、基本的には艦娘も
出来ることならば、深雪や電自身も探照灯を装備する方がいいかもしれないのだが、そうすると今度は後始末用の装備を持つことが出来なくなる。まだまだ練度が足りない。
「さっきまでやってたのが大体この辺だから、ここからさらに奥だな」
「まだまだいっぱいあるのです」
「大規模っていうだけあるな。あたしもこの規模は初めてだから、気合入れていかないとな」
暗がりであっても、まだまだ残骸が浮かんでいるのがわかるくらいの場所に来る。足元には艤装片がいくつも浮かんでおり、それに紛れて肉片もあった。そして、その分だけ
規模が大きいというのはそういうこと。残骸一つ一つが穢れを発生させるため、片付けが滞れば滞るほど穢れは拡がる。大規模ならば、休みなく作業をしていたとしても、どうしても残骸がその場に居座り続ける時間は長くなるので、嫌でも穢れは流れ出す。
「これに足引っ掛けてすっ転んだら、穢れに頭から突っ込むかもしれないってことだな。そりゃあ出来ることなら控えたいぜ」
話しながらも作業を再開し、残骸を拾い集めていく。むしろここからが正念場。時間との勝負というわけではないにしろ、なるべく早く処理しなくては穢れが拡がる一方である。残骸集めの後の作業に時間がかかってしまうのだ。
「結構大きいモンもあるみたいだな。電、そっちは?」
「ケースにギリギリ入らないくらいの大きなものなのです」
「あいよ。んじゃあ、こういうのは他の仲間に任せよう。お、ちょうどよかった」
深雪と電の近くまで来てくれていた仲間、今回は那珂が気付いたようで、スーッと流れるようにやってきた。
「わ、これは流石に拾えないよね♪ そういうのは那珂ちゃんにお任せ♪」
深雪と電が持っているドラム缶ほどの大きさのケースとは別モノである、大きなケース。大発動艇までとはいかなくとも、海上を走らせるリアカーのような入れ物には、深雪達では拾えないような少々大きめなモノがいくつも積まれていた。
「それじゃあ回収するね」
それを、トングなど使わずに当たり前のように
それを全く躊躇うことなく、表情も変えずに出来るのは、後始末屋としての矜持があるから。そして、那珂自身の覚悟の表れ。後始末屋という
「あ、そうだ。二人にはちょっといいモノを聴かせてあげよう♪」
そういうと、那珂はその場で小さく歌い出す。アイドルを自称するだけあり、その歌唱力は並のものでは無かった。歌というのを殆ど知らない深雪と電は、その歌声に心の安らぎを覚える。
那珂が歌うのは
深雪と電も、この歌声に最後はゾクゾクとした感動を得た。歌を知らずとも、これが心に響いたのは間違いがなかった。
とにかく、癒したいという心がこもっていた。それが死者のみならず生者にも効いていた。疲れも眠気も忘れてしまいそうになるくらい、その歌に没頭した。
「那珂ちゃんは歌を贈って魂を安らかに眠らせてあげることを選んだんだ。出来れば笑顔で眠ってほしいからね。子守唄があれば気持ちよく眠れるでしょ? それとおんなじ。心を落ち着けるための歌を歌う。だから那珂ちゃんは、艦隊のアイドルなんだ♪」
今の那珂は、まさにアイドルだった。煌びやかな衣装も必要ない。なんなら、今はマスクもつけているので表情すらわからない。しかし、間違いなく輝いていた。
「すげぇ……そういうやり方もあるんだ……」
電は言葉も無かった。恐怖などではなく、感動によって震えていた。
「ダンスはちょっと場違いだから歌だけだけどね♪ 歌って踊るアイドルの那珂ちゃんは、また別のタイミングでヨロシク♪」
マスクで顔の半分が隠れていても、目元は穏やかに微笑んでいることがわかる。二人のカテゴリーWに、自分の在り方を理解してもらえたことがわかったため、次の作業へと足を運ぶ。
その時にも、小さく鎮魂歌を呟いているように聞こえた。この現場で、常に歌い続ける。魂の安らぎのために。
「……驚いたよ。なんか、その、すげぇ。すげぇしか言えねぇ」
語彙が足りず、深雪にはそれしか言えなかった。感動を口にする言葉を知らなかった。
「心に響いた気がするのです。那珂ちゃんさんの、この仕事への思いが、届いた気がするのです」
それを言葉にするのは難しいけど、と電は付け加えるが、深雪には電が言いたいことがわかったような気がした。
この戦いを終わらせるためには、怒りと憎しみだけではダメだ。それを癒し、救い、安らかに眠らせる。憎しみの連鎖を断ち切る。それを簡単に起こすことが出来るのが、鎮魂歌。那珂はそう信じている。
実際、これは有効かどうかもわからない。祈りが通じているのかもわからないのだから、どのような手段がいいのかなんて誰もわからない。ならば、出来ること、思いを伝えられそうなことは全てやる。その手段が人によって違うだけ。
「那珂ちゃんって、アイドル活動のスタミナトレーニングのイメージが強かったけど、今ので全部変わっちまったよ」
「なのです。電も、那珂ちゃんさんの凄さが身に染みているのです」
ここまでされて、那珂へ不信感を持つことはもう無かった。歌で思いを伝えられたのだから。
他の仲間達も同じだ。何も裏はない。本心からこの戦いを終わらせようと、自分のやれることをやっている。それが辛く苦しい道であっても、弱音なんて絶対に吐かない。むしろ笑って前に進む。那珂のアイドル活動は、その中でも特に顕著だった。
ただアイドルと言っても、いろいろ種類があるでしょう。艦隊のアイドル改め、後始末屋のアイドル那珂ちゃんは、今日も魂を鎮めるために歌い続けます。