そこから少し時間が経過し、裏切り者を捜索していた夕立達が工廠に戻ってくる。何も成果が得られなかったのが目に見えてわかる、全員手ぶらという状態。
地下通路への進行を断念した後、鎮守府内をなるべく隈なく探し回ってみたものの、他の艦娘は誰一人として見つからなかった。誰かしらがいるかと思っていたが、防衛線以外は本当にもぬけの殻だったようである。
「おう……ダメだったか」
「ぽぃぃ、逃げられた後っぽい。地下通路とか、全部瓦礫の山だったんだよ」
「砲撃で道を開いたら、余計に崩れそうな感じでしたからねぇ。残念ながら断念せざるを得ませんでしたぁ」
2人の狂犬は不完全燃焼と言わんばかりに溜息。鎮守府奥でもう一戦と意気込んでいったら、それが無かった上に、目的である裏切り者がいなかったのだから、そうなってもおかしくはない。特にこの2人は戦いたくてここにいるのだから尚更である。
そんな2人を嘲笑うかのように声を出し始めた捕虜達。やれザマァ見ろだとか、お前達には無理なんだとか、言いたい放題。自分達が敗北してここにいることを忘れてしまったわけでもないのか、提督の脱走が上手く行ったら自分達の勝利だと思い込んでいるようにすら思えた。
それを見て黙っていられるわけではないのが──
「まだ冷やし足りないか。凍えて死ぬのがお似合いだぞ」
磯風である。『羅針盤』のおかげで正気を取り戻し、この鎮守府を見限って特異点サイドについた、あちらからしてみれば裏切り者。だが、この鎮守府では唯一、自らを取り戻して正しい道に戻ってこれた、深雪達の新たな仲間。
「いや、これ多分冷えすぎてて叫んでないと寒いんじゃないかな」
グレカーレがそう言う通り、今の工廠は喋っていないと寒く感じる程に冷えている。磯風の『空冷』と同時に、白雲が『凍結』まで放つことで、拷問じみた温度にして捕虜達を動けないようにしているからだ。じっとしていれば芯から冷えてしまい、冗談ではなく凍え死んでしまいそう。鎮守府、しかも開けっぴろげである工廠で凍死とは笑えない。
ある意味自己防衛のために声を上げているのかもしれないと思うと、少し可哀想に思えてきた深雪。しかし、ここで言葉にしているのは、相変わらず自分達の間違った正当性と、罪のない特異点に対しての一方的な侮蔑。深雪が言い返さないことをいいことに、言葉は強くなる一方、黙らせるために白雲が氷を配置すると、あまりの寒さに震えて声が小さくなる。
「貴様らは何もわかっていない。お姉様の慈悲で生かされていると何故気付けぬ。我々はお姉様が殺せと言えば、貴様らなぞ一切の容赦なく始末出来るのだ。それも理解出来ない程の愚者は、まず自らの行いを深く反省せよ」
白雲もこれでまだ自重気味。凍らせているだけで傷をつけていないのがその証拠。本当だったらその口を噤ませるためにぶん殴りたいくらいなのだが、深雪がやるなと言っているからやらないだけ。
しかし、捕虜はここで調子に乗る。どうせやってこないんだろうと言いたい放題。どれだけ言っても痛い目を見ないからそういうことが出来る。深雪もこれには溜息しか出なかった。
だがここで少しだけ事態が進展する。
「む……既に終わってしまっていたか」
海の向こうからやってきたのは、こだかでも話したこの鎮守府を担当していた那智率いる第三世代の部隊。自分達やこだかの第二世代を以てしても突破出来なかった防衛線を、明らかに自分達よりも少ない人数で攻略しているのを見て、感心すると同時に、自分達がまだまだ精進か足りないと悔しがる。
「あら、こちらには那智がいたのですね」
「うみどりの姉上か。手助け感謝する。不甲斐ない結果を見せてしまっただけだが」
「いえいえ、ここの籠城を壊すのは、一筋縄では行きませんでした。貴女達もこういった特殊な力を持つ者相手は初めてでしょう。仕方ありませんよ。……それに、完全勝利とは行きませんでしたから」
やはり姉妹だからか、目が合えば普通に会話が始まる。このような特殊な戦場を、初めての者が悠々と突破することは簡単ではないと宥め、ここまで何度も似たような敵と戦っているから上手く行ったのだと謙遜する。他の者も、その謙遜には同意し、嫌だけど慣れているからと苦笑。
だが、完全勝利ではないという言葉にも頷かざるを得ない。最終目標である裏切り者の提督は、数人の護衛をつけた状態で逃走に成功、今はもう鎮守府にはいないのだと伝える。
「ふむ……ならば改めて我々の出番だ。この鎮守府を押さえ、海上警備も徹底しよう。内地は大本営に頼まざるを得ないが、海から撤退を考えているならば見逃すわけにはいかん」
「そうですね、あちらの提督がどのように逃げ果せるかはわかりませんが、阿手の島を目指すなら海路を選択することになるでしょう。海上警備を徹底すれば、その選択は出来ません。選択肢を狭めるためにも、必要不可欠でしょうから」
「うむ、ここでは助けられたのだ。次は、次こそは我々が力にならねば」
敗北を糧に、前に進もうと力を入れる那智と、その随伴艦。ここでやる気のない者など、1人もいない。
「それはそうと、ここはやたらと寒いな……」
「そういう力もあるということです」
「……初めて知ることばかりだ」
「知らなくてもいいことなんですけどね」
捕虜達は大本営に連絡しつつ、那智達に任せることにして、深雪達は一旦撤退。こうしている間にこだかはうみどりと合流しており、2隻が並んで鎮座していた。
元々こだか経由で鎮守府を襲撃した深雪達はどうすればいいかと迷ったのだが、ここはそのままうみどりへ。
「お疲れ様。傷は……無いみたいね。よかったわ」
「ああ、みんなのおかげで怪我は無かった。だけど……」
出迎えてくれた伊豆提督に、裏切り者は逃してしまったと、悔しさを滲ませつつ説明する深雪。伊豆提督は、それは仕方ないと笑顔で返し、それでも無事に帰ってきてくれてよかったと喜ぶ。
なんとしても敵を捕えるというのが第一目標ではない。全員が無事に帰ってくることが最大の目標だ。ここでダメでも次がある。その次までに、あちらがやらかしかねないが、それでも無事ならばもう一度ここに来れる。
「そちらの……磯風ちゃんは、もしかして正気に?」
「ああ、グレカーレの『羅針盤』が唯一効いた。今はあたし達に協力してくれるって言ってくれてる」
「……磯風だ。これまでの罪を償うために、私もこの戦線に参加させてもらいたい」
伊豆提督の前に出た磯風は、力強く頭を下げる。洗脳されていたとはいえ、自分はこれまでのあの鎮守府のやり方を肯定し、仲間の死を嘲笑うようなこともしていた。そんな自分を受け入れてもらえるかはわからないが、深雪とも話し、是非ともここで戦いたいと、自分の意思で選択している。
そんな磯風に伊豆提督は、畏まらないでと笑顔を向け、その場にしゃがんで視線を合わせる。
「1人でも救われて良かったわ。でも、償うというのはやめましょ。アナタを仲間として迎え入れるけれど、それは罪人としてじゃなく、新たな仲間として。みんなと対等な存在として、うみどりの一員となってちょうだい」
そして、頭を撫でた。以前までの鎮守府ではあり得ないような扱われ方に、心が温かくなる。グッと涙を堪えるような表情をしつつ、磯風は膝をついた。
「この磯風、これより貴方の配下となろう」
「磯風ちゃんっていうのは、何というかどうしても軍人気質になっちゃうのよねぇ、間違ってはいないんだけれど。もう少し軽い気持ちでいきましょ。うみどりは、そういうところよ」
苦笑しつつも、磯風に頭を上げさせる。
「アナタにはあちらのことを少し話してもらいたいわ。あちらの提督の逃走経路とかがわかるとありがたいんだけれど」
「……すまない。私は防衛線でも特に重要な位置にいたが、司令とそこまで強く繋がっていたわけではないんだ。執務室に地下通路があることは知っていたが、そこから何処に繋がるかは知らない」
「何処もそういうところだけは徹底してるわよねぇ。敵がそうだと厄介極まりないわ」
特に深く繋がっていた、それこそ秘書艦などしかその辺りは知らないのだろう。そこはこれより前の裏切り者達も同様であった。
「だが、私の仲間達の中に何人か、小型カメラを搭載している者がいたと思う。それに、イヤホンもだ。通信係としてそこにいたものは何人かいる。例えば……そうだ、『補給』が出来る力を得た……」
ここからの情報はかなり強いモノである。うみどりに向かってきていた小規模な部隊が小型カメラを持っていたように、あの工廠にも何人か同じような装備をしていたという。磯風はその中には含まれておらず、その者達からの指示で動いていた。途中からは自発的に特異点を止めることに専念していたようだが、暁や綾波が起こした埃を風で取り除けと言い出したのは、磯風ではなく指示を出した者である。
埃を取り払い続ける必要が出てきたために、結果的には工廠が冷え切ることになってしまったわけだが、最初にその選択肢を出せたということは、そこにいる部下達の能力を全てキチンと把握して戦術が組み立てられているということに他ならない。ただしそれに付け込まれてしまった辺りはそこまでと言ったところか。
「そこから私を戦犯扱いされた時は気分が悪かったがな。指示通りに動いて、それが失策になると実行した者の罪になるらしい。上手く行ったら奴の手柄なのだろうが」
磯風はそれを想像して鼻で笑った。
「私から話せるのはそれくらいだ。役に立つかはわからないが」
「いいえ、充分過ぎるわ。あちらの傾向がより鮮明になったんだもの。ありがとう、磯風ちゃん」
「……礼を言われるのも久しぶりな気がするな。何というか……心地いい」
あちらの鎮守府が艦娘をどう扱っていたのかがよくわかる話だった。頭はキレるかもしれないが、やはり艦娘を道具扱いしているような節が所々に垣間見える。聞いていても気分のいいモノではない。
「さぁ、みんな一度休んでちょうだい、夜通しの戦いだったんだもの。次の戦場に向かうまでは休息の時間よ。英気を養って、次に行きましょ」
話はここで切り上げ、うみどりは一旦休息の時間となる。まだ戦いは終わったわけではないのだから。
これで残りは半分。ここからが正念場である。