4つ目の鎮守府は、おおわしと援軍に駆けつけた例の謎の提督の部隊によって制圧が完了。裏切り者の提督はしっかりと捕縛し、鎮守府には敵もいない状態。忌雷に寄生された者すらいないという完全勝利を収めている。
そのおかげで、残すところ攻略しなくてはならない裏切り者鎮守府は残り2つ。既にそこに当たっている鎮守府はいくつもあるが、吉報どころか凶報も届かないというのは少々怖いことになっている。
「はい、みんなおはよう。よく休めたかしら」
休息の時間は夜が明けて昼になる前くらいまで。その間は疲労を抜くために全員が就寝している。建前は捕虜だが、今はうみどりの一員扱いとなっている救われた艦娘達も、一度しっかり休むことを義務付けられたことで、グッスリと眠りにつくことが出来たらしい。
ちなみに、ムーサに気に入られ、おやつサーバー扱いで可愛がられている高波も、流石に眠っている。眠っている間に『増産』が起動しないように、艤装を外した状態で。
「わかっていると思うけれど、今はこだかと一緒に次の鎮守府に向かってるわ。ただ、朗報が届いていて、残っている内の1つは別のところ……というか、おおわしのみんなと援軍で攻略が完了したと報告を貰っているわ」
おおっと歓声が上がる。うみどりが駆けつけることなく、特機などが無くても攻略が可能であることを証明したことは、他の鎮守府にも希望を与えている。
特に徹底した対策に関しては、通用したということを他鎮守府にも展開されており、残り2つの鎮守府の攻略にも役立てられるように情報化されている。
「それでもまだ他の鎮守府が攻略出来たという情報は貰っていないの。だから、アタシ達はまた手近な鎮守府を目指しているわ。今回も半日以上かかる場所だから、向かっている間に攻略出来たと報告を貰うかもしれないわね」
勿論、苦戦しているという報せだってあり得る。だとしても、今のうみもりは出せる最大速力で現場に向かっているので、これ以上急ぐことは不可能。
今は焦らず、気持ちを落ち着けた状態で次の戦いに挑むことが重要。そのため、伊豆提督はこういう時にはネガティブな発言はしない。これまでの戦いでも嫌なことばかりが起きていたのだから。
「それじゃあ、時間的にはもうお昼だけど、しっかり食べて、しっかり休んで、次の戦いも勝ちましょ」
そんな伊豆提督の言葉に、おーっと全員が賛同するように応えた。
昼食は英気を養うというところに重点を置くように、力のつくモノがメイン。セレスも腕によりをかけて作り、ここにいる全員に提供している。当然ながら、捕虜扱いの者達にも。
「……これが、
キョトンとしたような表情の磯風に、既にここでの扱われ方を経験している羽黒や名取が説明していた。
「そう、なんです。もしかして、磯風さんのところも……?」
「基本的には栄養剤ばかりだ。多少は人間らしい食事もあったがな。そちらも、か?」
「はい……薬は多くありました……」
裏切り者鎮守府での食事は本当に必要最低限しか与えられていなかったようで、それでも不満が無かったのは、洗脳教育の賜物。
「今考えれば……栄養剤と謳っていたあの薬も、洗脳のためのモノだったのかなと思います」
「……確かにな。そうでなければ、所属した時点で暴動を起こしているぞ。くそ、私も何故疑問に思えなかったのだ」
そういう意味では、頭の悪い裏切り者も用意周到だったと思われる。いや、それもまた阿手の指示の下、こうすればお前達の言うことを聞くからやっておけと、ただ命じられるままに実行していた可能性もある。
ともあれ、薬を使って疑問を取り払い、洗脳教育を施して忠実な部下に仕立て上げ、それでもまだ疑問を持ちそうならば忌雷を寄生させてそれすらも奪い去る。ただ手駒を作るだけの簡単な作業。
巻き込まれた者は堪ったモノではない。知らず知らずのうちに、薬物中毒にされていてもおかしくないのだから。
「ソンナ子達ハ、オ腹イッパイ食ベナサイ。後カラ好物ヲ教エテクレルト嬉シイワ」
そんな艦娘達の声を聞きつけ、食の探究者たるセレスが動き出す。劣悪な食の環境から抜け出せたのならば、最高の食を以て出迎えてやりたいというセレスの心。
自分が意思を持って初めて感動した食という文化を、つい最近まで奪われていた者達がいるのならば、自分の同じように食に感動してもらいたい。そんな思いもこめて、常に最高の一品を提供し続ける。
もうフードセラピストとしての道を歩んでいるのも同然であった。本人はその枠組みでは括れない程の存在になっているのだが。
深海棲艦とは思えないおもてなしの精神に、磯風は驚きを隠せない。彼女より先にそれを知っている羽黒も、初めての時は相当驚いたものである。
「久しぶりというのもあるかもしれないが、すごく美味い。それこそ、こうなる前でも食べたことが無いくらいに」
「ソウ、ソウ言ッテモラエルト嬉シイワ。ココニイル間ハ、私ガ誠心誠意、美味シイモノヲ提供サセテモラウカラ、期待シテイテチョウダイ。私ノ目指ス夢……万人ガ受ケ入レル食ノタメニモ、研究ヲ重ネタイノ。勿論、私モ美味シク食ベラレルモノシカ提供シナイカラ、ソノツモリデ」
「夢……か。素晴らしい夢だ。とても平和的で……優しい夢だな」
セレスの夢を聞き、磯風は優しい笑みを浮かべていた。このうみどりでは、種族なんて関係ないのだと改めて実感出来る。人間だけでなく、純粋な艦娘から、深海棲艦までが集う、この七色の艦隊。あまりの居心地の良さに、緊張感は抜けていく一方である。
「よし、ならば私はその夢を叶えやすくするために、海の平和を取り戻すことを誓おう。今の物騒な世の中では、やりたくてもやれないことも多いだろうに」
「ソウネェ。ソロソロ大型ノ魚ノ解体ガヤッテミタイノヨネ。アトハ肉ノ解体モ。部位ゴトノ僅カナ味ノ違イモ、直ニ捌クコトデ理解出来ルコトモアルト思ウノヨネ」
「本格的すぎやしないか!?」
セレスの壮大な夢に、最早驚くことしか出来なかった。
あっという間に馴染んでいく磯風を眺めて、深雪はここに連れてきて良かったと実感する。
救われるのならば誰でも、本当に分け隔てなく受け入れる。うみどりの在り方は、世界の平和のカタチそのものと言えた。
だが、未だにその枠組みから外れてしまっている者は存在する。
「叢雲、入るぞー」
それが、罪悪感に押し潰されて心を壊してしまっている叢雲。その部屋に深雪達が入る。
前回は夜のうちであり、部屋も真っ暗であったため、中の様子はあまりよく見えなかったが、今は昼。部屋の様子もハッキリと見える。
だからわかった。叢雲が最初いた場所から移動していること。別の壁の方に近付き、跪くように力尽きていた。
深雪は叢雲が動いていることに驚きつつも、眠っていることもわかってひとまず安心。
「こりゃあ……何やってたんだ?」
「うーん、多分だけど、
グレカーレが気付いたようで、深雪に端的に説明した。
今叢雲の向いている方に、出来損ないから解放されて綺麗な遺体になった犠牲者がいるのではないかと。そこに対して、自分の罪を口にしていたのではないかと。
「ムラクモに必要だったのは、多分そーゆーことだよ。あたしも言ったけどさ、泣いてるだけじゃ何も変わらないから。まずは謝るべきだったんだよ」
「なるほどな……それで、これまでずっと謝って、なるべく近づいて、最後は力尽きてそのまま寝ちまったと」
このままにしておくのもよくないと、深雪は叢雲を慎重に抱き抱える。実は叢雲の方が深雪より背が高かったりするのだが、そこは力の差。深雪は軽々とお姫様抱っこである。
しかし、ただそれだけの振動で叢雲はうっすらと目を覚ましてしまう。神経が過敏になっているのか、ほんの少しの変化を感じ取っていた。
「あ、やべ。起こしちまったか」
叢雲が小さく身動ぎしたことで、深雪が起こすつもりはなかったんだがと軽く謝罪。だが、叢雲はうっと顔を顰めたのち、恥ずかしそうに顔を隠す。泣き腫らした目元などを見られるのを嫌がったか、それともお姫様抱っこが単純に恥ずかしかったか。
「な、なに……」
「やっと受け答えしてくれたな」
こうなってから初めて会話らしい会話が出来そうで深雪は喜ぶ。対する叢雲は、うっと声を詰まらせる。
「流石に腹くらい減っただろ。飯食えるか?」
優しく話しかけると、叢雲はキョトンとした顔になる。また説教か何かかと身構えていたところもあるのだが、ただただ食事を持ってきてくれただけとわかって少し呆れてしまっていた。
「……別に、お腹は空いt」
否定しようとした瞬間、部屋に響き渡る程の腹の虫。丸一日は何も食べていないので、キョトンした瞬間に力が抜けたのか、身体が空腹を訴えてきたようである。
羽黒が食事が必要最低限だったと言っていたが、それは当然、同じ鎮守府に所属していた叢雲にも当てはまること。そんな状態でずっと食べていないなら、こんなことになってもおかしくない。
あまりに大きな音だったため、叢雲はより一層恥ずかしそうに顔を隠した。深雪もそれには流石に笑ってしまった。
「っはは、なんつーか、安心したぜ。お前もちゃんと腹が減るんだな」
「……悪い?」
少々捻くれた態度を取るが、深雪は気にしない。
「悪くねーよ。つーか、ガンガン食え。ここの飯は美味ぇからよ。電、白雲、準備してくれい」
「なのです!」
「かしこまりました」
合図をすると、カートで運んでいた食事を部屋の中に持ち込み始めた。一応机はあるのだが、身体の調子を考えればベッドの上で食べた方が良いと、まずはそこに座らせた。
カードの食事も、セレス謹製の簡単なモノ。食器を使わずに、手に取って食べられるモノのみを提供。しかも冷めても美味しい優れ物。
「……何よコレ」
「何って、見てわかるだろうが。お前のために、うちの料理人が用意してくれた飯だよ。ほら、食え」
叢雲は無言だが、腹の虫が鳴いた事実もあり、おずおずと手を伸ばした。そして、少しだけ口に含んだ瞬間、ボロボロと涙を流し始める。
「おいおい、そんなに美味かったか?」
反応なく、ただただ食べ続ける叢雲に、今はそれ以上声をかけることなく、見守ることにした。
叢雲の心が少しは晴れそうになっている。今ならば、まともに話も出来そうである。