セレスにより提供された食事を食べたことで、ボロボロ泣き出してしまった叢雲。それでも食べる手は止まらず、最終的には用意されたモノを全て平らげた。
それほどまでに、所属していた鎮守府が過酷……いや、
そして、それ以上に思うところがあった。
「……私が犠牲にしたヒト達は……もうこういうモノも食べられないのね……あんな場所で、あんなモノが最後の食事だったなんて……」
自分が幸せになることが、本当なら犠牲者も享受出来たことなのにと、罪の意識がより強くなってしまう。叢雲は、自分が罪人であり、絶対に許されてはいけない存在だと思っている節があるので、何かにつけて自分の罪に繋げてしまう。
その言葉に対して、気にするなとは言えない。罪を忘れろというのは、叢雲を完全に否定することに繋がる。それに、グレカーレからさんざん言われていることもあり、今はこれ以上言葉にすることも無いと考えた。
あとは単純に、深雪がこのタイミングで叢雲を叱りつけるような言葉が思い浮かばなかっただけ。そこは根本的な優しさ。
「叢雲、飯、美味かったか?」
なので、話題を変えることにした。実際はそこまで大きく変えるようなことはしていないのだが。
「……ええ、本当に、ビックリするほど」
「そいつは良かった。やっぱり、まずは美味いモノを食うところからだよなって、あたしは思うんだよ。気分が良くなる。満たされる気がするからさ」
そこから始まるのは、どちらかといえば世間話である。叢雲は深雪が人間ではなく純粋種であることを最初から理解しているため、余程のことがない限り隠すことはない。今はまだ話せないのは、特異点W絡みくらいである。
故に、深雪はここから今までの自分の生きてきた道を話した。戦いについては省き、楽しかったこと、苦しかったこと、ただ
海の真ん中でうみどりに拾われて、最初はこの世界の在り方を知らずに後始末屋という特殊な仕事を受け入れ、楽しみ、人間達と交流してきた。守るべき者の姿をその目で見て、改めて自分がこの世界で何をしていくかを自分で決めた。
ただそこにいるだけで罪と罵られ、特異点だからと襲われるようになり、それを苦しみながらも振り払ってきた。それでも歩みを止めることはない。嫌なこと、悲しいこと、腹が立つことが何度も起きたが、心が折れることはなかった。
今のように力を得て、仲間のために戦えることが嬉しい。だがそのせいで余計に仲間達が傷付くことにもなりかねないのが悔しい。そんな感情も、深雪はまるで物語を読み聞かせるように話す。自分のことを、包み隠さずただ話す。
「あたしはさ、すげぇ恵まれてると思う。行き場のない感情が胸の中でつっかえてた時も、それを聞いてくれる奴がいた。殴り合いまでしてくれる奴もいる。楽しいことは、みんなで一緒にやったらもっと楽しくなるって知ってる。どんな感情も、腹ん中に溜め込むのは良くないって理解した。それは、多分誰にでも当てはまるんだと思う。自分の感情に素直過ぎるのも良くないかもしれねぇけどな」
チラリとグレカーレに視線を向けると、てへぺろと舌を出して戯けていた。今後もこのキャラを続けていくんだろうなと苦笑しつつ、視線を叢雲に戻す。
叢雲の視線はまだ俯いて下を向いているのみ。だが、蹲っているわけでもない。耳は深雪の言葉に傾けられている。上の空のような、虚のような、ただそこにいるわけではない。今までの話も、これまでと違ってちゃんと聞いている。
「だから、まずは思ったことを吐き出してみた方がいい。つっかえてるモンがあると、その分、頭ん中がモヤモヤしちまうからな」
神風に言われた謝罪の件も、そこに繋がっている。罪悪感を言葉として吐き出せば、少しは腹に溜まった毒が身体から抜けるだろうから。少しは頭の中をクリアにして、先を見通せるくらいに落ち着きを取り戻すべきだと、若干強要するようなカタチになりつつも、叢雲が心の先でやらねばならないと思えることを言葉にして伝えたことで、ここまで来ている。
深雪はそれと近しいことを叢雲にやってみればいいと促した。ここで吐き出すのは罪悪感ではない。叢雲にまずあるのはそちらではあったが、まだ吐かねばならないものはある。
「あたし達は、お前が何を言おうが気にしない。嫌だと思ってたら、そもそもここに来てねぇよ。躊躇う必要も無いぜ。何せ、ここにいるのは全員、お前の敵じゃあ無いからな」
笑顔の深雪に、叢雲は少しだけ、ほんの少しだけ顔をあげた。
誰にも怒りの感情は見えなかった。
「まぁ、無理に話せとは言わねぇ。決めるのはお前だからな。でも、苦しいなら、せめてあたし達には話してみねぇか? 大丈夫、ここで話したことは、外に漏らしたりしねぇよ。この部屋の外で聞いてるかもしれねぇ奴も」
扉の方をチラリと見る。誰かいるようには思えないが、こういう時こそ、部屋の外には神風や丹陽がいたりするもの。なので、先んじて念を押しておいた。あの2人がいたとしても、口外するようなことは無いとは思うが。
「……私は」
叢雲が口を開いた。
「私は、何のためにここまで生きてきたのかしら」
その独白は、聞いていても辛いモノだった。
持っていたモノは全て奪われ、信じていた者には裏切られ、長い年月を無駄に使われた。真実を知って、持った感想はまずはそれだった。
両親が敵の組織と何かしらの関係を持っていたかどうかはわからない。しかし、あちらのいいように使われ、命を消費し、その上で自分の命すら実験台にされ、今ではただの罪悪感の塊に堕とされた。本来ならば艦娘にすらならず、両親と幸せな生活を送っていたのかもしれないのに、その何もかもを身勝手な思想によって失った。
何のためにこうしてきたのかがわからない。これまでの道は一体何だったのか。他者の道を舗装するために、身を粉にして、感情すら押し殺してきたのに、それ自体が騙されていたという事実。その舗装には他者の命すら使ってきている。そこを歩く者は、それが当たり前だと思って叢雲に全てを押し付けて。
その怒りは、深雪にはどうしても理解してやれない感情。生まれてきた意味をゴミのように扱われたことなんてないのだから。
だが、叢雲のその感情を理解出来る者は、ここにはいる。
「せっかく生まれたきたのに、いいように使い潰されるなんて嫌に決まってるね。あたしは、少なくともそれで30年無駄にしてるから」
グレカーレと、
「ごもっともな怒りでございます。この白雲、生まれた時から呪いに苛まれた上に、この身体を勝手に弄られております故」
白雲である。
どちらも敵のいいように使われたことによって、本来の人生──艦生から捻じ曲がったモノにされてしまった。白雲に関しては、その思想から生み出された呪いによって、そもそもを歪められているという嫌なオマケ付き。
「ならば、やるべきことは決まっているようなモノ」
「だよね。あたしも多分同じこと考えてるよ」
白雲とグレカーレが目を合わせて笑い合い、叢雲にその言葉を放つ。
「そんなコト、今考える必要なんて無いんだよ」
「生きてきた意味は、後からついてくるモノでありましょう。ならば、今は目の前に拡がる道を、その足で歩くしかないのです」
「そうそう。引き返せないなら、まずは歩かなくちゃね。止まってた方がわけわかんなくなるからさ」
今までがあまりに酷い道であっても、今与えられた道は、何もないまっさらな道。どう歩こうと構わない、自分だけの道。
「あたし達、手は引いてあげるって言ったよね。ならさ、生きてきた意味を考える前に、まず一歩踏み出してみなよ。これまでの感情を吐き出すのだって一歩目だよ。絡みついてくる邪魔なモノを振り払わないと、足の踏み場も無いかもしれないんだから」
「それが出来るのは自分のみ。聞くことは出来ますが、代弁することは出来ませぬ。ならば、その口で、その頭で、全て吐き出せばよいのです。お姉様もそう仰いました。それを嫌とは誰も思いませぬ」
さぁ、と2人は叢雲に手を差し伸べる。
「……なんで」
ポツリと、叢雲の口から溢れ始めた。
「なんで……なんで、なんでっ、なんで私と、私の家族がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ……」
一度吐き出してしまえば、もう止まらない。ただ泣くだけでも謝罪でも吐き出せなかったその感情、理不尽に対する怒りは、湯水のように溢れ出し、そして勢いを増していく。
呟きは叫びに、嗚咽は慟哭に、ただ震えていただけだったとしても、その言葉が激しくなるにつれて、縋り付くようになっていく。
それを受け止められるのは、ここにいる中では深雪だけだった。だから、好きにさせてやる。壁を、床を殴りつけるような拳も、深雪が全て受け止めた。今はそれくらいしないと、感情の抑えが利かない。それは深雪だって理解している。
「なんで! なんで!」
その疑問は、ただの理不尽であることは誰もがわかっていること。ただ欲求を満たすためだけに使い潰されたとしか言いようがない。故に、怒りが余計に増していく。
叢雲の怒りを受け止め、深雪も微かに怒りがわいていた。こんな犠牲者がいるのにもかかわらず、今の敵はそれが当たり前だとほざく、正真正銘のクズだと。これすらも平和の糧なのだと宣うことが予想出来てしまうくらいだ。
そして、その平和というのは世界の平和ではない。個人の平和、つまりは自己満足であることは、言わずともわかること。ただの我儘が、ここまでのことになっている。そしてその元凶は素知らぬ顔を貫くだろう。
「あたしがその怒りを受け止める。絶対に許さねぇから、安心してくれ。必ずぶちのめしてやるからな」
苦しみを吐き出す叢雲を正面から抱きしめて、その頭を撫でてやる深雪。叢雲はただそれだけでも、少し安心出来るような感覚を得た。
それから少しして、ある程度は吐き出し終わった叢雲が、涙を腕で拭って息を整える。目は腫れぼったくなってしまっていたが、その奥には光を取り戻している。
罪悪感を吐き出し、怒りを吐き出したことで、叢雲は少しだけスッキリした表情をしていた。そして、ここからやるべきことも、こうしている間に見つけていた。
「私、ここで戦う」
「いいのか?」
「ええ、決めたわ。罪を償うためにも、その原因が私にあったとしても、この元凶は許しちゃおけない。なら、罪滅ぼしのためにも、私はこの艦隊に力を貸さなくちゃダメ。前を向かせてくれた貴女達にも報いたいもの」
まだ笑顔を見せるまでには程遠い。だが、蹲っていた少し前とは打って変わって、力強い意志を感じた。
「なら、これからもよろしくだ」
そんな叢雲に、深雪は握手を求めるように手を差し出した。叢雲は、頷きながらその手を握った。
前を向いた叢雲は、ここから頼もしい仲間となってくれるだろう。