後始末屋の特異点   作:緋寺

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乗り越える傷

 犠牲者に謝罪し、騙され続けた事実を嘆き、恨み言を吐き出したことで、幾分かスッキリした叢雲は、ついに前を向くことが出来た。

 まだ罪悪感などは振り払えていないし、むしろずっと背負っていこうと考えているだろうが、部屋に閉じこもっているなんてことはもうしない。自らの足で、部屋を出て、戦いに赴くという決意をした。

 

「まぁ、そうなるとは正直思ってた」

 

 だが、その一歩目は残念ながらすぐに出すことが出来なかった。

 

「……身体、痛い……」

「そりゃそうだろ。お前、ここに来る前に滅茶苦茶なことやらされたんだからな。本来忌雷を3つも寄生させるなんて、ぶっ壊れるどころか、それだけで死んでもおかしくないんだぜ?」

 

 これまでは緊張感もあったし、とにかく謝りたい、そして怒りをぶちまけたいという気持ちが先行していたため、ガタガタになってしまっている身体のことを気にしていなかった。

 だが、緊張が切れたことによって忘れていた痛みが戻ってくる。全身筋肉痛で、骨まで軋むほどの痛み。これまでよくも忘れることが出来たなとむしろ感心されるほど。

 

「今なら気も済んでるだろうし、一度入渠しとけ。拒んだって聞いてるけどよ、そんな身体なら診てもらった方がいいぜ」

 

 入渠と聞いて、叢雲はうっと顔を顰める。

 

「やっぱりドックが苦手なのです?」

 

 電に問われると、叢雲は小さく頷いた。

 ドックが苦手となったのは最初からではない。それを()()したのはつい最近のことである。理由は非常に簡単。あの触手まみれのドックのせい。

 

 忌雷が運用されるようになったのは割と最近の話。裏切り者の鎮守府でも運用されるようになったのも、それだけ最近のこと。

 叢雲はそのドックに艦娘が入れられ、聞くに堪えない悲鳴をあげるところを短期間で何度も見てきている。治療されているとは到底思えず、中にはその結果出来損ないと化した者もいた。そして、叢雲はそれを容認し続けてきた。

 そのせいで、ドックという場所に苦手意識が強くなってしまった。ここのドックが同じモノではないことくらい理解しているのだが、それでもあの時の光景が頭をよぎってしまい、抵抗を感じてしまう。

 

 ドックもまた、叢雲にとっては罪を呼び起こす場所であり、また、恐ろしい場所でもあった。

 償うためにもそれに立ち向かいたいとは思っているようだが、心はそうでも身体がそれを拒んでいる。入渠と聞いただけで震えてしまうほどに。

 

「お前のところが酷すぎたんだな……でも、ここのドックは大丈夫だ。あたしが他を知らないってのはあるけど、何処の鎮守府にもある普通のドックだからさ」

「……そうだとは思うけれど、身体が拒否してるのよ……」

 

 吹っ切れたからか、随分としおらしい叢雲。本当に苦手なのだとわかる態度に、無理強いは良くないと、何か別の手段を考える。

 

「一応だけど、手段が無いわけじゃあないんだよなぁ」

「あの、もしかして……」

「ああ、()()()()()()()()()()だな」

 

 特機の寄生、つまりはカテゴリーWへの変化は、いわばコンバート改装と同じ。その際にこれまで負っていた傷も全て回復する。緊急手段として、既にカテゴリーWでないのならば一度だけ全回復出来るエリクサー的な存在。

 今の叢雲にはそれを使うことが最もトラウマを刺激しない手段なのではと思われるのだが、忌雷自体に抵抗があった場合はその限りではない。何せ特機は忌雷である。やり方はアレと同じ。

 

「流石にこれはハルカちゃんにも聞いてみないとダメな話だし、そもそも叢雲がそれを受け入れるかどうか……」

「……ドックよりはマシよ……それに、寄生されたら戦う力も手に入るのよね……?」

「そりゃあそうだけどよ」

 

 叢雲は入渠するくらいなら特機に寄生してもらった方がいいと、既にそちら方向に思考が向かっている。戦闘での貢献のためにも、戦う力が得られるカテゴリーW化はむしろ願ったり叶ったりである。

 幸いにも今、3つ目の鎮守府で5つの特機が新たに仲間に加わっている。許可を貰い、それを専用機にさせてもらえば、今の身体を治療した上で、戦場に出られるくらいの力も手に入るだろう。

 

「まぁ、うん、まずは聞いてみるか。それが一番手っ取り早い」

「なのです。でも、叢雲ちゃん、自分の足で歩けますか?」

「……正直なところを言えば、少しキツイわ……」

「なら、車椅子を持ってくるのです。少しでも身体を労わるべきなのです」

 

 そう言うと、すぐに準備を始めた。叢雲が前向きになったのを、ここで止めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 工廠から車椅子を借りてきて叢雲を座らせると、そのまま執務室へ。工廠に行った際にいないことを確認しているため、その場合はそちらだろうと考えた。

 すると、執務室に入る前から何やら声が聞こえる。その声の主は──

 

「磯風か?」

「アレじゃない? 前の鎮守府から無理矢理移籍させてるから、その手続きしてんでしょ」

「ああ、なるほどな」

 

 磯風もうみどり所属となる艦娘。裏切り者鎮守府から救出され、『羅針盤』によって正気も取り戻しているおかげで、その力を振るうべく移籍しようと現在手続き中。

 叢雲にもそれは必要なことであるため、ある意味このタイミングで伊豆提督と話せるのはベストとも言えた。

 

 そんな声が聞こえる執務室に、深雪達はノックして入る。伊豆提督は、車椅子に乗っているとはいえ、叢雲が部屋から出てこれたことに感激し、笑顔で出迎えてくれた。

 

「磯風、手続き中だったか?」

「もう終わったところだ。これで私はうみどり所属の後始末屋、海の平和のために戦う艦娘となれた。改めてよろしく頼む」

「ああ、頼らせてもらうぜ」

 

 深雪ともガッチリ握手をし、磯風を受け入れる。電達も、磯風を大歓迎。

 

「叢雲ちゃん、外に出てきてくれたということは……考えが決まったのね」

「……ええ、私もこのうみどりで戦う。これまでの罪を償うため、これまでの罪を背負うため、前を向くために戦いたい」

 

 叢雲の目には、力強い光が宿っていた。怒りや憎しみ、罪悪感に苛まれていようとも、仲間達に手を引かれ、前を向こうと決心した強い意志。それなら大丈夫ねと、伊豆提督と叢雲のことを受け入れた。

 精神的にもキツそうならば、裏切り者鎮守府制圧の戦いが終わった後に、軍港都市で療養してもらうことも考えていたのだが、今の叢雲は逆にそれを拒むだろう。

 

 でも、と伊豆提督は言葉を足す。

 

「生き急がないこと。これだけは念頭に置いてちょうだい。今のアナタには、強い復讐心とかもあると思うけれど、それが終わったら自分もおしまい、なんて考えないように。いいわね?」

「……善処するわ」

「絶対よ。酷いことを言うかもしれないけれど、そこでおしまいなんてことをしたら、償いが途切れちゃうんだから。生きていく指標を、この戦いじゃなく別のところにも見つけてちょうだいね」

 

 単に他にやりたいことを見つけろと言っているだけなのだが、今の叢雲には少し難しいだろう。子供の頃から裏切り者の駒にされるように育てられてきているのだ。まともな教育すら受けているか微妙なことを考えると、まずはこの世界を知ってもらう必要があるとすら思える。

 それこそ、軍港都市でいろいろ見て回るだけでも何かを得られるだろう。無駄にさせられた長い年月を取り返すことは容易ではないが、うみどりならばその時間も作ってあげられる。

 

「それで、車椅子で来たくらいだから、まだ身体にガタが来ているのね。入渠の準備をするわ」

「あ、ハルカちゃん、その件なんだけどさ……ちょっと叢雲には事情があって……」

 

 叢雲からは話しづらいだろうと、深雪が掻い摘んで説明した。あの鎮守府のせいで()()()()()()になってしまっていることを。

 伊豆提督もそうだが、それ以上に反応を見せたのは磯風である。

 

「何なのだそれは。うちの鎮守府でも流石にそこまでは無かったぞ」

 

 忌雷まみれのドックは、1つ目の鎮守府特有のモノだったらしく、磯風もそのやり方には憤慨。何処までヒトを、艦娘をなめ腐っているのだと、怒りを露わにした。

 裏切り者の中でも屈指の下衆だったことが公になる中、伊豆提督は深雪の提案について考える。それは、磯風のことにも繋がった。

 

「実は、磯風ちゃんにも処置をしてもらおうかって話をしていたところなの」

「磯風の?」

「ええ。今の磯風ちゃんは、『羅針盤』で正気を維持しているだけなのよね。だったら、もし万が一その効果が切れたら……」

 

 またあの『空冷』が敵に回ってしまうということ。籠城戦で対特異点として非常に有用に働いた、深雪にとっては天敵とも言える力がまたもや襲いかかってくる可能性を考えると、擬似カテゴリーKの状態である今より、カテゴリーWへと変化してもらった方が今後のためではないかと、

 磯風自身も殆どノータイムで肯定している。二度と世界の敵になんてなりたくない、思想を持つこと自体が気に入らないと、これまでの自分の在り方を否定し、前を向くためにも、忌雷の引き抜きと特機の再寄生を強く望んでいる。

 忌雷を引き抜くだけではダメなのかという問いには、自分の力がかなり強いモノであることを自覚しており、この力が今後役に立つだろうと理解した上で、持ったままであることを望んだから。伊豆提督も、磯風のその訴えには納得もして、案を採用している。

 

「最初のグレカーレみたいなモンだ。万が一その力を無効化するようなヤツが出てきたら終わりだもんな」

「そうそう。だからあたし、ミユキにヤッてもらったんだもん」

「なんか今、ちょっとおかしな感じで言わなかったか?」

「気のせい気のせい」

 

 ともかく、磯風については特機による寄生は確約されていた。引き抜いた忌雷をそのまま燻して特機に変え、それをまた寄生させるという方針。

 

「叢雲ちゃん、アタシとしては、トラウマはあるかもしれないけれど、ちゃんと入渠して身体を治してからにしてもらいたい。でも、それが辛いのよね?」

「……ごめんなさい、どうしても身体が拒否してしまうの。ダメだとわかっているけれど……我儘を言ってることもわかっているわ」

「ドック恐怖症は流石に艦娘としては致命的なトラウマね……自己修復に頼るのも怖いところだし。大怪我を負ったなら、アナタのそれを無視してでもドックに入れるところだけれど、今は意識もハッキリしてるもの、そんなモノを見ていたなら、拒絶もしちゃうかしら……」

 

 こちらに関しては少し悩んでしまうものの、それがあるからこそ叢雲が前を向けるというのなら、これもまたきっかけとして利用するべきかとも考える。ここでそれはダメだと否定したら、せっかく踏み出した一歩の勢いを殺してしまうかもしれない。

 短時間ではあるが、頭を捻って捻って、最終的に辿り着いたのは──

 

「わかったわ。でも、今回は特例よ。次は無いし、他の子にも許可はしない。叢雲ちゃんは今後、そのトラウマを克服するためにも努力してちょうだい」

「ええ……ありがとう。感謝するわ」

 

 叢雲にも特機の寄生が決定した。カテゴリーWとなることで、過去を忘れることなく、過去と決別する。

 

 

 

 

 新たな仲間は即戦力。ここでカテゴリーWとなることで、これからの戦いが優位になる場面がさらに増えることになる。

 




磯風はポジティブに、叢雲はネガティブに、それでもちゃんと前は向きました。
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