鎮守府の巫山戯たやり方から、ドック恐怖症となってしまっていた叢雲。忌雷3体の寄生による大きすぎる負荷が残っているにもかかわらず、入渠による治療をどうしても拒絶してしまう彼女に対し、特機を寄生させるという特例の手段を用いることで解決することとなった。
叢雲を後始末屋として正式に転属させるにはもう少し時間は必要だが、本人の意志は、ここで救ってもらったことに報いるために戦うという方向に倒れている。そのため、特機寄生により即戦力となってもらうことも、流れとしては申し分なかった。
叢雲の体調のことも考え、その処置は早速執り行われることとなる。流石に執務室でやるというのもよろしくないため、特機を取りに行きがてら、工廠で実施することとなる。ただし、出来れば人目につかないところで。
これはあくまでも処置。今回はそのデータを詳細に残しておく必要もないため、
そのため、特機の管理者である深雪と、そういった情報を管理している誰か、今回は主任や明石、あとは念の為のイリスなどが同席していればそれでいい。むしろ、実施時の反応を見られない方がいいとなるべく人が少ない方がいい。
だったのだが──
「叢雲秘書艦……!」
工廠には、他の捕虜が今後のための手伝いと称して働いていた。捕虜としての立場もあるのだから、償うためにも、何かしら貢献したいと。働くといっても、戦闘後だとどうにでも散らかってしまう工廠の掃除がメインになるのだが。
羽黒がその筆頭であり、名取や潮も掃除道具片手に、工廠を磨き上げている。高波は相変わらずムーサのおやつを生み出すために連れていかれそうになったようだが、ちょっと食べ過ぎということで今はムーサも休憩タイム。艤装を外して他の捕虜と共に工廠で休憩中。
叢雲が車椅子で工廠に現れたことで、緊張感が一気に増していた。羽黒達からすれば、叢雲はあの裏切り者の次に立場の強い者。側近として、艦娘を管理していた。そんな叢雲を見たら、嫌でも身体が強張る。条件反射みたいなモノである。
だが、その叢雲も鎮守府の被害者。特に羽黒はそれを知っているため、叢雲に対しての感情は怒りや恐怖などではなく、同情、そしてそれ以上の親近感である。
「……ごめんなさい、貴女達にも謝らなくちゃいけないことが沢山あるわね……」
そんな言葉が出てきたものだから、驚きを隠せない。鎮守府での態度は、高慢とは言わないが、
それが今はこんなにもしおらしい。全てを知ったことで、これまでの行いが辛く苦しい記憶となっているからこそ、どちらかといえば正反対な言動になっている。こちらが素と言えなくもないのだが。
「……いいんです、みんなが被害者なんですから。叢雲秘書艦は……特に苦しい思いをしていると思います」
「そ、そうです。私達も嫌な記憶がありますけど、叢雲秘書艦はもっと、それこそ私達じゃ想像もつかないようなことが……」
羽黒に続き、名取もあわあわしながら叢雲を慰めるように話す。鎮守府にいた頃ならば、そもそもこんな話は出来ないし、やろうものなら罵倒が飛んできていただろう。
だが今の叢雲はそんな雰囲気など微塵も出していない。慰めてもらえているとわかると、小さく、本当に小さく笑みを浮かべた。
「ありがとう……そう言ってもらえると、少しは気持ちが軽くなるわ。でも、貴女達だって辛い思いをしているんだもの。無理だけはしないでね」
初めて見る叢雲の表情に、心を鷲掴みにされたかのような感覚。こんな顔出来るんだという驚きは強かったが、同じ場所で酷い目に遭った者として、支えていきたいと思うには充分だった。
「あと、秘書艦ってのはやめてほしいわ。もうあの鎮守府は無くなったんだし、私は彼と決別した。立場は貴女達と同じだし、むしろもっと重罪人。下に見るのは構わないけど、上に見るのはやめてくれないかしら」
これに関してはもう癖みたいなモノである。長いことそうやって接してきたのだから、そんな簡単には抜け出せない。
そのため、少しずつ慣れていかせてほしいと、羽黒達は穏やかな表情で答えた。叢雲も流石にすぐには無理だよなと察して、それをヨシとした。
捕虜達とは別れ、工廠の奥へ。主任や明石も立ち合いの下、特機の寄生に入る。
先にやるのは叢雲。体調の問題もあるので、なるべく早く処置をしたいと、叢雲はそう思っていなくても満場一致。磯風も自分の処置は後回しでいいと叢雲を前に出したくらいである。
「いい、ムラクモ。寄生される感覚は忌雷と似たようなモンだから、ちょっと嫌な気持ちになるかもしれないけど、アレと違って無理矢理感がないから安心して受け入れるんだよ」
どちらの感覚も知っているグレカーレが、車椅子の後ろから説明をしていた。寄生の際の感覚を考えると、変に暴れてしまう可能性もあるため、車椅子をしっかり押さえてやろうと考えた結果である。いざという時は羽交い締めも辞さない。
「あとは、寄生されたらなりたい自分になれるようなモノだから、どんな感じになりたいか願いながら受け入れるといいよ。ね、シラクモ」
「はい、グレ様の言う通り、望んだ姿になれます故、これまでからの脱却を考えるのならば、それを想像しておくのも大切かと。この白雲も、今の姿は望みを具現化した姿なので」
その辺りはちゃんと説明しておいた。寄生されたことがトリガーとなって、そこからさらにトラウマを生むようなことが無いように。
基本的には艦娘の制服姿になればいいと念も押される。グレカーレや、それに引っ張られた白雲、ここにはいないが動きやすさ重視で服装を変えた夕立や子日のようにするのも構わないとは言うものの、それが簡単に想像出来るかと言われたら何とも言えない。
「よし、それじゃあ叢雲、準備はいいか」
「……ええ、大丈夫」
「磯風もこうなるってのを見ておいてくれ」
「ああ、覚悟している」
もう大丈夫ということで、深雪は3つ目の鎮守府で手に入れている特機の1つを手に取った。
「頼むぞ。叢雲を支えてやってくれ」
深雪の言葉に、触手を蠢かせる特機。任せてくれと言わんばかりなのはいつものこと。今回は深雪の心がいつも以上に入っているようで、特機も気合が入っている。
「よし、それじゃあ、行くぞ」
そして、その特機を叢雲の胸元に添えた。すると、いつも通り一気に体内に侵入。身体中に触手を伸ばすように、その範囲を拡げていく。
「く……あぁっ……っ」
その感覚に悶絶し始める叢雲。今は体内もボロボロであるため、特機も念入りに変化させているようだった。治療も込みにした寄生である。自己修復で治すというより、寄生によるコンバートで治るように。そして、もし自分が寄生をやめたとしても、健康体でいられるようにという優しい願いを込めたモノ。
しかし、その感覚はこれまでの寄生とはまた違った感覚になるようで、叢雲は痛みこそ感じていないようだが、身体を嫌でもモゾモゾと動かし、歯を食いしばるような表情を見せる。
「大丈夫だ。これに失敗はない。受け入れてくれりゃあそれでいい」
「え、ええっ、わかってる、けど……っ」
なるべく声を出さないようにと耐えているようだが、あるタイミングを越えたところで身体が大きく跳ねた。
体内の治療が完了したことで、今度はカテゴリーWへと変えていく。
「っあっ……く、うぅうううっ!?」
そして、一際大きな声が上がったかと思えば、叢雲は煙幕のような白い靄に包まれた。すぐにそれが失われると、叢雲は
「っは、はぁっ、はぁっ……確かに、忌雷の寄生とは少し違ったわ……強引じゃない、私に寄り添ってくれているような、そんな感覚だったわね……」
余裕が無さそうな声色。その後数度身体を震わせたものの、完全に切り替わったようで、すぐに落ち着きを取り戻した。
カテゴリーWとなった叢雲は、見た目はそう変えていない。艦娘叢雲としての性質を失うことなく、改二の制服をしっかり着こなすカタチで変化を終えている。
叢雲の願いは、とても簡単で、切実なモノだった。復讐などはなく、ただただ『普通の道を歩きたい』という、失ったモノを取り戻したいと考えるようなモノ。故に、制服などをアレンジすることもなく、
だが、当然特機に寄生されたのだから何かしらの曲解を持つことになる。それはまた後から調べてもらうことに。
「次は……磯風だったわね。こんな感じだから、そこまで緊張はしなくていいわよ」
「ああ、先に見せてもらえたのは良かったかもしれないな。傾向と対策はこれで取れた」
叢雲の変化を目の前で見たことで、次に実施される磯風は覚悟が決まっている。最初から充分すぎるくらい決まっているのだが、どうなるかを知ったことで殊更に。
「お前の場合は引っこ抜きから始まるからな。そこはまた違う感覚だぞ」
「なに、そうなのか」
「そだよー。中から引き摺り出される感覚があるから、頑張って耐えてね」
グレカーレが磯風を羽交い締めにすると、深雪が早速その体内から忌雷を引き抜き始めた。
その処置をしている間に、変化した叢雲の検査も始まる。まずはイリスがしっかりと見て、カテゴリーWへと変化していることを確認。その後は触診によって不調が無いかを調査。先程までとはまるで違う、叢雲にも自覚出来るくらい、痛みや疲れなんて何処かに行ってしまったと思えるくらいに健康体であった。
「これで貴女は普通の艦娘……とは言えないけれど、
イリスにも祝福され、叢雲は薄く微笑みながら、ありがとうと礼を呟いた。
ここまでで壊された長い人生を取り戻すべく手に入れたこの身体は、目の前に拡がる道を力強く踏みしめるための力を持っていた。特別なことなんて何一ついらない。ただ、もう間違った道を歩きたくない。ただそれだけを願った。
「……私の罪は深いけど、一生をかけて償う。私は、一歩目を歩き出せたかしら」
「勿論。貴女は自分でこの道を選んだんだもの。ちゃんと、進み出せているわ。それに、みんなが手を取ってくれたでしょう?」
「……そうね。みんなが、私に進む勢いをくれた。だからここに立つことが出来てる。本当に、感謝しかないわ」
この幸せを噛み締めながら、叢雲は新たな一歩を踏み出すこととなった。
辛く苦しい悲惨な人生はここで終わり。ここからの叢雲は、罪を償いながらも幸せを享受することになる。