カテゴリーWと変化することで傷ついた身体を治療することとなった叢雲は、無事その処置を終えた。今では五体満足、車椅子は不要となり、自分の足で立つことが出来るようになった。
ここからは新たな一歩。これまでの鎮守府での生活から解き放たれた、艦娘叢雲としての人生を、改めて歩き始めることになる。
一方、続いて磯風への処置が開始される。叢雲との違いは、体内には未だに忌雷が存在しているということ。『羅針盤』のおかげで正気を取り戻しているにすぎない磯風は、まず忌雷を取り除くことで、『羅針盤』無しでも正気に戻れるようにしておかねばならない。
その処置が、これまでに感じたことのないような、体内から何かを引き抜かれるという感覚に襲われ続けるモノ。ズルリと抜いてしまえばそれまでなのだが、痛くもないがすごくムズムズする。
「っおっ、うぉっ……っ」
「いやぁそんな声出ちゃうよねぇ。わかる、わかるよぉ」
その感覚に思わず声が出てしまっている磯風と、悶えるのを羽交い締めで止めているグレカーレ。
こうなってしまうのは仕方ないと、うみどりでは数少ない
「よし、抜けるからな。我慢しろよ」
「わ、わかっていっ、っおおっ!?」
ズルリと忌雷が抜けたところで、一際大きめな声が上がった。グレカーレの時のように外見が変わるわけではないのだが、どうしても刺激が強いようである。
「っし、一回休憩な。お前の場合は、引き抜いたコイツをそのまま燻して特機にしてから入れ直す」
「あ、ああ、頼んだ……」
既に息が切れていたが、本番はここから。磯風が今後戦えるようにするための処置は、再寄生によって始まる。
「イソカゼは何を願う?」
燻している間の、ほんの少しの暇な時間。グレカーレが磯風に問う。力は据え置きになるだろうが、ここからの見た目は思った通りに変えられる。
先に処置を受けた叢雲は、『普通』の願ったために、叢雲改二の基本的な姿となったのみ。それが彼女にとっては最も心が落ち着く姿と言えるために、特機はそれを選択した。
「そうだな……私としては別にこのままでも構わんのだが、今後の戦闘がやりやすいカタチの方がありがたい」
「んー、イソカゼは力的に前衛でバンバン戦うタイプではないよね。後ろから風送ったりする方がメインになるだろうし」
「だが、私自身が攻め込むこともあり得るだろう。そうなると……アレだ、あの夕立や子日のような姿は理想的にも思えるな。鎮守府に直接乗り込んで、バッタバッタと薙ぎ倒す。そのためには、ヒラついたモノがついているのはよろしくない」
磯風の話す夕立と子日の服装といえば、カテゴリーW化に際し、直接殴り込むために特機が仕立て上げた超前衛スタイル。ヒラついたモノがない、全てが身体に密着したような衣装であれば、砲雷撃戦のみでなく、近接戦闘もこなしやすいだろうと理想論を語る。
近接戦闘が出来るというわけではないのだが、万が一敵に囲まれた時に、動きやすさと掴まれにくさを共存させようと思うのならば、尚のこと理想的だとも。
「だとしたら、一番理想的なのって全身タイツ」
「馬鹿者。私とて女としての一線くらい弁えている。それは服ではないだろう」
「でも、そーゆーボディスーツっていうの? それっぽいのでも戦うのってあるじゃん。艦娘にはいないけど」
「せめて上には着るだろうが」
などと話しているうちに、深雪による忌雷燻しは完了。特機へと生まれ変わり、磯風に再寄生する準備は整った。
「まぁどんな姿になりたいかは自分で決めてくれりゃいいぜ。白雲みたいに全然違うようにも出来るからな」
「心得た」
「その前にいろいろ耐えてもらう必要はあるけどな」
生まれ変わった特機を磯風に渡す。ついさっきまで体内に入っていた忌雷と色が変わっただけにしか見えないのだが、手のひらの上でビシッと敬礼をする感じは、無理矢理身体を変えてやろうという性質を持っていた忌雷と比べると、まだ愛着が湧きそうに見える。
「よし、では私を戦えるモノへと変えてくれ」
意を決し、磯風は特機を胸に押し付ける。すると、これまでと同様に、特機はスルスルと体内へと侵入。一気に寄生を開始した。
「うおっ……こ、これは、確かに……っ」
「はいはい暴れないでねー」
そしてグレカーレが再度羽交い締め。暴れたら周りに被害を齎すから、というのは建前。グレカーレの本当の狙いは。
「ダメだよ口とか押さえちゃ。ほらほら、思いっきり声出しちゃえ出しちゃえ」
「お、お前っ、それが狙いかっんひぃいっ!?」
早速特機の効果が出てきたか、声を抑えることが出来ずに思い切り声を上げてしまった磯風。グレカーレのニヤつきは止まらない。
「だーいじょーぶだって。ここにいるのはみんな知ってる子だし、そもそも一回は経験してるでしょ」
「そのっ、経験が、忘れたい過去なんだっはぁんっ!?」
大きく震えた瞬間、磯風は白い靄に包まれた。割と早かったなとグレカーレは磯風を手放し、変化の最後を見届ける。
「グレカーレ……お前あんまりやりすぎんなよ」
「へーい、でもまぁこれくらいでやめとくよ」
何処かツヤツヤしているグレカーレは置いておいて、磯風はその変化を一気に終えて靄が晴れる。
「お、覚えてろよグレカーレ……恥ずかしい思いをさせおって……」
顔を赤くしている磯風だが、カテゴリーWへの変化はしっかり終わらせている。中途半端に終わるということはないのだが、余計なことをしたというのも事実なので、おかしなことにならないかは若干心配ではあった。
磯風が選択したのは、制服そのままではない、先程も話に出ていた夕立や子日のような動きやすいスタイル。身体に張り付くタイプの制服となり、行動を阻害しないことを優先していた。スカートではなくショートパンツ状になっている辺り、意識をしていると思われる。
夕立達と違うのは色合いもそうだが、スパッツではなくニーハイソックスになっていること。この辺りは若干だが深海棲艦姿の深雪を意識しているようにも感じられた。
「うむ、これならば戦いやすいだろう。私も自分の冷気には耐性があるからな、肌が見えていても寒いとは感じん」
「磯風にはあたしや白雲の援護をしてもらいたい時が結構来ると思うからな。寒さに耐性があるのはありがてぇよ」
「なに、そうなのか」
「そりゃあな。空気が冷やせれば、白雲の力がもっと使いやすくなる。煙幕を風で拡げてくれるってのも出来るだろ」
「確かに。あの時とは逆のことが出来るということだな。ならばこの磯風、その大役を拝命しよう。任せてくれ」
フッと笑って手を差し出す磯風。深雪は笑顔でそれを掴んだ。
「それはそうとグレカーレ、よくもやってくれたな」
「ちゃんと変われたんだからいいでしょー。でも、上はもう少しえっちくても良かったんじゃないかなぁ。別にマイクロビキニみたいなのでも」
「お前は本当に……っ」
ここのノリはしばらく変わらなそうである。真面目な磯風は、グレカーレの調子に合わせることが難しいのだろう。
そんな光景を見ていると、小さく、本当に小さくだが、クスリと笑う声が聞こえた。
「叢雲、ここはこういうところなんだ」
それは叢雲から発せられた笑い声。常にどんよりと沈んでいた叢雲も、覚悟を決めて前へと踏み出し、カテゴリーWとなったことでその力も手に入った。ようやく心にもほんの少しだけ余裕が出てきた。それが、この光景に笑顔を見せられるくらいのモノになった。
自分は罪人であり、それを償いながら生きていこうと考えるのはわかる。だが、だからといって笑顔になってはいけないということはない。面白いと思ったならば、素直に笑ってもいい。それは罪ではないのだから。
「……私は幸せになっちゃいけないと思うのよ。それだけのことをやってきた」
「そうなったのはあの裏切り者のせいだろ。全部お前が悪いなんてこたぁねぇ。そもそも、そうなるように仕向けていたのは全部アイツなんだろ。気にするなっつっても無理だろうけど、忘れないでいれば、充分だとあたしは思うぜ」
磯風とグレカーレの言い合いは一旦置いておいて、深雪はまた叢雲の傍に。
前へと進もうと思っても、この常に纏わりつく罪悪感が、その前進を阻む。なら、その都度その手を引っ張ってやる。深雪はそうしてやりたいと望んだ。
「お前はもう独りじゃねぇしな。辛い、キツイと思ったら、すぐにあたし達を、仲間を頼れ。誰も拒まねぇよ。本当に苦しいと思ったら、神威さんに頼るのもいいことだぜ。心が落ち着けるからな」
ここでは叢雲のことを誰も責めたりしない。そして、仲間となった今、誰も
叢雲の願いである、普通でいること。それは、願わずとも叶うこと。ここに、うみどりにいれば。
「……本当に、本当にいいのかしら」
「ああ、いいんだよ。さっきも言ったけど、忘れなければそれでいい。苦しみ続けなくちゃいけないなんて道理はねぇよ。なぁ、みんな」
深雪が同意を求めると、全員が一斉に頷いた。
「電は、叢雲ちゃんのことを怒ったり恨んだりしていないのです。というか、せっかく救われたのですから、ここからはもっともっと幸せになってもらいたいのです」
「ここからが本当の始まりなのでしょう。それはつい最近誕生した白雲と同じこと。むしろ、叢雲様は我々呪い持ちと似たようなものなのです。ならば、このうみどりで生きていけば、その苦しみも軽くなることでしょう」
電の言う通り、誰も叢雲のことを否定しない。共に生きていく仲間として、一緒に幸せになってもらいたい。
白雲の言う通り、叢雲は呪いを持って生まれたようなモノ。ならば、カテゴリーMのようにそれを払拭出来るはず。
「事務員である私が言うのも何だけれど、ハルカを含め、うみどりのみんなは貴女を歓迎しているわ。だから、何も気にしないで、楽しいと思ったら笑えばいいの。むしろ、そうじゃない方がみんなを心配させるわ。前を向いたなら、目の前の光景に一喜一憂してもいいのよ」
そしてイリスが、うみどりの総意を伝えた。もう仲間なのだからと。
「そうそう、だから笑いなー。グレちゃんが無理矢理笑わせてやろうかー?」
手をワキワキさせながら近付こうとするグレカーレ。それを磯風が早速止めにかかるも、標的をそちらに変えて押し倒そうとし出した。
そんな光景に涙目になりながらも、叢雲は仲間達の意志を受け取る。そして、笑顔を見せた。
「アンタ達見てたら、悩んでることがバカみたいに思えてきたわ」
「だろ? でも、それがここの良さだ。前を向くなら、これも見てくれ」
「ええ、そうさせてもらう。また塞ぎ込むことがあるかもしれないけど、その時は……うん、頼らせてもらうわ」
磯風の変化により、叢雲にも影響が与えられた。これならば、不安も少しは失われるだろう。
グレ「この中で一番デカいんだから、揉ませろー!」
磯風「ふざけるなこの淫獣がぁ!」