時は進み、うみどりの航行は夜の海へ突入。それでもまだ日が暮れたばかりの時間であるため、到着まではまだまだ時間がある。
夕食の時間となったため、伊豆提督を起こしに来たイリスだが、ちょうど目を覚ました直後だったようで、相変わらずだなと苦笑。
「何事も無かったようで何よりだわ」
「ええ、ここまで何も無かったわ。
現在の戦況なども連絡がないというのがかなり不安なところではある。うみどりも疲れているからということで遠慮されているのか、それとも他の鎮守府も通信障害などを受けてしまっているのか。
どちらにせよ、このまま向かって大丈夫かは一度聞いておかねばならないだろう。おおわしのように終わったことをうみどりにすぐに伝えてくれるならいいのだが、考えてみれば、おおわしも終わるまでは連絡を寄越していないというのもある。
あちらは移動鎮守府という特性上、鎮守府全体で敵に対応出来るが、他の鎮守府は出撃している艦娘との通信が無くては現場の状況すら判断出来ない。故に、何もわからないということしかわからず、それをわざわざうみどりに報告することも無いというのが今。
とはいえ、一切通信が来ないという状況もなかなかに怖い。全滅している可能性もあると思うと、不安になってしまうものである。
「うみどりは今は待つしかないわ。不安はあるけれど、焦っていてもまだ現場に辿り着けないんだもの。でも、元帥に連絡をするくらいはしないといけなそうね」
「ええ、夕食の後に連絡をすればいいと思うわ。ちゃんと腹拵えをして、みんなに休んでもらってからでも充分よ。ハルカだってお腹くらい空いてるでしょ」
「まぁ、そうね。その間に連絡が来たら、その時に動きましょ」
こればっかりはどう足掻いたところで何も出来やしないのだから、不安はあれど、落ち着いて行動することが一番。ちゃんと腹拵えをして、万全の状態を維持して、次の戦いに臨む。艦娘達は夕食後に仮眠の時間も与えられるため、より戦いやすくもなるだろう。
夕食も全員揃って。伊豆提督やイリスも食堂で食事を摂り、こういう時でも交流は欠かさない。
特に元捕虜の面々とは、他の者と比べると少し深く接することで、その心境を聞き出しながらも、このうみどりに更に馴染みやすくなるように気配っていく。
これまで過酷なブラック鎮守府で駒として使われていた経験を持つ一同、提督という役職を持つ者からそのような扱いを受けると、どうしても驚きを隠せないようだが、すぐに慣れることも出来た。
これまでの提督と比べると、伊豆提督は自分を裏切るようなことはないと理解出来る。むしろ、比べることも烏滸がましいと思えてしまうほど。以前の羽黒の言葉を借りるならば、
故に、もう既に居心地の良さも感じることが出来ていた。ここに転属することが出来てよかったと、心の底から喜んでいる。
「この後は仮眠の時間を設けるわ。しっかり休んで、次の戦いに臨みましょ。もしかしたらまた裏切り者には逃げられているかもしれないけれど、蛻の殻ってことは無いはず。なら、そこにいる艦娘達は全員救わないとね」
それは当然、満場一致の意見である。救える者は、全員救う。それがうみどりのやり方。難易度が高いとしても、出来る限りのことはする。
「次の鎮守府がどういう状況かはまだわからないわ。何も連絡がないというのが不安要素ではあるけれど、終わったという連絡がない以上、まずは行って確かめなくちゃいけない。最悪は想定しているけれど、アタシ達の出来ることは、裏切り者がいる鎮守府を制圧することだけだからね」
何事もないことは、あり得ないだろう。そのため、今はなるべく
怪我人が出たならば、うみどりが救う。死者さえ出ていなければ充分だ。
「さ、それじゃあ、食べた子からお風呂に入って、一度仮眠をしてちょうだいね。何かあったら無理にでも起きてもらうことになるんだから、休める時に休むのよ」
「そういうハルカもさっきようやく休めたくらいだものね。睡眠の大切さは身に染みてると思うわ」
「ほんっとうにね。この戦いのせいで、お肌にダメージが入っちゃったわよ。スキンケアもやり直しなんだから」
少し戯けたことで、和やかなムードのままに、休息に入ることが出来そうだった。
この後の戦いがよりハードなモノになったとしても、一旦メンタルリセットをすることが出来れば、まだダメージは少なくなるはずである。
そしてまた時は流れ、深夜。日が変わって間も無いというくらいの時間。総員起こしではなく、警報が鳴り響くことで、艦娘達は目を覚ますことになる。
仮眠から目を覚まそうとしていたところでのコレだったので、うみどり内はスムーズに戦闘態勢に移行。多少バタつくことはあっても、すぐに工廠へと集まっていく。
「まだ現場まではそこそこ時間あったよな」
「なのです。でも、こんな時に警報ですから……襲撃ですよね」
「多分、な」
1つ目の鎮守府の時には襲撃によって進行を妨げられた。それと同様に、うみどりの参戦を防ごうと妨害しようという算段だろうと解釈する。
そういうことがあってもいいように、仮眠はわざわざ寝間着に着替えるようなことはしていない。余計な準備はせずとも、すぐさま戦闘準備が可能。
しかし、今回の襲撃は少々考えていたものとは違う様相。
「現れたのは敵艦娘とかじゃなく、深海棲艦よ」
妨害などではなく、はぐれ深海棲艦の出現。これまで無かったことの方が不思議だった、
敵鎮守府の攻撃では無かったのかと、安心すればいいのかわからない内容に息を吐く一同。だが、伊豆提督はそこからさらに続ける。
「ただ、これまでとは少し違う感じがするの。反応は確かに深海棲艦、イリスの目でもカテゴリーRとして認識されてる」
少し違うと称しつつも、全ての状況がそれは深海棲艦であるという認識に繋がるモノになる。
とはいえ、これまでには改造深海棲艦という、人為的に手が加わった深海棲艦が現れたりもしているため、そちらの類ではとも考えられる。
「セレスちゃんとムーサちゃんに見てもらうようにはしているわ。とくにムーサちゃんは忌雷の匂いもわかるし、それこそ深海棲艦に忌雷が寄生したとかの可能性もあるわよね。どういう方向で進んだとしても、これはどうにかしなくちゃいけない問題よ」
伊豆提督が違和感を持っているのは、その深海棲艦達の外見と部隊編成である。
姫はいないが、やたらと
例えば、今はうみどりにも保護されている戦艦ル級。大型の盾を持つ、黒髪ロングヘアーの美女であり、戦艦であることを活かした高火力高耐久を見せつけてくるのだが、今の敵深海棲艦群の中にいるル級は、盾は持っているものの、何故かショートカット。
例えば、イロハ級の中でも特に有名だと思われる空母ヲ級。頭に巨大な頭部の艤装を載せた、こちらは白髪ショートカットなのだが、ル級とは逆にロングヘアーな個体、もしくは2つに結んでいる個体などが見受けられる。
そして、その全深海棲艦に共通する異変もあった。それが、衣装と装備。顔に仮面のような艤装が張り付いていることと、艦種問わずに揃いの衣装を着ていること。どちらも普通なら考えられない。
深海棲艦の中には、軽巡ツ級のようにフルフェイスの艤装を被っている者もいれば、雷巡チ級のように口元だけ出した仮面を身につけている者もいるが、今回現れた深海棲艦はそういう個体ではないにもかかわらず、目元を隠すような仮面を装備していた。こちらが見えているようにも見えず、しかし明確に攻撃の意志だけは確実に見えるくらいに、深海棲艦特有の青い焔が噴き出していた。
また、衣装も多種多様である深海棲艦なのに、今はまるで共通の部隊ですと言わんばかりに同じ。全員が白い膜のようなレオタードと、ラバーのような質のタイツを穿いた姿。どちらかと言えば空母ヲ級を素体にしたような見た目である。
「忌雷ノ匂イハシナイヨー」
ここで、この戦場の状況を確認していたムーサからの報告。海域に僅かにでも忌雷の匂いがあれば、少しは感じ取れるモノなのだが、この嗅覚が異常に過敏なムーサですら、それが無いと断言するほど。
例えばこの辺りに忌雷が仕掛けられており、それをはぐれ深海棲艦が踏んでしまったことによる変質とかならば納得が行くのだが、忌雷の痕跡すら無いとなるとまた話が変わる。
「……難しいかもしれないけれど、あの深海棲艦達、
ここで伊豆提督は、相手が深海棲艦であっても、そのスタンスでの戦いを進めることにした。最悪な予想が正解だった場合、あの深海棲艦を撃破するのは取り返しのつかないことになりかねない。
「ならばこの白雲と」
「磯風の出番だな」
動きを止めることにおいて、この2人が最も頼りになる存在。白雲の凍結はそれまでも幾度となく実績を重ねているために信頼が高く、その範囲を拡張させられる磯風が組み合わされば、より大きな効果が得られるだろう。
今は完全に凍り付かせて動きを止め、進路から退かしておくことで後から対処する。その予想が当たっていないことを祈りながらも、やらねば先に進めないことを考えると、躊躇することも許されない。
「うまく止められたら、あの仮面を剥がせそうなら剥がしてくれないかしら。それで、確認出来ると思う」
何を、と誰もが思ったが、むしろ誰もが察した。
「その深海棲艦、
しかし、イリスの目ではカテゴリーRとなってしまっているのが気になるところではある。それはもう
忌雷に寄生され深海棲艦化した艦娘のカテゴリーは擬似的なK。人間に寄生した場合はYとなるのはこれまで何度も見せつけられているために、嫌でも理解出来ている。それが、純粋な深海棲艦となっているのはこれまでにないこと。
そして最も最悪な予想は、これまでにもあった曲解の、最低な使い方。『船渠』により、艦娘を資材として深海棲艦を生み出したという仮定。特異点Wでの戦いでも、仲間を資材として姫を生み出すような船渠棲姫がいたのだから、無くはない話なのである。
「これまでにも増して嫌な気持ちになりそうな戦いかもしれないけれど……進めていきましょう」
ここでの戦いは、裏切り者鎮守府との戦いの中でも、特に厄介な戦いになりそうだと、伊豆提督は溜息を吐いた。
まずはこの予想が外れていることを祈ることしか出来ないのだが。