後始末屋の特異点   作:緋寺

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深夜の影

 夜の後始末はまだまだ続き、ついに日を跨ぎそうな時間。残骸集めはようやく終わりを迎えた。合間合間に休憩を入れているとしても、ここまで連続で働き続けることは、深雪や電が知らないこれまでの後始末でもなかなか無かった。

 

「お疲れさん電。流石にキツいだろ」

「は、はい……大分、キツいのです……」

 

 これが初めての後始末となる電は、流石にここで疲労が顔に見えるほどになっていた。ここまで頑張っただけでも充分すぎる。

 やると決めたからには最後までやろうと決意したものの、体力はその決意に追い付いてはくれない。そのため、やりきったということで電はここでリタイヤとなった。

 電には精神的な疲労もあるため、最初から体力があったとしてもここまで長くは続かない。

 

 対する深雪も、疲労を隠し切れてはいなかった。当然ながら新人も新人の深雪には、ここまでやりきるだけのスタミナは備わっていない。しかし、電の前というのと、単純な意地でここまで来ている。

 そのせいか、逆に()()になってきていた。これは後からどっと疲れが来るタイプ。那珂とのアイドル活動の時にも近しいことが起きていたのを思い出していた。

 

「あたしも結構キテるぜ。でも、もう一踏ん張りしてみる。あたしに作業があるかは知らないけど」

「だ、だったら電も」

「お前は休んでおけって。ここで無理したらぶっ倒れるぞ」

 

 深雪がやるなら電もと、休憩していたのに腰を上げようとしたため、深雪がそれを押さえ込む。深雪はまだ大丈夫かもしれないが、電は本格的に倒れる寸前まできていそうであるため、しっかり休ませないと以前の深雪のように倒れることになるだろう。

 

 だが、深雪が働くという限り、電もやろうとするだろう。そうなったら、選択肢は1つしか無い。

 

「うし、じゃああたしも休むことにする。キツいことには変わりないし、電を放ってはおけないからな」

 

 そもそも伊豆提督から、どうしても無理なら仮眠を取るように言われている。おそらく、今がその時。

 実際、この旨を仲間の艦娘達に話したところ、むしろここまでよく頑張ったと驚かれたくらいだった。

 

 実は夜の後始末、熟練者でもかなりハードなのである。灯りがあるとはいえ、夜の作業というのは神経を使うため、メンタルにもフィジカルにも負担がかかるもの。ただでさえ作業そのものが重めな長門や、夜間哨戒をしながら穢れを浄化する加賀は、明らかに疲れを見せ始めているくらいだ。

 そもそも大規模であるのも効いている。休憩を取りながらとはいえ、昼過ぎくらいからずっとここまで続けてきたのだから、疲れていないわけがないのだ。

 

「それじゃあ、ちょっとだけ仮眠取るか。30分くらい、だな」

「それだけで疲れ、取れるのでしょうか……」

「まぁ寝ないよりはマシなんじゃないか?」

 

 実際、ドックに入っているわけでもないので、仮眠で疲れが取れるかと言われればそれまでである。むしろ、中途半端に寝た方が頭がボヤける。

 工廠の端に、小休憩スペースまで作ってあるため、二人してそこへ。毛布を被って並んで眠ることになる。目覚ましがそこにあるわけではないのだが、気付いたものが適当なタイミングで起こしてくれるということで、安心して目を瞑った。

 

 

 

 

 しかし、二人の眠りは意外な声によって妨げられることとなる。時間的には十五分ほど。そこそこスッキリ出来るくらいの時間ではあるのだが、それどころではない騒がしさで目を覚ますこととなった。

 二人の側にいたのは、うみどりの仲間で言えば伊豆提督。そして、ここで救われた榛名達の艦隊の面々である。他の者達は全員海上に出ているものの、うみどりから見えるような範囲にいる者の方が多いくらい。

 

「え、なになに、どうしたんだ」

()()()()がまた現れたわ」

 

 以前の後始末の現場でも現れた謎の艦影。その時と同じ存在かはわからないが、またもや現れたのだと伊豆提督は話す。

 

 前回と同様、イリスの視界の外であるためカテゴリーはわからず、今回は加賀の哨戒機がその影を発見したという。

 うみどりの探照灯が届かない場所におり、哨戒機の妖精さんのみがそれを認識した状態。あくまでも、()()()()()と気付いた程度。

 

「……っ」

「深雪ちゃん……?」

「いや、なんでもねぇ。焦って出て行っても意味が無いないのはわかってる」

 

 深雪はまたもや身体が動きかけたが、すぐに自制した。隣に電がいるというのもあるが、神風からも言われているのだからここでまた暴走はあり得ない。

 三度目にして深雪は自分を抑えつける力を獲得している。まだ影を見ただけという状態なのだから、急ぐ必要もない。その上、深雪自身にもそこまでやっていける実力もない。

 

 故に、ここからは伊豆提督に現状を聞くことしか出来なかった。その手には、海に出ている艦娘達と話が出来るように、通信機器も手元に置いているようであるため、逐一状況は確認出来ているようだった。

 

「追ってるのか?」

「ええ、勿論。今回はニムちゃんとフーミィちゃんも向かってるわ」

 

 前回は結局逃してしまったが、今回は話をするためにもうみどりに来てもらいたい。それがカテゴリーMだとしても、猪突猛進的に憎しみを晴らすために突っ込んでくる他の者達とは違い、遠目から観察して去っていくくらいに考えを張り巡らせることが出来るというのだから、多少は話がわかる相手であるはず。

 そのため、まずは何人かがかりでその謎の艦影を()()()()()()ところから始まる。海上艦だけでは前回の二の舞になるかもしれないため、潜水艦の二人もその影を追うために動き出しているとのこと。

 

 その結果、後始末の作業が一時的に中断されている。また、何かの間違いでいつものカテゴリーMのような突撃をしてくる可能性も考えて、休憩していた深雪と電にも守りをつけていた。

 

「今回は、話くらいはしたいわね」

「ああ……敵対なんて気分が悪いだけだ。あたしは説得するんだって決めてるからな」

 

 敵性艦娘であるカテゴリーMも、話くらいは出来るはずと気合を入れ直す深雪。

 カテゴリーWからの説得で、考えを変えてくれるかもしれない。そうならば余計な戦いはしなくて済む。同じ純粋な艦娘同士なのだから、争う必要など無いのだから。

 

『こちら加賀、提督、聞こえていて?』

 

 ここで工廠内にわかるように加賀からの通信が響き渡る。伊豆提督だけでなく、ここにいる全員に知ってもらえるように、通信をスピーカー側に切り替えているらしい。イリスがここにいないのは、その辺りの制御やカテゴリー判断のため。

 

「ええ、聞こえているわ。何かあったかしら」

『謎の艦影の姿を捉えることが出来たわ。妖精さんからそちらに送られるから、確認してちょうだい』

 

 真夜中ではあるものの、妖精さんの力に不可能は無いようである。むしろ、最初からこう出来るように準備をして哨戒に向かっていたのだから、見かけることさえ出来れば、その姿を確実に収めることが出来る。

 とはいえ、夜の暗がりの中での撮影である上、妖精さんも謎の艦影も動きながらの撮影だ。姿がブレブレになってもおかしくはない。妖精さんクオリティでも出来ることと出来ないことがある。

 

 加賀のその通信の直後に、伊豆提督の持つ端末にデータが転送されてきた。工廠で作業をしていてもいつでも艦娘達と話が出来るように持っていたそれは、殆どスマホと同じ。画像もしっかり取得出来る。

 

「……これは……確かに艦娘ね」

 

 ここにいる者達に送られてきた画像データを見せる。

 

「マジだ。これ、間違いなく艦娘じゃん」

 

 そこに写っていたのは、どう見ても艦娘。深海棲艦ではない。しかも、前回に見たという神威の哨戒機の妖精が伝えていた通り、影の大きさ的にも駆逐艦と思われるモノ。

 そこからさらに情報として増えているのが、その姿や詳細。妖精さんの撮影であるお陰で、多少ブレていても、わかる者ならそれが何者であるかはわかるくらいには上手く写っていた。

 

「これは、()()()()()()()

 

 その艦娘の名を呟く伊豆提督。深雪達にはその名前を聞いてもピンとも来なかったが、同じように見ていた榛名達は、その名前に覚えがあるようである。

 

 嚮導駆逐艦Ташкент(タシュケント)。深雪達とは違う、北の国出身の艦娘である。実艦としては普通の駆逐艦より大きな、それこそ軽巡洋艦に匹敵するほどの艦体を持っているのだが、艦娘となるにあたり、駆逐艦という艦種に準じて体格は駆逐艦と言えるほどになっている。とはいえ、うみどりに所属する中でもそれなりに身体が大きい秋月と同じかそれ以上に見えるため、駆逐艦としては大きいサイズ。

 その特徴として、実艦準拠であるとするならば、パワフル、かつスピーディー。一度に多くの兵装を装備することが可能、かつ、高速力も実現しているという、かなり強力な艦娘である。その力を用いれば、砲雷撃戦で活躍することは当然として、兵装次第では対潜にも対空にも参加出来るという万能艦娘なのだ。

 

「ドロップ艦である可能性が格段に上がったわ」

「そうなのか?」

「タシュケントは特殊な艦娘でね、その適性を持つことが出来る人間が少ないのよ」

 

 艦娘となれる人間には、その艦娘と()調()出来る適性が必要である。艦娘になれることと、()()()()()()()()()()()は、似ているようで全く違う。後者は不可能と言っても過言ではない。言ってしまえば、小柄な者に戦艦は難しいし、逆に大柄な者に駆逐艦は難しい。しかし、艦種が決まってしまえば、どの駆逐艦に適性があるかとなるとそれなりに選択肢が与えられることも多い。

 しかし、タシュケントという艦娘の適性は非常にシビアだった。それが、その実艦準拠のスペックである。小柄だと耐えられず、大柄過ぎても駆逐艦の範囲を超えてしまう。その上で器用さも必要であり、膂力もある程度必要。そして何より、タシュケントの艤装は()()()()()()()。自身と同じ国の出身者でないと、適性を齎さない。

 結果として、タシュケントを運用出来ている鎮守府は非常に少ない。うみどりは勿論のこと、榛名の所属する鎮守府にも、保前提督率いる軍港鎮守府にも、タシュケントの姿は無い。

 

「だとしたら……確かにあれはドロップ艦、だよなぁ」

「電達と同じって可能性は無いのですか?」

 

 榛名達の前で堂々と話しているが、深雪と電がカテゴリーW、つまり敵性ではない純粋な艦娘であることは公表されていることなので何の心配もない。

 

「まだわからないわね……。イリスの目が届く範囲まで来てくれればわかるんだけれど、今のままでは何とも言えないわ。勿論、あちらに戦うつもりがないなら、こちらから手を出すことは絶対にしない。まずは対話からよ」

 

 深雪が説得するという以前に、うみどりのスタンスはまず対話だ。聞く耳持たずに人間を滅ぼすというのなら、本当に仕方なく交戦というカタチになってしまうのだが、逆に言えば、そこまで行かない限り絶対に手を出さないということ。

 

「あたし達は情報を待つしかねぇよ。電、今は身体を休めるためにもここで待とう」

「……なのです」

 

 そのタシュケントがどのような存在であるかが気になっているのか、少し俯く電。この世界の真実を理解したため、仲間同士なのに争わなければならない可能性に心を痛めている。納得しろとは言えない。しかし、ある程度は妥協もしなくてはならない。優しすぎる電には、これが一番心苦しい。

 

 だからこそ、深雪がそっと手を握る。せめて落ち着けるようにと。

 

『こちらニムでーす! 提督、聞こえる!?』

 

 今度は伊26からの通信。その声色は少し切羽詰まっているようなもの。

 

「ええ、どうかしたの?」

『フーミィちゃんが全速力で追ってるんだけど、全然追いつけないの! あの子、速すぎるよ!?』

 

 元々かなり速いと言われていたが、海中では最速を誇る伊203でも引き離される一方であるとの報告を受けたことで、これは話をすることは出来なそうであると悟る。

 しかし、それだけでは終わらない。

 

『あとあと、()()()()()()()()()()!』

 

 空気は一変する。その艦娘──タシュケントは、現れた深海棲艦に見向きもせずに撤退。代わりに、深海棲艦はうみどりの光に導かれるように向かってきている。

 伊203もこうなってしまったら急速反転し、うみどりに向けて撤退。ここで深海棲艦を野放しにしていると、うみどりを襲撃されて大惨事に発展する。

 

 

 

 

 だがここで、新たな部隊が参戦する。

 

『えっ、えーっ!?』

「ニムちゃん、何があったの!?」

 

 伊26の絶叫と共に、通信の先で轟音が聞こえる。そして、伊26の通信越しに、伊豆提督も知る声が響いた。

 

 

 

 

『海洋調査艦おおわし、増援として参上だぁ! ハルカ先輩、手助けいたしますぜぇ!』

 




謎の艦影の正体判明。速い駆逐艦といえば島風とかだと思いますが、ここは42ノットを叩き出したタシュケントとなりました。
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