敵からの攻撃の第一波、まだ憶測にすぎないものの、『通信妨害』を受けたことで、こだかとの通信が不可能になった。とはいえ、互いに目と鼻の先にいるのはわかっているため、通信を使わずとも対話が出来ないわけでは無い。
うみどりに備わっている電探もこの妨害により間違った情報を出しかねないということで、イリスはデッキへと移動。艦内放送すら間違った言葉になることを恐れ、護衛がてら言伝が出来る者を近くに置く。それに最も適任なのは、身軽な上にカテゴリーWとなった子日である。
「まだ哨戒機は飛ばしてる?」
夜のデッキには、本来この時間ではあまり力を発揮出来ない空母隊が揃っていた。加賀は夜戦用の改二戊へと改装済み。他の者達も出来る限り夜戦に対応出来るように夜間作戦航空要員を使用。特殊な妖精さんの力を借りて、今この時間でも十全の力を発揮するために動いている。
「ええ、哨戒は怠っていないわ」
「敵の攻撃を受けてる。おそらく通信妨害。すぐそこにいるこだかとの通信が滅茶苦茶にされたわ」
それを聞いて、加賀は顔を顰めながら、だったらと続ける。
「もしかして、妖精さんからの通信も正確ではないかもしれない、ということかしら」
「それも考えられるわ。勿論、こちらからの通信もね」
帰ってこいと言ったところで、それは妨害によってしばらく戻らずに周辺警戒をしろに勝手に変えられる可能性も高い。ただ言いたいことを逆にするのではなく、
「……まずいわね。妖精さん達がそれを察してくれればいいけれど」
「私達よりは察してくれやすいとは思うわ。ただ、それでもすぐには気付けないと思う。だから私もここに来たの」
「イリスがここに来るくらいだものね。もしかして、電探とかもまずいのかしら」
「憶測の域は越えないけれどね。あとは、タシュケントも気付いてくれればいいんだけれど」
すると、夜の海にチカチカと光るモノが見えた。それは明らかにこだかの方から。
「随分と原始的な方法を選んでくれたわね。なんて言ってもこちらも同じ選択をしたのだけど。子日、お願いしていいかしら」
「にゃっほい! でも子日、簡単な信号しか知らないよ?」
「大丈夫よ。私が言うように光を点滅させてくれればいいから」
子日はイリスに言われるがまま、持ってくるように言われた探照灯を点けたり消したりした。時には長く、時には短く点灯させ、こちらの意思を伝えるように。
「タシュケントも流石に通信がおかしくなったことがわかったみたいね。しばらくはこれで、モールス信号で通信するって来たわ」
「そうするしかないんですね……私達の時代でも稀でした。艦載機同士ではよくあることみたいですが……あっ!」
こだかとの通信を原始的なモールス信号で実施すると決めた時、空母隊の翔鶴が閃いた。
「艦載機にもモールス信号を送りましょう。それなら、妨害を受けずにこちらの意思が伝わります」
「そうね、それがいいわ。あちらにもこちらの通信内容がバレる可能性があるけれど、今は躊躇ってはいられないわね」
「はい、懐中電灯でも何でもいいので、光をが空に送れれば……」
「探照灯でいいわよね」
そこに現れたのは、フル装備の暁と、その護衛の綾波。まだ艦内の誰にも話していないのに、よくわかったなとイリスは少し驚いていた。
だが、よくよく考えてみれば、夜はうみどりよりも軍港鎮守府の面々の方が得意である。特に、今もうみどりに協力してくれている
「川内さんが異変が起きたって言い出したの。なんか、通信機器にノイズが走ったって」
「で、念のため綾波達の鎮守府に連絡を取ろうとしたら、うまく出来なくなってたんですよぉ。うちの司令が絶対に言わないようなことを言ったので、ああこれ通信がおかしくなってるなって〜」
「川内さんの通信機器は、暁達が使ってる中でも特に性能が高いヤツで、川内さんもすっごく念入りに整備してるから、こんなことが起きるわけが無いって断定したの」
そこからは、伊豆提督やイリスが考えた通りのことを実行に移そうとした。暁の艤装にはデフォルトで探照灯が接続されているため、それによってモールス信号を送ること。今回はイリスの方が先に動いたというだけで、答えは全く同じである。
こだかにメッセージを送る、艦載機に指示を出す、デッキから周囲を確認する、やりたいことの全ては探照灯で可能。暁にすぐそれをやるように指示を出し、川内自身は伊豆提督に報告。そこからは忍者の本領発揮と、艦内を動き回って伝令役を買って出た。
「それでも一手遅れるのは仕方ないわ。艦内放送もやってみるつもりだけれど、それが正しい情報になるかはやってみないとわからないわ」
それについても、今艦内を駆け抜けている川内が仲間達に通達してくれていると、暁が説明した。夜の川内は通常の倍は冴えているから信じていいとまで。綾波ですらそれを納得するくらいなので、それならばとイリスは川内に艦内伝令を託し、自分がやれることを始める。
「空母隊は哨戒を一度キャンセル、艦載機を戻して。暁に信号を送ってもらえば大丈夫ね。子日は今はこだかとの通信をし続けるわ。私の言う通りに点滅させてちょうだい」
通信が信用出来なくなった今、やれることは原始的な手段のみ。だとしても、騙され続けるくらいならば、その手段で前へと進んでいく。
通信妨害の件は、川内が本当に艦内の全員に通達し、通信を使わずとも指示が出せるようにするために工廠に向かうように指示。まだ戦闘中ではないにしろ、既に一触即発の状態になっているのは間違いなく、いつまた戦いになってもおかしくない状況に緊張感が高まっていく。
「通信が出来ないって、普通にまずくないか」
「なのです。遠くの仲間とも話が出来ないというのは、最悪増援も見込めないのです」
「それか、撤退しないといけない時に出来なくなったりするよな」
今回はこの大規模な敵の能力を目の当たりにし、これまで以上、鎮守府攻略戦の中でも特に大きな戦いになると見越した全力投入。深雪も既に深海棲艦化し、真っ先に戦えるように準備をしている。
他の者達も、今回ばかりは全員が出撃の可能性すら考えて、万全の状態でその時を待つ。一度戦えば休息の時間が必要になる神風も、今回は全力出撃。刀だけではなく、主砲まで準備したフル装備である。
通信妨害で外部の鎮守府との連絡が取れないということで、増援は最初から絶望的。通信が出来ていると思っていても、それ自体がフェイクに差し替えられているため、そもそもが通信が出来ておらず、こちらには誤情報しか流れていないと考えるのが正しい。また、適当なことをすると陸の鎮守府側にも誤情報が流れることにもなりかねない。まだこの妨害の全貌が見えていない以上は、どうしても慎重に行かざるを得ない。
「叢雲、お前も出るのか?」
そんな準備の中、艤装の準備をしている叢雲に、深雪は少し驚きつつも参加してくれることを喜ぶ。
前を向いただけでなく、これからの戦いに身を投じ、うみどりのため、延いては世界の平和のために力を貸してくれるくらいにまで精神的に回復してくれたのは、非常に喜ばしいこと。
「……ええ。これも、私が与していた組織のやらかしなのよね。なら、罪滅ぼしのためにも参加したい」
自分の手を見つめ、少し言い淀んだ後、その手をグッと握って決意する。
「これ以上、被害者が増えるのは見たくない。それを私の手で止められるっていうなら、私はそれを選ぶわ。
力強い瞳、真っ直ぐ未来を見ているとわかり、深雪はニッと笑って頷く。
塞ぎ込んでいた時とは雲泥の差。やるべきことを見据えた叢雲は、これまでの後悔しかない選択と経験を前に進むための原動力へと変え、艦娘としての新たな道にまた一歩踏み出した。
これから起きることは、まだまだ辛いことばかりだろう。だとしても、もう後ろは振り向かない。いや、振り向いている余裕なんてない。だからといって、気負いすぎない。
「それに──私の手に入れた力は、多分、役に立つわ」
カテゴリーWとなったことで手に入れた、叢雲の能力。忌雷を3つ寄生させた時に得た3つの能力とは完全に別モノの、
待機中の時間に主任に説明を受け、どんなことがやれるかを少しは試し、その力がどれほどのモノかも一応は把握している。
「まだ聞いてねぇんだけどさ、お前、どんな力を貰ったんだ? あたし、特機は渡せるけど、そこから先って全然わかんなくってな。教えてもらわないといけないんだよ」
「……それは」
深雪と電に、叢雲は自分の力を伝えた。自分のわかる限りではこういう感じに使えると。
それを聞いた深雪と電は目を丸くした。あまりにも強力な力故に、叢雲自身も大きく消耗するため、多用は出来ないというデメリットもあるほど。
「す、すげぇ、叢雲お前、やべぇぞそれ」
「代わりに、一戦闘一回だけの大技よ。消費が激しすぎるみたいだもの。多分使ったら私はその場で倒れるわ」
それだけのデメリットが許容される程の超強力な力。深雪も電も納得である。ただし、この戦場でそれが何処まで通用するかはまだわからない。まずは叢雲は通常の戦闘を続けて、いざという時にそれを使うということで、伊豆提督からも許可を貰ったようである。
使わないなら使わないに越したことはない。倒れる前提、全体力を消耗して発動する力なんて、頼りすぎたら叢雲に毒である。
「だから、先に深雪にはお願いをしておく」
「お願い?」
「グレカーレからも聞いてる。それを使う時は、深雪の煙幕で拡張してほしい。あの子の『羅針盤』みたいに」
仲間となったことで、その辺りもしっかり聞いているのだろう。深雪が出来ることも先に把握しておき、戦闘では邪魔をしないように立ち回れるように。
「わかった、その時は任せろ。代わりにあたしからもちゃんと言っておくぜ」
「……なに?」
「それを使わなくちゃいけないかもってことはいつも考えて、絶対に死ぬなよ。罪滅ぼしっつってたけど、そうじゃねぇ。みんなのために戦うんだ。後ろめたい気持ちじゃなく、前向きな気持ちで戦え。その方が、力が出るぜ」
深雪が拳を突き出す。いつもの気合入れ。
「電も、深雪ちゃんの意見に賛成なのです。電達は、前に進むために戦っているのです。嫌なことがいっぱいあるかもですけど、だからといって逃げることはしない、みんなのために、電達は前進あるのみ、なのです」
電も拳を突き出した。ここからの戦いは、絶対に生きて帰らなくてはいけない過酷なモノ。だとしても、覚悟を決めて、後ろを向かず、勝利の道をひたすら進む。その思いを原動力に、後ろめたい気持ちは一旦置いておいて、共に戦おうと。
叢雲はクスリと笑い、その拳に自らの拳を突き合わせた。2人の思いやりも理解し、自分も覚悟の上でこの戦いに身を投じるのだ。2人の言葉で、より覚悟が決まった。
そして、この時この瞬間、うみどりの外で起きる爆音。明らかにうみどりを狙った砲撃の音。通信がやられているせいで、敵の接近をいち早く通達されない過酷な状況。
「遅くなった! もうわかってると思うけど、敵が近付いてきてる! 戦闘準備!」
川内の声が響き渡る。艦内を動き回って状況を伝え続けているものの、どうしても遅れが出てしまっていたことを詫びながら、足を止めずに次の通達のためにさらに走った。
「っし、じゃあ本番だ。相手がどんなヤツでもやることは変わらねぇ」
「なのです。救えるなら、全力で救うのです!」
「……お人よしね。でも、私もそれに救われた。なら、そのやり方は正しいってことよね」
こうなってから初めての戦闘に、叢雲も息を整えた。辛く苦しい戦いなのはわかっている。でも、深雪と電が手を引いてくれるだろう。それなら進めると、叢雲は気持ちを新たに前を向いた。
戦いはここから。門を開いたら、すぐそこにある。