5つ目の裏切り者鎮守府攻略戦が開幕。うみどりから出撃した深雪を筆頭とした遊撃艦隊は、最前衛の時雨達の助けもあり、これまでにないスピードで前進することが出来ていた。
現れるのは艦娘を改造した深海棲艦ばかり。その実力は、見た目は姫のように見えるが全てがイロハ級。ある程度は制御されているようだが、本来の艦娘としての実力を発揮することも出来ず、足止めはしてこようとしているものの、トラとの序列によって動きが鈍くなることもあり、苦戦を強いられることもなく前進を続けることが出来ている。
「今はこちらのことを見続けているのです……?」
進みながらも、夜の海から空を見上げる電。雲一つないというわけではない、むしろそれなりに雲があるくらいの空には、見えないくらいの高い場所に夜偵が飛んでいる可能性が高い。
空母が放つ艦載機は、うみどりに近付くモノは全てを居相姉妹が撃ち墜としているが、その範囲を上回る程に高い位置を夜偵が陣取っているというのなら、その限りではない。
改造した艦娘をただ嗾けてきているのは、単純な
「最初の白雲ちゃんと磯風ちゃんの連携もすぐに対応してきたのです。しっかり見ている証拠なのです」
「最初は確かにそうだよな。こっちの出方を見てきてやがる。でも今はなんつーか……」
「情報そっちのけで、こっちの消耗を狙ってる、みたいな感じ?」
グレカーレもそれは気になってきたようで、ちょいちょい出てくる割には、その力が強くなっているようには思えなかった。
時雨と夕立が軽く捻る、トラの砲撃により一撃で終わらせる、前衛で終わらずとも白雲と磯風との連携で凍らせる、と今ここでやれる手段はそこまで多く見せていない。そこまで力を発揮する必要もなく淘汰出来るのならば、出来れば手札を見せずに進みたいもの。
とはいえ、その手段を使えばそれだけ消耗はする。鎮守府に辿り着く頃には、それなりに力を使い込んでいることになるため、十全で乗り込むことは出来ないだろう。あちらはそれを狙っているのだろうかと、また来た深海棲艦を気絶させながら考える。
「情報も、消耗も、でしょうね。疲れてきたら、どんな戦い方をするか。そういうのも見てるんじゃないかしらね」
そんなグレカーレに答えるのは、刀ではなく装備してきた主砲で深海棲艦達を攻撃している神風。刀を使わせたらもっとあっという間に終わるのだろうが、それは過剰な消耗にも繋がる。そのため、普通に戦闘すること自体が温存となる神風は、刀を握ることなく砲撃のみで対処していた。
まだまだ本気は出さない。本気を出すなら、敵鎮守府に確実に近付いてから。それを意識していれば、神風は誰よりもスタミナが続くだろう。
「出方を知られようが、やることは変わりませぬ。白雲は敵という敵を凍らせる。ただその一点のみで戦い抜くしかありまけぬ」
「ああ、そして私はそれをサポートするのみだ。不器用とは思うが、それが最善だからな」
代わりに出力を調整する方向で消耗を抑えるのが白雲と磯風である。磯風に至っては搦手も何も無いというのもあり、それくらいでしか抑えることが出来ない。もしくは普通に砲雷撃戦をするくらい。
真っ先にその手段があちらにバレてしまっているわけだが、『凍結』と『空冷』はわかったからといって回避出来るような力では無い。ならば、いつも通りの力押しでとりあえずは何とかしていく。ここまではそれでどうとでもなった。
「いつも通り、やれることやって前に進むしかねぇよ。こっちはなるべく消耗を抑えて、まずは本拠地に辿り着かねぇとな」
「なのです。そこからが本当の戦いの始まりなのです」
それだけは肝に銘じて。楽観的ではなく、それがベストだと考えて、その足を止めることなく突き進むのみ。元凶を叩かなければ、この戦いは終わらないのだから。
そこからさらに進むと、最前衛である時雨達が戦闘を終わらせた後、深雪達との合流を待ち構えていた。
敵鎮守府到着までは先行するが、突入は一緒に。流石に少数精鋭で突撃は危険すぎる。それが可能な戦力だったとしても、万が一を考えればある程度の人数を集めてから向かった方がいい。
そして、時雨達が止まっているということは、敵の本拠地がその目に見える場所まで来たということ。ついに来たかと、深雪達も覚悟する。
「時雨! 合流だ!」
「ああ、ここからならもうアレが見えるからね。……君達が見て、アレは
アレと言われて顎で視線を誘導される。夕立やトラも、その鎮守府を見てどう行こうか考えてしまっているようである。トラはさておき、夕立がそれを考えているということが非常に珍しいこと。どんな敵でも真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすが基本な夕立が
「……なんだありゃ……」
それを見て、深雪も困惑の声を上げた。
これまで3つ──そのうち1つは眠っていたから深雪は見ていないが──の鎮守府を攻略してきたが、その全てが外見だけは似たようなモノだった。外もそうなら中もそう。通路の幅から地下通路の存在すら同じ。部屋の配置などに一部差異はあれど、鎮守府というものはそういうモノだった。
しかし、目に入ったそれは、明らかに鎮守府とは言えないモノへと変化を遂げていた。それを一言で言い表すならば──
「
陸上施設型の艤装である。深雪や電は、これまで陸上施設型の深海棲艦の艤装は、黒井兄妹が囚われていた港湾水鬼の艤装くらいしか見たことが無いのだが、それくらいの基礎知識でもそれを艤装と称するくらいにおかしな形状をしていた。
まずいの一番に目に入ったのは、本来の鎮守府とは似ても似つかない色合い。錆びた鉄のような赤黒さや、ヌルヌルとしていそうの質感の外壁。普通の素材とはまるで違う、鉄なのかもわからないナニカ。時折、赤黒く脈打つように発光するところからして、それは
さらに、本来なら工廠とおぼしき場所に存在する巨大な歯。深海棲艦の艤装にはよくある意匠であるのだが、鎮守府として考えるのならばあり得ないモノ。その奥からは赤黒い腕の存在も見え隠れしていた。口の中から手が出てくるという異形は、それだけでも恐怖感を擽る。
また、それが艤装なのではと思えてしまう要因の最たるモノは、それだけの大きさに見合った、見上げんばかりのサイズの腕が一対備わっていることである。拳1つで数人の艦娘なら一撃で屠ってしまうほどのそれは、無闇矢鱈に近付いたら一撃でやられてしまうだろう。それに掴まれても終わり。強く握り締められたら、肉片すらまともに残るかわからない。
総じて、それは鎮守府というよりは艤装と呼んだ方が早かった。あまりにも異常なサイズに、時雨達も前進を躊躇ってしまったようである。
「……アレがここの鎮守府だってのか」
「多分だけれど……アレはもう中で住むとかは出来ないと思うわ。入り口なんて見えないでしょ」
流石の神風も、あのサイズの艤装を見るのは初めてだと苦笑する。しかし、その艤装の形状を見たことがないとは言わない。記憶の片隅に残っていた深海棲艦の名を語る。
「トーチカ要塞棲姫っていうのがいてね、アレはそれの艤装にかなり似てる。いや、まぁ、あんなに大きくは無いんだけどね」
かつて確認された姫であり、その名の通りトーチカ──コンクリートなどで硬く覆われた陣地を艤装として持つ陸上施設型の深海棲艦。名前通りの強固な耐久力を誇る存在で、対策をしっかり積んでいないと、ダメージを与えることすら難しくなる難敵。
そしてそれは、
艤装が鎮守府を呑み込んでしまっているなんてことは、これまでに見たことがなかった。それこそ、ここの鎮守府にいる何者かの力なのではと予想はつくが、それでもこの異常性は言葉に出来ない。
「あれでも艤装ってことは、本体が何処かにいるってことだよな。まさか本体も馬鹿デカいとか……」
「それならここからでも見てわかるだろうに。僕らには艤装に見合ったサイズの深海棲艦は見えないだろう?」
「そ、そりゃあそうだよな。そんなんいたらここからでも見えるよな」
本体は通常サイズで、艤装だけがとんでもない大きさになってしまっていると考えるのが妥当そうである。それでもおかしな話なのだが。
「強いて言うなら……『拡張』かしら。その力を大きく使うために、艤装そのものが巨大化した。その結果、鎮守府そのものを
神風の憶測は、敵の能力が『拡張』、ただその規模を大きくすることに特化した能力ではないかということ。これまでの曲解を考えると、ただ一点を極端に考えることがその能力に繋がるのだから、これもまた間違っていない可能性はある。
「だとしても、ありゃあ異常だ。単純にデカすぎる。しかも下手したら自己修復も」
「あるでしょうね。しかも主砲まで大きくなってるから、あんなのもう列車砲よ。ううん、それよりも大きい。口径何センチよアレ」
言っていても仕方ないのだが、そうやって口に出しながらでも攻略の手段を考えていきたい。まず間違いなく人数はこれでは足りないだろう。艤装に傷をつけるどころか、近付くことすらままならないかもしれない。乗り込むにしても難しい。
故に本体を探すしかなくなったのだが、まだ遠く離れているためにすぐには見つからなかった。もう少し近付いて、初めて陸の全容も見えてくる。
「あと気になるところは……あのトーチカ、
艦娘に忌雷が寄生した場合、艦種詐欺になることも多くあるとはいえ、陸上施設型になることはなかった。もしかしたら前例が無いだけかもしれないが、カテゴリーYでしか確認はされていない。
となると、あのトーチカはカテゴリーG、人間である裏切り者の提督が、自らに忌雷を寄生させたことで変化した存在なのではと予想が出来る。
「……寄生させてる忌雷、1つだけじゃないかもしれないわね」
ここで叢雲が重い口を開いた。自分にも起きた、複数寄生による変化。身体が強制的に成長させられるような、忌雷に見合った身体にされる強制変身。子供の身体とも言える駆逐艦で戦艦の力が手に入ったくらいだ。大人の人間ならどうなるか。それこそ突然変異くらい引き起こすのではないか。
「どうであれ、これは攻略厳しいぞ。一度ハルカちゃんに連絡……あっ」
「通信は妨害されてる。このことをすぐに伝えることは出来ないわ」
さらには通信妨害が足を引っ張る。
「これで通信妨害しながら間違った指示を与えて、敵の餌食にされたってのが妥当かしらね。私達みたいに、割とすぐそこに鎮守府があるわけじゃない。ここまで遠征してきてるようなモノだし、一度戦うように仕向けた結果、何も出来なくて呑み込まれた……憶測とはいえ、よく出来てるわ。気分が悪いくらいに」
独断で撤退を考えてもいいだろうが、通信妨害されているとわからなければ、普通に連絡が出来た上で、指示に従って戦闘を続けたというだけ。それが敵の思うツボだっただなんて、気付けるわけがない。
「でも、私達はこれが罠だってわかってる。ここまで来たけど、一度戻ることを私は提案する。このまま行くのは無謀すぎるわ。最悪、誰かが取り込まれるわよ」
神風の言うことはごもっともである。確実に行くなら、ここで撤退を選択するのが得策。
「……だな。通信もまともに出来ないなら、一度戻ってハルカちゃんに話を聞くのがいい」
「決まりね。戻りましょ。これは撤退じゃないわ。言うなれば、後ろに向かって前進してるの。だから夕立、貴女も残念がらないでね」
「ぽーい。流石に夕立もアレは無理かなって思ってたっぽい。神風が言うなら撤退でもいいよ」
夕立ですら肯定するならば、撤退しない理由は無かった。
「叢雲の
「……ええ、それに、その後も考えないと。一回しか使えないし、私はそこで倒れるわ。足手纏いになるんだもの」
「なら、しっかり策を練るしかないな」
満場一致で撤退を選択。悔しい思いなど微塵もなく、勝利のために、後ろに向かって前進である。
帰れば、また来られる。退くのもまた戦術である。