裏切り者の鎮守府に辿り着きそうなところまで来た深雪達であったが、そこにあったモノ──鎮守府を呑み込んで超巨大化したトーチカ要塞棲姫の艤装を見たことにより、今のままでは勝てないと判断、ここで撤退を決断した。
無理して突っ込んでも、あちらの艤装を突破出来そうに無い。その上で、未だに各種能力を発揮している者が何者かもわかっていない始末。せめて、超巨大艤装の突破方法を考えてからでなくては向かえない。
そもそも最前衛と遊撃艦隊合わせて10人では、鎮守府大の敵を斃すのは流石に厳しい。あの夕立が撤退に賛成するほどなのだから、その手に負えなさがわかる。
一度この場でうみどりに連絡がしたいところだが、通信妨害までされているため、やはり戻らなくては話も出来ない。
「あとは素直に逃がしてくれるかだけどな」
おそらくここまで進んできたことも夜偵によって監視させ続けている。つまり、ここで踵を返すとわかったのならば──
「来たね、敵が」
案の定、トーチカ要塞棲姫の艤装の麓、遠目にもまだ見えないところではあるのだが、そこからここぞとばかりに敵が出撃してきていた。ここまで来たのだから、もううみどりには撤退させないぞと言わんばかりに。
これもまた、先にここで戦っていた艦娘達がやられた戦術であると言えよう、近付くだけ近付いて、トーチカを確認して拠点に連絡しても誤報がばかりとなり、それに気付かず撤退に遅れたのならば、ここから現れる
しかし、命は奪われるようなことはなく鹵獲され、改造によって深海棲艦化、そのまま敵の尖兵として活動するようになっておしまいである。
「優先は逃げることの方がいいわね。ここで別に敵を斃す必要はないわ」
「ああ、ならあたしが撒く」
ここはやはり深雪の煙幕が役に立つ。人を傷つけないことに関しては、他の追随を許さない。優しい願いが含まれた煙幕は、深雪の意思に応じて一気に拡がる。
特異点は煙幕を使うというのは、敵にとっては一般常識。それの対策を立てていないわけがない。そしてその手段は、これまでで最も強引だった。
「……マジか……! アイツ、動くぞ!」
アイツ──トーチカ要塞棲姫の艤装が持つ見上げるほどの巨腕が動き出すと、それを海面に勢いよく振り下ろした。しかも、手のひらを開いた状態で。それだけの質量が動いたのだから、それだけの風が巻き起こる。
磯風の時もそうだったが、煙幕にはやはり致命的な弱点があった。追い風で拡げることも出来るが、向かい風で霧散させられることもある。ここ最近はまともに煙幕が機能することも無くなりつつあった。
巨大な艤装が持つ腕は深雪対策としても扱われる。特異点といえど、圧倒的な質量の前にはどうにも出来ない。
「うお……っ!?」
その突風はとんでもなく激しいモノとなり、吹き飛ばされるなんてことはなくとも、まともに立っていることが難しくなるほど。とはいえ、撤退するのならば、それは追い風になってくれるため、煙幕を放つことが出来ずとも、その風を背に受けて一気にうみどりへと踵を返す。
「まさかまた全速力で逃げることになるとはね……軍港思い出したわ」
「嫌なことを思い出させないでくれるかな!?」
「仕方ないじゃないの。こんなに切羽詰まるのもなかなか無いんだから。思い出しちゃうのよ」
神風の言葉に、白雲とグレカーレがうんうんと頷いた。バツの悪そうな顔をする時雨だったが、今はこんなところで言い合っている余裕はない。流石にその巨腕が深雪達に届くことは無いとはいえ、煙幕を散らすために相当な速度で動き続けていることで、津波のような大波まで起きてしまう。
風と同時に波も起きてしまったら、撤退もままならない。まともに動くことが難しくなってしまう。
しかし、トーチカから出撃した敵達は、その波の中でもブレることなく深雪達を追ってくる。それもまた何者かの力なのか、それとも単純に航行が得意なのか、それを観察する余裕は無い。
「流石に風を風で押し返すことも出来ん! このままでは追いつかれるぞ!」
磯風が声を荒げた時、撤退の
二本の足で立ってバランスを取っている深雪達と違って、大型の艤装に跨って行動している近代化戦艦棲姫ならば、この荒波の中でも安定感を失っていなかった。
「私が抑え込む。火力だけなら私のが一番だろう!」
「すまねぇトラ、何発か頼む!」
「任された。私なら撃たれても弾けるから、なっ!」
航行しながらその場で反転、チラリと見えた追手を確認した後、ありったけの砲撃をぶちかました。まるで、1人で一斉射を放つかの如く、撤退するために出し惜しみすらせず、ここで弾切れしてもいいと思いながら。
流石に咄嗟の攻撃であるため当たることは無かったようだが、相手の動きを乱すことには成功した。荒波を乗りこなしてはいるが、そこまでしたら流石に真っ直ぐ突っ込んでくることは出来やしない。
とはいえ、やはりあちらの方が慣れた動きをしていた。少しは足止めになったが、それもすぐに解消され、さらに追ってくる。
「最悪、うみどりまで追いかけっこだ。全速力で逃げるぞ!」
今だけは仕方ない。追っ手に追いつかれたら改めて戦闘を開始するとして、それまでは撤退を徹底する。この鎮守府を相手にするのは、流石に骨が折れすぎた。
一方うみどり。通信が出来なくなっているということで不安が増す中、出撃した部隊が斃していった元艦娘の深海棲艦を拘束するカタチで工廠に運び込んでいた。
基本的には梅が艤装を『解体』してから、大発動艇で輸送。その際に念のため鎖で拘束もしている。
「こうするのは忍びないにゃし……」
凍らせているのならそのままでも動くことは出来なくなっているが、ただ気絶させているだけという場合もあるため、その場合は入念に行動を封じている。
艤装を破壊しているとはいえ、相手は深海棲艦にされているわけだから、どのような力を発揮してくるかわからない。それこそ、艤装が無くても艤装を装備しているほどの膂力を持っている可能性だってある。
故に、艤装を装備したとしても簡単には引きちぎれない鎖を使っている。少し重いので、睦月には若干重労働になっている。艤装のパワーアシストがあっても、気が重いのでどうしても疲労を感じてしまうもの。
「気持ちはわかりますが、今はこうするしかありませんよ」
そんな睦月を慰めるように作業を続けるのは妙高。拘束している間に目を覚ましてしまい、攻撃されてしまうなんてことがあっても、『ジャミング』によって一応の回避が出来るため、率先してこのような作業には参加していた。
また、ここ最近はこういった作業の最前線に立たされる梅の安全面を保証するためでもある。妙高と梅は、このような場面で協力することが多い。
「全員『解体』しましたぁ」
「ありがとうございます梅さん。誰も目を覚ますようなことはありませんでしたね」
「はぃい、少しだけ安心しました」
肩の荷が下ろせた梅は、深く息を吐いた。だが、仕事はまだまだ増えていく一方だろう。深雪達が進んだ道には、何人もの改造された者達が倒れているのだ。今は見えずとも、同じようになっている者が出てくるのは、火を見るより明らか。
「さぁ、一度うみどりに戻りましょう。あまり詰め込みすぎても気の毒ですから」
「にゃし! すぐ運ぶぞよ。うみどりなら姫の序列で少しは大人しくなってくれるんだよね?」
「はい、今はムーサさんが抑え込んでくれています。とはいえ……」
ちらりと拘束した改造深海棲艦を見やる妙高。今は気を失っているようだが、ムーサの前でも本能的な敵対心は薄れることもなく、抵抗が
妙高は常にそこを疑っていた。敵として現れるのは改造された元艦娘の深海棲艦ばかり、忌雷に寄生された擬似カテゴリーKや、カテゴリーY、ましてやこちらに寄生を仕掛けてくる『増産』持ちすら出てきていないのだ。そのくせ、現れる深海棲艦はイロハ級、改造される前より弱体化しているという本末転倒っぷりには、むしろ逆に違和感を覚えているほどである。
「注意だけは怠らず、確実に輸送しましょう。最悪、何かあったら攻撃も許可します。持っているのは水鉄砲ですから、頭を狙えばいいです」
「ぶ、物騒ですが……わかりましたぁ。梅達の安全が一番、大事大事ですもんね」
「そうです。いくら元々が艦娘とはいえ、躊躇って抵抗を許しては、あちらの思うツボです。むしろそれを狙っているとまで考えられます。
説得力がある妙高の読みに、睦月と梅は苦笑いを浮かべつつも作業を続ける。
「……本当にイロハ級の実力なのかも疑っていますからね」
梅に艤装を破壊された榛名を大発動艇に積み込みつつも、聞こえるくらいの大きさでその耳元に呟く。気を失っているので反応などないのだが、だとしても妙高のコレは当てつけでしか無かった。
「常に最低最悪を意識してこそ、あらゆる盤面を想像出来ます。今のそれは、この深海棲艦──艦娘をわざわざ改造して敵に仕立て上げている者達が、本能ではなく知性を以てイロハ級の実力
授業をするように話し始める妙高。睦月と梅は作業をしながら、それに耳を傾けていた。
「あちらもわかっていることでしょう。我々がこんな敵を用意されたら、手加減をして、艤装を破壊する程度で終わらせると。そして、深海棲艦だというのに、それを
「後始末屋としてなら、それが普通なのね。それが亡骸だったとしても、ちゃんとお片付けするためには絶対に持ち込むぞよ」
「最初からそれが狙いだったとしたら? 結果はどうであれ、艦内に運び込まれることを目的としているのなら、むしろ弱い方が都合がいい。
聞いているうちに、睦月と梅の手が止まりそうになる。何故そんなことを考えているのか、どうしても気になってしまう。
「理由はいくつか考えられます。最悪は、この深海棲艦には体内に爆弾が仕掛けられており、ある程度回収したら自分の意思、もしくは遠隔操作で起爆。うみどり諸共ドカン」
睦月は小さくヒェッと声が出てしまった。梅も顔が青ざめていく。
「そうでなくても、この身体自体が通信機になっている。今こうして話していることも筒抜けになっており、私達の様子をモニタリングしている。あとは、あちらの誰かが持つ能力のルーターになっている、とかですかね。斃した蒼龍さん達を拾ってから、通信妨害が始まっているでしょう」
あっと梅が声を上げた。言われてみればと。
一定の距離に入れば通信妨害は可能だが、そこから離れると能力の範囲外となる。だから、ルーターを置くことでその効果範囲を拡げている。そんな予想も妙高は考えていた。
「先行している部隊とうみどりを引き離すことを目的としているかもしれませんね。通信が出来ないから、あちらはあちらで考えて行動しなくてはならない。でも、それを何らかのカタチで足止めする。その間に、うみどりに運び込まれた手駒が何かをしでかす。つまり──」
妙高は、確信を持ったような表情で、その考えを口にした。
「あちらの狙いは特異点じゃない。