うみどりに捕えられた元艦娘の改造深海棲艦のその実態は、ただのイロハ級ではなく、そのように自らを偽っていた姫よりも強く改造された個体だった。
それだけならまだマシだったのだが、問題はその身体。ただ強力な深海棲艦に改造されているだけではない。身体そのものに艤装が組み込まれた、
「直撃したら、流石にまずいわね……」
その蹴りの一撃で、副官ル級が装備していた盾にヒビが入り、ムーサも立っていられずにふっ飛ばされるほど。身体が艤装で出来ているだけあって、出力がおかしく、更には両腕両脚も艤装であるため、その攻撃は鈍器で殴られるようなモノ。
しかし、艤装人間と言えるような存在にされてはいるものの、その姿は非常にしなやかである。深海棲艦特有の甲殻のような素材で一部を除いた身体が包まれているモノの、それが行動を邪魔するようにはなっていない。機械的だが、生物的でもある、人間とイロハ級が綺麗に融合したような姿だと感じさせる。
身体は甲殻ではあるが非常に滑らかであり、つい先程まで着せられていた膜のようなレオタードが被さっていても、その奥に機械的なモノがあるようには思わせない程である。人によって胸部装甲の形状も様々、当人に見合ったサイズでそこにある。
あくまでも人間、艦娘らしさは残したままで、人造人間になったようなモノである。滑らかであっても未知の金属であることは変わりない。伊豆提督は衣装越しに触れているため、その危険性は理解していた。
「ただ頑丈ってだけでも厳しいけれど……艤装のパワーアシストも直に入っているのかしら。それに……あれは
身体は殆どが甲殻に包まれているようなモノ。生身に見えるのは二の腕と太腿、その半分程度である。レオタードの下にレオタードを着ていたような、考えてみれば非常に違和感を覚える姿ではあるのだが、言ってしまえば今の艤装人間達は全裸みたいなものなのだろう。
故に、それが本当に生きているのかが疑問だった。人間として必要なモノ──心臓も、今や甲殻の奥。体内までビッシリと艤装に張り巡らされているのだとしたら、もうそれは人間としての生命活動が終わってしまっており、未知の動力により行動しているに過ぎなくなる。
それはもう生きているとは言えない。斃そうが、止めようが、何をしたところで彼女達は元に戻ることはない。
見た目は何もかもが違うが、それはもう、出来損ないと似たような存在。救うことが出来ない、取り返しのつかないところまで来てしまった、文字通りの人形と呼べてしまう。
「……迷ってはいられないか。アタシも流石に、こんなところでヤられるわけにはいかないのよ」
艤装人間がヒトとして成立するかは、今考えている余裕はない。まずは確実にこの場を切り抜けなければならない。
分が悪いのは当たり前のこと。だが、ここはうみどり、伊豆提督の
「悪いけれど、アタシもただやられるだけの人間じゃあないのよ。いくらアナタ達が元艦娘であろうとも、今からは容赦出来ないわ。ごめんなさいね。でも、殺しはしないから安心して。もう死んでいると言われても、それ以上不憫なことにはならないようにするから」
伊豆提督がしっかりと構えた。生身の人間だが、今この状態から逃げることは不可能と判断した結果、正面から迎え討つことを選択したのだ。
一撃貰えば終わり。人間なのだから入渠も出来ない。傷を負うこと自体が状況を悪化させる。組織の長がやられるわけにもいかない緊張感。士気を下げないためにも、ここでの敗北はそのままうみどりの終わりを意味しかねない。
「さぁ、来なさいな。出来ることなら、解放してあげるから」
しかし、艤装人間達は思いも寄らぬ手段を用いる。伊豆提督がどれほど危険であるかは理解しているようで、先程の徒手空拳を確認したことから、直接攻撃することはなるべく控えた方がいいと感じ取ったのだろう。6人が6人、一斉に腕を前に突き出した。
手のひらをよく見ると、そこには
「……それはズルじゃない?」
伊豆提督が駆け出すのも束の間、6人の艤装人間は、その腕から激しい銃撃を開始。腕もそのまま艤装に置き換わっているため、これは機銃が何かだとすぐにわかった。
対空に使うわけでもなく、それを対人、たった1人の脅威を確実に始末するために、逃げ場ごと封じるような一斉射を放つ。伊豆提督が何処に動いても当たる。とんでもしゃがんでも、前に行っても後ろに行っても、生身ならば絶対に避けられない程の連射。
「こんなところでっ、死んでなるものですか!」
それでも伊豆提督は希望を捨てない。ここで死んだら
だが、無理なものは無理であるとわかる時もある。何せ、この弾幕は文字通り、銃弾の壁が押し寄せてきているようなモノなのだから。
それが1枚の壁ならばまだマシ。しかし、艤装人間達はそれを何枚も何枚も重ねることで、絶対に逃げられない程の分厚い弾幕に仕立て上げた。
そこに生身の人間が入ろうものなら、肉片1つ残らない。ぶちまけられた血溜まりだけの、残酷な現場が出来上がるだけだろう。
「っ……!?」
それでも、伊豆提督には希望が見えた。それが、伊豆提督に既に視線を送っていた者の存在。自らが装備する2枚の盾のうちの1枚を、なるべく伊豆提督に近い場所に放り投げていた副官ル級。
生身の人間がそれを持ち上げることなんて絶対に出来ない。ましてや、それは深海棲艦の艤装。艦娘ですら使いこなせるかわからないような代物。だが、一瞬でも余裕が出来れば話が変わる。
「ごめんなさいね、ル級ちゃん! 本当に恩に着るわ!」
伊豆提督が出来ることは、その放り投げられた盾に身体を合わせ、思い切り蹴ることで、盾そのものを艤装人間達にぶち当てること。機銃による銃撃を弾き飛ばしつつ、一度でも回避出来る瞬間が作れれば、その後をまた考えることが出来る。
狙いはドンピシャ。銃撃に襲われる本当にギリギリのタイミングで盾に身体を合わせることが出来た。致命的な場所に当たりそうな銃撃は、そのおかげで一度完全に弾くことが出来た。しかし──
「っくっ!?」
盾を蹴る前に、その銃弾が伊豆提督の片脚を掠めてしまった。直撃していたら脚が千切れ飛んでしまっていたが、掠っただけのため、肉が抉られる程度で済んだ。
だが、これは致命傷に近い。蹴ることも出来なければ、踏み込むことも出来ない。避けることすらままならなくなる。
「こ、これはまずいわね……」
1回目の弾幕はかろうじて盾に身体が重ねられたお陰で脚だけで済んだが、弾幕はまだ続いている。盾はもうそこにはなく、次に身を隠せそうな場所は、もうル級に近付いて匿ってもらうくらいしかない。しかし、ル級はル級で高波を守ることで精一杯。高波も砲撃を放とうとしているのだが、
「ダメダヨ、絶対死ナセナイカラ」
それでも、伊豆提督を守る者はまだここにいる。立ち直り、その盾を無理矢理キャッチしたムーサが、かなり強引なカタチで伊豆提督の前に躍り出た。
「ムーサちゃん!?」
「私ガ忌雷食ベルコト許可シテクレタンダモン。
ムーサ自身も顔を顰めていた。いくら深海棲艦の姫とはいえ、ムーサは軽巡棲鬼。戦艦の装備である盾を扱うのは無茶である。掴んで引っ張ってきただけでも腕が悲鳴を上げており、そこに銃撃が放たれ続けるため、少しずつ押されてしまっていた。
あちらの銃撃だって、一種の兵装。常に喰らい続けていたら、ル級の盾でも破壊されてしまう。現に今、ムーサがどうにか使っている盾は少しずつ削られていき、あと数秒でそのカタチを保てなくなるだろう。
そして、盾が削られていくということは、ムーサ自身にも被害が出るということ。腕や脚を銃弾が掠め、肉を抉ることは中でも深海棲艦特有の黒い血が流れ始めていた。兵装の無理な運用と相まって、ムーサはかなり苦しそうな表情を見せる。
盾が破壊されたら、まずムーサが蜂の巣にされてしまうだろう。その後はすぐに伊豆提督だ。むしろ纏めて原型を留めない塊にされかねない。
「どうする、どうする……!」
考える時間はほとんどない。ここまで劣勢の状態をここにいる者のみで覆すことが出来るかと言えば、無いと断言出来てしまう。
だが、ここは工廠。基本的には誰でもここに来れる場所。仲間達だって、すぐそこに来てもおかしくはない。
それがここで実現する。
「私っ、こういう役回りじゃあないんですけどぉ!?」
工廠組として、その戦闘に踏み出したのは、なんと工作艦明石である。本来ならば戦いに参加することすらない艦娘だが、ここではそんなことを言っていられない。
だが、そんなことを口走りながらも、その装備はこの状況を覆すための、本気の装備。むしろ、これまでとは確実に様相が違っていた。
「でも、ここはもう私の故郷みたいなものですからね、多少の無理も無茶もしますとも。これが、私のその覚悟みたいなモノですよ!」
明石は、
あまりにも咄嗟の判断だったため、いろいろと考えている余裕が無かった。願いは非常に単純、『今ある脅威から、仲間を守る』、ただその一点のみ。
それ故に、明石は自らの変化を簡単に受け入れた。どんなカタチになってもいい。だからとにかく、今をどうにかするのだと、覚悟を決めた。
今の明石は、いつもの制服姿ではなく、カテゴリーWらしい真っ白なツナギ姿。少しはだけ、内側には黒のインナーが見え隠れしているが、それはもうどうでも良い。
より工作艦らしくなった明石は、強く優しい、『守りたい』という願いを最大限に発揮する力を手に入れる。
「ごめんなさいハルカちゃん! 少しだけ、
何をと聞く余裕すらない伊豆提督だったが、その言葉の意味をすぐに理解した。
「まずはっ、壁ぇ!」
明石が床に手を当てた瞬間、伊豆提督の正面の床が盛り上がり、強靭な壁へと変化した。艤装人間達の銃撃を受けてもびくともしない、非常に頑強な盾が生成される。
「次っ、拘束!」
さらに艤装人間達の周囲の床がのたうち、その足にガッチリと噛み付く。それはまるでトラバサミ。無理に外そうとすれば足が食いちぎられるくらいの力。
むしろ、脚も艤装で出来ている艤装人間には、あまりにも効果的だった。そのトラバサミはただ食い込むだけではない。完全に艤装と
この時には、艤装人間達もここの脅威が誰かを理解した。ぽっと出、かつ、ついさっきまでは何の力も持たなかった者。それが、特異点の力を経由して、新たに力を得た。
優しい願いには、相応の力を与える。特異点の願いを叶える力の真骨頂。
「そしてっ、攻撃!」
明石が床を撫でると、そこから現れたのはいくつもの主砲。全てが水鉄砲となっているが、それを同時に全て放てば、それだけの威力となる。
拘束しているため回避など出来ず、まともにぶち込まれることで、そのまま意識を飛ばした。
明石が得た力は、『工廠』の曲解。『船渠』と同様に、工廠で可能なことを、極端なカタチで再現すること。
仲間を守るため、うみどりを『改造』したのだ。