後始末屋の特異点   作:緋寺

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荒波の撤退戦

 うみどりが艤装人間達に襲われている頃、深雪達はトーチカからの追っ手を振り払おうと、必死に逃げ回っていた。

 深雪の煙幕を振り払うために、その巨大な艤装から繰り出される巨腕による一撃が何度も海面を叩きつけ、風と同時に波も起こしているため、ただでさえうまく航行出来ないところに、さらに荒波に襲われるという大惨事。

 その上で、追っ手はそれすらも乗りこなしているのだから堪ったものではない。あまりにも異常な乗りこなし方であるため、それがただの深海棲艦であるか疑ってしまうほどである。

 

 ここにイリス、もしくはその目をコピーしたフレッチャーがいれば、その正体もわかっただろうが、今はそれもないため、何もわからないと言ってもいい。

 通信設備全てがやられてしまっているのが、本当に大きすぎる影響だった。

 

「くそっ、振り払えねぇ……!」

 

 あちらから放たれる風は、トーチカ側から吹いている、いわば追い風だ。それに乗ってしまえば、体勢は上手く取れないにしても、トーチカから離れることは出来るはずである。

 しかし、問題はそれと同時に起きる荒波。ここまで激しい波に乗ったことなど、深雪はこれまでに一度も無かった。強いて言うなら、初めて電をうみどりで出迎えた、雨風吹き荒れる夜の荒れた海だったが、今回はそれ以上である。

 

 追っ手を牽制するために、最も安定しているトラが主砲を定期的に放っているが、荒波の中でもそれが直撃するようなことはない。流石に前進を続けるということはないのだが、それでも徐々に距離が詰まっている。

 いや、むしろ深雪達がなかなか離れられていない。トーチカの巨腕が起こす風と波によって、真っ直ぐ進むこともままならなくなってしまっていた。

 

「とにかく波が問題よ! うまく乗りこなすしかないわ!」

 

 荒波の中でもしっかりと動けている神風は、足元が覚束ない叢雲の手を引き、ここからの撤退を示唆する。2人で組み、かつ手を繋ぐなりして安定させれば、まだマシになるだろうと。

 運がいいことに、ここにいるのは最前衛だった時雨達も含めればちょうど10人、偶数である。どうにか2人組を使って、体勢を崩さないように手を繋いだ。

 

「すまない、乗せてもらってしまった」

「構わないよ。ただ、撃つ時はかなり揺れるから気をつけて」

 

 磯風は、殿(しんがり)を務めるトラの艤装に相乗りさせてもらっている。そこまでバランスが良いわけではないのだが、しっかり掴まっていれば多少は安定していた。『空冷』では今はトーチカの起こす暴風を取っ払う程の力は無いものの、トラの眼前だけは風を中和することで、視界をギリギリ開くことに成功している。ここもまた、それなりに噛み合う合わせ技となっていた。

 

「電、しっかり掴まってろよ。今縮むわけにはいかねぇから、タッパが大分変わっちまってるけど」

「大丈夫なのです。むしろ、深雪ちゃんが大きくなってくれてるから、安定もするのです!」

 

 深雪と電のペアは、普段から息を合わせているおかげで、手を握り合えばしっかりと安定した。荒波の中でも体勢を崩すこともなく、周囲を警戒しながら、確実に前へと進んだ。

 

 他の組み合わせも相性がいい者同士が組んでいる。白雲とグレカーレはうみどり内でも無二の親友となったこともあり、互いの長所と短所をしっかりと理解し、補いながらのコンビに。

 時雨と夕立は口ではいろいろ言いながらもやはり姉妹ということが大きく、それこそ勝手を最も理解出来ているとも言えるので、荒っぽくても連携はしっかり出来ていた。

 

「このまま乗り切りてぇけど、大分近付かれちまってる! 神風っ、一回蹴散らすか!」

「援軍も来てくれそうだけど、あちらも同じだものね……。一度逃げられるように、返り討ちにしたい……けど、あちらの力はまだ未知なのが難しいわ」

 

 敵の見た目は、これまでの改造深海棲艦と同じ。膜のレオタードとラバー質のタイツを身に纏った、仮面の深海棲艦である。完全なヒト型ではあるのだが、それのカテゴリーがどれなのかは、見ただけではわからない。

 カテゴリーRならば、今のところは何か特殊な力を発揮するところは見ていないため、ひとまずは戦いやすくはなるだろうが、これがカテゴリーYであったりした場合は話が変わってくる。擬似カテゴリーKである可能性だってあり得る。

 

「これもあちらの作戦なのかもしれないのです。みんな同じ姿にしちゃえば、誰が何をしてくるかがわからないのです」

「かもしれねぇな。くっそ、煙幕が散らされるのがかなり厳しいぜ……っ」

 

 こうして撤退戦を繰り広げる中でも、深雪は何度か煙幕を撒こうとチャレンジはしていた。しかし、度重なる巨腕の振り下ろしによって、戦場では風が全く止んでおらず、後ろを向けば常に向かい風。煙幕は完全に封じられていると言っても過言ではない。

 煙幕さえ出てしまえば、互いに認識出来なくなり、撤退戦がかなりやりやすくなる。敵からの攻撃の心配が無くなれば、それだけで気が楽になるというもの。しかし、それが出来ないので逆に焦りに繋がる。

 

「これだけ波が大きいと、凍りつかせることも出来ませぬ。磯風様に空気を冷やしていただいても、これほどとなると」

「だよねぇ。高低差とかすんごいもん。転けずに立ってるだけでも結構必死ってくらいだからねぇ」

 

 海面をある程度凍結させられる白雲は、ただ風が吹いているだけならまだ何とか出来たかもしれないが、とにかく波がまずかった。凍りつかせようとしても、波打つ海面はすぐに氷を破壊し、ただの海面に戻してしまう。

 グレカーレが言うように、波の高低差は尋常ではなかった。安定しないのはほぼそれのせいだと言ってもいい。毎度毎度、波に乗っていると数mは上げ下げされているかのように感じる。艦娘でなければ、酔ってしまっていたと思えるほどに。

 

「僕の砲撃でも波はどうにもならないかな」

「トラでダメなら誰もどうにも出来ないっぽい! とにかく波に乗って動いていくしかないよ」

 

 夕立は器用に波乗りをするように滑っていくが、誰もがそれを出来るというわけではなかった。手を繋いでいる時雨も、それに合わせて波に乗れてはいるのだが、2人だけがそれをやれたところで、チームがバラバラになるのは目に見えている。

 自分達だけが逃げて、通信妨害を受けているうみどりに現状を伝えるというのも、必要といえば必要なこと。だが、ここで人数が減ると、そちらが敵の集中砲火を受けることになるため、より逃げにくくなる。今の人数で敵の攻撃をバラつかせることが、逃げやすさ的にも悪くない選択だった。最善かどうかはさておき。

 

「とにかくあの腕をどうにかしない限り、風も波も収まらないわ。でも、あんなのどうすれば……」

 

 神風もお手上げ状態。ある程度のモノならば、全力を出せば斬れると豪語するものの、トーチカの巨腕はその()()()()からかけ離れている。拳1つが自分よりも大きいモノ、しかも艤装であるが故に強度もとんでもないことになっているだろう。神風でも、見ただけでアレは無理と判断出来てしまう代物である。建物の壁を斬るのとはワケが違う。

 

「……潜れればまだマシなのかもしれないけれど、私達は潜水艦じゃないものね」

 

 叢雲がボソリと呟く。風の影響を一切受けることのない潜水艦ならば、この状況を打破することは出来ただろうが、ここにいるのは全員海上艦。そんなことが出来るわけがない。

 しかし、それを聞いた神風は、可能かどうかはわからないものの、1つ大きな閃きをした。そしてそれをすぐに伝える。

 

「深雪! 煙幕を」

「煙幕は何度も試してるけど散らされるんだよ!」

「違う! 煙幕を()()()()()()()()()!」

 

 深雪は一瞬何を言っているのかわからなかったが、電がすぐに察したようで、深雪の手を引くと、少し体勢を落として海面に腕を突っ込ませようとした。

 

 普通、煙幕を海中にばら撒くなんて出来るわけがない。それは煙なのだから、海中でそれをやろうとしても、煙幕にもならないだろう。空気として泡になるかもわからない。

 しかし、深雪の煙幕は煙ではあるが非常に特殊だ。神経に作用する時もあれば、それそのものが質量を持つことで砲撃を防いだこともある。見えないモノに触れているという感覚を得られた時すらあった。

 そんな特殊な性質の、それこそ()()()()()()()()()煙幕ならば、風の影響を受けない海中に放った時に、何か起きるのではないか。神風は直感的にそれを指示した。

 

「ああもう、どうなるか知らねぇぞ! 今はそれくらいしか出来ることがないからな!」

 

 電の助力も得て、深雪はその場にしゃがみ込み、左腕を海中に突き入れた。

 

「あたしの願いは簡単だ。『みんなで一緒にうみどりに戻ること』!」

「電も同じなのです。『誰も欠けることなく無事に帰ること』!」

 

 特異点と化した電からもゆるりと煙幕が溢れるが、それは風によって散らされる。だが、電の煙幕の一部は深雪の左腕に浸透していった。

 さらに深雪の煙幕は、その腕から海中へと流し込まれるように放たれる。荒波の中、2人がかりで姿勢を安定させ、強引にその場に止まりながら、全力を以てその力を吐き出した。

 

 すると、深雪を中心に海がぼんやりと輝くように色付いていく。煙幕が溶け込んでいき、白く染まっていった。

 

「な、なんか起きてるぞ!」

「なのです!?」

 

 特異点ですらわからない状況。だが、それが危険であることは敵としてもすぐにわかること。この荒波を乗りこなす敵達は、何かをしている深雪に集中砲火を浴びせるために、非常にスムーズな航行でより接近を始める。

 やはり荒波の中の航行はあちらに分があった。慣れているというよりは、()()()()()()()()()()()()()という方が正しいか。

 

「させない!」

「っぽい!」

 

 それを防ごうと動くのは、『ダメコン』のトラと夕立。一旦磯風と時雨から手を離し、コンビを入れ替えて2人がかりの壁となるべく、荒波を乗り越えて特異点の前を陣取る。

 逆に離された磯風と時雨は、すぐさま互いの手を取って安定をゲット。相性も悪くなかったか、すぐに体勢を整えて、トラと夕立の援護に動く。

 

「私達が壁となる! やれることをやってくれ、深雪!」

「ぽい! 砲撃飛んできても、夕立達がちゃんと守ってあげるから!」

「助かるぜ、本当にな!」

 

 海中とはいえ、ようやく煙幕を出すことが出来たためか、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すかのように出力が一気に上がる。白く染まっていく海面の面積は見る見るうちに拡がっていく。

 

「電、まだ行けるか」

「なのです! もっともっと、出せるのです!」

「っし、なら今出来るありったけを、持ってけぇ!」

 

 より激しく煙幕を溢れさせる深雪。それをサポートし、自身も煙幕を発生させる電。これにより、近海は煙幕が飽和していき、そして──

 

「行けぇ!」

 

 爆発的に拡がった海中の煙幕は、一気に海面に溢れ出した。それはまるで、湯気が立つかのように周囲を一気に包み込む。

 願いが存分に込められたその煙幕は、規模が規模だったため、トーチカの拳だけでは簡単に振り払えないほどの量になっていた。海中経由ならば、出始めを潰されることなく、拡がった段階から急激な展開が見込める。

 深雪の煙幕でしか起きないこと。むしろ、深雪の煙幕だからこそ、ここまでの普通ではない事象が起きていた。

 

 

 

 

 海中で飽和するほどに展開し、解き放たれた煙幕は、その力をこれでもかというほどに発揮する。

 

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