後始末屋の特異点   作:緋寺

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調査隊

 後始末の現場に近付いて来ていた謎の艦影の正体は、嚮導駆逐艦タシュケントであることが判明。しかし、イリスの視界に入ることなく素早く撤退してしまったことにより、その跡を追うこととなった。

 しかもそのタイミングで深海棲艦まで出現。撤退するタシュケントはその出現をスルーし、深海棲艦はうみどりの光に導かれるようにタシュケントをスルー。結果的に撤退を許すことになりそうだった。

 

 しかし、そこに新たな部隊が出現。轟音を鳴り響かせて現れたのは、海洋調査艦おおわしである。

 

『海洋調査艦おおわし、増援として参上だぁ! ハルカ先輩、手助けいたしますぜぇ!』

 

 伊26の通信越しでも相当な声量であることがわかる。おそらく、艦の外に響くようなスピーカーで話している。間近にいる伊26や伊203には、それこそ鼓膜が破れるのではないかというくらいの音の圧が放たれているのではなかろうか。

 

『うぇえっ!? す、すっごいうるさいよぉ!?』

 

 伊26の悲鳴はごもっとも。通信を聞いている工廠側でも呆気に取られていた。そして伊豆提督はといえば、顔に手を当ててガックリ俯いていた。

 

「ニムちゃん、ちょっと申し訳ないんだけれど、回線は開いたままでお願い。あの子が何を言ってるのか聞こえるようにしておきたいから。喧しいなら耳を塞いでいてくれても大丈夫」

『りょ、りょーかい!』

 

 伊26には酷ではあるのだが、調査隊がここまで出張ってきたことは、伊豆提督としてもあまり想定していなかったことであるため、なるべく現場の状況を知るためにも、音だけは聞こえるようにしていた。

 

 おおわしの艦長、そして調査部隊を受け持っている鎮守府の提督は、伊豆提督の後輩。それはうみどりの艦娘達も知っていること。しかし、その()()()()や、どういう人間なのかは全く知らなかったりする。

 それと同時に、調査隊を務めている艦娘達の素性も知らない。むしろ、知られないように動いているようにしか思えなかった。調査に専念するために、余計な感情を抱かせないようにする配慮と言われている。

 

「ハルカちゃん、あれが噂の後輩……?」

 

 深雪が聞くと、どっと疲れが出たように頷いた。そもそも伊豆提督も後始末の最中はずっと動きっぱなし。艦娘と同じように疲労が溜まっていてもおかしくない。

 

昼目(ヒルメ) マーク。あの声の主の名前よ。調査隊の管理人で、アタシ達のような移動鎮守府、おおわしの長。()()()でも仕事に関しては熱心で真面目なの」

 

 後輩というだけあって、伊豆提督は調査隊の提督──昼目提督のことはよく知っているようである。また、少々軽めの口調で昼目提督のことを語る。

 

 そうこうしている内に、灯りに導かれてか、うみどりを襲撃しようとする深海棲艦の群れの対処に乗り出す調査隊の面々。伊26と伊203はそこから離れるように誘導。その間に、おおわしから出撃した艦娘達が、二手に分かれて仕事を開始。

 片方は勿論、現れた深海棲艦をこれ以上うみどりに近付けないように()()()()。そしてもう片方は、どさくさに紛れて撤退をし続けているタシュケントの行方を調査する。

 

『タシュケントぉ! オレ達ゃ、お前さんの敵のつもりは無ぇ!』

 

 通信越しに聞こえる言葉は、タシュケントに対しての訴え。あちら側をカテゴリーMと見做して、それでも敵ではないとまずは対話の構えを取っている。あくまでも交戦するつもりはない。

 

 調査隊も、うみどりと理念は同じところにある。呪いによって敵性艦娘となってしまっているドロップ艦に対しては、まず説得を試みている。うみどり以上に海を駆け回っているのだから、邂逅する率も他よりは確実に高い。

 しかし、それでも交戦することはどうしても出てくる。その時は、仕方なく、本当に仕方なく、命の取り合いになってしまう。ここもうみどりと同じだ。

 

『話をさせてくれぇ! 逃げるのをやめてくれぇ!』

 

 渾身の訴え。それで止まってくれるとは到底思えないが、それでも言葉にしなければ思いは伝わらない。

 通信越しの声だけでも、昼目提督の必死の訴えがよくわかる。声色から少し恐怖を感じてしまいそうだったが、思いは同じ、平和を求めていることが理解出来るような必死な声である。

 

 そもそも、カテゴリーMならば逃げるより突っ込んでくる。そこに人間がいるのだから、その怒りと憎しみを晴らすために即座に行動を取る。深海棲艦と殆ど同じ、本能的に攻撃を繰り出してしまうのが敵性艦娘の特徴である。

 しかし、今は人間が目の前にいても攻撃の素振りを見せることなく撤退する。それが本当にカテゴリーMなのかは、この段階ではわからない。色々考えられるからこそ、話を聞きたかった。

 

「あちらもタシュケントであることは掴んでいたみたいね。あの子、タシュケントを追ってここまで来た……?」

 

 伊豆提督としては、調査隊がこの現場に入ってくることは考えられなかった。

 あんなテンションであっても、昼目提督は仕事を誠実にこなす男。後始末の現場に来ることは、伊豆提督の邪魔をすることと同義であるため、間違っても乱入するようなことはない。それを違えてまでここにやってきたのだから、なんらかの理由がある。

 そこから考えるのなら、そもそもあのタシュケントがこちらに来ることを見越して、もしくはその目で見て、ここに来ることを決断した。ルール違反であったとしても、それが正しいと確信して。

 

 しかし、それでタシュケントが止まってくれるのならば、こんなことにはなっていないだろう。昼目提督の呼びかけも無視して、結局追いつくことも出来ずに海域から離脱されてしまった。

 

『くっ……仕方ねぇ! 今をどうにかすんぞテメェら!』

 

 その声が響き渡るのと同時に、伊26を介した通信の音が一気に大きくなる。調査隊の部隊が一斉に深海棲艦への攻撃を開始した。

 こちらは話がわかるタイプの存在ではない。殲滅しなくてはうみどりに、そして陸に被害が出る。そのため、タシュケント相手とは違い、問答無用で攻撃に出る。

 

「え、あ、あの、これって……戦っているのです……?」

 

 電がおそるおそる聞くと、伊豆提督は小さく頷いた。電としても、こうなることは納得しているつもりだったが、いざわかっている範囲で戦闘が始まってしまうとなると、どうしても悲しい気持ちになってしまう。

 それがどうしようもない野生の獣だとしても、可哀想と思ってしまうのは電の優しさだ。しかし、優しいだけではこの戦いは終わらない。敵を見逃すことで味方に被害が出てしまったら、余計に悲しいことになる。

 

「電……これは仕方ないことだ。納得するしかねぇよ」

 

 その電の肩をすっと抱いて落ち着かせる深雪。そもそも深海棲艦と戦うために生まれたのが自分達艦娘なのだから、戦うのを躊躇ってはいけない。人類を守るための存在であることを忘れてはいけないのだ。

 その戦う対象が深海棲艦だけでなく敵性艦娘にまで及んでいることには、深雪も悲しみを感じているものの、だからといって自分の在り方を違えないように歯を食いしばっている。

 

「あたし達は艦娘だ。相手は人類の平和を脅かす危険な存在だ。だったら、やらなくちゃいけないのは1つしか無い」

「……わかっているのです。電は艦娘で、深海棲艦は平和を脅かす敵なのです。わかっているのですが……でも……わかり合えないのが辛いのです」

 

 理解していても納得は出来ない。しかし、だからといって戦いから目を背けることも出来ない。艦娘としてここにいるのだから。電にはこれが一番の試練になりそうである。

 

 

 

 

 後始末の現場で発生した戦いは、調査隊の部隊によって早急に終了した。後始末がさらにそこで追加されることになってしまったものの、これまで通しで作業をし続けていた現状のうみどりの艦娘達では、ここまですぐに戦える状態では無かったため、このタイミングでの増援は非常にありがたいものであった。

 勿論戦えないわけでは無かったが、十全の力では対処出来なかっただろう。うみどりで最高戦力となっている長門や加賀、神風であっても、いつもなら余裕で勝利出来るような敵にも苦戦していたかもしれない。疲れとはそういうものである。

 

 戦いが終わった時点で、おおわしからの通信がうみどりに入る。前回は深夜であったことを考えてモールス信号で少しだけの話で終わっていたが、今回はうみどり側も全員起きていることがわかっていたので、一切の躊躇なく連絡を入れてきた。

 

「イリス、こちらに直接繋いでくれて構わないわ。直に話さないと、あの子納得しないでしょうし」

『ええ、あとあちらの艦娘がそっちに向かってるから、工廠に入れてあげてちょうだい』

「ええ、受け入れておくわ」

 

 イリスに通信を繋げるように伝えた瞬間、通信機から凄まじい音が鳴り響く。

 

『ハルカ先輩! ご無沙汰してます!』

 

 耳がキーンとするような声量。伊豆提督ではない提督として保前提督を知っている深雪としては、こんな提督もいるのかと驚く。

 

「マークちゃん、ここには他の艦娘もいるの。いつものテンションで喋られると、驚く子もいるわ。アナタと話す子なんてここには誰もいないんだから」

『ああっ、申し訳ないッス! 自分、これが素なので!』

「嘘おっしゃい。仕事の時の誠実さをアタシは知ってるんだから」

 

 溜息を吐きながらも、笑みは絶やさない伊豆提督に、この二人の関係が悪いものではないとすぐわかる。先輩後輩という間柄ではあるものの、それ以上に何か関係があるのは間違いない。

 とにかく、昼目提督は伊豆提督に対しては()()()()()()()を持っているような声色。何を言われても頭を下げているような、まるで()()のような雰囲気。あくまでも通信だけであるため、顔とかは見えていないのだが、あちらが満面の笑みを浮かべているのは誰にでもわかることである。

 

『依頼を受けていた調査の件ですが、引き継いだ後のことを話したいと思っています。明朝でいいので合流出来ませんか。大本営の()()()にも伝えたいと思いますので』

「ええ、それは賛成。アナタがここまで来てくれたってことは、進展したということよね」

『うっす! 調査隊として本懐をしっかり果たしてますぜ!』

 

 いちいち喧しくなる昼目提督の反応に、深雪と電は目を丸くするしかなかった。ここまでテンションが高く、裏表なんて全く感じない人間というのは知らない。そもそも電はうみどりにいる人間以外を見ること自体が初めてなのだから、不信感よりも驚きが勝る。

 ただ、伊豆提督がこうやって話していること、そして調査隊としての仕事に信頼を置いている時点で、信用出来る存在であることは間違いなかった。

 

「あ、あのー……すみませんうちの提督が……」

 

 ここで工廠に海から入ってくるのが、先程イリスからも伝えられていた調査隊の部隊である艦娘。少数精鋭で行動しているからか、僅か三名。しかも、軽巡洋艦一人に駆逐艦二人。

 その旗艦であろう軽巡洋艦の艦娘が、申し訳なさそうに割り込んできた。気苦労が絶えなそうな少し疲れた表情ではあるものの、ここでの戦いを完璧にこなした後であるのに完全に無傷。その強さが見ただけでわかる。

 

「調査部隊旗艦……神通です。それと、随伴艦の二人」

 

 その駆逐艦の姿を見て、再び目を丸くしたのが深雪と電である。いつか来るかもしれないとは思っていたが、このタイミングで来るとは思っていなかったという、驚愕の表情。

 

 

 

 

「調査隊隊員、駆逐艦白雪です」

「同じく、駆逐艦響。よろしく」

 

 カテゴリーCの()()()がそこにいたのだから、この表情になっても仕方がない。

 




昼目提督の名前の元ネタは、これまで通りオリュンポス十二神から伝令神ヘルメス。名前は対応するローマ神、マーキュリーから。名前からわかる通り、昼目提督はハーフです。
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