深雪達が明石と艤装人間について調査などをしている頃、その裏では敵本拠地のことについて伊豆提督が神風から聞いていた。
近場まで行くことは出来たのだが、敵鎮守府がトーチカ要塞棲姫の艤装そのものになってしまっていること、そこから生えている見上げる程の巨腕のせいで進軍どころではなくなり、撤退もままならず、深雪の煙幕を海中に流し込むことでどうにかなったにすぎなかったことを、感じたままに説明していた。
「そう……そんなことが」
抉られた脚の痛みに耐えつつも、今はこの話は聞いておかねばならないと、しっかり聞いていた伊豆提督。これまでとはあまりにも違う規模の敵が用意されたことで、車椅子の上で腕を組んで悩み始める。
トーチカ要塞棲姫は、この戦いで初めて出てきたような姫級ではない。一応は弱点なども分析されている。三式弾は通用しないが、徹甲弾や対地噴進砲、内火艇などがよく効く。陸上施設型であることから例に漏れず、対地攻撃に優位性があるのは例に漏れない。
しかしそれは、
「巨大なトーチカ要塞棲姫、その本体は見えなかったかしら」
「ええ、まだそれがいるってわかった程度なの。だから、本体が何処にいたかはわからなかったわ。本来の個体と同じだったら、トーチカの中じゃなくて外にいると思うけれど」
「遠すぎてわからなかった……でいいのよね?」
「それで大丈夫。アレだけ大きな艤装だと、陸が見える前にそれが目視出来るくらいだもの」
ただ、それを見ることが出来た段階で、巨腕による猛攻が開始されたと言ってもいい。そこから巻き起こされる風で、深雪の煙幕はすぐさま掻き消されてしまった。また、荒波を作られることで、まともな姿勢を取ることすら出来ない。また、波はトーチカ
何処からこちら側の行動を見ていたかは正確には言えない。高高度にいる夜偵か、それともトーチカ自身の目があまりにもいいのか。そこは簡単に答えは出せない。
「ハルカちゃんは聞いていたかは知らないけれど、一応は叢雲の力があれば何とか出来る部分はあるわ。でも、それを実行するためには……」
「私が直接トーチカに乗り込むしかないわ」
神風と共にこの話を聞いていた叢雲が、瞑った目を覚ますように目を開いて言葉を紡いだ。
深雪達に話してはいる、現うみどりにおける特異点の次くらいに切り札となり得る叢雲の能力。むしろ、敵に知られていないことから、特異点以上の効力が発揮出来るであろう力。
しかし、その条件が非常に難しく、その1つが『直接触れる』ことである。深雪に先んじて伝えていたのは、この力をグレカーレの『羅針盤』の時のように、煙幕で拡張してもらうため。早く蔓延させるならば、磯風の『空冷』もあるので、より蔓延させるのは簡単
深雪の煙幕が対策されている以上、本来のやり方──直接触れることをしなくてはならない。それはあまりにも危険であり、あの状況からして、神風であってもトーチカに触れられる程にまで接近出来るかがわからない。
「深雪のあの力をもう一度やってもらえれば、前に進むことは出来るわよね」
「近付けば近付くほど、あの腕に直接ぶん殴られる可能性も出てくるわね。避けるのも困難、迎撃なんて以ての外。アレは多分、私でも斬れない。受けたらひとたまりもないわ」
ここが一番の問題である。撤退は深雪の領域のおかげで出来たが、次の襲撃はあの風と荒波、そしてそれの発生源である巨腕からダイレクトに飛んでくる攻撃が非常に高い。直撃したら最後、肉片すら残らない無惨な遺体となりそうであると、神風は溜息を吐いた。
妙高の『ジャミング』すら通用するかわからない。狙いを定めて拳を振るっているのではなく、そこにいるから適当に腕を振り回すなんてことも出来るからだ。質量兵器はどうにもならない。
「トーチカ要塞棲姫そのままと考えていいのかしら。ただ大きくなっているだけ?」
「近くまで行けてるわけじゃないから、外観はほとんどトーチカとしか言えないわね。ただ、遠目から見ても特別な装備があるようには見えなかった。内部がどうなっているかは、それこそわからないわ」
「なら、うみどりで接近しすぎるのも考えものね……要塞砲まで同じサイズに巨大化されていたら、うみどりなんて木っ端微塵にされちゃうもの」
「ああ……要塞砲、しっかり大きくなっていたわ。撃たれはしなかったけれど」
トーチカの攻撃手段は、その要塞に備え付けられた大口径の主砲や機関砲。通常サイズならば、それは他の姫と同じだと言える。うみどりには好例としてトラがいるが、トーチカのそれはトラの持つ主砲と比べると、どちらかといえば火力に劣る代物。とはいえ、艦娘と比べるとかなり差があり、一撃一撃の威力は並ではない。
それが巨大化に伴い、見た目通りのサイズになっていることも確認している。砲撃の威力はハッキリ言って意味がわからないモノへと変貌しているだろう。うみどりが横付けしようとしている最中に放たれたら、一撃で木っ端微塵になるのは目に見えている。
深雪達が撤退する際に撃ってこなかったところから、そう簡単には使えない切り札なのかどうかはまだわからない。拳を振り回した方が手っ取り早かったというのはあるが。
「あの行動からして、あちらは私達を生かして捕えたかったのかもしれないわ。特異点だって立派な
「そうねぇ……何というか、今回の裏切り者はやり方は酷いけど敵を殺そうとしていない感じだものね。先に戦っていた部隊がどうなっているのかわからないのは怖いところだけれど」
即座に殺さず、まずは捕えるという選択をしている辺り、敵の思考が少しは見えてくる。トーチカに近付いた時点で砲撃を放つことなく、風と波を起こした上で追っ手を出したという点から、特異点であろうが一度生かして捕えることを目的としているように思えた。
妙高が話していた、『歪んではいるが命の尊さを理解している』と感じる部分にも繋がる。どちらかといえば、命が尊いというより、
「ともかく、攻略法を考えなくちゃいけないわよね。ただ、トーチカ要塞棲姫が相手というのなら、1つは思い付くところはあるわ」
「どんな手段を……?」
「陸上施設型なんだもの。対地攻撃に重点を置くわね。ただ、サイズの問題が出てくるから、それを叢雲ちゃんにどうにかしてもらう必要がある」
問題点はとにかくそのサイズである。本来通るはずの攻撃も、そのせいで通らなくなる。やはり質量こそが正義となってしまっている。
だとしても、それに触れることさえ出来てしまえば、叢雲によってどうにか出来るということならば、安全に叢雲をトーチカの元に辿り着かせることさえ出来れば勝機は見えてくるということ。
そして、その手段として伊豆提督が提示したのは、これまでの戦いとは少し違った作戦である。
「部隊を2つに分けて、片方はさっきと同じように海上から向かってもらう。もう片方は大きく回り道をすることになるけれど、一度陸に揚がってもらって、そこから陸路でトーチカを目指す。叢雲ちゃんには、陸路側を担当してもらう」
海上から向かえば、先程と同じように風と波を起こされて、進むも戻るも苦しくなる事態に持っていかれるが、陸路ならば話は変わる。
そもそもトーチカ要塞棲姫の身体構造から考えると、裏側への攻撃は不可能であるというものがある。あくまでも艦娘を迎え討つための構造になっているのか、主砲も機関銃も何もかもが海向き。そして、
艦娘とて海上で本領を発揮する者達。そういった深海棲艦を相手にする場合は、わかっていても正面から殴り込みに行くしか手段がないのだが、今回はそれを利用して攻撃をしようと考えた。
「あちらの認識の範囲が何処まで広いかはわからない。だから、まずは空母隊に夜偵……ううん、もう次の攻撃の時には陽も昇ってきているだろうから、通常の偵察機になっていそうね、それを撃破してもらう。上からの目を潰した上で、こちらは2つの部隊で襲撃。通信は出来ないから、最終的には部隊で決断してもらわなくちゃいけなくなるけれど、確実に終わらせにかかるなら、これしかない」
海と陸での挟み撃ち。そして、本命は艦娘ではあまり考えられない陸側である。
通信がまともに出来るのなら、また大本営から陸軍艦娘を派遣してもらっていたところだろうが、今回はそれも上手く出来なくされているため、うみどりとこだかで出来ることをやるしかない。
幸い、対地攻撃が可能な者、そして上陸のための大発動艇、そして内火艇まで扱える者は、うみどりにはそれなりにいる。深雪も可能だし、特異点として覚醒した結果、ありとあらゆる装備が可能になった電もいる。
この全てを駆使して、トーチカを撃滅するのが今回の作戦。今後ある島攻めにも通ずるモノがある、いわば前哨戦の前哨戦。
「叢雲ちゃん、かなり無茶な作戦になるけど、乗ってくれるかしら」
伊豆提督の言葉に、勿論だと頷く叢雲。キーパーソンとして中心に置かれることは、緊張感が高まるモノではあるのだが、攻略に必要不可欠であるため、覚悟は決まっていた。
「後は細かくいろいろと決めていきましょ。でもその前に、捕虜達の調査もね。あの捕虜がいるから通信妨害されているというところも疑っているから。明石ちゃん達にしっかり頼んで、やれることをやっていきましょ」
巨大なトーチカに対しても臆することなく、確実に勝利する方法を考える。ここで勝てなければ、阿手の島で勝つことも厳しいだろう。