陸上班を見送ったうみどりの仲間達は、それをサポートするためにも、囮となるために一斉に出撃を始める。
勿論、艦の防衛も必要であるため、戦力はおおよそ半分に割っているが、今回はこだかも共に戦うため、戦力は単純に倍近くになっていた。代わりに守らねばならない艦も2つであるため、やることは増えているのだが。
『ハルカちゃんの方で通信機を作ってもらえてよかったよ。同志センダイに運んできてもらったよ』
こだかとの通信は、明石が改めて作成した通信妨害を受けない通信機を使用している。うみどりの部隊に渡している2つの他に、こだか用にも2つ作製。そのうちの1つは、艦の長同士で話せるようにと、先んじて使用している。
こだかにも顔が利くようになった川内が、ささっと手早く渡してきた模様。それこそ、敵艦載機が一時的に失われたことをいいことに、今のうちだと動き回っている。モールス信号だけではないことは、まだ敵にはバレていない。
「一応聞いておきたいんだけれど、タシュケントちゃんも通信妨害されていることには気付いていたのよね? そうじゃなきゃ、すぐにモールス信号に切り替えることなんて出来ないし」
『うん、そこは通信先のハルカちゃんがちょっとおかしかったからね。軽ーく吹っかけたら、見事にミスってくれたよ。
タシュケントが通信妨害を受けていることに気付けたのはそこである。伊豆提督がタシュケントからの呼称で勘付いたように、タシュケントはうみどりとこだかでしか知らない情報、問題児の話題を出したことでわかった。
ただ問題児と言っただけなのに、誤報を話す伊豆提督は『あの子』と語った。だが、普通ならば『あの子
『いやぁ、あたし達だけしか知らないことがあって良かったよ』
「あの子達に教えたら複雑な表情をしそうだけれど」
『違いないね。特にスキャンプ辺りが』
その時の話はこの程度にして、ここからはうみどりが立てた策を手早く伝える。タシュケントはなるほどと納得しつつも、陸の少数のために2艦の精鋭達をトーチカにぶつけなくてはならないことに顔を顰めるが、そこまでしなくては囮にもならないかもしれないと思うと、仕方ないかとすぐに準備を始めた。
なんだかんだで、タシュケントはボス代理としての役目を全うしている。的確な指揮といえるかは定かではないが、やはり30年もの年月をこだかの仲間達と共に過ごし、良くも悪くも同じ信念を持っていたことが、仲間の配備に対していい方向に影響していた。
『こだかは今のままの場所で良かったかな。光が届くくらいの距離ではあるけれど』
「固まるか離れるかになると思うけれど、今は少し近付きましょ。いつまた通信妨害が再開されるかわからないから、直に話しやすい場所の方がいいわ。纏めて狙われるというのはあるけれど、纏めて守りやすくもなるでしょう」
『了解だよ。それじゃあ、健闘を祈る』
「お互いにね。何かあったら連絡してちょうだい」
海上班の囮作戦もここから開始。陸上班を少しでも動きやすくするため、正面からの攻撃にも入る。
連合艦隊とは言えないほどの多い軍勢。その中心にいるのは、一度トーチカを目にしている者達。
「あの腕は斬れないし、壊すとかも多分無理。自己修復も間違いなく持っているから、腕の攻撃だけは絶対に当たっちゃダメよ」
「範囲が広いから、近付くのもほぼ無理だね。薙ぎ払われたら、僕達なんてひとたまりもない。正直、洒落にならないよ」
神風と時雨が仲間達に説明すればするほど、どうやって勝つんだという気持ちが嫌でも膨らんでくる。
聞く限りでは、接近出来ない、当たってもすぐに修復される、その前に波を起こされてまともな航行もままならなくなる、と良いことが一つもない。今回は深雪もいないので、深雪の領域によるサポートすらない。
「適当に攻撃されるのなら、『ジャミング』も意味がありません。近付かない、くらいしか対策がありませんか」
「潜水艦なら接近だけは出来そうですわ。ただ、陸上施設型にダメージは与えられませんね」
軍師2人──妙高と三隈も、作戦も何もあったモノではない巨腕の対策には手をこまねいている。まだ見ていなくても、話を聞くだけでまずいことはすぐにわかるというもの。
トーチカの攻撃を気にすることなく近付けそうなのは、海上に顔を出さない潜水艦と、そもそも『迷彩』により姿が隠せる子日。しかし、腕を適当に振り回されるだけで子日は進行不能になるだろうし、それをどうにか出来る潜水艦達も最終的には海上に出ていかねば本体を探すことも出来ない。陸上施設型には魚雷は意味を成さず、結果として浮上するしかなくなるのだから。
「とにかくサイズがおかしいから、掠めただけでもダメだ。直撃を喰らったら、『ダメコン』があってもタダじゃ済まないだろう」
「傷は最小限に抑えられても、その場から退場が関の山だろうな。それはそれで困る」
火力要員として採用されているトラと長門も、そこまでの大物となると、自分達の火力は通用しないだろうと見越している。
むしろ、トーチカに近付く際に現れるであろう追っ手を片付けることをメインに考えている。敵はトーチカのみではなく、そこからさらに現れるモノ達も含まれる。
「あの時はあの波を乗りこなすのも苦しかったけど、ああいうのが来るとわかっているならまだマシね。みんな、腕を振り回されると大嵐の中で進むくらいの風と波が来るから気をつけて」
おそらく最も厄介なのはそれだ。進むのも退くのも難しくなる、巨腕が巻き起こす風と波。弾幕を張られるよりも行動を制限され、あちらは何故かその荒波を乗りこなして接近してくるのだから、対策、もしくは
ここまでやってきても追っ手どころか襲撃を防ぐための敵も現れないことから、偵察機が破壊されたことで警戒のレベルを上げたのではと考えられる。
その偵察機を対処した空母隊と防空隊は、基本的にはうみどりとこだかの防衛線の方に参加している。とはいえ、空母隊の艦載機は神風達の頭上にも飛んできており、何かあったらモールス信号で情報を伝えてくれるため、サポートは万全。
そんな艦載機から、チカチカと光が放たれる。簡単な信号、それを読み解くと──
「トーチカから敵部隊が出撃したみたいね……」
敵機あり、である。海上から遥か上空の目であれば、既にトーチカが視界に入っていてもおかしくはない。そして、トーチカがそれに気付いているのも。
近付くならば、それに対応もしてくるだろう。海上の部隊に対して、荒波も越えられる追っ手の部隊だって現れるというもの。
「あの時はわからなかったからね。今はしっかり見させてもらうわ。フレッチャー、お願い」
「かしこまりました」
この部隊にはイリスの目をコピーしたフレッチャーも加わっている。撤退戦の際の追っ手の姿がこれまでの深海棲艦と同じだったものの、
「全員、臨戦態勢! そろそろ会敵よ!」
「カテゴリーRなら撃破。カテゴリーCなら気絶程度で止める。カテゴリーYや擬似Kなら、気絶させてから特機を使って忌雷の引き抜きを試みる。そのどれをするにしても、敵の拘束が必要です。白雲さん、磯風さん、よろしいですね?」
「かしこまりました。次は前回のようには行きませぬ」
「ああ、ただ逃げるしかなかったのは癪だからな。簡単にはやられん」
妙高に促され、一歩前に出る白雲と磯風。巨腕を凍らせることは出来ずとも、敵部隊を凍らせることは簡単である。白雲は自身の鎖に常にその力を込め続け、磯風はいつでも『空冷』の突風を吹かせる準備が出来ていた。
とはいえ、磯風の突風は巨腕の起こす風に負けてしまうことは既にわかっていること。風によって空間を冷やすということは控える。あくまでも磯風は白雲のサポートであり、冷やせるなら冷やすという程度で考える。
むしろ、磯風がここにおり、いつでも空間を冷やすことが出来るという事実が重要である。巨腕を冷気を飛ばすために使わせることが出来るからだ。それもまた、陸上から目を逸らさせることに繋がる。
「さぁ、見えたわよ。あれが今回の敵鎮守府……!」
水平線の向こう側、そこから現れた異形の鎮守府、深海棲艦の艤装、トーチカ。
こちらが攻めてきていることに気付いているからか、既にその巨腕は大きく振り上げられており、いつでも振り下ろすぞと言わんばかり。
「……彩は黄、カテゴリーYです」
その巨大さに驚きながらも、既に見えた腕から確認出来た彩で、そのカテゴリーを通達。カテゴリーY、つまり人間と深海棲艦の混ぜ物。ココ最近の傾向ならば、あちらの裏切り者提督が忌雷を寄生させたと思ってもいいだろう。
だとしても、
「複数の忌雷を寄生させ、運良く生き残ったかと考えられます。カテゴリーYですが、
「あちらも相当な無茶をしたのね。で、賭けに勝ってしまったと。厄介な強運だこと」
まだ憶測でしかないものの、複数の忌雷と適合したことにより、複数の能力を手に入れ、そのうちの1つがあのトーチカなのだろうと考えるのが妥当である。
他の能力は一旦置いておいて、まずはそこから出撃してきた敵の追っ手を片付けるところから。そちらをどうにかしなくては、前進もままならない。そもそも巨腕のせいで前進が出来ないのだが。
「私達の目的は、正面からぶつかって目を向けさせることよ。出来ればトーチカの本体の居場所も確認しておきたいわ」
「それなら、まずはあの木っ端をどうにかしないとね。フレッチャー、あっちの彩も見てくれないかい」
時雨に促され、フレッチャーは視界に入った敵の追っ手を視た。数はすくないが、荒波にも負けない航行力を持つ厄介な敵。
「カテゴリー……擬似Kです。憶測ですが、あれがこの鎮守府の艦娘ではないかと」
「なるほどね。忌雷を使わずに戦力にしているわけではないわけだ。なら、さっさと忌雷を引っこ抜いてやればいいだけだね」
それが知れただけでも充分と、時雨は背部の大口径主砲を構える。装填されているのは演習用の模擬弾だが、威力はしっかり別格。当たりどころが悪ければ、気絶だってしかねない威力。
だが、あちらも一筋縄では行かない。構えるのを見越していたかのように、巨腕が振り下ろされる。瞬間、異常な突風がトーチカ側から吹き荒れ、巨大な波も発生。撤退戦と同じ環境を即座に作り出された。
「だろうね。でも、今回は心持ちが違う。風が吹こうが波が荒れようが関係ないよ」
そんなことをされても冷静さを失うことなく、時雨は完璧な照準で主砲を放った。その一撃は、追っ手の1人に直撃し、見事にふっ飛ぶ。
「さぁ、これが開戦の狼煙だ。二度も撤退なんてしないよ」
「ええ、覚悟の上なら前に進める。ここで足踏みなんてしないわ」
時雨の言った通り、これが開戦の狼煙となり、仲間達が一斉に攻撃を開始する。不利な環境も覆し、戦術によって勝利をもぎ取る。
ここから、海上と陸上の二方面、挟撃作戦が開始される。作戦通りに事が運ぶかどうかは、まだわからない。