「さぁ、これが開戦の狼煙だ。二度も撤退なんてしないよ」
「ええ、覚悟の上なら前に進める。ここで足踏みなんてしないわ」
時雨の背部大口径主砲が放たれ、追っ手の擬似カテゴリーKの1人に直撃させたことにより、海上班の戦いが開幕。巨大なトーチカ要塞棲姫が起こす風と波の中、敵の視線を自分達に集めつつ、あわよくば自らの手でトーチカを破壊出来るようにと前へ前へと進み出る。
トーチカは海上班の姿を確認した時点から、巨腕を基本は動かし続けている。叩きつけ、払い、突き出す。それにより、接近はまず不可能だと嫌でも感じられた。
子日が『迷彩』を使ってこっそり近付くことも考えたが、無闇矢鱈に振り回される腕は、見えていないことなんてお構いなし。あれだけ大きな腕だと、遠回りして近付くことも至難の業。
同じように、妙高の『ジャミング』もどうにもならないと判断された。見る前からダメだろうと思っていたが、現実に見て尚更無理だと納得。妙高のことを見るまでもなく腕が動き続けているため、照準も何もあったモノではない。
「今はとにかく追っ手をどうにかするわ! 進める子は少しずつでも前進! 斃せそうなら斃して、忌雷が寄生しているようなら引っこ抜いてちょうだい!」
神風が指示を飛ばし、それに従うように仲間達は動く。荒波はどうにか乗り越える方針で。
最初から来るとわかっていれば、テンパることなく波も華麗に乗ることが出来る。特に一度味わっていることから、神風はまるで気にしていないように突き進んでいた。今回は主砲ではなく刀。最初から本気である。
他にも、うみどりの面々は嵐の中での後始末などの経験があるため、一度わかってしまえば荒波の中でも多少は器用に動くことが出来た。足を取られることは当然あるし、敵の艦隊よりは覚束ないところはあるかもしれないが、それでも自分の力を最大限に発揮出来るように戦える。
こだかの面々──第二世代も同じだった。後始末屋のようなことはしていなくても、第二次深海戦争を生き抜いてきた猛者ばかりが集まっているのだ。予想外の能力に翻弄されることはあっても、海の環境のみが敵対しているくらいならば、それを乗り越えることなんて造作も無かった。
「とはいえ、狙いが正確には定められないか……!」
「我々はどうしても火力に頼ってしまうからな」
そこでも若干苦戦してしまうのが、戦艦勢。大火力な代わりに小回りが利かないため、斃す砲撃よりは追い込む砲撃をメインに放つことにしていた。トレーニングは積んでいても、トラはやはり一般人からの登用、長門に教わりながらの戦いになっていた。
その長門も、今は一斉射なども控えて確実な砲撃をすることを第一にしている。今は速攻で勝つことが目的ではない。確実に勝つこと、そして、陸上班との挟撃が目的なのだから、
「長い時間戦場にいられればいい。しばらく我々に釘付けにしてやろうではないか」
「ああ、いざという時は私の『ダメコン』もある。頼りきりはしないが」
「その方がいい。頼りすぎて万が一があったら困る。こればっかりは鍛えているだけではどうにもならん」
「違いない」
追っ手を見据えて砲撃を放ちながら、世間話とは言わずともここでの戦い方を逐一話し合う2人には、明確な絆が見て取れる。これがあるから、共に戦える。
「我々の技は既に知られていますか」
「ハッキリと見られていたわけだからな。警戒されても仕方あるまい」
少々苦戦を強いられるのは、決まってしまえば確実だが、そのための手段が対策されやすい、白雲と磯風の拘束組。凍結させるのも難しければ、空気を冷やすのも難しい。戦場は常に風が吹き荒れ、磯風の『空冷』の風は散らされてしまうし、白雲の鎖も対象が遠すぎれば風に煽られて届かなくなる。
故に、2人も通常の戦いを強いられる。接近は狙うが、基本は砲撃と雷撃。砲撃は風の、雷撃は波の影響をモロに受けてしまうものの、凍結を拡げる戦い方よりは確実性がある。
それに、白雲に関しては本来の戦い方──
「風はなるべく起こす。空気が冷えている方が戦いやすいだろう」
「はい、戦場が冷え切っていれば、白雲の『凍結』は十二分にその力を発揮いたしましょう」
「ならばやることは変わらないな。攻撃をしながらでも、空気を冷やし続ける。それでよかろう」
「お願いいたします。無駄にはなりませぬ」
風の中でも、磯風は空気を冷やすことは止めなかった。通常の戦いを進めながらも、その体表から空気を冷やすために風を起こし続けた。吹き飛ばされようが関係ない。その行為そのものが、戦場を白雲に有利にしてくれると信じて。
「カミカゼ、どうよ。敵の能力、何か見えそう?」
そんな戦場でも自分のペースを一切崩さないグレカーレが神風の隣に並び立った。大きな波が来るたびに踊るように乗りこなし、敵の攻撃を避けながらも反撃を繰り出しているが、あちらの方がこの海に慣れている分、軽々と回避されてしまう。
「1人は確実にこの荒波を乗り越えるための力よ。私達が撤退する時に深雪の領域に入ったでしょ。多分、アレは似たようなことをしてる。敵があまり離れないでしょ」
「なるほどね、実力じゃなくてインチキだったわけだ。言葉にするなら、『航行』とかかな」
「絶対に転覆しないみたいな能力、『航行』であってるかもね。凄い限られた環境でしか使えなそうだけど、環境に左右されない力ってかなり厄介よ。今みたいに
神風やグレカーレの予想は正解である。現れた敵のうちの1人が持つ力は、『航行』の曲解。どのような環境であっても、転覆することなく十全の航行を可能にする力。雨が降ろうが風が吹こうが、その足を止めることはないし、出来ない。
そしてそれは、妙高の『ジャミング』のように、力を持つ者を中心とした範囲内の仲間全てに適用される力だろう。その範囲もそこまで狭くはないと来た。
曲解能力としてはあまり有用性の無い、補助も補助な力ではあるのだが、この環境では最適解。グレカーレの『羅針盤』のような、ある特定の状況で光り輝く力と言えよう。
「あらゆる邪魔をしても、その航行だけは揺るがない。どれだけ波が高かろうとも、凪と同じようにこちらに来る。それこそサーフィンでもするかのように波に乗ってくるかもね」
「うへぇ、そりゃあ厄介だ。あたし達だと波に呑まれちゃうだろうしね」
「ええ、だから……
神風が顔を顰めた。その視線の先──トーチカの巨腕が次に繰り出そうとしているのは、ただ風と波を起こすだけではなかった。手のひらで海水を掬い上げ、艦隊に向けてぶち撒けようとしていたのだ。
ただの艦娘や深海棲艦がそんなことをしたところで、飛ばされるのは水滴と言えるくらいの少量。しかし、巨腕で掬うことが出来る量は、おそらく浴槽一杯分は優に超えている。そんな水量がまともに直撃しようものなら、それこそ大きなダメージにもなるだろうし、航行が非常に困難になってしまう。
「あちらは『航行』のおかげで、万が一直撃を喰らったとしても被害は0でしょう。砲撃とは違って、海からの衝撃だもの。でも、私達は」
「これまで以上に戦いにくくなるってことね。ホント厄介だよ!」
トーチカの挙動は誰もが気付いていた。ここで海水をぶち撒けられるのはまずい。だからといって、退くのも難しい。
さらに厄介なのは、海水を投げる際に発生する風だろう。海水を散らすことにもなるかもしれないが、より航行の妨げになるのは受けずともわかること。
そしてこれもまた、妙高の『ジャミング』ではどうにもならないタイプの攻撃である。海水を投げつけると言っても、本当にただ適当に投げつけるだけ。そもそも当たるつもりもなければ、当たらずとも広範囲に影響が出る。
「カミカゼ、海は斬れない?」
「無茶言わないで。もう少し量が少ないならまだしも、あれは私の力量を超えてるわ」
もう少し少なければ行けるのかとグレカーレは内心驚きつつも、あの量は無理だと言われてひとまず回避を選択する。
「多分戦艦の砲撃でもどうにもならない。もうこれは回避するしか選択肢が無いわ。その間に敵に近付かれても上手くカバーして」
「りょーかい! みんなーっ! わかってるねーっ!?」
グレカーレの叫びに全員が呼応。敵の行動を見てから、その方向になるべく近付かないように動き回ることで、被害を最小限に抑える。
実際、飛んでくる水量は普通ではなく、模擬弾を使う戦艦主砲よりも激しい。直撃は死なないにしてもかなり厳しい。
全員が辛うじて回避することに成功したが、一部はその水圧が掠ってしまい、体勢を崩して倒れてしまっていた。
「こ、これは『ダメコン』でもかなり厳しいか!」
そのうちの1人がトラ。戦艦であるが故の小回りの利かなさが顕著に出てしまい、また長門を守ろうと少し前に出てしまっていたのも影響し、直撃は免れたものの、衝撃で吹き飛ばされている。
そして、この海水飛ばしは、更なる攻撃の下準備であった。
「そ、そうなっちゃうのかぁ」
グレカーレが唖然としてしまっていた。海水を避けることは成功していたのだが、その後からやってくる、見上げるほどの波が目に入ったからである。
海水を投げるために、あの巨腕が大きく振られたのだから、それによって海水が更に大きく波打つのは必然。それに巻き込まれたら、まともな航行など出来るとは思えない。ヒトのカタチなのだから尚更だ。最悪、溺死まであり得る。
敵艦隊は『航行』の曲解により、それだけ巨大な波を受けたところで、まるで華麗にサーフィンするかのような波に乗って接近してくる。この波すらも軽々と捌いてしまうことに、その力の脅威を改めて知ることになった。
「どうする……!」
神風もこれに関してはまずいと感じていた。回避不能な大波を前に、
絶体絶命のピンチに陥る。ここでの選択は──