後始末屋の特異点   作:緋寺

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大きな成長

「少しハラハラしちゃったけれど、あの子達が話せてよかったわ」

 

 通信先の昼目提督と、目の前の神通相手に段取りを相談しつつ、深雪達のやりとりに耳を向けていた伊豆提督が、一安心したと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

 カテゴリーWである深雪と電は、この世界の構造そのものが試練になる部分が多いわけだが、姉妹艦と顔を合わせることも大きな試練となると伊豆提督は予想していた。特に、軍港鎮守府に暁がいることは知っているため、電には休暇中に厳しい試練が訪れるだろうとも。

 それが、ほとんど不意打ち気味に発生したのだ。伊豆提督であっても、これは予想していない。深雪であっても姉妹艦と初めて顔を合わせるのだから、これまでの信念が突然崩れる可能性もあった。

 結果としてそれは杞憂となった。深雪と電は、やはり精神的な部分が非常に強い。伊豆提督からしてみれば、生まれた時点で長く生きてきた人間よりも強いと思えた。

 

「よかったです……連れてきてしまったことが問題あると言われてしまったら困ってしまうので……」

 

 神通も安心している様子。言い出しっぺの響が、調査隊の中ではかなりマイペースな性格をしているため、何かしらの波乱を引き起こすのではないかとハラハラしていたようである。

 今回はいい方向に向かったから良かったものの、一歩間違えたらまずかった。勿論、響も確信を持って行動をしていたというのはあるが。

 

『うちの連中が迷惑かけてないようで何よりッス! そうだ、さっきこちらで殲滅した深海棲艦の部隊ですが、後始末に追加することになっちまいました。なので、手伝わせてください!』

 

 タシュケントを追ってここまでしたおかげで、うみどりに向かう深海棲艦の部隊を殲滅することが出来たが、その亡骸はまだ海に浮かんだままだ。当然ながらそれを放置したら穢れが拡がり、これまでの後始末が意味のないものになってしまう。

 工廠こそこんな状況ではあるものの、うみどりの面々は既にそこの後始末も始めていた。深雪と電も休息はおしまいとして、また海に出ようとしているくらいだ。

 

 そこに昼目提督からの手伝いの申し出。神通もその話は事前に聞いていたようで、自分達の()()()残骸は自分で片付けるべきであると、この後始末に臨時で手伝いを望む。

 実際のところ、時間も時間となり、誰もに疲労が蓄積されてきているところ。手伝ってもらえることはありがたい。しかし、当たり前だが神通を筆頭とした調査隊は、後始末初心者。役に立つかはわからず、最悪足を引っ張って余計に作業時間を長引かせる要因になりかねない。

 

「あの……調査隊でも後始末は少しはやっていますので、お力添え出来るかと」

 

 神通が話すには、調査中に起きたことは全て調査隊の管轄としており、多少の後始末は自分達でも出来るようにしているらしい。うみどりほど大掛かりなことは出来ないものの、小規模で僅か数体の部隊を殲滅するくらいだったら、その残骸も片付けてしまうとのこと。

 そもそも、残骸から調査することもあるため、おおわし艦内には残骸を()()()()()()スペースは確保されている。うみどりよりは小さくとも、並の艦艇とは比べ物にならないくらいの大型艦艇なのだ。

 

「そう、じゃあお言葉に甘えて、力を借りようかしら。マークちゃん、調査のための残骸も持っていってちょうだい。最後に出てきた深海棲艦は……」

『うす、オレもそこは訝しんでるんス。なので、回収させてください』

 

 後始末の手伝いに関しては、調査隊としても思惑があるからこその参加のようである。

 

「それじゃあ、作業を続けるわよ。深雪ちゃん、電ちゃん、身体はどうかしら。まだ疲れは取れていないと思うから、難しいなら休んでいてもいいけれど」

 

 伊豆提督から気遣われるくらいには消耗している深雪と電。今も仮眠をとった後に精神的なグラつきがあったため、もう少し休んだ方がいいのではと思われている。

 

「少し休んだので、電はまたやりたいと思うのです。深雪ちゃん、いいですか?」

「いいも何も、電がやりたいって思ったならやればいいよ。あたしもやる気ではいるぜ」

 

 だが、二人とも少し重くなっている身体を起こして、やる気を出していた。このグラつきを力に変えているためか、表情も何処か垢抜けたような感じに見える。

 

「あの、榛名達にも何かお手伝い出来ることはありますか?」

 

 そんな二人のやる気を見て、榛名達救護された艦隊も何かやらせてほしいと訴えてきた。榛名だけではなく、随伴艦達も同じ気持ちのようである。

 

 今回の件に一番巻き込まれているのは榛名達の艦隊だ。後始末を依頼し、大物の乱入によって重傷を負うまではまだ戦闘としてはあり得ることだったが、治療されてからの展開が普通とは違う。カテゴリーWとの対話もそのうちの一つ。

 そのせいか、今回の後始末の件は、他人事と切り捨てることが出来なくなりつつあった。出来ればもっと力を貸したいという気持ちが溢れ、本来なら手伝わないような後始末作業にも手を貸したくなってしまった。

 

「そうねぇ……一応聞くけれど、後始末の経験は?」

「それは、その、ありませんが、それでも何かあるかなと」

「機材とかは貸し出せないけれど、ここでの作業ならあるわ。だから、それを手伝ってもらおうかしらね」

 

 伊豆提督もその気持ちを汲み取り、本来ならいなくても問題ない作業でも、いてくれれば効率が良くなる作業を優先的に回すことで、この後始末を早く終わらせつつ全員のやる気を満たすことが出来る采配。

 

 本当ならば、うみどりに所属するわけではない初心者に後始末を手伝わせるのは、あまりよろしいことではない。

 だが、イレギュラーがいくつも発生したことで作業に遅れが出ていること、それに対してやる気がある者が出揃ったこと。その全てを視野に入れた結果、ここで手を貸してもらうことが最善だと判断した。

 

「じゃあ改めて、みんな作業の方をよろしくね。日が昇るまでには終わらせましょう!」

 

 ここまで来ると、伊豆提督も工廠から離れることはない。昼目提督と連携しながら海上の後始末を進めつつ、工廠で榛名達に指示を出した。

 

 深雪と電も、残骸集め以外の仕事を学び、海域の清浄化に励む。精神的にも、後始末屋としても、二人は成長することになった。

 

 

 

 

 目標だった夜明けよりも少し早いタイミング。空が白んできているくらいで、後始末作業は全工程が完了となった。作業中に深海棲艦の乱入があったことで、ここまで長々と作業をすることになってしまったわけだが、仕事に手を抜くことは一切無い。

 とはいえ、疲労が蓄積していることは確かであり、うみどりの中では最もスタミナがあるであろう那珂ですら、ここまで作業が長引くと表情に疲れが見え始めている。それでも笑顔を絶やさず、合間を見て鎮魂歌を歌う様は、まさにアイドルと言ってもいい。

 

「つっかれた──っ!」

 

 終わったとわかった途端に、そんな叫びが深雪の口から出てしまった。昼から始めて朝になるほどの作業となれば、こんなことを人目を気にせず叫んでしまうのも無理はない。そんな姿を周りも穏やかな気持ちで眺めていた。

 作業中にいろいろあったものの、それを気にすることなくいつものテンションをそのままに出来ているのも、それはそれで()()だろう。すぐに自分を取り戻し、周りを眩しく照らす一種の才。

 

「お疲れ様、深雪。途中で休憩してから、ここまでずっと動き続けていたが大丈夫か」

 

 そんな深雪をまず労ったのは長門である。この中では長門が最も過酷な作業──大物の残骸撤去を数多くこなしており、見てわかるくらいに疲れているのだが、真っ先に仲間の状況を確認する辺り、神風と同じようなカリスマ性を備えていると言える。

 長門に心配されても、大丈夫だと笑顔で返した深雪は、そう言いながらも少しだけ疲れでフラついている。自分を支えるので精一杯というところか。

 

「疲れたけど、やりがいはあったよ。海が綺麗になってるのが、ぱっと見でもわかるしさ」

 

 工廠の外はまだ薄暗いものの、ここに来たばかりの時と比べると雲泥の差。ゴミひとつない綺麗な海へと戻っていた。燃料や体液で汚れ切っていた海水も、今は澄んだ青になり、ここで泳いでも平気だと言えるくらいに浄化されている。

 

 とはいえ、まだ何が起きるかわからないのが後始末直後。ここから清浄化率がまた落ちてしまったら、後始末のやり直しとなる。特に今回のような大規模だと、()()()()が無いかが心配となるのだ。

 終わってから待機している間に、哨戒に加えて潜水艦達による海底調査まですることで、大規模の後始末を終了とする。それは日が昇ってからということに。

 

「電、大丈夫か?」

「だ、大丈夫、なのです……すごく疲れましたが、なんとか」

 

 深雪でも疲れたと言い切れるくらいだ。電はさらに疲労困憊と言った感じで、もうその場に座り込んでしまっていた。もう立ち上がれないと表しているかのようである。

 だが、後始末を始める前と比べると、表情は良くなっていた。不信感ばかりがあった人間達に囲まれた作業で、ここにいる者達だけは間違いなく信用出来ると確信出来たからだろう。

 

「ここから洗浄もあるから、肩を貸そうか。深雪、君はどうだ」

「あたしは自分で歩けるけど、電を支えてやれる自信はないかな……」

「そうか。なら、電は私が運ぶとしよう。電、それでよかったかな」

「は、はい、よろしくお願いするのです」

 

 深雪以外にも頼れるような心境になっているだけでも、電は成長している。信じられる者が深雪だけというくらいだった昨日と比べれば、大きな成長。

 

 人間は、疲れれば疲れるほど、追い詰められれば追い詰められるほど、本性が現れるものである。今回の大規模後始末は、うみどりやおおわし、榛名達別の鎮守府の艦隊達の心の内が見える絶好の機会だった。

 その中でも、誰も文句を言わず弱音を吐かず、懸命に海のために作業を続けた。疲れは見せても、やる気は落ちない。疲れから余裕が無くなったとしても、暴言を吐くようなこともない。真摯に後始末屋としての作業に向かい合っていた。

 そのおかげで、電はもううみどりの面々に関しては信頼出来る存在だと思っている。一度芽生えた不信感は、うみどりに対してのみは完全に晴れたようなもの。

 

「みんな、今日は明け方までご苦労様。おおわしのみんなと、榛名ちゃん達もお手伝いしてくれてありがとう。おかげで、目標の時間までに終わることが出来たわ。重ねて言うけれど、本当にありがとうね」

 

 最後まで工廠で作業を続けた伊豆提督が、工廠にいる全員を労うように話す。おおわしの艦娘達は、調査のこともあるために手伝ったわけだが、榛名達は完全に善意の中でやっているため、殊更に強めに感謝を示している。

 

「おおわしの子達は、一度自分のところに戻るのかしら?」

「はい……その予定です。この後またこちらに提督と共に来ることになるかと思いますので、一度戻りたいと思います」

「了解よ。榛名ちゃん達は少し休んでから帰投しなさいね。こちらからアナタ達の提督に連絡しておくから」

「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えて、少しだけ休ませていただきます」

 

 夜通しの作業に参加してもらったというだけでもありがたい話。しかも、自分達から手伝ってくれると言ってくれているため、出来る限り優遇して労いたいというのがうみどりの総意。

 それを突っぱねるのもどうかと言うことで、榛名達も休んでから戻ることとした。事実、簡単な作業でも深夜にやるというだけで精神的な疲弊はするもの。海が綺麗になる様子が見られたことで、心は洗われたかもしれないが、そうなると肉体的な疲労に襲われる。戻るなら十全の状態がいい。

 

「それじゃあ、今回の後始末はおしまいよ。丸一日待機して明日の朝にまた移動を始めることになるから、それまではゆっくり身体を休めてちょうだいね」

 

 

 

 

 長かった大規模後始末はこれで終了。深雪達の一日は、ここから眠って昼過ぎから始まることになる。

 夜通しの作業というのはここまで疲れるのかと思いつつ、充実した作業だったとも思えた。戦いだけが平和に導くための仕事では無い。それを実感出来る一日であった。

 




いろいろありすぎた大規模後始末。その中でも、深雪と電は精神的な成長がありました。特に電は、真実を知る前に戻れたくらいに心が落ち着けたことでしょう。
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