睦月が欧州装甲空母棲姫を薙ぎ倒したことで敵はさらに増援を送り込んできたものの、そちらに何かをされる前に対処しようと、深雪と電の連携で宙を泳ぎ回るシュモクザメを消し飛ばす砲撃によって撃破。陸へと沈めることで、ついに煙幕を発動させることが出来た。
傷付いた欧州装甲空母棲姫を中心に一気に拡げ、トーチカへの回収を防ぎながら、敵からの視認を全て塞いでいく。勿論、欧州装甲空母棲姫のみではない。トーチカを含めた敵全体にその効果を及ぼす。
「……これだけは防がなくてはいけなかったのに。特異点の力でも最も厄介なモノが……!」
トーチカ本体は、煙幕が戦場に蔓延する前に、仲間達を手早く呼び寄せる。残った護衛である南太平洋空母棲姫も、シュモクザメを失ったため防衛に徹するようにより近くに寄せた。遠方にいて戻ってこれなそうな者達には、あくまでも自己防衛を指示し、無理な突撃は控えるようにしていた。
煙幕が回ってしまえば、その中では碌な攻撃が出来ないことを理解している。撃っても無駄。接近したくても出来ない。しかし、特異点からは丸見え。そんな圧倒的不利な状況で戦えるわけがない。
だからこそ、ここまで徹底してそれを阻止し続けてきたのだが、睦月のあの一撃、文字通りの
トーチカとしては、深雪達の中でも特に戦力が低い者として見積もっていたのが睦月である。カタログスペックだけで言えば、燃費以外はどうしても劣ってしまうのが睦月型だからだ。
しかし、特異点がわざわざここに連れてくるくらいなのだから、何かをしでかすと警戒だけは常にしていた。内火艇を当たり前のように持ち上げてきたことで、その予想は正解だったと一層強く警戒した。真正面から突っ込んでくる夕立よりも、唯一自前の武器を振り回している叢雲よりも、むしろ特異点よりも強めに警戒をしていたほどだった。それなのに、予想を簡単に超えてきてしまった。
それは自分の落ち度だとほぞを噛む。そうやって反省出来るのも、他の裏切り者とは一線を画している。
「いや、まだ手段はある。なら、それに賭けるわ。特異点、最後の勝負よ。私のトーチカで、ね」
「みんな、見えてるな!」
煙幕を放った深雪の声に全員が反応する。インチキと言われても否定はしない、敵からは居場所を突き止められず、自分達は感覚的に敵の位置がわかる煙幕が戦場を包み込んだことで、状況は一変した。
「トーチカ本体は撤退中なのです。自分の艤装に向かっているみたいなのです」
「煙幕が届いてないから、だよな。まだ見えてる内に退きやがった。腹が立つほど冷静じゃあねぇかよ」
煙幕内の状況がわかるからこそ、トーチカが煙幕から逃れるためにすぐさま引き下がったことがわかる。煙幕の中におらず、さらには南太平洋空母棲姫も感じ取れないのだから、迅速な撤退を行なったのがわかる。
今、煙幕の中にいる者達も、慌てて砲撃を乱射するようなこともなく、その場から動かなくなった。近付かれたと思った時に反撃出来るよう、息を整えて待ち構えている。
「他の連中は放置でいい。無闇に傷付ける理由もねぇよ。だから、あたし達は目的を果たすぞ」
深雪達の目的はトーチカ要塞棲姫を斃すこと。命はなるべく残すとしても、最低限巨腕を振り回す巨大なトーチカを破壊することが最優先。
煙幕が拡がる中、今ならばトーチカへの接近も容易であるはず。そのため、欧州装甲空母棲姫も含めた撤退出来なかった敵はその場に置いて、深雪達は煙幕の中で進軍をすることとした。
トーチカに近付けば、本体から何かしらの攻撃を受けることになるかもしれない。煙幕も過信出来ない状況ではあるのだが、今行かねばこの後に行くタイミングは生まれないであろう。
トーチカ本体の撤退は、そこまで距離があるわけではない。その足を使って移動するくらいなのだから、すぐに追えばすぐに追いつく。むしろ、煙幕の展開の方が速いくらいの感覚である。
しかし、いつまで経っても、深雪達が追っても、トーチカ本体どころか護衛達のカタチも捉えられなかった。
「トーチカの中に入ったと考える方が早いか」
「なのです。電達には入れないようにされてるのです」
煙幕の中でも形状は確認出来るが、どう見ても入り口のような場所はない。トーチカ本体と、それが許可した者のみが入ることが出来る場所と考えるのが良さそうである。
深雪達からしたら、これは実際好都合である。何故なら、本来の目的は叢雲がトーチカに触れること。今ならば妨害なく触れることが出来ると言っても過言ではない。
しかし、だからこそ罠の可能性を考えるべきである。叢雲の力を知られているわけではないため、トーチカに触れることを防ごうとするとはまだ思えないが、それでもこれまでのことを考えると、あらゆる事象に対して対策を取ろうとしていることは間違いない。
「とりあえず、撃ってみるか」
深雪が主砲を構える。消し飛ばす砲撃ならば、トーチカを抉って破壊することも不可能ではない。しかし、サイズがサイズなので、それがまともな傷になるかもわからないし、何より敵は自己修復を備えているので、少し抉ったところですぐに修復されてしまうことも予想される。
しかし、やってみないとわからないというのもある。大きすぎるが故に、その辺りの機能が緩慢な可能性も無くはない。
「跳ね返されるとかしたらヤバいっぽい。夕立達は少し離れておいた方がいいよ」
「抉ることも出来ずってことはあり得るのか。確かにな、じゃあみんなは離れていてくれ。まず一発、やらせてもらう」
煙幕の中、深雪を先頭に他の者達は一歩下がる。これで万が一跳ね返ってきたとしても、誰も傷はつかないはず。
「っし、撃つぜ」
そして、一発砲撃。超火力である深雪の砲撃は、真っ直ぐトーチカに向かっていき、その壁面に直撃。本来ならばこれで抉り取るようにダメージを与えるところなのだが──
「……跳ね返ってもこねぇよ。傷はついたみたいだけどな」
「それもすぐに自己修復されているのです。結局何も無かったことになっているのです」
「硬い……でいいのかコレ」
ダメージは入ったのかもしれないが、思っていた成果は得られず、トーチカの堅牢さを思い知ることになった。
この中で籠城されたら、いくら特異点であってもお手上げである。引き摺り出すことも出来ず、姿すら見えない。しかし、ここで手をこまねいている間も、海側では巨腕が大暴れしており、囮を買って出てくれている海上班が追い詰められている。
「もう、ここでやるわ。きっと通用する」
故に、本来の目的を果たすために、今度は叢雲が前に出た。トーチカに触れるため、その切り札と言える力を使うため。
「道を拓いてくれたんだもの。今ここで、私の役割を成す」
「ああ、頼んだ叢雲。睦月、すぐに叢雲を運べるように準備をしておいてくれ」
「任せてほしいのね。いざとなったら、叢雲ちゃんも軽くしちゃうにゃし」
「生身にも使えるの? それなら安心ね」
息を整え、叢雲が前進する。煙幕で見る限り、妨害をしてくるようなモノは見当たらない。壁面に機銃でも備え付けられているかとも考えたが、そういったモノは存在しなかった。
煙幕によって感知されることを、トーチカが気付いていたかは定かではない。しかし、予想はしていた可能性はある。故に、
それに気付いた電が、叢雲に待ったをかける。
「叢雲ちゃん、ちょっと待った方がいいのです」
「何か不都合があった?」
「ここまで撤退させられることも想定しているなら……煙幕の効かない攻撃を仕込んでいる可能性があるのです。例えば……‥
電があるかもしれないと考えた兵器に、一同はゾッとする。地面の中には煙幕は効かない。海の時のように海水に溶け込むような煙幕が出来ればいいが、水と違って地面にはそういったことが出来るようには到底思えなかった。出来たとしても異常に時間がかかるか。
「夕立ちゃん、壁の近くの地面に砲撃をお願いしてもいいですか?」
「りょーかいっぽい」
深雪では抉り方がまずいので、夕立の火力でひとまず様子見。今から叢雲が行こうとしている壁のすぐ側の地面に向けて、一発砲撃を放った。
本来ならそれが地面に食い込み、土が爆発したかのように舞い散ることになるだろう。少なくとも火は上がらない。
しかし──
「……マジか」
そこで起きたのは、爆発と爆炎。電の予想通り、そこには地雷が仕掛けられていた。接近し、トーチカへの侵入を試みた者に対する抵抗の証。
しかも、その地雷はそれだけでは終わらなかった。爆発したら終わりのはずなのに、その地雷は
無限の地雷。そんなモノ、誰も見たことはないし聞いたこともない。
「多分……これもトーチカの力なんだと思うのです。明石さんと同じような力で、『開発』したんじゃないかなって」
「だよな。こんな兵器、滅茶苦茶すぎる。むしろ、『開発』だけじゃ済まねぇぞこんなモン」
事実、トーチカ要塞棲姫の2つ目の力は、明石と同様に『工廠』の曲解。明石は『改造』などに秀でているが、トーチカは新たな兵器の『開発』に秀でていた。そしてもう1つ、3つ目の力がその地雷を強化している。
それが、元々考えられていた力、『拡張』の曲解。
ここまで来ると、運がいいでは済まないレベルだ。どういう順序でその力を手に入れたかはわからないが、今この時点で3つの忌雷の寄生は確定している。そして恐ろしいことに、それで終わりかどうかはまだわからない。4つ目、5つ目と持っている可能性も普通にあるという恐ろしさ。
「『開発』したモノを『拡張』して、その場その場で対応してくる……とんでもないのです。こんなの、今までと違いすぎるのです」
「ああ……マジでな。これまでと同じなら、ここで慢心してくれてたけど、やたらと冷静なのも困る。アイツ、本当に他の裏切り者と同じなのか……?」
そこまで疑問に思えるほどの存在。しかし、阿手と関係を持っていたこと、そもそもが生徒であったことはおおわしの調査でわかっていることだし、現にうみどりのカテゴリーY達がその姿を目にしている。なので、裏切り者は裏切り者なのだが、性格が違いすぎることにどうしても違和感があった。
ともかく、今はこのトーチカを突破しなくては話にならない。どうにか斃し、生かしたまま捕え、その素性を知ることが、新たな目的となりそうだった。
しかし、敵はこのまま籠城を決め込むだけでは終わらない。
「……風……?」
深雪達よりも上、トーチカの中段辺りから、突如風が吹き始める。壁面自体も変形しており、そこには撤退したはずの敵艦娘の姿が見えた。
そして、その手には明らかに見たことのない装置。兵器とすら思えないそれは、どう見ても
「……まさか」
「送風機を『拡張』して、煙幕を吹き飛ばすようにしたのです!?」
そうこうしているうちに、深雪の発生させている煙幕が、拡張された送風によって失われていく。多勢に無勢をもひっくり返す特異点の特権が、この場で失われていく。
「高いところと取られたっぽい。コレ、結構まずいかもしれないっぽい」
「近付くことも難しいのよね。でも、やらなきゃいけないわよ」
「勿論なのね。こんなことで、負けていられないにゃし!」
だが、誰も挫けない。心も折れない。どれだけの逆境であっても、これまでいくらでも跳ね返すことが出来たのだ。
ならば、今回も同じように、仲間達の力を借りて、目的を達成するのみ。
「行こうぜみんな。これだって、どうとでもなる!」
「なのです! 負けるわけにはいかないのです!」
ここからが本当に最後。トーチカとの決戦。最後の抵抗を突破して、この戦いに終止符を打つ。