叢雲の持つ切り札、『標準型』の曲解により、敵達が立てこもるトーチカは本来の姿──ボロボロの鎮守府の姿へと戻る。そして、トーチカ要塞棲姫の持つ曲解は、トーチカ経由で全てが無力化されていき、煙幕対策の強風を発生させるブロワーは機能停止。煙幕が使用可能になったことによって、内部は全て『普通』へと戻る。
しかし、ここで叢雲は力を使い切ってしまった。突入前に意識を失ったため、ここからは予定通り、睦月が叢雲を運ぶことになる。今ならば『軽量化』の曲解もあるため、軽々と持ち上げられるようだった。生身にも効くことに睦月自身も少し驚いていたが、叢雲には何の影響も無さそうであるため、ひとまず気にせず進むこととする。
とはいえ、叢雲を抱えている睦月は戦力と呼ぶには少々厳しい。鎮守府突入に内火艇を持ち込むことも出来ないため、手ぶらといってもいい状態となった。
そのため、深雪は先んじて2人の安全を確保するように、煙幕を纏ってもらう。せめて敵が砲撃を放ってきたとしても傷つかないように。勿論夕立も2人を守るために行動するが、それでも守りきれないことだってあり得るだろう。
「よし、じゃあ行くぜ。電、水上機でいろいろ確認しながら頼む」
「なのです。電の水上機、かなり小型なので、鎮守府の中でも飛ばせると思うのです」
電のドローン型水上機は、マルチツールに格納することもあって、かなり小型に設計されている。そのため、器用に室内でも飛ばすことが可能であった。
今や廃墟とも感じる鎮守府の中には、敵がまだまだ潜んでいる。こんなことになったために、冷静さを維持しているかは何とも言えないが。
「それに、さっき他の艦娘さん達も見つけているのです。そちらの確保もしておきたいのです」
「だな。そっちを救うのも絶対に必要だ。あのトーチカ野郎を捕まえるのも必要だけど、誰も死なずに戻ることが大事だもんな」
「なのです。なので、トーチカは探しますけど、艦娘さんの場所も把握しておきたいと思うのです」
捕虜にされている友軍の安全確保は少し難しいかもしれないが、自分から行動してもらえるのならば、少しは変わることもあるだろう。消耗しているのなら、そこにいてもらうしかないのだが、動けるのなら援軍として共に戦ってもらいたいくらいである。今なら電が応急処置も可能であるため、多少の傷も手当てが可能。
敵を斃すことと、捕虜を救うこと。どちらもやりたいのだが、無理は禁物。今ならば、海上班との合流も視野に入れられるため、まずは出来る限りのことをやっていくことになるだろう。
鎮守府に突入した一行だが、敵艦娘は隠れ潜んで逆転のタイミングを狙っているようだった。電が放っている水上機による偵察でそれがわかり、さらには深雪の煙幕によって視界を塞ぎつつも感覚がわかるようにしてみれば、死角から深雪達の通過を待ち構えている者もいることがわかる。
だが、既に煙幕に包まれた時点で勝ち目が無いと悟ったか、若干
「悪いな。今は寝ててくれ」
煙幕が蔓延してしまえば、深雪が速攻で近付き、逃げる隙も与えずに一発入れ、そのまま気絶させることが出来る。残った敵艦娘達は、そのやり方で無力化していった。
数も大分少なくなっており、この手段で確実に黙らせていけば、トーチカを追い詰めることも出来るはず。この鎮守府にも地下通路があると言われると厄介なため、まずは真っ先に執務室へと向かう。
「ここも構造自体は似たようなモンだな」
「ぽい。だから、執務室には迷わず行けるよ」
夕立もこの通路は慣れたモノであり、敵が隠れ潜んでいること以外は何も変わらないため、寄り道せずにトーチカを追い詰めることが可能。
とはいえ、絶対に執務室にいるとは限らない。別の場所から逃げ果せている可能性もあるし、そもそも逃げずに徹底抗戦の構えを取ろうとしている可能性もある。先程までの対応力を考えると、いくらでも予想が出来るため、どうしても慎重になってしまうもの。
「捕虜にされてる皆さんは、執務室から少し離れているみたいなのです。このまま行けば、先は執務室ですね」
「なら、先にトーチカの本体をどうにかしておいた方がいいっぽい。さっきみたいな抵抗をまたされるかもしれないと思うと面倒っぽい」
「わかったのです。電も、逃がしちゃダメだと思うので、そっちを優先した方がいいと思うのです」
効率とかそういうのではなく、単純に今回のような戦いがまた起きる可能性を潰しておきたいというのが本音。夕立はそれを包み隠さず話し、電ですらそれに同意するほど。
今回の戦いはこれまでで一番キツかったと誰もが思っていた。ここにいる者だけで無く、うみどり全体でも満場一致だろう。
「やっぱ執務室前は厳重だな。わかりやすくて助かるぜ」
そんな鎮守府内でのトーチカ探索も、あっさりと終わりを迎える。最後の最後には、これまでのキツさが報われるくらいで助かったと、深雪は一気に煙幕を放った。
とんとん拍子で執務室前の護衛を斃し、その部屋の扉は夕立が蹴破る。そもそもがボロボロであるため、扉の破壊に対して何の躊躇も無かった。
「……よう、逃げてるかと思ったけど、ここで待ち構えてたんだな」
執務室内、そこにはやはりあまり綺麗とは言えない机があり、席にはトーチカ要塞棲姫本人が座っていた。その隣には、南大西洋空母棲姫の姿も。
ただし、叢雲の持つ『標準型』の曲解の影響をモロに受けていたようで、攻撃の手段は全て失われていた。南大西洋空母棲姫の生体艤装は既に破壊済み。自己修復も出来ない程に木っ端微塵。トーチカの方に至っては、執務室にはそれそのものが存在せず、本体のみがそこにいるという状態である。
「私の艤装は工廠にあるもの。海の方から向かってくる連中を食い止めないといけないわ。でも……時間の問題ね」
半ば諦めたような仕草。往生際が悪かった他の裏切り者と違って、妙に潔い。だからこそ、深雪は一度聞いたことをもう一度聞く。
「もういいだろ。投降してくれ」
端的に。その中にある思いは、既に一度伝えてある。
「……拒否したら?」
「悪いが、力尽くでも連れて行かせてもらう」
「野蛮ね」
「どの口が言ってんだ、ここまでやってきたことが上品だって言いてぇのかよ」
「……それもそうね。足掻いて足掻いて、それでも特異点には勝てなかったわ。悔しいけど」
クスリと苦笑し、深く背もたれにもたれかかった。ここまでか、と諦めた表情も見せた。
あまりにも毛色が違いすぎて、深雪は若干戸惑っていた。何なんだコイツと、逆に混乱させられかけていた。
「……お前、マジで何なんだよ。他の裏切り者と全然違う。クソみたいな罵倒も無いし、往生際の悪さもない。戦い方も雑じゃない。しかも、仲間思いと来た」
これにはトーチカは黙り。しかし、今度は電が口を開く。
「貴女はもしかして……
トーチカの表情が小さく変わった。電はそれを見逃さない。
「深雪ちゃん、多分ですけど……あちら側にもいろいろありそうです」
「いろいろって?」
「出洲派閥と阿手派閥……みたいなモノなのです。裏切り者は基本阿手派閥に属すると思うのですが……このヒトは多分
つまり、部下の命すら食い物にする阿手の教育を受けている証拠はいくつもあれど、実際はそちらではなく別の派閥に属しているということ。電はそう予想した。
阿手に教育を受け、阿手の研究が続く島にも訪れている経歴があるのがトーチカだ。その研究を是としていることは間違いなく、少なくとも1人は部下である艦娘を譲渡し、それが出来損ないとなって、海賊船での戦いで深雪達に襲いかかってきている。それが命を粗末にしない行為なわけがないのだ。
それなのに、今トーチカがやっているのは、阿手の思想とは離れた、人を人として見ているモノだ。深雪達からしたら、阿手のやり方と比べればという前置きはあるものの、まだマシであると思える。
「電の言ってること、合ってるのか? お前、阿手に従ってるんじゃ」
「平和を乱す特異点に言うことなんて無いわ。捕まえるなら捕まえなさい。力尽くで」
まるで当てつけのように話すトーチカ。諦めたからと言って敵意が失われたわけでは無い。これ以上何も出来ない、何をやっても無駄であるとして、今は素直に従おうとしているのみ。逆転のタイミングを狙っているようにも見えるため、当然警戒は怠れない。
力尽くで、という言葉をわざわざ使ってきているあたり、自分達が正義であることは変わらず、悪である特異点に強要されているという点を強調しているようにしか見えない。
「……隙は見せねぇ。後ろから襲われたら堪ったモンじゃねぇからな。強要でも何でもいいぜ。ここで見逃したら、お前、また同じようなことするだけだろ。何人が嫌な目に遭ってると思ってんだ」
拳を握り締めながら、その怒りを露わにする。だが、トーチカは
「高次に至るためなら、これくらいは許容するべきよ。貴女達はそれを邪魔しようとする悪。試練を乗り越え、より強靭な精神を手に入れ、選ばれた者は高次の存在へ進化する。ここで淘汰される者は、次の段階にはいけない。
トーチカの師と言われれば、それは阿手だろうと考えるものだ。だが、この言葉は深雪には聞き覚えがあるもの。
「……出洲が言ってた言葉、だよな。あたしはそれ、一度聞いたぞ。本人の口からな」
電も、その時は怯えていたものの、その言葉は覚えていた。平和のために、人類を進化させるためには、戦いが必要だと。
トーチカはその言葉を信じてここにいる。つまり、電が言っていた通り、トーチカは出洲派。ならば、何故ここにいるのか。阿手に従っている理由は、トーチカの口から語られることは無かった。
結果的にトーチカは強制連行というカタチで捕まえることになる。そのときには海上班の一部も鎮守府に到着。ここで行なわれた全ての戦闘に決着がついた。