鎮守府の長であり裏切り者提督であるトーチカ要塞棲姫を戦闘不能にしたことにより、長かった5つ目の鎮守府制圧もようやく完了。
海上班の一部も鎮守府に辿り着き、工廠にあったというトーチカ要塞棲姫の艤装も木っ端微塵に破壊した。これで本当に抵抗する手段は無くなったと言えよう。
海上班合流までに時間がそれなりにあったため、その間に深雪達はこの鎮守府で捕虜にされていた友軍艦隊も救い出していた。こちらもかなり消耗しており、自力で歩ける者もいれば、肩を貸さないと移動すら出来ない者もいた。
夕立と睦月をトーチカの見張りにつけ、深雪と電が鎮守府内を動き回って捕虜を回収していくうちに、合流まで来れたという感じである。
このときには、睦月が装備してきたうみどりとの通信手段を一旦深雪に譲渡。捕虜にされていた友軍艦隊の面々を、イリスがその場で確認出来るようにするため。トーチカ自身はあんなことを言っておきながら、捕虜には何か仕込んでいるなんてことだってあり得る。どのような考えを持っていたところで、敵は敵なのだ。信用なんて簡単にはしない。
「身体に何かされたってことは無さそうだな。それだけは安心したぜ」
「ご、ご迷惑を……おかけしました……」
消耗が激しく、深雪の肩を借りているのは榛名である。戦艦故か、友軍艦隊としては最も動き回っていたらしく、その上駆逐艦などとは比べ物にならないくらいの消耗となるため、どうしてもフラフラになってしまったようである。
今の深雪は深海棲艦姿。身長は下手をしたら榛名よりも少し大きいくらいになっているため、肩を貸すのも簡単な方。深雪がこういう姿になれることは、既に全鎮守府が知っていること。榛名達は又聞き状態ではあるが、その姿をすぐに受け入れた。
「いや、これはしょうがねぇよ。対策取ってても苦戦したんだ。手掛かり無しでぶつかったら、こうなっちまうのも無理無ぇ」
「なのです……それでも、これで済んで良かったのです」
「はい……すぐに殺されずに捕虜にされた理由はわかりませんが……正直助かりました。全員無事とは言えませんが……」
今のこの消耗具合からして、艦娘としての力を吸われていたのではと深雪と電は考えるが、詳細は一切わからず。トーチカとなっている間、この部屋がどうなっていたのかも分からないのだから、今となっては調査することも出来ない。
とにかく、救われたのならそれでいい。命は残っているし、後遺症となりそうなダメージは無さそうであるため、今はここにいる全員をこの鎮守府から外に出し、どういうカタチでもいいので回復させねばならない。
救った中に艤装人間と同じ顔を持つ艦娘──特にうみどりで暴れた蒼龍がいた時にはゾクリとしてしまったようだが、なるほどこのヒトが使われたのかと納得して、救出を進めた。
捕虜にされた友軍は一旦工廠へ。そこには疲れが大きく見えている海上班の一部が軽く休みながらも事後処理に入ろうとしているところだった。
神風を筆頭に、白雲と磯風による凍結で動きを止めることがメインとなっており、追加のアタッカーとして時雨とグレカーレもいるというくらい。残りの者達は巨腕との戦いで消耗が激しく、先んじてうみどりに撤収したとのこと。
「捕虜は全員無事……とは言いにくいけど、誰も死んじゃいねぇ」
「よかったわ……それこそ忌雷を使われていてもおかしくなかったでしょうし」
「その辺は先に調べといた。彩は変わってないって、イリスの保証付きだぜ」
「安心したわ。とはいえ油断はしないけれどね」
「当然。あたしの特機にも調べてもらってる」
フラフラの友軍は、工廠で一時的に休んでもらうことにした。先んじて撤収した仲間達には、入れ替わりで大発動艇などを出してもらうことも考えている。
「ここのボスは?」
「今は夕立と睦月に見てもらってる。大人しくはしてるけど、何をするかわからないし、これから改めて拘束するつもりだ。腹立つ言い方されるけどな」
「それはいつものことでしょう。私も行くわ」
「助かる」
神風は深雪達と共に執務室へと向かうことに。何かあった場合は、容赦なく刀を抜くつもりで。
拘束もそうだが、トーチカにはやらねばならないことがある。カテゴリーYになったのが忌雷によるモノなのだから、それを引き抜くことである。
対面した時にさっさとやることも考えたが、『標準型』の曲解で力を封じられたことで、全く抵抗してこなかったところを見るに、戦闘力は無いのではと予想した。また、トーチカの方が近かったため、まずそちらを対処しに行ったが、捕虜にされた友軍の方を救い出すこともなるべく早く進めたかったため、安心を得た後に処置をする方向で進めていた。
「まだまだ忙しくなりそうね、深雪」
「ああ、擬似Kの連中からも全部抜かなくちゃいけねぇし、陸の方にも大分置いてきちまってる。全員集めないとダメだ」
「ええ。だから、他の鎮守府にも応援を呼びましょ。もう通信妨害も無いでしょうし」
それを聞いて、ああっと声を上げた。トーチカの力を封じたことで、通信妨害は今の時点ではもう無いと考えられる。実はその力を持っているのは他の擬似Kという可能性もあるが、ここまでの展開からして、トーチカの『開発』と『拡張』によってその機能が大幅に拡張された通信機器が妨害を行なっていたのではと予想もしている。
そうで無くても、鎮守府には叢雲の『標準型』の力が含まれた煙幕が蔓延したのだ。ここにいるのならば、その力に巻き込まれて、全ての能力を失っている。
なるべくなら、忌雷が寄生している者全員から抜いてからと行きたいところではある。後顧の憂いを断ち、万全の態勢をとってから進めたいところである。
まずはトーチカから。執務室に入るなり、神風は大きく溜息を吐いた。その視線の先には、半裸の夕立。
「貴女……何をしたらそんなことに?」
「地雷踏んでジャンプして、その後もっかい地雷に直撃したっぽい。そのおかげで敵の艤装をぶっ壊すことが出来たっぽい」
「ああ、そう……貴女にしか出来ないわね、うん」
着せてやるモノも無いため、今はその状態を放置する他なかった。それに、夕立のこれは現状を進めるためには必要性の薄いこと。
「……トーチカ要塞棲姫ね、確かに」
神風が睨みを利かせるが、トーチカは素知らぬ顔。その隣の南太平洋空母棲姫も、トーチカの隣から動かず、戦闘しようとはしてこなかった。艤装が無いのだから仕方ないこと。それに、ずっと夕立が監視していたのだから、ここから逆転する手段なんて作り出せない。
だが、立場が逆転したとはいえ、トーチカは捕虜とは思えない太々しさ。力尽くでやればいいと開き直っているというのが癇に障るところではあった。あくまでも正義は自分達にあり、何をされたところで特異点が悪であるという思想は変わらない。
「睦月、貴女は叢雲を工廠に運んで、自分の大発動艇を取りに行ってもらえるかしら。運べる数は増やしておきたいから」
「了解にゃし。海から行って大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫。むしろ陸より安全ね。不安があるなら、誰か1人使ってもいいわ」
一応陸上班にも大発動艇はあるため、それの操縦者である睦月にそれをここまで持ってきてもらう。それで運べる人数が増やせるのだから、やらない理由は無いだろう。それに、気を失っている叢雲の安全も確保しておいた方がいい。このまま抱き抱えているままだと、万が一の時に共倒れということもあり得るからだ。
睦月が執務室から出た後、神風は刀に手をかけつつ、深雪に忌雷の引き抜きを頼む。全てを特機に変えてしまってもいいとして、まずは確実な戦力ダウンを目指す。
戦闘中にそんなことをしている余裕はなかったが、今なら落ち着いていくらでもやれるだろう。『標準型』の曲解がいつまで効果があるかわからないため、出来る限りこちらも早いところやらねばならないことであった。
「よし、先にトーチカの方で行くぜ」
「ええ。またあんな敵と戦いたくないもの」
巨腕との戦いは、神風であっても二度とやりたくないと思えるほどだったようである。
「覚悟しろよ。もうお前にあんな力は使わせねぇ」
「何をされても私の信念は変わらない。特異点の悪意に屈することなんてないわ」
「好きに言ってろ」
トーチカが何を言っても、深雪の考え方が変わることはない。もう揺さぶられることもない。故に、躊躇いなど少しも無く、特機により忌雷の引き抜きが行なわれた。
予想通り、トーチカの中には3つの忌雷が寄生されていた。その一つ一つがうまく干渉しすぎない場所に配置されており、2つ目の鎮守府で起きた忌雷の突然変異のようなことも起きていないようである。
「おら、1つ目っ」
景気良く引き抜き、それを即座に燻し、特機へと変えていく。特異点の煙幕によって特機へと変わる忌雷を見て、トーチカはそれを非難した。
「それすら手中に収めるだなんて、噂に違わぬ魔王ね」
「それで仲間が救えるなら構わねぇよ。ヒトの命を粗末に使うような連中と一緒にすんな」
鼻で笑うトーチカを無視して、2つ目の忌雷も引き抜く。そしてトドメに3つ目の忌雷を引き抜いたところで、トーチカはぐっと息を呑んだ。
忌雷の効果によって今の姿になっているのは、他のカテゴリーYでも同じこと。故に、忌雷が全て無くなったことで、元の人間の姿に戻ることになる。
トーチカはその時ばかりは悔しそうな顔をしており、小さく溜息を吐いた後、深雪を睨みつけた。口汚く罵るようなことはせずとも、最後の抵抗と言わんばかりに。
深雪はそんなことをされたところで怯むようなことはない。むしろ、逆に睨みつけ、トーチカと睨み合いの様相に。
しかし、忌雷が引き抜かれることでトーチカとしての身体を失う直前に、恨み言のように言葉を吐いた。
「私は負けたかもしれないけれど、貴女は必ず私の師が始末するわ」
その師というのは、阿手ではなく出洲のことだろう。だからこそ、深雪は力強く答える。
「おう、かかってこい。返り討ちにしてやるからよ」
「……せいぜい、怯えて過ごすことね。でも……」
だが、少しだけ意味深な言葉を残す。
「師よりも先に、貴女はあのヒトと決着をつけるんでしょう。それは、師も望んでいるわ。いい加減邪魔だったもの。貴女は、まずは師のために戦うことになるでしょうね」
ふっと笑みを見せた瞬間、トーチカは靄に包まれ、人間裏切り者唯一の女性提督の姿に戻ったかと思えば、その場で気を失った。人間に寄生している忌雷を引き抜くことは、艦娘に寄生している忌雷を引き抜くよりも負担が大きかったようである。特機が最初から人間には寄生出来ないとなっているのは、そういう点もあるのだろう。
最後に負け惜しみのような言葉も聞こえたが、これで完全決着。残すところ、裏切り者の鎮守府はあと1つ。