裏切り者との戦いが終わり、ようやく息が吐ける時がやってきた。これまでに超規模の後始末というのもあったが、それとはまた違った疲労。ここまでの戦い詰めというのはこれまでになかったことな上に、敵が毎度毎度普通とは違うこともあって、消耗はピークと言える。
特に最後のトーチカ要塞棲姫は酷いものであり、うみどりの面々も半分は疲労困憊となっていた。出撃した面々は勿論、うみどりを守っていた面々も精神的な疲労が非常に大きい。
後始末や捕虜などを他の部隊に任せられることになったことで、うみどりやこだかは他の部隊より一足早く休息に入ってよいと大本営、瀬石元帥から許可を貰えたため、ゆっくりと軍港都市に向かいながら、今は何も仕事をせずに休むこととなる。
「最後は逃げられておしまいというのは締まらないけれど、これで終わったというのならヨシとせざるを得ないわね」
「ええ、これ以上戦うのはキツかったわね。メンタル的に」
肉体的な消耗も辛いが、精神的な消耗は回復が難しい。それを行うためにも、今回の休養は軍港都市を利用させてもらうということになっている。
トーチカに囚われていた捕虜達の消耗も激しく、元の鎮守府に運ぶよりは、うみどりやこだかで休んだ方がいいのではと考えられ、そのまま軍港都市で英気を養うことも視野に入れられた。
それだけ、今回の戦いは厳しかった。トーチカの戦いは、最後にやるにしては濃厚すぎた。阿手の島の前哨戦と思えば、こんなものかとも思えてしまうものの、それでもあまりにもハードな戦い。
深雪の特機によって力を得た者がいなければ勝ち目は薄いどころか皆無だったかと思うとゾッとしてしまう。特異点の力に頼ってようやくというのは、普通の艦隊では間違いなく負けるということにもなる。実際に、ここを襲撃した仲間達は全てが捕虜にされているのだから、証明されたようなもの。
「深雪ちゃんに頼りすぎな現状が厳しいわね……あの子にもちゃんと休んでもらいたいのに」
「本当にね……」
伊豆提督もイリスも、そういうところで心労が溜まってしまう。戦いはまだ終わりが見えないというのもキツイ。
そして、ここ最近は後始末屋として活動が出来ていないような気もしていた。今回の戦いも、別の後始末屋に片付けを頼んでいる程。しかし、これだけの戦いを繰り広げた後に、さらに片付けまでしろというのは流石に酷である。何処も彼処も、うみどりは一度休むべきだと言ってくれているくらいなのだ。
「とりあえず、ここからは軍港ね。少しの間休ませてもらいましょ」
「そうね。ハルカだって休まなくちゃいけないもの」
「今回ばかりはしっかり休ませてもらうわ。私だって怪我しちゃったんだもの」
脚の傷はまだ治っていないのだから、伊豆提督も休まねばならない。せめて歩けるようになるまでは、軍港都市で休んでおきたい。妖精さんの治療があるとはいえ、そう簡単に済む話では無いのだ。
しかし、そうしている間も出洲も阿手と好き勝手やっているのだと思うと、どうしても焦りが出てしまう。休まなくてはならないのに。
「貴方が1番休まなくちゃいけないんだから、そこはジッとしてなさいね。いざという時はマークをつけるわ」
「……マークちゃんとはどうせ軍港で会うわよ。いろいろ言われそうねぇ」
それはそれでゲンナリしている伊豆提督。怪我をしたと知れたら、どんなことをしでかすかわからない。とはいえ、単独で阿手の島に突撃するような無謀なことはしないだろうから、そこは安心出来る。
「ともかく、ハルカはしっかり休むこと。今回は善処とかそんなことは言わせないから覚悟しなさい」
「わかってる、わかってるわ。今からだって寝させてもらうんだから」
「当然よ。真昼間だけど、夜かって思えるくらい、全員に休んでもらうから」
今回ばかりは時間の感覚がおかしくなってもいいと、昼間から全員を休ませる予定。むしろ、誰も何も言わずとも休みに入っている。昼食くらいの時間であっても、セレスが空気を読んだか軽食にしていたほど。
非戦闘員は同じように休むことはないものの、仕事も控えめにされる。例えば黒井兄妹はあまり音を立てないように掃除はそこそこに。平瀬と手小野も工廠仕事の手伝いは抑えるといった具合。
うみどり全体が休息ムードなのだから、それに乗っかればいい。
「私も程々にして休むから、ハルカはさっさと休みなさい」
「そうさせてもらうわ。鎮痛剤だけ貰える?」
「はいはい。ついでに睡眠薬でも飲ませようかしら」
「ちゃんと寝るから」
苦笑しながら、伊豆提督も休息に入る。ここから少し後、イリスも後を追うように眠ることになる。
うみどりの休息は日が暮れるまで続いた。それまでに敵が襲撃してくるようなことはなく、うみどりとしては本当に久しぶりの、全く何もしない時間となった。
それだけ静かだと休める者はしっかり休むことが出来る。深雪もそのうちの1人。
「おはようさん、つっても今は夜みたいだな」
どっぷりと日が暮れているわけでなく、夕方を過ぎて外が暗くなっているというくらいの時間。グッスリと昼寝したという感じであり、それだけでも充分疲労は取れていた。
「はい、おはようなのです。よく眠れたのです」
「だな。元々ほとんど傷はなかったおかげで、割と早く起きれたぜ」
アレだけの力を発揮したのだから、それこそ半日以上は眠りに落ちるかと思っていたものの、寝てしまえば割とすぐにスッキリ出来たようである。それでも5時間ほどは眠っているため、充分と言えば充分なのだが。
そういうところも深雪は強く成長していると言えた。心身共に強靭になってきているのは、本人もありがたいところ。
「電も大丈夫か?」
「なのです。もう元気いっぱいですよ」
「そいつは良かった。これで次の戦いも行けるな。次は最後だし」
まだ深雪達は6つ目、最後の鎮守府が既に終わっていることを知らない。ゆっくり休めたが、まだ戦いは続くと思っている。電も同様、やっと次で終わると少し気合が入っていた。
「今は多分そこに向かってんだよな。トーチカみたいなヤツは勘弁してほしいんだけどよ」
「ホントなのです……みんながアレはもう嫌だって言っていたくらいなのです。電も正直……」
「だよなぁ。面倒っつーか、厄介っつーか。だから次は楽に終わってほしいな。説得が効いてすぐに投降してくれるとか」
「それなら電も嬉しいのです。戦うのが避けられれば」
などと話しているが、その戦いはもう終わっている。それを知るのはすぐのことだった。
「もしかして起きてます?」
扉の向こう、2人の微かな話し声が聞こえたか、そこには非戦闘員として静かなうみどりの維持に努めていた丹陽がいた。
扉を軽くノックして、許可を貰ってから中へ。
「おはようございます、お二人とも。白雲さんは……」
深雪達が目を覚ました隣で、白雲はまだ寝息を立てている……と思いきや、既に目を覚ましていたようで、深雪と電が静かに話しているのを、横になったまま聞いていたようだった。
丹陽にそれがバレたので、クスクス笑いながら身体を起こす。グレカーレと共に過ごす中で、そういった茶目っ気も芽生えている様子。深雪としては、白雲がそういうカタチで成長してくれているのは嬉しい限りである。
「おはようございます、お姉様、電様」
「おう、おはようさん」
「おはようなのです」
深雪に撫でられ、まるで猫のように身を寄せた後、小さく息を吐く。
「丹陽様も、お仕事お疲れ様でございます。寝静まったうみどりの見回りでありましょう。今は丹陽様くらいしか活動していないのですか?」
「そうですね。ハルカちゃんとイリスさんも今は
そりゃそうだと苦笑する深雪。今は歩くに歩くことも出来ず、治療に専念しているのだから、今くらいは深く眠っていてもらわなければ困る。
故に、丹陽が現状を説明する役目を担っていた。第一世代、純粋種のボスである丹陽ならば、その辺りの艦隊運営も任せられると、伊豆提督も気を許している。
「今うみどりは戦場から離れ、軍港に向かっています。6人目の裏切り者ですが、残念ながら取り逃したという報告があったようです。私達が通信妨害を受けている間に、あちらでも事が進んでいたみたいですよ」
「げ、逃げられちまったのか……」
その報告は残念なモノではあった。だが、それ以上に、この戦いが終わったのだとわかり、寝起きだというのに再び疲れが出てくるかのようだった。
気を張っていたところに戦闘終了の報せとなると、張り詰めていた糸も切れるというモノ。深く息を吐いたかと思えば、またベッドに横になった。
「でもまぁ、これでおしまいなら助かる。正直なところ、ちょっと戦うのしんどい」
「お疲れ様です。今回は本当に苦しい戦いだったと思います。私は見ていることしか出来ませんでしたが、お疲れなのはよくわかりますよ」
泣き言なんて言っていられないのだが、やはり最後のトーチカ戦が後を引いているようで、こんな戦いもう嫌だという気持ちがどうしても出てきてしまうようである。深雪もメンタルがかなり消耗していた。
勿論それは深雪に限ったことでは無い。電も、白雲ですら、今は一度戦いから離れたいと思うほどである。後始末屋は戦いのその後に始末をつける組織なのに、ここまで戦いの中心に居座ることになったのだから。
しかし、この休息の後は、今回よりもさらに大きな戦いに挑むことになりそうだと思うと、気が滅入ってしまうもの。
「ハルカちゃんの怪我の療養がありますので、少しの間、軍港でゆっくりとするそうです。身体を癒し、心を癒し、一度スッキリしましょう。今回
深雪は既に三度言っている軍港。しかし、そのうちの二度は戦いに巻き込まれているという、あまり嬉しくない記憶がやけに多くある場所。
だが今度は、今度こそは、何事もなく休息に時間が使えると信じたい。だが、休息中に気を張ってしまいかねない。
これまでの経験が、本来身体を休める場所で休めなくなっている。これもまた、敵のやってきたことの弊害。大迷惑である。
そんな深雪の感情を読み取ったか、丹陽は苦笑。
「今回は軍港の方々もかなり強めに対策をしているようですよ。一度ならず二度も戦場になったことが悔しいようで、冬月さんと涼月さんが、都市中に対策を張り巡らせたらしいです。まぁそういう意味では街中を監視しているようなモノですけどね」
「そう、なのか。それならまぁ、安心……していいのかな」
「はい、安心してください。というか、信じてあげてください」
信じろと言われれば、そうせざるを得ないだろう。何事も、疑ってかかっていたら、休めるものも休めないのだから。
ここから一晩かけて軍港へと向かい、そこから数日間は仕事から離れる時間を過ごすことになる。
流石にもう軍港じゃ何も起きへん起きへん