港のフレッチャーと別れ、深雪達はまた軍港都市を散策する。戦闘の痕跡が全て無くなり、むしろ以前よりも良くなっているのではと思えるほどに復旧出来ていることがわかったため、ここからは前回の戦闘のことは置いておいて、本格的に癒されるために動き出す。
港まで向かうまでに食べ歩きのようなことをしているので、今度は興味が出た店に入ってモノを見る、いわゆるウィンドウショッピングをして回ることになるだろう。前回もそれでピンと来たモノを購入したりもしている。
「白雲、あの時の簪、身につけてるんだよな」
「はい、これもまた、思い出の品。この街を歩くのならば、やはり身につけなければと思いまして」
「よく似合ってるよ。お前がお前の意思で選んだってのも込みで」
深雪に褒められ、頬を赤く染めながらも笑みを絶やさない白雲。ただついて回るだけでなく、自分の意思を見せたことを深雪は喜び、そしてそういったモノが好きであるという傾向を見せたことで、どんな店に入ってみようかという方針も決められる。
白雲のそれもあるため、例えば土産物屋に入ったなら、和風なグッズがあるかどうかを探すということもしていた。簪と同じように、扇子や櫛などがあると、白雲は目を輝かせた。
「いいねぇ、シラクモってこういうのが似合うから、なんかいろいろと買ってあげたくなっちゃう」
「グレ様にもきっと似合うと思いますよ。髪を上げて、着物を着てみては?」
「おー……なんかちょっとやってみたくなっちゃうね。イリスに作ってもらおうかな」
「ふふ、ならば白雲も揃いの着物を仕立てていただきましょう」
神風の弟子となってから仲のいい2人のやり取りを見ていると、深雪も電もほっこりとしてくる。最初の白雲から考えると、ここまで人間社会に溶け込むことが出来ていることも喜ばしい。
「電もまだ片手で数えられるくらいしかこういう場所に来ていないですけど、なんだか今の世界に慣れてきた気がするのです」
「あたしも1回違うだけだぜ。でも、あたしもそう思ってた。こんなに人間が多いところでも、緊張とかもせずに楽しめるからさ」
「これが本当に平和っていうモノだと、電は思うのです」
「だな」
今こうしている時間こそが真の平和だと確信を持って、全力で楽しもうとしていた。今回は邪魔なんてされて堪るかという気持ちは強く、今度同じことがあったら電でも怒ってしまうかもしれない。
深雪もこの平和を思う存分享受したいと
「ミユキー、イナヅマー、あたしコレ買っちゃおうかなって思うんだけどー」
「ん? お、いいんじゃないか?」
「とっても似合っているのです。グレカーレちゃん、何を身につけても似合うと思うのですよ」
「そう? やっぱり? みんな見る目があるねぇ。じゃあ買ってくるねー。あ、そうそう、ミユキもイナヅマも、みんなで着物着てみよーよ。お揃いでさ」
「そういや作ってもらってないな……あたしもイリスに頼んでみるか……」
そういうことを後の事を考えずに話せるこの空間。それこそが平和。グレカーレはそんなことを考えながら、心の底から笑みを浮かべていた。
しかし、そんな平和を素直に享受出来ない者も、中には存在する。
それは、その幸せから長く離れてしまっていた者であり、救われた者の中でも特に罪悪感が強い者。前を向くことは出来たかもしれないが、このような人間ばかりの空間にいると、どのようにすればいいのかがわからなくなってしまう。
戦いは贖罪として動くことが出来るので前を向ける。しかし、この街は
「あれ、叢雲どうしたよ」
それを見かけた深雪は当然声をかける。電達も、少し心配そうである。
どうしても幸せの受け方がわからないのは、幼い頃から利用されるために育てられていた叢雲。軍港都市にはちょくちょく設置されているベンチに座り、浮かない顔で項垂れていた。
この軍港都市で行動する時は、基本的には1人にならないように心掛けているのだが、今は1人だけの様子。いや、本来は共に散策していた仲間がいたのだろうが、今だけ席を外しているというだけ。
「……‥なんというか……ちょっと
「酔った?」
「お酒とかじゃなく、空気に酔ったってことかな。アレだよ、乗り物酔いみたいな感じで」
深雪はそのグレカーレの説明があってもよくわかっていなかったが、つまりは叢雲は、この街の空気──幸福──に酔ってしまっている。生きてきた中で、ここまで人がいる場所には来たことが無いし、目につく人間ほぼ全員が笑顔で楽しんでいるような場所を知らない。その全てが明るく、活気があった。
その活気、熱量に、叢雲は酔ってしまった。症状を一言で表すのならば、『幸せ酔い』をしてしまっているようなもの。
「流石に独りで行動してないよな?」
「ええ……そこは心配しないで。睦月と磯風が一緒にいてくれてる。今は私がこんなだから、飲み物買ってきてくれてるのよ……」
あっちにいると指を差す方には、食べ物系の露店で飲み物を買っている2人の姿が。1人にしないという前提は守っているため、磯風がちらちらと叢雲の方を見ており、深雪達にも小さく手を振って、ちゃんと見ているぞと伝えてくる。
そんな買い物も別段長々と行われるわけでもなく、睦月と磯風が何やら手にいろいろ持ってやってきた。叢雲の食の好みを正確に理解しているわけでもないため、手当たり次第というわけではないが、大概受け入れられそうなものをある程度買ってきたようである。飲みきれなかったらお持ち帰りでいいだろうと、3人なのに2人が両手に持って来ているほど。
「はーい、叢雲ちゃん、何か好きなの選んでいいぞよ」
「……ありがと」
叢雲にどれがいいかと選ばせながらも、たまたまとはいえ深雪達が合流してくれたことを喜んだ。
体調が優れない状態で何か飲むのは大丈夫かと思いつつも、少し口に含んだらそのままコクコクの飲み始める。
「少しスッキリしたわ……ごめんなさいね、急にこんなことになっちゃって」
「大丈夫にゃし! 人が多いから、そーゆーことになっちゃう子もいないことはないのね」
「うむ。特に叢雲の場合は状況が状況だ。気にすることはない」
睦月も磯風も、叢雲には非常に肯定的。叢雲のコレまでの経緯は聞いているため、この軍港都市も楽しんでもらいたいと考えている。磯風も軍港都市散策は初めてなので、基本的には睦月が引っ張るカタチで散策を続けているようだ。
睦月はトーチカでの戦いから叢雲との関わり合いが増え、磯風は立場が近いということで距離が近い。なんだかんだでこの3人が共に行動する理由はある。
また、睦月は戦災孤児であることもあり、叢雲の気持ちが少しはわかる部分がある。失い方は違えど、失ったことは変わらない。故に寄り添う。同じように子日も叢雲には少々甘めに考えていたりする。
「なぁ叢雲、まだ簡単には馴染めないかもしれねぇけどさ、お前だってもうこういうことしてもいいんだからな」
少し気を取り直した叢雲に、早速深雪が肩に手を置き、今思っていることを包み隠さず話す。
「お前は『普通』を願ったろ。ちょっとわかりにくいかもだけど、コレって結構『普通』なんだ。友達と一緒に食べ歩いたり、見て回ったりして、笑い合う。それが『普通』なんだよ。だよな?」
深雪に同意する一同。戦時下というところは普通ではないかもしれないが、こうして人付き合いをするのは、どこも異常ではない。何処にでもある細やかな幸せを享受することは『普通』と言えよう。毎日これでは贅沢かもしれないが、たまの贅沢は何もおかしな話ではない。
これまでの世界があまりにも狭く、そして自分の意思があるようで無かった叢雲には、そんな些細なこともピンと来ない。これもまた心の病のようなモノ。幸せ酔いで気分を悪くするようなことが起きてしまうくらいの身体になってしまったのも、裏切り者の束縛の後遺症。
「まずはさ、ここでいろいろ楽しむことで普通に慣れていこうぜ。大丈夫、誰も咎めやしないし、むしろもっとやれって背中を押してくれる。むしろあたしが押してやる」
「……ここに慣れる、か。すぐには無理そうだけれど」
「ありがたいことに時間はあるからな。まぁ毎日街に繰り出すなんてことはしないかもだけど、それならそれで鎮守府でこの世界に慣れていきゃいいんだ。何処も彼処も優しいヒト達ばかりで助かるぜ」
深雪もそれは実際に経験したから言えること。ここ最近は怒りの対象になる人間を何人も見てきたが、少なくともこの軍港都市にいる人間達は信用出来る、守りたくなるような者ばかりであることを、自分の目で見てきているのだ。
だからこそ、より良い世界のカタチはこの軍港都市にあるのではとも思っている。共存を可能にし、誰も傷付かない、平和な街。何かあったとしても、みんなが力を合わせて復興出来る、力強い街。そして、小さな幸せが点在し、それを好きな時に好きなように楽しめる最高の街。
深雪はそんなこの街にまだ数度しか来ていないが、ずっとこうであってほしい、ここの幸せを壊そうとする者を許さないという気持ちを持っている。当事者である綾波ほど過剰ではないが。
「叢雲もさ、ここから出て行く時に、またここに来たくなってると思うぜ。仕事の後、戦いの後は、ここでまったりしたいってな」
「……どうかしらね。まだ何とも言えないけど」
「なら、ここからはあたしらも一緒に散策に付き合うぜ。睦月、磯風、構わないか?」
「問題ないぞよ! いっぱいいた方が楽しいもんね。いすぎると逆にわちゃわちゃしちゃうけど」
ここからは叢雲のためにもと団体で動くことにする。それは以前の白雲のように、自分の興味深いものを探す散策に変化していくことだろう。
この白雲が自分の意思でやりたいこと、欲しいモノを見つけられるようになったのだから、叢雲もきっと同じようになる。深雪だけでなく、他の者達もそれがいいと提案を肯定。
「勿論、叢雲が嫌だって言うなら何も言わねぇ。人数多すぎるのもキツイってのはあるだろうし、それで気分が悪くなるってならあたし達も控えたいしな。ただ、あたし達は叢雲の仲間だ。仲間なら一緒に楽しくなりたいって思ってんだよ。無理強いはしないけどな」
「……そういう言い方、結構ズルイわよ。そういうところ、やっぱりアンタ魔王なんじゃない?」
「それ引き摺るなよ」
クスリと笑う叢雲に、深雪達も笑顔に。
「いいわ、一緒に行きましょ。アンタ達の好みも見てみたいわ」
「なら決まりだな。みんなで遊ぼうぜ!」
ここから叢雲はこの街での『普通』を知ることになる。楽しみ、ストレスを無くすことで、これからをより明るい道を選択出来るようになるだろう。
アレルギーとまでは行かないけれど、叢雲は幸せを過剰摂取するとちょっと気分を悪くしてしまいます。これまでが酷かったからね……。そのうち幸福度スパイクとか起こして気絶したりしないだろうか。