後始末屋の特異点   作:緋寺

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追加の来航

 入港して初めての夜。軍港都市に遊びに行った艦娘達は続々と戻ってきており、夕食を外で済ませた者達も、深夜となる前にはちゃんと戻ってきていた。

 今日ばかりは基本的に仕事のこと、戦いのことを忘れて、目一杯楽しんできていた。俯いている者はいない。みんなが笑顔で帰ってきている。

 

「いやぁ、晩飯も外で食ってくるのは初めてだけど、すげぇよかったな」

「なのです! ハルカちゃんさんやセレスさんの料理とはまた違った良さがあったのです!」

「ぶゅっふぇ、でしたか、好きなモノを好きなだけ食べるという形式は、楽しさとあって、まこと良きものでした」

 

 深雪達は叢雲達と合流して若干大人数になっていたものの、行けそうなところには躊躇せず入り、そしてそこにあるもので楽しんできた。

 食事も専門店ではなく、ブュッフェ形式を選択したのが大正解だった。迷うことはあれど、本当に食べたいというモノをしっかり食べること、そして()()()()()()()()()()が出来るという点で、叢雲に前を向くきっかけを与えることも出来たからである。

 

「ちょっと食べ過ぎたかしら……お腹いっぱいよ」

「叢雲ちゃん、少しずつだったけどいろんな種類を手当たり次第取ってたぞよ。デザートに関してはコンプリートだったにゃし」

「し、仕方ないじゃない。食べたことないモノばかりだったんだもの」

 

 恥ずかしそうに話す叢雲だが、それもそのはず、並べられた数多くの料理を、ほんの少しずつとはいえ、全てに手をつけるという快挙を成し遂げている。どれもこれもを美味しい美味しいと言って食べる姿は、深雪達も何処かほっこりするものであった。

 

「叢雲が満足してくれてよかったぜ。これって決めつけるより、自由に食えたのはいい感じだ。あと、好き嫌いがないこともわかったしな」

「……選り好みなんてしないわよ。お腹いっぱいになったのだって久しぶりなんだから」

 

 その言葉から、叢雲が長年どういう扱いを受けてきたかわかってしまう。故に、深掘りはしない。悪いことより良いことを考えた方がいいと、そちらに話題が行かないように、すぐさま幸せの享受についての話へ。

 

「特に良かったの、何だったよ。セレスに頼めば、作ってもらえるぜ」

「と、特に……? そうね……ハンバーグ……とか」

「ああ、アレ良かったよな。あたし、アレおかわりしちまったよ」

「ああいうのは……また食べたいわね。ちょっと胃がビックリしちゃったところはあったけど」

 

 好みの食べ物などを話すことで、叢雲はまだ控えめながらも、心の底からの笑顔を見せるようになってきていた。少しずつでも、心は前向きに。自由を手に入れたことを実感しつつある。

 

「まだ時間はあるからな。他にもいろいろ見て回りゃいい。他の奴らとも楽しんでみろよな」

「ええ、そうさせてもらう」

 

 まだうみどりの一員としての時間は浅い。ならば、こういう時間を使って慣れ親しんでもらいたい。

 本来なら駆逐艦の会でも開くべきだったかもしれないが、軍港都市を使えるなら、そちらの方が手っ取り早いところがあるだろう。

 

「梅と秋月とかオススメだぜ。アイツら、ここに来たら趣味に走るから」

「趣味……ねぇ」

「梅は読書家だから、本を見て回ってる。秋月は手芸だ」

 

 それを聞いて、叢雲は趣味かと少し考えるような仕草。これまでの生活で、趣味なんてモノも持ったことは無かっただろう。今ここでそれを持ってみるのもいいのではないかと考えているようだった。

 趣味は心の余裕。ある意味、自由の象徴。今の叢雲には、無理強いはしないがあった方がいいと思われるモノ。持つも持たないも自由なため、そこは自分で考えて。

 

「ちょっと考えておくわ」

「ああ、それでいいと思うぜ」

 

 やはり、叢雲の表情は格段にスッキリしていた。

 

 

 

 

 鎮守府に入ると、伊豆提督とイリスが戻ってきた艦娘達のカウント中。深雪達が最後というわけではないが、夕食を外で済ませる者達はその分遅くなり、全員揃うまでにどうしても時間はかかる。

 前回の軍港滞在では、先程話題に上がった梅と秋月が行方不明になったところから事件が始まっているため、この辺りはとても敏感になってしまっている。

 

「はい、深雪ちゃん達の帰投確認よ。楽しんでこれた?」

 

 まだ車椅子から降りられない伊豆提督は、戻ってきた深雪達にそう問う。対する深雪達は、勿論と笑顔で答えた。

 特に叢雲の表情が行く前と後で変化しているところを見ると、充分気晴らしにはなっているだろうと喜んだ。たった半日でどうこう出来る問題ではないだろうが、幸い時間はまだある方。その時間を有意義に使い、メンタルケアを進めていきたい。

 

「まだ戻ってきてない子達からも連絡を貰ってるわ。もう少ししたら全員帰投になるわね」

「そりゃあよかった。なんかちょっと考えちまうもんなぁ」

「なのです……ちゃんと全員揃ってくれれば安心なのです」

 

 コレばっかりはもう仕方ない。一度あったことは、もう一度あってもおかしくない。軍港鎮守府の面々を信用していないわけではないが、万が一を思えば緊張してしまうもの。

 

「そういや、ハルカちゃんはずっとここで休んでたのか?」

 

 自分達は遊びに行かせてもらったが、伊豆提督はどうしていたのかと聞く深雪。自分達ばかり楽しんでいるのもと思ったが、伊豆提督は大丈夫よと手を振る。

 

「アタシは今日のところは流石に安静にしてたわ。まだ歩けないし、何よりトシちゃんが今日は動くなって心配してくれてたんだもの。でも、明日はちょっとやることがあって、その後はもう完全にフリー。久しぶりに羽を伸ばすわ」

「そっか、なら安心だ。あたし達ばっかりでハルカちゃんが休まってないなんて良くないからな」

「ふふ、心配してくれてありがと」

 

 深雪の思いやりに感激した伊豆提督だが、まだ動けないので笑顔を見せるだけで終わったら。

 

「あ、そうそう、これはまたみんなにも話すことなんだけれど、今日の夜と明日の朝、追加がここに来るのよ。街中でも顔を合わせると思うから先に伝えておくわね」

 

 今日は間に合わなかったが、この夜のうちに軍港に到着するだろうと思われる面々がいるとのこと。

 そのうちの1つが、これまでもうみどりを助けてくれて、この戦いでも動き回っていた調査隊おおわし。戦いが終わったことで一時休息に入るようで、その場合はやはりこの場所を使うようである。

 これはまだ予想が出来たことなので、深雪達は久々にあの面々と会えることを喜ぶ。

 

 だが来るのはおおわしだけではない。

 

「明日は元帥もここに来るのよ。これまでのこと、これからのことを直に話すためにね」

「ま、マジか」

 

 そしてその報せである。瀬石元帥も軍港鎮守府を訪れると決まり、若干緊張が走った。とはいえ、やることは何も変わりはしない。艦娘達は休息のためにここにいるのだから、瀬石元帥がここにいるからといって、全員で厳戒態勢ということにはならない。元帥には元帥の艦娘がいる。

 

 訪れる理由は非常に単純。1つはこれまでのことを通信ではなく直に聞くため。せっかく休息に入ってもらっているのに、またうみどりに戻って通信で聞くというのもナンセンスだというのと、今回通信妨害というカタチで干渉してきた敵の存在を考えると、一度直に話をした方がいいと判断したから。これまでのことを聞くなら、これからのことも話せるだろうと、会議としては割と順当な内容で進むことになる。

 それともう1つ。瀬石元帥もかなり疲労が溜まっているため、軍港都市の施設を使って休息を取りたいという。ぶっちゃけてしまえば、それが一番の理由であろう。元帥とて人間、消耗しない機械ではない。今ならば多少は時間が取れるだろうと、ここ最近胃薬が増えっぱなしの身体を労わるために、ほんの少しの時間であってもしっかり身体を休めるとのこと。

 

「組織のトップが休んじゃいけないなんてことはないもの。むしろアタシ達だって元帥にはちゃんと休んでもらいたいわ。心労で倒れたなんて言われたら、逆に気が気でないわ」

「だよなぁ。ここんトコロいろんなことありすぎて、正直ハルカちゃん以上に疲れてんじゃねぇかな」

「ええ、本当にね。だから、提督一同が満場一致で休めと言ったわ。今残ってる提督は全員信用出来るからね、元帥も流石に反論の余地も無かったわ」

 

 戦闘が終わったことで、小規模ではあるがまた全提督での会議があったらしい。軍港に到着する前、ちょっとした時間に。

 その際に、各々の被害状況などを話しつつ、今後のことを少しだけ進めた。その結果、元帥も一度休めという結論になったらしい。

 部下全員にそれを言われたら、上に立つ者とて逆らえない。そのため、素直に休むことにしたという。

 

「今後のことを話すとはいえ、オフといえばオフだから、アナタ達は楽にしていていいからね。まぁ、顔を合わせたら挨拶くらいはしてほしいけど」

「そりゃあ礼儀以前に常識的にするよ。元帥にはあたしも世話になってるようなモンだし」

「ええ、頭が上がらないわ。上司としてではなく、人間としても。あの人にどうこう言えるのは丹陽ちゃんだけでしょうね」

 

 ドヤ顔でダブルピースをする丹陽を思い浮かべて、深雪は苦笑した。

 

「ともかく、休息の時間はまだ終わらないから安心してちょうだい。少なくとも、アタシが車椅子の必要が無くなるまではね」

「了解。じゃあ、もう少し楽しませてもらうよ。叢雲の趣味探しとかしなくちゃいけないからな」

「べ、別にいけないってわけじゃないでしょ」

 

 突然名前を挙げられて驚きつつも反論する叢雲。その表情は、やはり随分と軽い。これまでずっと持っていた心の重荷を、少しだけでも下ろすことが出来た表情だと伊豆提督は感じた。

 

「……私も出来れば元帥には挨拶しておきたいわ。本来なら私だって極刑を言い渡されてもおかしくなかったのに、今こうして自由を手に入れてるんだもの。お礼くらい言わせてほしいわね」

「ええ、うまく顔を合わせられる時間くらいは作るわ。叢雲ちゃんがそれを望んでるなら、ちゃんと叶えるから安心してちょうだい」

「ありがと……是非とも」

 

 これもまた叢雲の本心。今この時に自由を満喫し、幸せ酔いをしつつも、仲間達と共に軍港都市を散策出来たことは、瀬石元帥がその罪を大目に見てくれたことに起因する。

 本来ならあの裏切り者の秘書艦であり、罪を見て見ぬフリをした挙句、むしろ手を貸していたことに対して、それ相応の処罰が与えられてもおかしくないというのに、今の扱いは完全な被害者である。

 救ってくれた者には感謝の気持ちを持つ叢雲にとって、元帥もまたその1人。生殺与奪の権利を持っている者が、全てを許してくれているのだから、ただ礼を言うだけでは終わらないくらいである。

 

「さ、もう時間も遅くなってきてるから、お話はコレくらいにしておきましょ。アタシ達は全員戻るまではここにいるけど、それが終わったらすぐに休むから」

「あいよ。じゃあハルカちゃん、また明日」

「ええ、また明日。ゆっくり休んでちょうだいね」

 

 

 

 

 その後、出て行った全員が戻ってきたことで、伊豆提督だけでなくうみどりの面々全員が安堵するに至る。これはある意味一番の弊害かもしれない。

 




叢雲は幼い頃からあんなことになっているので、味覚が子供のままで止まってしまっています。なので、好物がちょっと子供っぱい。カレーとかハンバーグとか。ただし好き嫌いもない。
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