うみどりの執務室。やってきた昼目提督とその秘書艦である鳥海は、イリスに促されて着席。その後、イリスがお茶を用意した後、伊豆提督と共に同じように席に着いた。時間としてはかなり早い方ではあるのだが、報告会の準備が整ったことになる。
「オジキはもう今くらいの時間でも大丈夫ですぜ。昨日のうちにオレが報告すると連絡しときましたんで」
「あら、そうなのね。なら遠慮なく始めちゃいましょうか」
「うっす。こちらもすぐに準備しますんで」
鳥海がすぐさまタブレットを渡す。同じ場所にいるとはいえ、1つのPCに2人で話すのは流石におかしい。昼目提督はそれでもいいと言ってのけたが、伊豆提督が間髪容れずに断っているため、自分のタブレットに共通のソフトを入れて持ってきていた。
ならばおおわしでも同じことが出来たであろうが、そこは昼目提督が瀬石元帥抜きで話したいこともあるためにこの手段を使っている。あとはただ会いたかったという私情もある。
「よし、オッケーっス」
「はいはい。それじゃあ、元帥閣下に繋ぐわよ」
昼目提督の準備も出来たため、ここからが報告会の開始となる。イリスは執務室の自席で、秘書艦鳥海は昼目提督の隣で、議事録を書く様子。
『おお、聞いていた通りじゃな。進展があったと聞いておるから、少し早い時間ながら待っておったよ』
コールを開始してすぐに瀬石元帥の声。本当に待ち構えていたようで、驚きつつも苦笑する。
「はい、昼目提督率いる調査隊が、有用な情報を手に入れたということで、この場を設けさせていただきました」
『例の謎の艦影のことじゃな』
「はい。昨晩の後始末の最中にも、その姿を確認しました。今回はそれが何者なのかも判明しています」
ほう、と瀬石元帥が椅子に深く腰掛けた。後始末の場に現れたのは二回目。一回目は追っても速すぎて姿すら捉えることが出来なかったのだが、今回は姿も確認出来ている。
妖精さんに送ってもらった写真を転送し、瀬石元帥に見てもらうと、その姿を確認したことで、ふむと納得した様子だった。
『タシュケントか。確かに彼女ならば、あの速さも納得が行く。じゃが、だとしても速すぎる気がするのう。天然なのか、何者かに改造されているのか……』
「すんません、ここからは調査結果を聞いてもらっていいですか。そこに繋がる話になります」
ここで昼目提督が口を挟む。今回の報告会の主は、ある意味昼目提督だ。
うみどりの近場で見つかったが、その後の調査結果は全て調査隊が努力の末に発見したもの。それに関しての説明が最も出来るのは、やはり調査隊の長であり、後始末屋の長には少々荷が重い部分でもある。
『ふむ、昼目君、一体全体何を見つけたというんじゃ?』
「一部憶測もありますが、少なくとも昨晩の後始末の際の襲撃で確証になりそうな部分もあります。それが、
ここからが本題。タシュケントが謎の艦影の正体だったこと以上に、この組織があるのではという憶測と調査結果である。
「まず一つ目。調査依頼を受けて向かった海域ですが、後始末の清浄化率が100%になっているだけあって痕跡はありませんでした。ですが、それは
そう言いながら出したのは、1枚の写真。画面上に鮮明なものを映し出し、伊豆提督と瀬石元帥にもわかりやすく見せる。
その写真に写っているものは、海上ではなく
海上に何か痕跡を残すわけがないが、海底は少しは疎かになる。慎重にやっていたとしても、どうしても何かしら残るものである。それを発見したと昼目提督は話す。
「アタシは有識者じゃないからこの写真を見てもピンと来ないのだけれど、海底に痕跡があったということよね?」
「はい。写っている場所ですが、本来のこの海域の海底とは少し違う場所がありました」
コホンと咳払いをした後、写真についての説明を始める。
「ここです。この場所を中心に、海底の砂が舞い散っているようになっています」
言われてみれば確かにと言うくらいの差ではあるのだが、昼目提督が指した場所から砂が舞い散り、砂が失われているように見えた。
こうなる理由はいくつかあるが、艦娘や深海棲艦由来とは言いにくい大きさであり、そこから考えられるのは1つ。
『……
瀬石元帥の言葉に、昼目提督はその通りですと素直に答える。
「艦娘でもここまでの海底に来ることが出来るのは潜水艦のみです。だとしたら、ここまで大きな範囲の砂が動くのはおかしいですね。未知の深海棲艦と言われてしまうと話は変わってしまいますが、だとしてもここまで大型の深海棲艦は今のところ確認されていません。そうなると、この海域に大型の潜水艦がここに待機していたと考える方が矛盾がありません」
写真を撮影しているのは、おおわし所属の潜水艦である。その艦娘がここまで近付いても、海底の砂がここまで舞い散ることはない。ならば、ここにあったのは艦娘とは比べ物にならないサイズの潜水艦。
それがこの場から動いた時に発生した痕跡。どれだけ静かに動いたとしても、巨大な物質が移動するのならそれが周囲に影響を与えるのは必然。それがどれだけ技術を注ぎ込まれていたとしても、物理法則を捻じ曲げることはそう簡単には出来ないだろう。
「サイズからして、それこそ艦娘が生活出来るくらいのモノではないかと思います。オレ達のおおわしや、ハルカ先輩のうみどりのような移動鎮守府……この場合は、
そもそも、今の軍の方でも潜水する移動鎮守府については考えられていた。それこそ、調査隊の母艦は潜水艦でもいいのではとも言われているくらいだ。
しかし、艦娘の精神衛生上の問題でそれは保留されている。艦娘は海上の艦の力を引き出すための艤装と接続される都合上、潜水艦以外は海中での生活が続くと精神的に不安定になるという事象が確認されていた。定期的に浮上すればいいことかもしれないが、それでは作業にも支障が出る。結果として、調査隊も海上艦での運用となった。
そんな潜水艦型の鎮守府をその組織は運用しているというのが憶測含めた一つ目の調査内容。
「二つ目なんですが、これは調査結果というよりは昨晩のタシュケントの行動と、後始末を手伝わせてもらった時に調査材料として亡骸を回収させてもらったことからわかったことです」
続いて昼目提督が映し出したのは、昨晩襲撃をしようとした深海棲艦の亡骸から調査されたデータ。ここも有識者にしかわからないようなデータであるため、見ただけでは何が何だかわからない。
しかし、明らかにおかしい部分がある。それは戦場に身を置いている伊豆提督にも一目でわかること。
「この駆逐艦……
「そういうことです。深海棲艦の艤装に
新種とかではなく、明らかに改造されていると言える強化。深海棲艦の中には改と呼ばれている種類も存在しているが、それは人類側が同種でも強い個体に対してそうネーミングしているだけ。実際に改造されているかと言われればそうではない。
しかし、今回現れた深海棲艦は、明確に改造されている。不明なユニットが接続されていても、拒絶反応などを引き起こすことなく当たり前のように運用出来るように。
「間違いなく、
深海棲艦を改造強化し、それを嗾ける。明らかに人類に対して悪意を持った行為と言えるだろう。
だが、今のところ深海棲艦にそういったことが出来るという個体は見たことも聞いたこともない。勿論こちらも未知の個体と言われればおしまいなのだが、ここまで綺麗に改造出来るとなれば、それはもう人の手と言っても間違いはないだろう。
「さらに言えば、タシュケントはその深海棲艦を見ても無視して撤退をした。状況証拠から考えると、タシュケントの撤退を助けるために現れたと見てもおかしくはないでしょう。勿論、たまたま現れて、タシュケントはそれをただ無視したという可能性も充分ありますが……」
『都合のいいタイミングで現れてくれたから、利用して退避を選択した、ということじゃな。だからあくまでも憶測という言葉が拭えないわけじゃ』
「はい。本人から聞いたわけでもなし、その真意はわからずです。だからこそ、対話がしたいと思ったのですが、やはりと言っていいかはわかりませんが逃げられてしまいました」
タシュケントと深海棲艦が別勢力なら弁解してほしいと思ったが、タシュケントがカテゴリーMならば人間のことは信用出来ないのだから、話もしようとはしないだろう。
『タシュケントが別勢力の可能性は充分にあり得る話じゃな』
「ですね。アタシもそれは思います。こちらを見ているだけで、攻撃してきませんでした。発見されても逃げるだけ。アタシ達の作業を観察しているだけにしか見えません」
「そうなんです。調査隊もタシュケントに観察されていたから追ったんです。その結果が、後始末の現場に乱入するカタチになってしまいました」
つまり、タシュケントは
『どうにか対話が出来ればいいんじゃが……』
「今すぐは難しいですね。まずあちらが
「とはいえ、出てきたタイミングはとてもわかりやすいですよ。だって、
つまり、タシュケントはカテゴリーWを観察しているようにも見えるのだ。おおわしを観察した理由は不明だが、すぐに撤退している辺り、そこにはカテゴリーWが見えないからすぐにうみどりを探しに行ったという可能性もある。
『カテゴリーWを観察するタシュケントとなれば、その勢力は何を狙っておるのか、じゃな。ふぅむ、憶測の域を越えんのう』
「そもそもタシュケントが敵性組織に所属しているかもわからない状態です。対話が出来るかどうかが一番近道なんですが……」
「アタシ達人間の言葉は聞く耳を持っていないわけですね。艦娘も元々は人間だから会話にならない。となると……」
辿り着く答えはただ一つ。あちらの観察対象となっている深雪と電に、タシュケントとの対話を試みてもらう。おそらくこれが一番の近道だ。
しかし、あまりにも危険である。もし襲撃してきた人の手が加わった深海棲艦と同じ組織に所属しているのならば、説得に失敗したら即座に返り討ちに遭い、最悪命を落とす。電に関しては、訓練の経験も必要最低限しか出来ていないのだから、撃たれたらまずやられる。
『難しい問題じゃなぁ。なんだか胃がキリキリしてきたわい』
「こちらでもなるべく調査を続けます。ただ、どうしても難しいところがあってですね……。カテゴリーが見分けられるのが、イリスしかいないということです」
タシュケントが本当にカテゴリーMかどうかもわからない現状。それが判断出来るのはイリスのみ。しかし、タシュケントはうみどりに近付いてくれないため、ずっとわからないままである。
そして、イリスをおおわしに派遣することも訳あって不可能。結果的に、うみどりの視野に入ってもらうしか判断する手段が無いのだ。
「もしかしたら、タシュケントもカテゴリーWの可能性もあるわけね」
「はい。それどころか、カテゴリーBの可能性すらあります。結局は全て憶測に過ぎません。調査隊の名折れですねこれじゃあ」
『いやいや、君は充分にやれておるよ。儂や伊豆君では、そこまでの調査が出来んからのう』
深海棲艦の装備はさておき、海底の痕跡などはすぐにはわからない。違和感すら抱かなかっただろう。故に、調査隊はしっかりと状況を進展させている。
『引き続き、よろしく頼む。こちらでもタシュケントについては確認しておこう。もし万が一、他の鎮守府からの横槍だった場合は困るからのう』
「はい、お願いします。別の鎮守府を突くことは、オレ達には出来ないことです。オジキに任せます」
『うむ。こういう時に職権を使わねばな』
元帥という力を使って、何事もなくても別の鎮守府の動向について探ってくれるという。これでまた可能性を少しずつ潰していけるだろう。
明らかになった敵性組織の存在。しかし、タシュケントの詳細が未だに不明。ここは時間をかけてでも調査をしなくてはならないところである。
怪しい組織の断片が見え始めてきました。駆逐艦が軽巡洋艦の主砲を装備しているという詐欺から始まったようですが、果たして。